暮れなずむ秋と孤独な狛犬の歌

四十九院紙縞

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10月5日(土)

(8)――「ワタシがこの神社に居着くことになった理由を、聞いてくれるか?」

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「……もう大丈夫だ。すまない」
「ん」
 空の色が橙と紺で混ざり始め、山の植物たちが影絵のように見え始めた頃。
 少女からそう声をかけられ、僕はそっと少女から手を離した。
「少し、顔を洗ってくる。待っててくれるか?」
「わかった。待ってる」
「うん」
 顔を隠すようにして、少女はぱたぱたと小走りに神社の裏側へ向かった。この神社の裏はあまり見たことがないが、きっと湧き水かなにかがあるのだろう。
「……」
 今の今まで少女の肩に触れていた両手を、おもむろに眺める。
 これまで散々二人で飲食を共にしておきながら、何故だか僕はこのとき初めて少女に人間味を感じていた。
 僕の前で泣いたから?
 触れた肩が思っていた以上にか細かったから?
 理由を当てはめようとしても、どうしてか上手く当てはまる言葉が見つけられない。少女の涙に、僕まで混乱してしまっているのだろうか。
「お待たせした」
 ぐるぐると考えているうちに、少女は社殿前の階段へと戻ってきた。
「大丈夫か?」
 念押しの確認に少女は、うむ、と頷く。
「でも、たぶん目元は酷いことになっているだろうから、お面はもうしばらく着けさせてくれ」
「それは別に構わないけど」
「そうか。ありがとう」
 そう言いながら、少女は僕の隣に座った。
 声の調子は、完全にいつも通りだ。むしろ、肩の荷が下りたようにさっぱりとしているような気もする。
「なにか飲むか? たくさん泣いて疲れたろ?」
「あー、うん、そうだな。いただこう」
 少しだけ躊躇う仕草を見せたが、少女は首を縦に振った。
「今朝、ご近所さんからもらったジュースがあるんだ。ぶどうとりんご、どっちが良い?」
「んー。そしたら、りんごが良い」
「はい」
「ダンケ」
 渡したパックのジュースに、少女はまた僕の知らない言語を口にしながら受け取った。
「なあコマ。さっきも言ってたけど、その『ダンケ』ってなんだ?」
 ストローを差し込みながら、少女に尋ねてみる。
「『ダンケ』はドイツ語で『ありがとう』という意味だ」
 既にジュースを飲み始めていた少女は、気さくに答えた。
「へえ、ドイツ語」
 どうりで、知らない言語のはずだ。
「ワタシのお父さんがドイツ人でな、昔からたくさん言葉を教えてもらっていたのだ」
「ふうん」
 頷いた僕に、少女は間合いを図るように、
「なあ、アキ」
と呼んだ。
「なんだ?」
「さっきは安心して、つい、少々、泣いてしまったのだが、アキに聞いて欲しい話はまだあるのだ。ワタシがこの神社に居着くことになった理由を、聞いてくれるか?」
「うん」
 僕は少女の顔を見て、頷く。
 相変わらず表情はわからないけれど、そうするのが筋だと思った。
「聞かせて、コマのこと。コマの言える範囲で良いから」
「うん」
 少女はジュースをもう一口飲んでから、ゆっくりと話し始める。
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