陽炎、稲妻、月の影

四十九院紙縞

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第3話 死神の見識

(5)――「うわー! やだやだやだーっ!」

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 ハギノモリ先生から詳しく話を聞き出したかったが、ほどなくしてアサカゲさんから早く来いと催促がかかり、俺は重い足を引きずるように、集合場所である一年三組の教室へ向かった。
「おう、遅かったな。第一図書室の件、もう片づいたんだよな?」
 それまで文庫本に視線を落としていたアサカゲさんは、俺が教室に入ると、ぱっと顔を上げて反応した。放課後に行われる清掃も終わったらしく、教室にはアサカゲさん一人しかいない。
「うん、アサカゲさんが先生と交代して授業に戻ったあと、滞りなく。ただ、先生が散らばった本を片づけてる間、お喋りに付き合ってもらっててさ。それで来るのがちょっと遅くなっちゃった」
「ふうん。まだ人手は必要な感じだったか?」
 アサカゲさんは、文庫本を自身の鞄に仕舞いながら言った。
「それは大丈夫だと思う。図書室の先生が、放課後には図書委員の人にも手伝ってもらうって言ってたから」
「そっか。それなら確かに、オレは行かねえほうが良いな」
「気になるなら行っても大丈夫だと思うけど」
「いや、いい」
「そっか。それなら、早く昨日の続きから取り掛かろうよ」
 いつも通りの会話を交わしながら、俺は内心とても緊張していた。
 一体、いつ本題を切り出されるのだろう。
 そしてその本題は、どういった用件なのだろう。
 果たして、『大丈夫』と『逃げちゃ駄目』が両立することなんてあるのだろうか。確実に、一定以上の危険が待ち構えている気がしてならない。
「いや、その前に、この教室棟の屋上に行くぞ」
 どうにかして、この漠然とした恐怖から逃れる手段はないものかと画策していた俺に、アサカゲさんは無慈悲にも言う。
「前からお前に会わせたいと思ってた奴が、今、そこに来てんだよ」
 俺に会わせたい人が、どうして屋上に? 普通、来客は応接室とかに通すものではないのか?
 疑問が次々と頭に浮かぶが、首を傾げてばかりもいられない。俺は意を決して、尋ねることにする。
「それは、アサカゲさんの霊能力者仲間的な人……?」
「いや、死神だけど」
「裏切り者ぉ!」
 あまりにもけろりとした様子で答えたアサカゲさんに、俺は思わず声を荒らげてしまった。
「違ェって、ろむ、落ち着けよ」
「なにも違わないよ! 死神って、魂の回収者じゃんっ! 俺、まだなんにも思い出せてないのに、回収されちゃうんだ!」
「死神の仕事はそうだけど、今日はお前の回収に来たわけじゃなくてだな」
「うわー! やだやだやだーっ!」
「ああもう!」
 アサカゲさんは舌打ちをしながら、混乱する俺の肩を掴むと、その力強さとは相反した優しい声音で、言葉を紡ぐ。
「お前のことを回収させる為に会わせたいんじゃない。断じてそうじゃない。ほら、萩森先生のときと同じだ。顔合わせするだけ。だから、な?」
 それまでどれだけ狼狽えていようと、アサカゲさんにそんな真剣な面差しで諭されてしまえば、嫌でも落ち着くというものだ。
「……本当に?」
「ああ、本当だ。オレがお前に嘘つくはずねえだろ」
「それは、そうだね。うん」
 俺だって大概顔に出やすくて嘘はつけないタイプだが、アサカゲさんも嘘のつけるような人間ではない。彼女の場合、俺とは違い、全てにおいて真摯に対応するが故だけれど。
「それじゃあ、オレと一緒に屋上に来てくれるよな?」
「……わかった。だけどアサカゲさん、一個だけお願いしても良い?」
「なんだよ」
 アサカゲさんのことは信頼している。
 先生の言う「大丈夫ですから、逃げちゃ駄目ですよ」の意味もわかった。
 それでも、幽霊が死神に会いに行くという行動の重みが変わるわけではない。
「その死神と会ってる間は、絶対に俺の側に居てね。マジで。頼むから」
 これはもう一生のお願いレベルと言っても過言ではなかった。
 果たして、既に死んでいる人間に一生のお願いという概念が適応されるかどうかは、わからないけれど。
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