透目町の日常

四十九院紙縞

文字の大きさ
上 下
32 / 54
『はんぶんこの二乗と抱擁』(友達(猫)を殺した犯人を捕まえる為に友達(人間)と協力して張り込みをする「私」の話)

『はんぶんこの二乗と抱擁』2

しおりを挟む
「まあ、手伝うのは別に構わないんだけどさ。聞いた感じ、見回りも注意喚起もしてるんだろ? 僕らがどうこうしなくても、そのうち捕まるんじゃない?」
 近くに寄ってきた猫を撫でながら、雅貴くんは言った。
「それはそうかもだけど、でも、その間、この子たちは危険に晒されるわけじゃないですか。現に、見回りも注意喚起もしていた中で、犠牲が出ちゃってるし。下手に長引いたら、冬になっちゃうかもしれない。猫たちの動きが鈍ってるところを狙われたらと思うと、早めに解決しておきたいなって思って」
 今は九月中旬。
 少し気が早いかもしれないが、友達の命が危険に晒されている状態が長く続いて良いことなんて、ひとつもない。
「なるほどな。確かに、それは急いだほうが良い。気がそぞろになって、二学期中間で酷い点を取って補習になるのも、友達に悪いものな」
「そ、それも理由のひとつではあるけど……」
 そういえば、一学期の期末テストの点が振るわなかったことを、雅貴くんには話していたんだったか。
 私は猫の言葉がわかるという特性を活かして獣医を目指し、日々勉学に励んでいるのだが。先のテスト期間は迷子の猫を捕まえることに熱を注ぎすぎて、勉強が疎かになってしまったのだ。
「それで? 夜に公園に張り込んで、犯人と思しき人物を特定していく感じで良いの?」
「そうだね。証拠映像を撮って、警察に捕まえてもらうのが現実的かなとは思ってます」
 猫に危害を加えている決定的場面でなくとも、噛みつこうとしているその手前まで撮れていれば、それで良い。猫への被害は極力抑えたい。
「俺は比較的猫が集まりやすいここら辺で張ろうと思うので、雅貴くんは向こう側、公園の出入り口辺りを、近くの高台から見張ってもらいたいなって」
「僕が公園に入ると時間経過が遅くなるし、それが良いだろうね」
 そうして雅貴くんと計画を練っていたところに、この辺りのボス猫である茶トラのチヒロくんがやって来た。その後ろには、黒猫のヤマトくんも居る。
『琥珀、聞いてくれ。犯人を見たってやつが居たんで、連れてきたんだ』
 にゃあにゃあという猫の鳴き声は、私にとっては人間の言葉と同じように聞き取れる。音としては鳴き声なのだが、脳が勝手にそれを理解してしまえる、と表現するのが、感覚としては一番近いのかもしれない。
「本当? ありがとう、チヒロくん」
『良いってことよ。ほらヤマト、さっきの話、こいつにもしてやってくれ』
 言いながら、チヒロくんは胡座をかいている私の膝上にどかっと座った。頭を撫でてあげると気持ちよさそうに目を細めたが、後輩であるヤマトくんの手前か、いつものように自分から甘えてこない。
『おれ、きなこに噛みついた人間を見たんスよ』
 私の前に腰を落としたヤマトくんは、開口一番に有力な情報を口にした。きなことは、二人目の犠牲者となった茶白の猫の名前である。
「その人間、オスかメスかはわかった?」
『メスでした。毛が長かったッス』
「どのくらいの長さかな。肩くらいとか、腰くらいとか……」
 身振り手振りで髪の長さの目安を尋ねると、ヤマトくんは少し首を傾げて記憶を辿るような仕草を見せてから、
『肩くらいまでッスね』
と答えた。
「髪が肩まである女性か……」
『あ、あと、きなこに噛みついたあと、そのままきなこのことを喰い始めたんスよ。おれ、人間の言葉はわかんねえけど、なんかぶつぶつ言ってて、すげぇ怖かった……』
「それは、怖くて当然だよ。君になにごともなくて、本当に良かった」
 私が手を差し出すと、ヤマトくんはすっとこちらに寄ってきてくれた。撫でながら、念の為、この子に怪我がないかを確認する。が、特に外傷はないようだ。
『じゃあおれ、これから夜野よるののばあちゃんのところに、ご飯もらいに行くんで!』
「うん、話してくれてありがとうね」
 気をつけて、と言いつつ、ヤマトくんを見送る。近くの茂みに入っていったヤマトくんの姿は、あっという間に見えなくなった。
「チヒロくんも、ありがとうね」
『どうってことないさ。オレも、仲間を殺したやつは早くここから居なくなってほしいし』
「そうだよねえ。あ、妹のチカちゃんは元気? 最近あんまり見かけないんだけど」
『チカは今、源本みなもとさんちの敷地内に居るように言ってあるんだ』
「そっか、源本さんのところなら安心だ。チヒロくんも今はそこでお世話になってる感じ?」
『オレはパトロールがあるから、ずっとじゃないけど。夜は源本さんちで寝るようにしてるぜ』
「うん、しばらくはそれが良いよ」
『じゃ、オレもパトロールの続きがあるから。またな、琥珀』
「うん、またね、チヒロくん。忙しいのにありがとう」
 ひょいと私の膝から降りると、チヒロくんは来た道を引き返して行った。流石、しろさんが直々に後継者と認めた猫だ。ボス猫然とした、堂々たる足取りである。
「……というわけで、犯人に関する新情報ゲットです」
 言って、私は雅貴くんのほうに向き直った。
「何度見ても、不思議な光景だなあ。でもまあ、今のはなんとなくわかったよ。さっきの黒猫が犯人を見かけた、みたいな話でしょ?」
「うん、だいたいそんな感じ」
 そうして私は、たった今ヤマトくんから聞き取った情報を、雅貴くんに共有した。
 犯人は、髪が肩ほどまである女性らしいということ。
 猫に噛みつき、そのまま食べていたらしいということ。
 その際、なにやらぶつぶつと言っていたらしいこと。
「……それ、なにを言ってたのかは、わからなかったんだよね?」
「そうみたい。まあ、人間が猫の言葉を理解できないように、猫も人間の言葉は理解できない場合が多いから。特にヤマトくんは若い猫だから、余計にね」
 逆に言えば、長生きしている猫ほど、人間の言葉を理解することが多かったりする。とはいえ、それは個人差が大きい。人間の言葉がわかる猫に追跡を頼めば、その呟いていた内容もわかるかもしれないが、あまりに危険度が高過ぎる。外で暮らす猫を喰らう異常者には、極力近づけたくなかった。
「今夜から張り込みを始めるとして、琥珀くん、僕とふたつだけ約束をしよう」
「なに?」
 首を傾げた私を、雅貴くんは真っ直ぐに見据えて、言う。
「張り込み中は、常に僕と音声通話を繋いでおくこと。あと、危ないと思ったらすぐ逃げること」
「それは、保護者として?」
「半分はそう。もう半分は、友達としてだよ。僕だって、友達に傷ついて欲しくはないからさ」
「それは、うん、そうだね。わかった」
 それじゃあ、頑張ろう。
 そう言って、私たちは互いの拳をこつんと合わせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...