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無期限インターアクション
(2)――「胃もたれ起こしそう」
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久々に来るこいつの部屋は、実にいつも通り散らかっていた。もう次の小説を書き始めているのか、部屋にはなにかの資料と思われる本や紙が散乱している。
これじゃあ床には到底座れないだろうと判断し、俺は比較的被害の少ないベッドに座った。三久は、その正面にある仕事場の椅子に座る。確かあの椅子は、あいつの受賞賞金で買ったやつだ。一緒に選びに行ったあの頃が懐かしい。
「アイス」
「ああ、うん。ほれ」
差し出された手にアイスを渡す。
受け取ると、開封しながら三久がおもむろに口を開いた。
「よく買えたな。これ、発売して数日で販売中止になってなかったか?」
「それなんだけどな」
俺も封を切りながら、質問に答える。
「職場の後輩がさ、味がどストライクだったとか言って、大量に買い占めてたんだよ。それなのに最近になって、飽きたから消化するの手伝って欲しいって泣きついてきたから、数本貰ってきたんだ」
確か、箱買いしたと言っていた。となると数日のうちに販売中止に追いやれた裏には、俺の後輩が深く関係していたということになるのでは。全国の買えなかった皆さんに謝れ馬鹿者。
「へぇ。……その後輩って、女?」
「いや、男だけど」
「ふうん」
明らかに不機嫌な相槌を打って、三久はアイスを頬張った。
アイスのおかげで部屋に入れて貰えたんだ、頼む、アイスで機嫌直ってくれ……!
「……うん、食えなくはないかな」
「そ、そうか」
良かった、表情を見る限り、少しは機嫌を直してくれたらしい。
「……。椿季は、食べないのか?」
「ん? あ、ああ、食べる食べる」
袋から取り出し、黄色いアイスを一口頬張る。俺も、このアイスを食べるのは今日が初めてなのだ。
「……。まあ、食えなくはないな」
「だよな」
「ああ」
「……」
「……」
会話が続かない。
沈黙が重苦しい。
こいつと居てもそういうのは感じないはずなのに。
今、こいつと話すことに居心地の良さを感じない。
それは、『友達』としてお互いがここに居ないからなのか?
俺とこいつ。
黒木椿季と詩村三久。
高校からの付き合いで、ずっと親友だと思ってた。
それが先月、いきなり告白されて――いや、いきなりじゃあない。ずっとずっと前から、こいつは俺との関係について真剣に考えていたんだ。冷静になって思い返してみれば、こいつのそういう素振りは何回もあった。俺はそれに気づけなかった。
「胃もたれ起こしそう」
アイスを半分ほど食べたところで、三久は苦い顔をしながら言った。
「椿季、お前残り食べない?」
「流石に無理。自力で完食してくれ」
「持ってきたのはお前だろ」
「食べるって言ったのはお前じゃねえか」
「こんなに胃でテロが起きるとは思わなかったんだよ。本当、もたれっぷりが尋常じゃないぞ」
「ふざけんな、全部喰え。俺だって、この間のドーナツは全部食べきったんだから」
「は? あれ、全部食ったのか?」
三久は本当に意外そうな声をあげた。
「食いながら考えろって言っただろ。だから胃もたれ起こしながら、俺はずっと考えてた」
「……お前って実は馬鹿なんじゃねぇの」
眉間をつまみながら、ため息交じりに三久は言う。
「あんなの、捨てたって良かったのに」
「捨てれねえよ、勿体ない。ドーナツに罪はないんだ」
「確かに、そうかもしれないけど……」
オールドファッションは、あのドーナツ屋の商品で一番カロリーが高いとか聞いたことがある。そりゃあ、もたれて当然だ。しばらく甘いものは要らないとさえ思ったんだ。……と、そうじゃない。話題が逸れてる。
「なあ三久。それで、俺なりに答えを考えてきたんだけど」
「……おう」
三久がアイスを食べ終わったタイミングで切り出したが、よく考えてみれば、俺のほうはまだアイスが残っていた。が、秋が近づく今の時期は、夏のようにすぐに溶けはしない。
そんなアイスを一瞥して、俺は正面から三久を見た。
今日初めて、三久をきちんと見た気がする。
運動が苦手で、根っからのインドア派の三久の肌は、いつ見ても色白だ。高校のときから華奢だとは思っていたけど、大学に入ってそのインドア根性は加速し、小説家になってからは、華奢というよりひょろいといった表現のほうがしっくりくる。今日はパーカーを着ているからそんなに気にならないが、思い起こせば先月、あいつはいつも以上に痩せ細っていたような気がする。
作家業だって忙しいだろうに、ずっと考えていたんだ。
誰に相談することもなく、ずっとずっと、一人で。
これじゃあ床には到底座れないだろうと判断し、俺は比較的被害の少ないベッドに座った。三久は、その正面にある仕事場の椅子に座る。確かあの椅子は、あいつの受賞賞金で買ったやつだ。一緒に選びに行ったあの頃が懐かしい。
「アイス」
「ああ、うん。ほれ」
差し出された手にアイスを渡す。
受け取ると、開封しながら三久がおもむろに口を開いた。
「よく買えたな。これ、発売して数日で販売中止になってなかったか?」
「それなんだけどな」
俺も封を切りながら、質問に答える。
「職場の後輩がさ、味がどストライクだったとか言って、大量に買い占めてたんだよ。それなのに最近になって、飽きたから消化するの手伝って欲しいって泣きついてきたから、数本貰ってきたんだ」
確か、箱買いしたと言っていた。となると数日のうちに販売中止に追いやれた裏には、俺の後輩が深く関係していたということになるのでは。全国の買えなかった皆さんに謝れ馬鹿者。
「へぇ。……その後輩って、女?」
「いや、男だけど」
「ふうん」
明らかに不機嫌な相槌を打って、三久はアイスを頬張った。
アイスのおかげで部屋に入れて貰えたんだ、頼む、アイスで機嫌直ってくれ……!
「……うん、食えなくはないかな」
「そ、そうか」
良かった、表情を見る限り、少しは機嫌を直してくれたらしい。
「……。椿季は、食べないのか?」
「ん? あ、ああ、食べる食べる」
袋から取り出し、黄色いアイスを一口頬張る。俺も、このアイスを食べるのは今日が初めてなのだ。
「……。まあ、食えなくはないな」
「だよな」
「ああ」
「……」
「……」
会話が続かない。
沈黙が重苦しい。
こいつと居てもそういうのは感じないはずなのに。
今、こいつと話すことに居心地の良さを感じない。
それは、『友達』としてお互いがここに居ないからなのか?
俺とこいつ。
黒木椿季と詩村三久。
高校からの付き合いで、ずっと親友だと思ってた。
それが先月、いきなり告白されて――いや、いきなりじゃあない。ずっとずっと前から、こいつは俺との関係について真剣に考えていたんだ。冷静になって思い返してみれば、こいつのそういう素振りは何回もあった。俺はそれに気づけなかった。
「胃もたれ起こしそう」
アイスを半分ほど食べたところで、三久は苦い顔をしながら言った。
「椿季、お前残り食べない?」
「流石に無理。自力で完食してくれ」
「持ってきたのはお前だろ」
「食べるって言ったのはお前じゃねえか」
「こんなに胃でテロが起きるとは思わなかったんだよ。本当、もたれっぷりが尋常じゃないぞ」
「ふざけんな、全部喰え。俺だって、この間のドーナツは全部食べきったんだから」
「は? あれ、全部食ったのか?」
三久は本当に意外そうな声をあげた。
「食いながら考えろって言っただろ。だから胃もたれ起こしながら、俺はずっと考えてた」
「……お前って実は馬鹿なんじゃねぇの」
眉間をつまみながら、ため息交じりに三久は言う。
「あんなの、捨てたって良かったのに」
「捨てれねえよ、勿体ない。ドーナツに罪はないんだ」
「確かに、そうかもしれないけど……」
オールドファッションは、あのドーナツ屋の商品で一番カロリーが高いとか聞いたことがある。そりゃあ、もたれて当然だ。しばらく甘いものは要らないとさえ思ったんだ。……と、そうじゃない。話題が逸れてる。
「なあ三久。それで、俺なりに答えを考えてきたんだけど」
「……おう」
三久がアイスを食べ終わったタイミングで切り出したが、よく考えてみれば、俺のほうはまだアイスが残っていた。が、秋が近づく今の時期は、夏のようにすぐに溶けはしない。
そんなアイスを一瞥して、俺は正面から三久を見た。
今日初めて、三久をきちんと見た気がする。
運動が苦手で、根っからのインドア派の三久の肌は、いつ見ても色白だ。高校のときから華奢だとは思っていたけど、大学に入ってそのインドア根性は加速し、小説家になってからは、華奢というよりひょろいといった表現のほうがしっくりくる。今日はパーカーを着ているからそんなに気にならないが、思い起こせば先月、あいつはいつも以上に痩せ細っていたような気がする。
作家業だって忙しいだろうに、ずっと考えていたんだ。
誰に相談することもなく、ずっとずっと、一人で。
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