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無期限インターアクション
(1)――「よう。一ヶ月ぶり」
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『三久未来、問題作!!』
そんな帯のつけられたあいつの新作は、本屋で大量に平積みにされていた。予想以上の売れ行きに、初版分が一気に消えたという話は聞いていたが、どうやらもう増刷されたようだ。
俺は発売当日に買って今日の昼休みに読破していたから、仕事終わりによく寄る本屋を、今は通り過ぎて歩みを進める。
しかしなるほど、問題作か。
夜も遅くなり人気の少なくなってきた道を歩きながら、俺は考える。
確かに、今までのあいつの作風から考えれば、あれは問題作とだって言えるのだろう。これまでは前向きな人物を描くことのほうが多かったのに、今回はその真逆、後ろ向きな人物しか出てこない物語だったのだから。
簡潔に言うと、ストーカーの男が主人公の物語だった。
学生時代に好きになった女に告白できなかった主人公は、卒業後、女の部屋に盗聴器具を仕掛けてストーキングを始める。最初のうちはそれだけで満足していた主人公だったが、ある日、女に彼氏ができてしまう。
その事実に耐え切れなくなった主人公は、満月の浮かぶ夜に女とその彼氏を刺殺した。そのまま主人公も自殺し、物語は終わる。
「……」
後ろ向きな物語というか、文章そのものが気持ち悪いとさえ言えそうだった。
そう、気持ちが悪い。
けれど何故か読み進めていくうち、読者は主人公の考えに共感し同調していくのだから不思議だ。ここまで読者を引き込ませるあいつの文章は久しぶりだとも思った。
あいつは恋愛ものじゃないと言っていたが、これは立派な恋愛小説だ。歪みに歪んだ一方的な恋愛を、丁寧に描いた小説だった。
昼休みにあいつの新作を読み終えた俺は、そのまま勢いであいつに電話をかけ、今夜お前の家に行くからな、とこちらの用件だけ伝えた。
ここ最近、あいつは俺からのメールにも電話にも反応を示さないから、今日も留守電に入れるだけになったが、きっとあいつは留守電を聞いてくれているはずだ。なんとなく、そんな自信はあった。
手土産は、今はちょっと入手困難となったアイス。最後の手段として役立ってくれることを祈ろう。
一度深呼吸をしてから、あいつの部屋のインターホンを押した。が、返答はない。こちらに向かってくる足音だけが、微かに聞こえる。
「……よう」
ドアを少しだけ開けて、三久は顔を覗かせた。
「よう。一ヶ月ぶり」
九月の終わりに会った以来だった。
そう、こいつが俺を好きだと言った、あの日以来である。
「なんの用だよ」
「俺なりに答えを考えてきた。だから入れろ」
「嫌だ」
「なっ……」
真面目に返事を考えなきゃ殺すとまで言ったお前が、どうしてそれを拒否するんだ。
だがしかし、こいつがこんな風に拒絶するんじゃないかということは、なんとなく予想してはいた。本当に拒絶されるとは思っていなかったが、こうなったら仕方がない。俺は考えてきた口実をひとつずつ上げていくことにする。
「お前の新作、読んだんだ。感想を言いたいから入れろ」
「嫌だ」
「俺も久々に小説を書いたんだ。読んでもらいたいから入れろ」
「嫌だ」
「お前と話がしたい」
「嫌だ」
「……」
ここまで強固にガードを張るとは予想外だった。
そういやこいつ、一度警戒し出したら、それを解除するのが大変な奴だったな……。三久が俺にここまで警戒心を剥き出しにするのは、初めて会ったときくらいだ。あとは俺がそれをフォローに回る側にいたから、正面からこれを喰らうのは、本当に久しぶりだった。
こうなれば、最後の手段。これで駄目なら今日のところは帰ったほうが良さそうだ。
俺は手に持っていた最後の手段を三久に提示する。
「ここに、今は入手困難なコンポタ味のアイスがある。だから入れろ」
「よし入れ」
即答だった。
言うが早いが、三久はドアを開けて俺を招き入れる。
部屋に入れてくれるのは嬉しいが、なんだか拍子抜けする展開だった。こんなんで良いのか。
ともあれ、動揺ばかりしていられない。
俺は小さく深呼吸をしてから部屋に上がった。
そんな帯のつけられたあいつの新作は、本屋で大量に平積みにされていた。予想以上の売れ行きに、初版分が一気に消えたという話は聞いていたが、どうやらもう増刷されたようだ。
俺は発売当日に買って今日の昼休みに読破していたから、仕事終わりによく寄る本屋を、今は通り過ぎて歩みを進める。
しかしなるほど、問題作か。
夜も遅くなり人気の少なくなってきた道を歩きながら、俺は考える。
確かに、今までのあいつの作風から考えれば、あれは問題作とだって言えるのだろう。これまでは前向きな人物を描くことのほうが多かったのに、今回はその真逆、後ろ向きな人物しか出てこない物語だったのだから。
簡潔に言うと、ストーカーの男が主人公の物語だった。
学生時代に好きになった女に告白できなかった主人公は、卒業後、女の部屋に盗聴器具を仕掛けてストーキングを始める。最初のうちはそれだけで満足していた主人公だったが、ある日、女に彼氏ができてしまう。
その事実に耐え切れなくなった主人公は、満月の浮かぶ夜に女とその彼氏を刺殺した。そのまま主人公も自殺し、物語は終わる。
「……」
後ろ向きな物語というか、文章そのものが気持ち悪いとさえ言えそうだった。
そう、気持ちが悪い。
けれど何故か読み進めていくうち、読者は主人公の考えに共感し同調していくのだから不思議だ。ここまで読者を引き込ませるあいつの文章は久しぶりだとも思った。
あいつは恋愛ものじゃないと言っていたが、これは立派な恋愛小説だ。歪みに歪んだ一方的な恋愛を、丁寧に描いた小説だった。
昼休みにあいつの新作を読み終えた俺は、そのまま勢いであいつに電話をかけ、今夜お前の家に行くからな、とこちらの用件だけ伝えた。
ここ最近、あいつは俺からのメールにも電話にも反応を示さないから、今日も留守電に入れるだけになったが、きっとあいつは留守電を聞いてくれているはずだ。なんとなく、そんな自信はあった。
手土産は、今はちょっと入手困難となったアイス。最後の手段として役立ってくれることを祈ろう。
一度深呼吸をしてから、あいつの部屋のインターホンを押した。が、返答はない。こちらに向かってくる足音だけが、微かに聞こえる。
「……よう」
ドアを少しだけ開けて、三久は顔を覗かせた。
「よう。一ヶ月ぶり」
九月の終わりに会った以来だった。
そう、こいつが俺を好きだと言った、あの日以来である。
「なんの用だよ」
「俺なりに答えを考えてきた。だから入れろ」
「嫌だ」
「なっ……」
真面目に返事を考えなきゃ殺すとまで言ったお前が、どうしてそれを拒否するんだ。
だがしかし、こいつがこんな風に拒絶するんじゃないかということは、なんとなく予想してはいた。本当に拒絶されるとは思っていなかったが、こうなったら仕方がない。俺は考えてきた口実をひとつずつ上げていくことにする。
「お前の新作、読んだんだ。感想を言いたいから入れろ」
「嫌だ」
「俺も久々に小説を書いたんだ。読んでもらいたいから入れろ」
「嫌だ」
「お前と話がしたい」
「嫌だ」
「……」
ここまで強固にガードを張るとは予想外だった。
そういやこいつ、一度警戒し出したら、それを解除するのが大変な奴だったな……。三久が俺にここまで警戒心を剥き出しにするのは、初めて会ったときくらいだ。あとは俺がそれをフォローに回る側にいたから、正面からこれを喰らうのは、本当に久しぶりだった。
こうなれば、最後の手段。これで駄目なら今日のところは帰ったほうが良さそうだ。
俺は手に持っていた最後の手段を三久に提示する。
「ここに、今は入手困難なコンポタ味のアイスがある。だから入れろ」
「よし入れ」
即答だった。
言うが早いが、三久はドアを開けて俺を招き入れる。
部屋に入れてくれるのは嬉しいが、なんだか拍子抜けする展開だった。こんなんで良いのか。
ともあれ、動揺ばかりしていられない。
俺は小さく深呼吸をしてから部屋に上がった。
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