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透明人間シニシズム
(1)――「お前って自分を客観的に見てたいのな」
しおりを挟む「リアルもゲームみたいだったらなあ――とか、考えたりしないか?」
正面に座る友人にそう話しかけると同時。
学校の隣にある市役所から午後五時を知らせる音楽が鳴った。
僕の声は虚しくもそれ掻き消されてしまい、案の定、友人は「え、なに?」と言いたそうに耳をこちらに突き出してきた。僕は「この音楽が鳴り終わったら」というゼスチャーを取り、友人もそれを理解し頷いて見せた。
妙な間が生まれてしまい、ふと手元に視線を落とす。
そこには、今回の期末考査に向け勉強する為の教科書やノート、プリントが散乱している。これで場所が教室か図書館だったりしたら片づけるのが面倒なのだが、幸いにもここは我らが根城である文芸部の部室だ。紙が散乱しているのはいつものこと。そこに少し教科書やノートが加わった程度では、『ちょっとだけ混沌が増した』くらいの認識の差しか生まれなかった。
一学期の期末考査。
高校三年生一学期の期末考査。
これで大学受験の為に必要になる成績がほぼ決定する、大事な大事な期末考査だ。
しかしながら、僕の成績にはお世辞にも良いとは言えず、今日はテスト前最後の悪足掻きとして、成績優秀な友人を引っ張ってきて部室で勉強会を開催しているのであった。
悔しいが、僕の正面に座る友人――黒木椿季の学力は僕より遥か上、学年トップクラスである。
そして、ただ頭の良いだけが取り柄かと思いきや、こいつの書く小説はすごく面白いときた。成績優秀でセンスもあるとか、お前どこの二次元から出てきたんだと言いたくなるが、そこは勉強を教えてもらう為、今はじっと我慢のときである。
「それで、ミク、さっきなんて?」
市役所からのけたたましい音楽も鳴り止み、椿季は言った。
『ミク』とは、僕こと詩村三久のあだ名である。
一年生の春、こいつと初めて会ったときに、僕の名前を読み間違えたことがきっかけだ。……まあ、あだ名なんて言っても、僕のことを『ミク』なんて呼ぶのはこいつだけなのだが。定着しなかったのだ。
僕は手元に落としていた視線を椿季へと戻し、
「リアルもゲームみたいだったらなあ――とか、考えたりしないか?」
と、先程と同じ台詞を口にした。
「おいこら勉強はどうした」
「休憩だよ。ほら、丁度五時だし。十分くらい休憩したほうが効率上がるだろ」
「……集中力が切れたんなら、素直にそう言えって」
「うるせーよ」
しっかりばれていた。
さすが優等生、洞察力も半端じゃないぜ。
「で、椿季はどう思う?」
僕は完全に開き直り、部室に来る前に買ったコーヒーを一口飲んだ。
「リアルがゲームみたいだったら、なあ。考えたことはなかったけど、なんか面白そうだな」
「だろ?」
「つまりそれって、現実世界で正々堂々と敵をぼこ殴りにできるってことだもんな! やっべえ、すげえ面白そう!」
目を輝かせながら椿季はそう言ったが、反対に僕は表情を曇らせた。
「……いや、僕はそんな物騒な考えかたはしなかったんだが」
『リアルがゲームみたいだったら』という仮定自体には共感してもらえたようだったが、発想が根本から違っていた。
「は? じゃあミクはどう考えたんだよ」
「僕が言うのは、システムの面でってことだよ。敵を倒す云々は僕だって惹かれるものがあるけど、それによる取得経験値が表示されて、今の自分のレベルとかがわかれば、いろいろ便利なのになって思ったんだ。ほら、倒せるボスとまだ倒せないボスっていうのも、ある程度は事前にわかるようになるし、もしゲームオーバーになっても、リトライできる」
「あー、ああ、そういう方向の話か」
僕の言葉をゆっくり咀嚼し、椿季は言う。
どうやら理解はしてもらえたようだが、共感はしてくれないようだった。それが面白くなくて、僕はこんな滑稽な話を続行してしまう。
「それに、選択肢があるっていうのも魅力的だな。きっちりフラグを回収していけば、クリアへの道筋は見えてくるし、物語の分岐になるようなイベントでも、答えには選択肢が用意されてるだろ。わかりやすくて良いじゃんか」
「なるほどなあ。お前って自分を客観的に見てたいのな」
椿季は感心したように二、三度首を縦に振りながら言った。
「客観的?」
「そうなんじゃないか? 俺には、お前は『詩村三久』っていうキャラクターの人生を第三者の視点から眺めて冷静に選択していきたいって風に聞こえたけど」
「……まあ、そうかな」
なるほどな、と今度は僕が頷いた。
感情的に生きるのが苦手だから、自分というキャラクターをできるだけ近くにおいて、プレイヤーの自分はそれを静かに傍観していたい。
言われてみれば確かに、僕の発想は椿季の言う通りなのかもしれない。けれど、こいつに指摘されるまでそうと気づけない僕は、まだ自分を冷静かつ客観的には見れていないという事実へと繋がってしまった。
実際、今の僕は決して冷静とは言えない。
椿季と部室で二人きりというシチュエーションが、現在進行形で僕の精神を引っ掻き回しているのだ。
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