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半額セール
(2)――「良いじゃん、オールドファッション。僕は好きだぞ」
しおりを挟む「ん、もしかしてお前、今帰ってきたばっかりか?」
座椅子に腰を落としながら、こいつは俺にそんな質問をした。
「あー、十分くらい前かな」
「じゃあ夕飯まだじゃん」
「いや、軽くは食べてきたんだ。つうか、夕飯しっかり食べてからだと、流石にドーナツ入んねえから」
「おお、そりゃそうだ」
どうせこいつ相手なんだしと、部屋の片づけは適当に終わらせ、俺は台所へ向かった。
「なあ、ココアとカフェオレ、どっち飲む?」
ケトルに水を入れながら、そんな質問を投げかける。
ドーナツに合う飲み物と言ったら、このどちらかだろう。
「ココアで」
「あれ? カフェオレじゃねえの?」
一応訊きはしたが、こいつはコーヒー飲料ばかりを飲んでいるような男なのだ。てっきりカフェオレを選ぶと思ったのに。珍しい、どうしたのだろう。
「……さっきまで編集さんと打ち合わせだったって言ったろ。打ち合わせ中、格好つけてコーヒーばっかり飲んだから、今日はもうコーヒー飲みたくねえんだよ」
「しょっぱい理由だな」
「しょっぱくねぇよ、むしろ苦ェよ」
「さいですか」
両方のマグカップにココアの粉末を入れながら、ふと、そういえばこいつの小説には、やたらと飲み物を飲むシーンが登場するなあ、なんて思い出した。
高校のときに書いてた作品にも多々あったし、デビュー作にもあった。そしてこいつの場合、そういうシーンが描かれるのは、決まって重要な選択の前だった。
「打ち合わせってことはさあ」
未だ沸騰しないケトルを眺めながら、俺は言う。
「次回作、もう書き始めるわけ?」
前々から、次回作についての相談は受けていた。
次は恋愛ものを書こうと思っているから、お前の恋愛観を教えてくれ――と。
言いたくはないが、俺は決して経験豊富なほうじゃないからと、始めは断ろうと思った。
だけど、もう物語を描くことのない俺の代わりに、こいつがたくさんの物語を生み出していく。
単純にそれが嬉しくて、俺は微力ながらも、今まで時間を見ては相談に乗っていたのだ。
恋愛観。
本当、最近はとんと遠い話になってしまった。仕事の所為にしてしまいたいところだが、生憎と俺の同僚の中には結婚している奴もいる。だから俺が最近そっち方面にご無沙汰なのは、ただただ俺自身に問題があるというだけの話だ。
しかしながら、こいつが恋愛ものを書くというのは意外だった。
いや、今までこいつが描いてきた物語の中に、ほんのりとした恋愛要素ならいくつもあったんだ。けれど、真っ向からの恋愛ものというのは、今回が初めてなはずだ。高校時代から、俺はずっとこいつの読者一号だ。そこを忘れるはずはない。
「あとちょっと。あとちょっとで書けそうってところまで来た。いやあ、編集さんてすごいのな。やっぱりプロだわ」
さっきまでの打ち合わせを思い出しているのか、あいつは天井を見上げながら、感心したような声を出した。
「コーヒーがぶ飲みして頑張った甲斐あって良かったなー」
「うるせーよ」
お湯が沸騰したらしく、ケトルが湯気を吐いていた。俺はマグカップに熱々のお湯を注ぐ。ココアの甘い香りが、良い具合に俺の胃袋を刺激した。仕上げに少し牛乳を入れて、俺特製ココアのできあがりだ。
「ほい、おまち」
「さんきゅー」
テーブルにココアの入ったマグカップを置いて、俺自身も腰を落ち着ける。やっと座った気がした。
「で、ドーナツってなに買ってきたんだよ」
「オールドファッション」
「それと?」
「オールドファッション」
「で?」
「オールドファッション」
「……あとは?」
「オールドファッション」
「……」
恐る恐る、ドーナツの入っている箱を開けてみる。
本当にオールドファッションしか入っていなかった。
嘘だろ、チョコのついてるやつすらないのかよ……。
「……お前、コーヒー飲み過ぎておかしくなったんじゃねぇの」
「良いじゃん、オールドファッション。僕は好きだぞ」
「いや俺も嫌いじゃないけどさ……」
「好きじゃないのか?」
「別に。好きか嫌いかで言えば、好きさ。好きだけど」
ただ、常識を考えろってんだ。
しかし俺の心の内での突っ込みなど知る由もないこいつは、まったりと俺が淹れたココアに口をつけていた。そしてそのまま、ものすごい勢いでココアを飲み干しやがった。
「なんだよ。そんなに喉乾いてたのか?」
「……喉が渇いてたわけじゃないよ。たださ――」
なにかを言いかけて、しかしこいつは続きを口にすることはなく、俺に空になったマグカップを押しつけ、
「おかわり貰える?」
とだけ宣った。
なんだろう、こいつにしては珍しいテンションだな。編集さんとの打ち合わせで、変にスイッチが入ってしまっているのだろうか。
「りょーかい」
マグカップを受け取って、再び台所へ。さっきは丁度しかお湯を沸かさなかったから、またケトルの出番である。
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