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最終話 再試行;再生;再利用
【語り部:五味空気】(5)――「大丈夫。ほら」
しおりを挟む「班員と言えばさあ」
胸の内に巣食うもやもやとした感情を掻き消すように、俺は話題を変えることにした。清風ちゃんも慣れない台詞を口走った羞恥からか、話題転換には賛成らしく、再びこちらに顔を向けてくれた。
「君が俺より年下だろうとは言え、これから俺は清風ちゃんの部下になるんだから、敬語を使ったほうが良い……デスヨネ? 清風班長って呼べば良いデスカ?」
ようやくエレベーターが到着し、ドアが開く。一歩先んじてエレベーターに乗った清風ちゃんは小さく笑い声を零したが、残念なことに、その綻んだ顔を拝むことは叶わなかった。
「これまで通りで構いませんよ。好きに呼んでください」
そうしてこちらに振り向く頃には、清風ちゃんの表情は微笑み程度に落ち着いていた。いや、それにしたって上機嫌であることに変わりないんだろうが。なにか良いことでもあったのかな。
「それならお言葉に甘えて。よろしくね、清風ちゃん」
言いながら、俺もエレベーターに乗り込んだ。ドアが閉まり、エレベーターは一階に向かって下降していく。あっという間に一階に到着するとドアが開き、清風ちゃんから先に降りる。エントランスと思しき場所にあるいくつかのセキュリティを抜けると、久しぶりの外の世界が待っていた。
宇田川社の出入り口は、大きな通りからは少し離れた裏手に位置しているらしく、扉を抜けると路地裏のような場所が広がっていた。
建物の隙間から見える、気持ちの良い青空と綿あめのような白い雲。春らしい心地の良い風が撫でるように抜けていき、世間のざわめきが聞こえてくる。人々の話し声、足音、携帯電話の鳴る音。車のエンジン音、クラクション。歩行者用信号機から流れるメロディ。カラスやスズメの鳴き声。
ほんの一週間ぶりの外だというのに、俺はなんだかひどく心を揺さぶられたような気分になった。まるで初めて自由を勝ち得たかのような解放感すらある始末である。過去の記憶なんて一切思い出せていないのに、これほど平凡な日常へ当たり前に溶け込むのは初めてだと、身体が理解しているようだった。
「どうしたんですか?」
得体の知れない恐怖に襲われ足が止まっていた俺に、清風ちゃんは振り返って声をかけてきた。
あんな物騒な大鎌を振り回していた彼女でさえ、こうしていれば、どこにでもいる女子高生の一人にしか見えない。
俺はこの先に行って良いのだろうか。
上手く〈表〉の世界に紛れて生きていけるのだろうか。
「大丈夫。ほら」
立ち尽くしていた俺の手を、清風ちゃんは優しく引く。その手の温もりはどこか懐かしく、これ以上ないくらいに安心させられた。
そうして大通りへ出て、俺達は歩みを進める。
誰からも奇異の目は向けられなかった。
「まずは日用品を買いに行きましょう。食器は余分にあるので、今日のところはルームウェアと歯ブラシさえ買えれば問題ないかと思います。この通りを真っ直ぐ行ったところにその手のお店が集中してますから、そこでそろえちゃいましょう」
そうやってこれからのことを話す清風ちゃんの姿は、これまでで一番楽しそうだった。それに感化されて、俺まで楽しい気分になる。
「……ていうか清風ちゃん、やけにシェアハウスの内情に詳しくない? よく遊びに行ってたりするの?」
「なに言ってるんですか。私もそこの住人ですよ」
「えっ」
足を止めこそしなかったものの、かなりの威力を持った発言に、俺の口から漏れたのはそんな音だけだった。
「街から少し離れた雑木林の中にある一軒家で、今は課長とドクターと私の三人で住んでるんです。良い場所ですよ」
「ああ、だからか……」
遅ればせながら、さっき課長室で清風ちゃんが動揺していた理由を理解した。そりゃあ、いきなり知らない男が同居するとなれば、清風ちゃんでなくともびっくりするわな。
思えば、両親を殺され、天涯孤独の身の上であり未成年である清風ちゃんに、一人暮らしなどさせるわけがないのだ。ただでさえ狙われやすい状況にあるのだから、誰かしらと同居していたほうが都合が良い。迷原課長とあの医者猫男が住人なら、守りは完璧である。
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