リトライ;リバース;リサイクル

四十九院紙縞

文字の大きさ
上 下
77 / 78
最終話 再試行;再生;再利用

【語り部:五味空気】(5)――「大丈夫。ほら」

しおりを挟む

「班員と言えばさあ」
 胸の内に巣食うもやもやとした感情を掻き消すように、俺は話題を変えることにした。清風ちゃんも慣れない台詞を口走った羞恥からか、話題転換には賛成らしく、再びこちらに顔を向けてくれた。
「君が俺より年下だろうとは言え、これから俺は清風ちゃんの部下になるんだから、敬語を使ったほうが良い……デスヨネ? 清風班長って呼べば良いデスカ?」
 ようやくエレベーターが到着し、ドアが開く。一歩先んじてエレベーターに乗った清風ちゃんは小さく笑い声を零したが、残念なことに、その綻んだ顔を拝むことは叶わなかった。
「これまで通りで構いませんよ。好きに呼んでください」
 そうしてこちらに振り向く頃には、清風ちゃんの表情は微笑み程度に落ち着いていた。いや、それにしたって上機嫌であることに変わりないんだろうが。なにか良いことでもあったのかな。
「それならお言葉に甘えて。よろしくね、清風ちゃん」
 言いながら、俺もエレベーターに乗り込んだ。ドアが閉まり、エレベーターは一階に向かって下降していく。あっという間に一階に到着するとドアが開き、清風ちゃんから先に降りる。エントランスと思しき場所にあるいくつかのセキュリティを抜けると、久しぶりの外の世界が待っていた。
 宇田川社の出入り口は、大きな通りからは少し離れた裏手に位置しているらしく、扉を抜けると路地裏のような場所が広がっていた。
 建物の隙間から見える、気持ちの良い青空と綿あめのような白い雲。春らしい心地の良い風が撫でるように抜けていき、世間のざわめきが聞こえてくる。人々の話し声、足音、携帯電話の鳴る音。車のエンジン音、クラクション。歩行者用信号機から流れるメロディ。カラスやスズメの鳴き声。
 ほんの一週間ぶりの外だというのに、俺はなんだかひどく心を揺さぶられたような気分になった。まるで初めて自由を勝ち得たかのような解放感すらある始末である。過去の記憶なんて一切思い出せていないのに、これほど平凡な日常へ当たり前に溶け込むのは初めてだと、身体が理解しているようだった。
「どうしたんですか?」
 得体の知れない恐怖に襲われ足が止まっていた俺に、清風ちゃんは振り返って声をかけてきた。
 あんな物騒な大鎌を振り回していた彼女でさえ、こうしていれば、どこにでもいる女子高生の一人にしか見えない。
 俺はこの先に行って良いのだろうか。
 上手く〈表〉の世界に紛れて生きていけるのだろうか。
「大丈夫。ほら」
 立ち尽くしていた俺の手を、清風ちゃんは優しく引く。その手の温もりはどこか懐かしく、これ以上ないくらいに安心させられた。
 そうして大通りへ出て、俺達は歩みを進める。
 誰からも奇異の目は向けられなかった。
「まずは日用品を買いに行きましょう。食器は余分にあるので、今日のところはルームウェアと歯ブラシさえ買えれば問題ないかと思います。この通りを真っ直ぐ行ったところにその手のお店が集中してますから、そこでそろえちゃいましょう」
 そうやってこれからのことを話す清風ちゃんの姿は、これまでで一番楽しそうだった。それに感化されて、俺まで楽しい気分になる。
「……ていうか清風ちゃん、やけにシェアハウスの内情に詳しくない? よく遊びに行ってたりするの?」
「なに言ってるんですか。私もそこの住人ですよ」
「えっ」
 足を止めこそしなかったものの、かなりの威力を持った発言に、俺の口から漏れたのはそんな音だけだった。
「街から少し離れた雑木林の中にある一軒家で、今は課長とドクターと私の三人で住んでるんです。良い場所ですよ」
「ああ、だからか……」
 遅ればせながら、さっき課長室で清風ちゃんが動揺していた理由を理解した。そりゃあ、いきなり知らない男が同居するとなれば、清風ちゃんでなくともびっくりするわな。
 思えば、両親を殺され、天涯孤独の身の上であり未成年である清風ちゃんに、一人暮らしなどさせるわけがないのだ。ただでさえ狙われやすい状況にあるのだから、誰かしらと同居していたほうが都合が良い。迷原課長とあの医者猫男が住人なら、守りは完璧である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

風船葛の実る頃

藤本夏実
ライト文芸
野球少年の蒼太がラブレター事件によって知り合った京子と岐阜の町を探索するという、地元を紹介するという意味でも楽しい作品となっています。又、この本自体、藤本夏実作品の特選集となっています。

となりのソータロー

daisysacky
ライト文芸
ある日、転校生が宗太郎のクラスにやって来る。 彼は、子供の頃に遊びに行っていた、お化け屋敷で見かけた… という噂を聞く。 そこは、ある事件のあった廃屋だった~

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...