74 / 78
最終話 再試行;再生;再利用
【語り部:五味空気】(2)――その背後には、はっきりと怒り狂う般若の面が見えた。
しおりを挟む「――で。利用されていたとはいえ、あんたが実行犯である事実は揺るがないじゃない?」
と。
ふと数日前のことを思い出していた俺に、狼女は話を続ける。
狼女の口から飛び出た不穏な言葉に、途轍もなく嫌な予感がした。
「とりあえず損害分くらいは働いてもらおうと思ってるんだけど、どう?」
「え」
「どうっていうか、あんたに拒否権なんてないんだけどさ。これは命令だよ、五味空気クン」
両手を口元で組み、わざとらしくにっこりと笑う狼女。その背後には、はっきりと怒り狂う般若の面が見えた。
「業務妨害による損失分と、清掃業者への依頼料。たあーっぷり働いて返してもらうから――覚悟しとけよこの野郎」
「え、ちょ、でも」
「配属先は、警護部特殊警護課〝K〟班。清風、あんたのところに預けるから、上手く使ってね」
「了解です」
あの少女が――清風ちゃんが顔色ひとつ変えずに頷いたのを見るに、どうやら事前にこの話を聞いていたようだ。けれど俺にとっては不意打ちに受けた話であり、この動揺は隠そうとして隠せるものではない。が、そんな俺を他所に、話は淡々と進んでいく。
「清風のことはもう知ってるだろうから省略して良いよね。あたしは、警護部特殊警護課課長兼〝C〟班班長の迷原嵐っていうの。これからよろしくね」
「あ、はい。よろしく、オ願イシマス」
まだ頭が状況を理解しきれていないながらに返した言葉は、我ながら礼儀のなっていないものになってしまった。慣れない敬語を使うだけで精一杯とは情けない。
「あ、そうだ」
ぐるぐると情報が交錯する脳内会議に問答無用で放たれる狼女からの追撃は、しかし驚くべきことに、まだ止まなかったのである。
「心配しなくとも、衣食住くらいは確保してあげるよ。給料も、七割くらいは返済に当てさせてもらうけど、あとは自由に使ってもらって構わないから、食べるものと着るものには困らないでしょ。住むところは、一応社員寮みたいなところもあるっちゃあるんだけど……そこに業務妨害の実行犯をぶち込むのは、さすがのあたしでも気が引けるからなあ。そだ、あたしが個人的に管理してるシェアハウスに置いてあげるよ。まだ空き部屋あったし」
「はあ……」
「えっ」
中途半端に頷く声と、驚嘆の声とが重なった。前者が俺で、後者は清風ちゃんである。見れば、清風ちゃんは目を白黒させていた。
「ま、まま待ってください課長、私、それ聞いてないです」
「そりゃあそうだよ。今決めたんだし」
「なっ……!」
「どしたの、清風ちゃん」
俺だってまだいろんなことが消化不良で混乱中だが、真横でここまで狼狽されると、却って冷静にもなれてしまう。
「だ、だって、だって……!」
俺と狼女とを交互に見つつ、僅かに頬を赤らめて慌てふためく清風ちゃん。そうしていると年頃の少女らしさが戻ってきているようで、ほっとする。がしかし、一体なにが清風ちゃんをここまで動揺させているのだろう。
「大丈夫だいじょうぶ。清風、あんたの心配してるようなことにはならないって。つうか、そうなるようだったら、あたしがこいつをぶっ殺してあげるから」
「そっ、それは駄目です!」
「ほほーう?」
絶好のいじりどころを見つけたと言わんばかりに、狼女は悪役そのものの笑みを浮かべる。
「なになに、どういうことかな風視ちゃ~ん? おねーさんに話してごらんよ~」
しかし、そんなあからさまに揶揄われて、清風ちゃんがそれに乗るわけもなく。
「なんでもないです! 私、先に帰りますっ!!」
ほとんど怒鳴るようにそう言うと、清風ちゃんはすさまじい勢いで課長室を出て行ってしまった。力強く閉じられたドアはばたんと大きな音を立て、廊下にまでその音を響かせたことだろう。
「ありゃ。怒らせちゃった」
「わざとやったくせに」
嘆息する狼女――もとい、迷原課長に、俺はほとんど反射的にそう返していた。立場を弁えない発言に、拳の一発でも飛んでくるかと構えたが、迷原課長は全く気にも留めない様子で肩を竦めた。
「なんだ、気づいてたんだ」
「だって、冗談が通じる性格じゃないでしょう、清風ちゃんは」
「真面目な子だからねぇ」
そう言って笑みを零す迷原課長の表情は、まるで清風ちゃんの姉か母のような、慈しみを含んだそれだった。が、そんなものは目の錯覚だったと言わんばかりに一瞬にして引っ込み、元の飢えた狼のような鋭い目つきに戻る。
「五味さあ、清風のこと好き?」
「は? あー、まあ、嫌いじゃないですよ。俺に飯を持ってきたりしてくれたし。良い子だと思います」
なるほど、と頷いた迷原課長は、それじゃあ次、と質問を重ねる。
「清風が使ってるあの大鎌については、もうある程度知ってるの?」
「ええ、まあ」
他でもない清風ちゃん本人から、大体の話は聞いている。
『死神』と恐れられた父親――清風美景の遺品。それを守る為、そして両親を殺した犯人を殺す為に、彼女はこの物騒な世界に身を置いているのだ。
「あれを狙ってる奴ってのは、清風本人が自覚してるより全然多いんだよね。『死神』清風美景が相手でなければ或いはって考えの連中が、ごろごろいるわけ。でも清風には、そいつら全員を確実に蹴散らせる実力が、まだ備わってない」
筋は良いと思うんだけどね、とつけ足す迷原課長。
キャリア五年ばかりで、一時とはいえあの天神絶途と同等に渡り合うことができたのだから、確かにセンスは飛び抜けて良いのだろう。そう思って頷く俺に、迷原課長は言う。
「だから、前々から必要だと思ってたんだよ、清風専用の護衛が。つかず離れず、でも清風にはバレない護衛。だけどあの子、自分も宇田川社の社員なんだから護衛なんて不要です、なんて言うもんだから、あからさまに屈強そうなのをつけられなくてさあ。班員としてならって思って〝K〟班を作って、的無って子を試しに置いてみたけど、あの子、清風にべったりするだけで護衛にはならなかったんだよね」
そこまで言われてようやく、迷原課長の言わんとすることを察知した。
「つまり俺に、盾になれって言いたいんすね」
「ご名答」
回復型の四鬼の有効活用というわけだ。天神絶途も言っていたけれど、恐らく〈裏〉においての回復型の四鬼とは、おおよそそういう役割を受け持つことが多いのだろう。まして俺は今、宇田川社の温情で命を繋いでいる立場だ。逃げられる選択肢を自ら突っぱね、のこのこと戻ってきてしまった以上は、宇田川社に従うべきである。
「だけど、自分で言うのもなんだけど、おたくらの大事なお嬢さんを、俺なんかに任せて良いんですか?」
「だってあんた、信用はないけど実績はあるじゃん」
「さいですか」
「こと清風に関しては、だけどね」
そんな注釈をつけて、迷原課長は続ける。
「あんたは現状、ただでさえ信用ゼロな状態でウチの社員になるんだから、行動の一切に気をつけなさいね。ウチの情報を他所に売り飛ばしたり、仕事の邪魔をするのはもちろんのこと――大事なウチの社員を手にかけるようなら、あたしが直々にあんたをぶっ殺すから、その辺はしっかり脊髄に刻んでおけよ」
「……ハイ」
それ以外の回答など許可しないと言わんばかりの殺気だった。いやさ、そんなことしようだなんて微塵にも考えていないのだが。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
風船葛の実る頃
藤本夏実
ライト文芸
野球少年の蒼太がラブレター事件によって知り合った京子と岐阜の町を探索するという、地元を紹介するという意味でも楽しい作品となっています。又、この本自体、藤本夏実作品の特選集となっています。
となりのソータロー
daisysacky
ライト文芸
ある日、転校生が宗太郎のクラスにやって来る。
彼は、子供の頃に遊びに行っていた、お化け屋敷で見かけた…
という噂を聞く。
そこは、ある事件のあった廃屋だった~
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる