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第4話 存在価値
【語り部:在江在処】(18)――「望み通り殺してあげる。お前が死ぬまで、殺してやる」
しおりを挟む「……そう、わかった」
いまいち要領を得ない問答だった気もするが、どうやら風視ちゃんはそれで納得したようだ。
「それじゃあ、これが最後の質問」
「もう最後? なに?」
「五味空気は、どうなったの?」
「……」
「なんでも訊いてと言ったのはお前でしょう? 答えて」
確かにそうだ。けれどどうしてだろう、使い捨ての人格の安否について問われると、首を締め上げられるような息苦しさを感じた。おかしいな、もう四鬼用の拘束具は外れているのに。
「あいつは死んだよ」
息苦しさを我慢して、おれは質問に答える。
大丈夫だ、苦しいのには慣れてる。いつものことじゃないか。
「だから今、おれがこうしてこの身体を使ってるんだ」
「生命活動が停止すると人格は消滅するの? それとも、統合されていくの?」
「ねえ風視ちゃん、今はおれが表に出てきてるんだ。おれに訊きたいこと、まだたくさんあるんじゃない?」
「五味空気は、もう居ないの?」
「――ああもう、うるっさいなあ!!」
腹の内でうねる黒い感情を堪えきれず、おれは拳銃の引き金を引いた。弾丸が銃口から飛び出し薬莢の落ちる音が、二発分響き渡る。もちろん照準は風視ちゃんから外して撃った。風視ちゃんを殺すわけにはいかない。そんなことをすれば、この数年分の《おれ》が無駄になってしまう。
「今、君の目の前に居るのはおれだ、在江在処だ。ねえ、訊くならおれのことにしてってば。それならいくらでも答えてあげるからさ」
「……訊きたいことは、もうない」
言って、風視ちゃんは大鎌の刃先をおれの首元から外し、胸元からも足を退けた。そうして、よろよろと数歩後ろに下がる。大鎌の間合いから外れ、たっぷりに距離を取った。
「やっぱり貴方は巻き込まれただけだったんだ。……勝手に死んじゃうなんて、許さないんだから」
なにかを責めるように独りごちて、風視ちゃんはその大鎌の刃先をこちらに向けた。僅かに差し込んだ月の光を浴びて、大鎌はこれ以上ないほど不気味に光る。
「立って。寝転がられてたら、殺しにくい」
「――ヒヒッ!」
その言葉を受け、全身が歓喜の渦に包まれる。
ああ、おれはこの瞬間を待ち侘びていたんだ。
跳ね上がるようにして身体を起こすと、風視ちゃんは刃の如き鋭い視線でおれを射抜いていた。
「望み通り殺してあげる。お前が死ぬまで、殺してやる」
百戦錬磨のおれにさえ鳥肌を立たせる、風視ちゃんの悍ましいまでの殺気。
これは、義務から生じる殺意じゃない。
心の奥底から湧き上がる感情から成る殺意だ。
それは、どうしようもないもので。
同時に、愛おしいものでもあった。
「おれのこと、めいっぱい愛してくれよ!! 風視ちゃんっ!!」
おれはその愛全てを、零すことなく受け止めたい。
だから、引き千切れんばかりに両手を広げ、おれは吠えるように叫んだ。
「――っ」
大鎌を握り締め、風視ちゃんはおれを殺しに向かってくる。
かの『死神』が愛用していた大鎌は、どんな切られ心地がするのだろう。考えるだけで胸が熱くなる。様々な死にかたを経験したおれでさえ、あれで切られる感触は想像できない。なにせ、夢にまでみた瞬間が到来するのだ。いつもの死とはわけが違う。冷静でいられるはずがない。
「ッ……」
五年越しの願いが成就する。
まさか、こんなに早く願いが叶うだなんて思いもしなかった。
しかし、笑みを浮かべそのときを待つおれとは反対に、風視ちゃんは両目に涙を浮かべている。というより、もう泣いていた。
風視ちゃんはぽろぽろと涙を零しながら眉間に皺を寄せ、唇を噛み締め、その大鎌を振りかぶっているのだ。嬉し涙にしてはその表情は険しく、おれには今、風視ちゃんがどんな感情でいるのか、全く見当がつかない。
何故、戦場で仲間を殺さなければならない状況に追い込まれた兵士のような、悲痛な表情をしているのか、なんて。
おれにはわからない。
わかるはずもなかった。
「――っ!!」
「イヒヒッ!」
風視ちゃんの声にならない悲鳴と、おれの笑声が重なる。
死に慣れたおれの目にも、その瞬刻はスローモーションに映った。
涙を光らせながら風視ちゃんは踏み込み、飛ぶ。全体重を一撃に乗せることで威力の倍増を図っているのかもしれない。
何人何百人の命を狩った『死神』の鎌が、勢いよく振り下ろされる。
「―― 」
大鎌はおれの左肩からぞぶりと入り、右の脇腹へと斜めに抜けて行く。
映像と感覚とに時差が生まれ、気づいた頃には身体が分断されていた。そうして次の瞬間にはずるりと上半身が滑り、冷たいコンクリートの地面へ、べちゃりと汚い音を立てて着地する。突然上半身を失った下半身も、遅れてぱたりと倒れた。
これは間違いなく致命傷。
おれは晴れて、大好きな風視ちゃんに殺してもらうことに成功したのだ。
腹部から内蔵と血液が勢いよく溢れ出していたが、おれの内側は非常に温かい気持ちで満たされていた。
これが、好きな子に殺されるということ。
望み望まれて死ぬということ。
一方的な殺意によって、一方的に命を絶たれるのではない。
おれは今、自ら求めた死に様を手に入れたのだ。
ありきたりな表現で申し訳ない限りだが、おれは幸せだった。
慣れ切った迫りくる死の気配に促され、おれはゆっくりと瞼を閉じる。
大きな目標を達成してしまったし、次の《おれ》はどう創ろうか。こうして《おれ》達を管理するのも疲れてきたし、別の《おれ》に管理権を移譲して、おれはしばらく眠っていようかな。その間は、また海外へ行って傭兵として生計を立てるのも悪くない。
日本に戻ってきたからこそ、生まれて初めて好きな子ができて、好きな子に殺してもらえて、とても満足できた。だけど日本は、居るだけで嫌なことを思い出してしまう。ジュンを殺した天神絶途は、殺してやりたいくらい憎ましく思っていたけれど、この手で殺したくはなかった。あの人には、それなりに世話になったから。まあ、殺してしまったものは仕方ないのだけれど。
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