リトライ;リバース;リサイクル

四十九院紙縞

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第4話 存在価値

【語り部:五味空気】(1)――「貴方は、優しいひとだと思います」

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 全身を尋常でない疲労感が襲う中、俺達は情報屋の部屋をあとにした。
 外に出ると日は傾き始めていて、どことなく風も冷たく感じる。
「暗くならないうちに帰りましょう」
 おもむろに青から紺へと変化していく空を見上げていた俺に、少女はパーカーの裾をつんと引っ張って声をかけてきた。
 驚くことに、少女は情報屋からの話を聞いてなお、俺への態度を変えていない。いくら今の俺に記憶がないとは言え、少女を殺す為に動いていたかもしれない人間に、こうも懐けるものだろうか。この少女には、本当に危機感というものがないのか?
「……そうだね」
 そんな思考を読まれないよう、俺は頷いた。せっかくの信頼を無下にはしたくない。
 二人で並んで、元来た道を辿る。背後では地平線に沈みかけている太陽が、最後の最後まで自身の存在を主張しているかの如くめらめらと燃えていた。俺と少女の影が、ぐんと前に伸びていく。小学生の帰宅時間は過ぎているが、中高生はまだ部活動に励んでいる時間帯なのか、通行人は一人として見かけない。情報屋のアパートが住宅街から少し外れたところに位置している所為か、買い物帰りの主婦すら居ない有様だ。どちらかというと工場なんかが多そうな地域のようである。
「なんというか、拍子抜けしました」
 少しして、少女は足を止めることなく話し始めた。
「闇中はあれで腕は良いですから、貴方のこと、なにかひとつでもわかると思ったんですけれどね。まさか、ここまでなにもわからないとは思いませんでした」
 情報屋の調査でわかったのは、五味空気に関する情報がほぼ皆無であるということ。それだけの情報では、いくら仮説を立てようと全て推測の域に留まってしまう。
「清風ちゃんは、どう思う?」
 歩調を合わせながら問いかけた俺に、少女は、なにがですか、と返す。
「俺の正体について。君は、俺がどんな人間だったと思う?」
 客観的には見えてこない五味空気という人間に対し、俺は少女の意見を求めた。
 俺には俺がわからない。だからせめて、少女の目には俺がどう映っているのか知っておきたかった。
「……貴方は」
 俺を一瞥したのち、少女は言う。
「貴方は、優しいひとだと思います」
「それは、俺が君を、身を挺して護ったから?」
 それもありますけど、と言いながら、少女は一歩先んじて俺の正面に立った。夕日に照らされ、少女の髪に橙色が上書きされる。そうして眩しそうに目を細めながら、少女は続ける。
「だって貴方――今日は闇中のところで以外、首の拘束具が発動してないんですよ?」
「……それは」
 言われてみれば、という感じだった。
 思い返せば、今日の俺は大人しく少女のあとをついてきただけだった。拘束具をつけられているにしても、駄目元で逃げてみようとしさえしない。その気になれば、チャンスはいくらでもあったはずなのに。
 どうしてか。
 その問いに対する答えは、ひどく簡単で。
 俺は少女と一緒に居るのが、とても楽しかったんだと思う。
 理由はわからないけど、とにかく少女の隣は居心地が良くて、逃げ出すなんて考えつきもしなかった。ましてや、少女を傷つけてまで脱走を図ろうなんて論外である。
「これは私の勝手な推測ですけれど、貴方はたぶん、なにかの拍子で〈裏〉に巻き込まれただけだと思うんです。貴方みたいに能天気な性格じゃ、〈裏〉でなんて生きていけなさそうですからね」
 五年前、何者かによって両親を殺されたと告白した少女。
 彼女はその事件をきっかけに〈裏〉に身を置くことになったのだろう。
 復讐を果たす為に。
 形見である大鎌を守る為に。
「だったら、清風ちゃんだっておんなじじゃない?」
 だから俺は、それをそのまま告げた。
 そんな理由で〈裏〉へ来てしまったのなら、少女のほうこそ早く〈表〉へ――元居た場所へ戻るべきだ。
「私は良いんですよ、自分の意思でこうしてるんですから」
 そう言って、少女はくるりと回って俺に背を向けた。トロンボーンとかいう楽器が入っているケースの金具が夕日を反射して、ちかちかと光る。
「両親がそろってそういう仕事をしていたと私に隠していたことは、今だって怒ってます。それでも、大切な両親であることには変わりありません。二人が私に隠しごとをしていたということ以上に、私は二人を殺した犯人に怒っているんです。形見になってしまった大鎌を奪おうとする連中も、絶対に許しません」
 だから私は、と少女は話し続ける。
 俺に背を向けたまま淡々と、調子を変えることなく。
「そんな人達を殺したいとは思いませんけれど――殺さなきゃとは思うんです」
「そんな――」
 反射的に飛び出しそうになった言葉を、すんでのところで押し戻す。
 ――そんな粗末な殺意でここにいるのか。
 俺は今、確かにそう言いかけた。
 それは少女なりの決意や覚悟、その全てを無下にしてしまうような言葉だ。こうして懐いてくれているだけでも重畳だというのに、それを自ら破壊してしまうところだった。
 義務めいた殺意だって、人を殺す意思があることに変わりはないのに。
「それじゃあ俺も、清風ちゃんからしたら、そういう奴らの一人ってことになるのかな」
 だからと代わりに吐いた言葉は、俺と少女の絆の脆さを如実に表していた。
 『死神』の大鎌を狙った一人として、殺さなければならない。
 それだけの殺意しか向けられていないのだと思うと、妙に腹立たしかった。
 しかし驚くことに、再び歩き始めた少女は、それは違います、と否定する。
「闇中の調査報告でもあったように、貴方が何者で、どういう目的があって宇田川社へ業務妨害を行ったかは、依然不明のままです。宇田川社に個人的な恨みがあってやったことなのか、闇中の言うように私を誘き出して大鎌を奪うつもりだったのか、はたまたそれ以外か。それはまだ判明していません。つまり現状、確かな証拠がないわけですから、私に貴方を殺す理由はないんですよ。もちろん、両親の件も含めてです。私個人としては、記憶喪失状態の五味空気は無害認定しても良いんじゃないかとも思ってますけどね」
 それに、と少女は言葉を紡ぐ。
「宇田川社としても、似たような判断をせざるを得ないんじゃないでしょうか。怪しい奴を片っ端から殺していては、キリのない業界ですからね。貴方の記憶が戻るまでは、宇田川社の監視下に置かれるかたちで落ち着くと思いますけれど」
「それは……喜んで良いことなのかな?」
 少女から殺意を向けられていないことに喜ぶ俺と。
 心のどこかでそれを残念がり、憤りを感じる俺がいるような。
 なんとも奇妙な感覚だ。
「命を奪われはしないんだから、素直に喜べば良いじゃないですか」
 雑談というには殺伐とした雑談をしながら、歩を進める。駅までは、あと五分と言ったところだろうか。
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