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第2話 能力検査
【語り部:五味空気】(8)――「好きな天気はなんですか?」
しおりを挟む――貴方に死なれたら困るんです。会社の為にも、私の復讐の為にも。
ふと、昨日の少女の言葉が蘇る。
言っている意味がわからなくて重ねて質問をしてみたが、結局詳細はわからず仕舞い。少女は「早く記憶を取り戻してください」の一点張りだった。記憶がないなりに一晩考えてはみたが、この言葉の真意は掴めないまま。
会社の為はともかく、復讐の為というのがさっぱりだ。復讐相手とやらが俺であれば、会社の為と並列で話すのはおかしい。だから生かしておいてこそ、その復讐に価値があると思われているのだろうが……。
「いくつか質問するので、正直に答えてください」
俺がおにぎりをひとつ食べ終えたところで、少女はおもむろに口を開いた。
「それは、回答如何によっては拷問コースのやつ?」
「いいえ、軽い雑談のようなものです。答えたくなければ無視してもらって構いません」
仮にも殺人鬼扱いされている男を相手に雑談とは、この少女、なかなか神経が図太い。物騒な業界に属しているだけあって肝が据わっているなあ、なんて心の内で感心しつつ、いいよ、と答えた。どうして少女が俺と雑談に興じようなどと思ったのかなんて、一切疑問を抱くこともなく。
「その代わり、あとで俺からの質問に答えてもらっても良いかな?」
「……質問の内容にもよりますが、良いでしょう」
一か八か、というよりかは十中八九断られると思って出した提案は、拍子抜けするほどすんなりと受け入れられた。
では、と少女は食事を続けながらに質問を始める。
「好きな天気はなんですか?」
「曇り」
「嫌いな曜日は?」
「日曜日」
「好きな季節は?」
「冬」
「嫌いな季節は?」
「夏」
「好きな色は?」
「ない」
「嫌いな色も?」
「ないかな」
「好きな銃は?」
「トカレフ」
「好きな刃物は?」
「ファイティングナイフ全般」
「嫌いな食べ物は?」
「わさび、かな」
「好きな食べ物は?」
「んー、プリン?」
「それじゃあ、異性で好みのタイプってありますか?」
「好みのタイプは……守ってあげたくなる系?」
「というと?」
「黒髪ストレートで、目鼻立ちがすっとしてて……。あ、ちょうど君みたいな子かな」
「っ!」
それまで食事を続けながらに行っていた質疑応答は、少女の突然が派手な物音を立てて立ち上がったことにより、強制的に終止符が打たれた。
「それって、それって……!」
少女の膝上にあった弁当の容器とプリンが、空虚な音を立てて転げ落ちる。幸い、どちらも既に空になっていて大惨事には至らなかった。しかし少女本人はと言えば、そんな自分の足元の状況になど一切目もくれず。ただただ大きく見開いた目をきょろきょろと忙しなく四方に泳がせ、僅かに紅潮する頬に両手を当てていたのであった。
「じゃ、じゃあその、あのとき、私を助けてくれたのって――」
言いながら、少女は鉄格子を掴む勢いでやって来る。その気迫たるや、初めて会ったときに匹敵する――否、それ以上だ。
「ご、ごめ……! 俺、変なこと言っちゃったね?! 気分を悪くしたんなら謝るよっ! ごめん! ごめんなさいっ!!」
気がつけば、俺は土下座の姿勢をとっていた。
この少女に危害を加えたと知られたら、俺の身が危ない。女子中学生はもちろんのこと、あの狼女も少女を大事にしているように見えた。ほんの少しの時間しか接していないが、あの二人の逆鱗に触れるのはまずい。そう本能が告げていた。
「……。いえ、私のほうこそ取り乱してしまって、すみませんでした」
少女から殺気立った気配が消える。
顔を上げて見ると、少女は落とした容器を拾い上げ、持参したビニール袋に突っ込んで片づけをしているところであった。なにがきっかけで取り乱したのかもわからなければ、急に落ち着いた理由もわからない。しかしどうやら、俺の身の安全が確保されたのは確かなようである。
「私からの質問は以上です。それで、貴方の質問というのはなんですか?」
「ああ、うん……」
テンションの上がり下がりが激しいのは、年頃故なのか、なんなのか。その乱高下についていけずに狼狽してしまいそうになるが、ここはどうにか堪えて、少女への質問を繰り出す。
「昨日、君が言ってた――俺に死なれたら困る理由って、なに?」
途端、片づけをしていた少女の手がぴくりと震えたように見えた。
「言葉の通りですよ」
果たして、ゴミを回収し終え、ビニール袋の口を縛りながら、少女は言う。
「ようやく捕まえた業務妨害の殺人鬼に死なれたら、会社は困るに決まってるじゃないですか」
「でも君は、それ以外に『復讐の為』とも言ってたよね? 俺がわからないのはそこだよ」
合致しているようで食い違う目的。
「君は俺を、どうしたいんだ?」
「……」
パイプ椅子に戻った少女は、俯いたまま黙っている。それは吐き出したい感情を、ぎりぎりのところで抑えつけている風にも見えた。そんな少女の年相応の行動に――子どもと思われないよう必死に冷静でいようとする様に、なんだかひどく胸を締めつけられる思いがした。
「いや、答えたくないんなら別に――」
「貴方が犯人なんじゃないかって、思ってるんです」
話を変えようとした途端、少女は俯いたまま言った。
「だから俺は――」
「私が言っているのは、五年前のことです」
「五年前?」
話の脈絡が読めずに小首を傾げる俺に、少女は短いため息をついた。
「私は質問に答えました。雑談はこれで終わりです」
ぱっと顔を上げたかと思うと、少女はスイッチを切り替えたようにいつもの無表情になって、鉄格子の前の床にぺたんと座る。
「これからは尋問の時間です」
貴方もここに座ってください、と少女は自身の目の前を指差した。
「尋問は意味ないんじゃなかったっけ」
言いながら、少女の正面に腰を下ろす。
表情も調子も、すっかり元通りだ。てっきり、とびきりでかい地雷でも踏み抜いてしまったかと思ったが、気の所為だったのかもしれない。そう思えるほどの切り替えようだった。
「ことのあらましを最初から聞いていけば、思い出すこともあるかもしれないじゃないですか」
「ふうん?」
それは果たして尋問なのかと言いたくなったが、すんでのところで我慢する。せっかく、俺がどんな容疑で捕まっているかが具体的に判明しそうなんだ。邪魔する理由はない。
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