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第2話 能力検査
【語り部:五味空気】(5)――今、俺が死ぬわけにはいかない。
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「……」
医者猫男の動きに注意を払いつつ、コルトガバメントを手に取る。
銃独特の重み、質感、緊張感。そのどれもが懐かしく思えて、微かに手が震えた。
「三発だ」
右手の指を三本立てて、医者猫男は言う。
「それには三発の弾を入れてある。お前が本当にあの殺人鬼なら、三発もありゃ充分だろ」
医者男に一発、女子中学生に一発。そしてもう一発は、ここの扉を壊す為。この部屋から出られさえすれば、場所が場所だけに、武器なんて腐るほどあるだろう。故にその数字は理に適っているわけだが、『お前が本当にあの殺人鬼なら』とはどういうことか。狙いを定めて撃てば、それは当たり前の数字だろうに――
「――ああ。なんだ、そういうこと」
そこまで考えたところで、ようやく医者猫男の意図が読めた。
記憶喪失になろうと、性質そのものが失われるわけではない。
右利きは右利きのまま。
四鬼は四鬼のままだ。
それらと同じように、俺が本当に殺人鬼なのであれば、人を殺す技術も失われていないはず。今しがた医者猫男の猛攻を全て避けきれたのは、俺の性質によるものだったのだ。
なにが殺し合いだ、なにが楽しもうぜだ。
これはただの検査じゃないか。
こうして実物を持たせて、俺が本当に件の殺人鬼がどうかを調べているだけだ。殺し合いなどという簡単な話では、決してない。
薄暗い牢屋に閉じ込められ、気分が鬱屈としていた俺にとって、殺し合いは心に清い風を吹き込む言葉にさえ思えた。無理矢理に押さえつけられていた力を解放するような、奇妙な高揚感があったほどである。そこを逆手に取るとは、やりかたがえぐいとしか言いようがない。『殺人鬼』の本質を見抜き、『五味空気』と突合させ、検証する。俺は、まんまと策に嵌っていたのだ。全くもって無様としか言いようがない。
一気に興が覚めた。こんな茶番、手を抜いてしまおうか。
そう考えるが、身体がそれを拒否するのだ。
路地裏で出会い頭に殺されなかったことや、治療を施され地下牢に監禁されていること。それらを思えば、こんな一検査でうっかり殺すようなことはしないとわかっていた。
それでも。
それでも手を抜いたら最後、医者猫男に殴り殺される。
そんな警鐘が、頭の中でけたたましく鳴っているのだ。
「殴殺は嫌なんだよなあ……」
鈍い痛みが続いて、なかなか死ねない。死ぬまでに、何度も何度も気が狂いそうになる。
医者猫男の気合いの入りようを見れば、本当に殺されはしなくとも、それに近い状況に追い込まれることは目に見えていた。
今、俺が死ぬわけにはいかない。
それならば、多少無理をしてでも、この二人を殺して脱出したほうが、いくらかマシに思えた。
「あ? なんか言ったか?」
「いいや、なんにも」
怪訝そうな顔を浮かべた医者猫男にさらりと返答して、銃のスライドを引いた。その無機質な音にすら、懐かしさを覚える始末である。記憶が抜け落ちる前、実は相当な戦闘狂だったんじゃないのかなあ、俺。
「……――」
小さく息を吐いた、その刹那。
先に動いたのは医者猫男だった。
一度は開けた距離を、再び詰める。そのスピードたるやすさまじいものだが、それだって、じきに慣れる。獣じみて予測がつかないと思われた医者猫男の攻撃は、目が慣れてしまえば、実に単調なものだった。短絡的で、攻撃のバリエーションも少ない。
これなら殺れる。
そう確信した。
「――」
怒涛の連撃の間に生まれる一瞬を狙い、自分でも驚くくらい躊躇なく引き金を引いた。
「なっ?!」
思わず声が零れる。
正確に心臓を狙い、撃ち抜いた。
俺の放った弾は、間違いなく医者猫男の心臓部分に着弾した。
それは皮を裂き肉を抉り骨を砕き、心臓を破裂させる――そのはずだったのに。
「なんだよ、それ……!」
「へっ、ばーか」
小学生男子のように、医者猫男は笑う。
弾が当たったはずの胸元に手を当てて。
「敵の言うこと、素直に信じてんじゃねえよ」
医者猫男は、なんのダメージも喰らっていなかった。
それもそのはず。
彼から渡されたこの拳銃に装填されていたのは、ペイント弾だったのだから。
これではいくら正確に狙って撃ったところで、そこにインクが飛び散るだけ。事実、医者猫男の胸元はオレンジ色に染まっただけだった。
殺せるはずもなかった。これから始まるはずの逃走劇は、始まるまでもなく終わっていたのだ。嗚呼、それすら見抜けなかったとは、なんと滑稽なことか。
「が――ぐぅ!」
予想だにしなかったペイント弾に動揺している隙を、医者猫男が見逃すはずもない。気づけば襟首を掴まれていた俺は、抵抗らしい抵抗もできずに背負い投げをかけられ、受け身も取れずに後頭部を強打し、そのまま気を失った。
医者猫男の動きに注意を払いつつ、コルトガバメントを手に取る。
銃独特の重み、質感、緊張感。そのどれもが懐かしく思えて、微かに手が震えた。
「三発だ」
右手の指を三本立てて、医者猫男は言う。
「それには三発の弾を入れてある。お前が本当にあの殺人鬼なら、三発もありゃ充分だろ」
医者男に一発、女子中学生に一発。そしてもう一発は、ここの扉を壊す為。この部屋から出られさえすれば、場所が場所だけに、武器なんて腐るほどあるだろう。故にその数字は理に適っているわけだが、『お前が本当にあの殺人鬼なら』とはどういうことか。狙いを定めて撃てば、それは当たり前の数字だろうに――
「――ああ。なんだ、そういうこと」
そこまで考えたところで、ようやく医者猫男の意図が読めた。
記憶喪失になろうと、性質そのものが失われるわけではない。
右利きは右利きのまま。
四鬼は四鬼のままだ。
それらと同じように、俺が本当に殺人鬼なのであれば、人を殺す技術も失われていないはず。今しがた医者猫男の猛攻を全て避けきれたのは、俺の性質によるものだったのだ。
なにが殺し合いだ、なにが楽しもうぜだ。
これはただの検査じゃないか。
こうして実物を持たせて、俺が本当に件の殺人鬼がどうかを調べているだけだ。殺し合いなどという簡単な話では、決してない。
薄暗い牢屋に閉じ込められ、気分が鬱屈としていた俺にとって、殺し合いは心に清い風を吹き込む言葉にさえ思えた。無理矢理に押さえつけられていた力を解放するような、奇妙な高揚感があったほどである。そこを逆手に取るとは、やりかたがえぐいとしか言いようがない。『殺人鬼』の本質を見抜き、『五味空気』と突合させ、検証する。俺は、まんまと策に嵌っていたのだ。全くもって無様としか言いようがない。
一気に興が覚めた。こんな茶番、手を抜いてしまおうか。
そう考えるが、身体がそれを拒否するのだ。
路地裏で出会い頭に殺されなかったことや、治療を施され地下牢に監禁されていること。それらを思えば、こんな一検査でうっかり殺すようなことはしないとわかっていた。
それでも。
それでも手を抜いたら最後、医者猫男に殴り殺される。
そんな警鐘が、頭の中でけたたましく鳴っているのだ。
「殴殺は嫌なんだよなあ……」
鈍い痛みが続いて、なかなか死ねない。死ぬまでに、何度も何度も気が狂いそうになる。
医者猫男の気合いの入りようを見れば、本当に殺されはしなくとも、それに近い状況に追い込まれることは目に見えていた。
今、俺が死ぬわけにはいかない。
それならば、多少無理をしてでも、この二人を殺して脱出したほうが、いくらかマシに思えた。
「あ? なんか言ったか?」
「いいや、なんにも」
怪訝そうな顔を浮かべた医者猫男にさらりと返答して、銃のスライドを引いた。その無機質な音にすら、懐かしさを覚える始末である。記憶が抜け落ちる前、実は相当な戦闘狂だったんじゃないのかなあ、俺。
「……――」
小さく息を吐いた、その刹那。
先に動いたのは医者猫男だった。
一度は開けた距離を、再び詰める。そのスピードたるやすさまじいものだが、それだって、じきに慣れる。獣じみて予測がつかないと思われた医者猫男の攻撃は、目が慣れてしまえば、実に単調なものだった。短絡的で、攻撃のバリエーションも少ない。
これなら殺れる。
そう確信した。
「――」
怒涛の連撃の間に生まれる一瞬を狙い、自分でも驚くくらい躊躇なく引き金を引いた。
「なっ?!」
思わず声が零れる。
正確に心臓を狙い、撃ち抜いた。
俺の放った弾は、間違いなく医者猫男の心臓部分に着弾した。
それは皮を裂き肉を抉り骨を砕き、心臓を破裂させる――そのはずだったのに。
「なんだよ、それ……!」
「へっ、ばーか」
小学生男子のように、医者猫男は笑う。
弾が当たったはずの胸元に手を当てて。
「敵の言うこと、素直に信じてんじゃねえよ」
医者猫男は、なんのダメージも喰らっていなかった。
それもそのはず。
彼から渡されたこの拳銃に装填されていたのは、ペイント弾だったのだから。
これではいくら正確に狙って撃ったところで、そこにインクが飛び散るだけ。事実、医者猫男の胸元はオレンジ色に染まっただけだった。
殺せるはずもなかった。これから始まるはずの逃走劇は、始まるまでもなく終わっていたのだ。嗚呼、それすら見抜けなかったとは、なんと滑稽なことか。
「が――ぐぅ!」
予想だにしなかったペイント弾に動揺している隙を、医者猫男が見逃すはずもない。気づけば襟首を掴まれていた俺は、抵抗らしい抵抗もできずに背負い投げをかけられ、受け身も取れずに後頭部を強打し、そのまま気を失った。
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