10 / 12
(10)――怖いから、怖いから、怖いから。
しおりを挟む
猫塚君が「今日」から消えてからも、私はしばらくの間、河川敷に通っていた。
もしかしたら、いつもと変わらない様子で、猫塚君がやってくるかもしれないと思ったのだ。
しかし、夕暮れどきまで待っても、猫塚君は現れない。
そんな「今日」が十回を超えたあたりで、私は外に出ることをやめた。
猫塚君が居たから、同じことが繰り返される「今日」を過ごしてこられたのだ。どこに行っても毎日同じことをしている気味の悪い外に、もう出られる気がしない。
私は毎日、仮病を使って学校を休み、布団の中に包まって「今日」が終わるのを待つ。
怖いから、目を逸らす。
怖いから、耳を塞ぐ。
怖いから、全てから逃げる。
怖いから、怖いから、怖いから。
しかし、一体どうしてこんなに恐怖を感じるのだろう。
別段、私は寂しがり屋ではない。家庭のことは既に決着が着いているし、そうでなければ、学校で孤立していることに絶望して、不登校になっていたところだ。一人で居るのは嫌いじゃない。苦痛でもない。そのはずだ。
一人が怖いのは……怖いのは……。
「……お腹空いた」
思考を巡らせているうち、腹の虫が限界を迎え、轟音を鳴らしてきた。
私はいそいそと布団から這い出て、階下のリビングに向かう。
頭が痛いから学校を休むと母に伝えたところ、超特急で身体に優しそうな昼食を作り置いてくれたものがあるはずだ。昨日の「今日」も、一昨日の「今日」もそうだった。
いつもの習慣で、テレビを点けて、それを観ながら食事をする。
お昼のワイドショーでは、通り魔について報道されていた。
既に二人の被害者が出ているが、命に別状はなし。しかし犯人は捕まっておらず、現在も逃走中。犯行場所はなんと、この辺りであるらしい。そういえば、遠い昔となった昨日、学校で注意喚起がなされていたっけ。
危険だから、一人で下校しないように――と。
それを思い出したところで、ぞわりと、冷たい手で首に触れられたように鳥肌が立つ。
なんだか、妙な気分だ。
今まで、こういったニュースを観たところで、肌が粟立つほどの恐怖を感じたことはないというのに。いくら近所だからといっても、こんなに怖いものだろうか。
何故だろう。
これでは、まるで――
「この通り魔に、一度遭遇したことがあるみたいじゃんか」
ぽろりと零れるように呟いて、それがいやに現実味があるように感じられて、ぞっとした。
まさか。
そんなことが、有り得るのだろうか。
「落ち着け……落ち着け……」
この場に通り魔は居ない。家の中は安全だ。
だから落ち着け、と自身に言い聞かせ、深呼吸をする。
鳥肌が収まったところで、そういえば、本来の「今日」はどう過ごしていたのだったかと、ふと気になった。
確か、悪夢をみて飛び起きたんだったか。
いや違う。
あの日既に、日々の節々にデジャブはあった。あの日は、二回目の「今日」だったのだ。
夢。
怖い夢。
記憶の彼方で霞がかった夢を、必死に思い出そうとする。
そうだ、私は夢で、追いかけられていた。
急にこちらを向いて、私を標的と定めた途端に追いかけてきた『なにか』から。
怖くて、汗と涙でぐしゃぐしゃになりながら走って。
途中で、猫塚君と遭遇して。
彼は咄嗟に私と『なにか』の間に入ってくれた。
けれど猫塚君は腹部を刺されて倒れ、次いで私も――
「――……」
震える身体に鞭打つように、深呼吸をした。
あれ以来、怖い夢はみていない。あれは一度きりだった。
本来の「今日」、滝のような汗が出るほどの恐怖を味わったということなのだろうか。
それならば、それ以降の「今日」は、私の『死にたくない』という未練が見させている幻覚なのだろうか。
或いは、欠陥品がそんなことを思った罰なのかもしれない。
果たして、恐らくは繰り返しの真実に辿り着いてしまった私は、無事に明日を迎えられるのだろうか。保証はどこにもない。
怖い。
怖い。
怖い。
だけど。
もしかしたら、いつもと変わらない様子で、猫塚君がやってくるかもしれないと思ったのだ。
しかし、夕暮れどきまで待っても、猫塚君は現れない。
そんな「今日」が十回を超えたあたりで、私は外に出ることをやめた。
猫塚君が居たから、同じことが繰り返される「今日」を過ごしてこられたのだ。どこに行っても毎日同じことをしている気味の悪い外に、もう出られる気がしない。
私は毎日、仮病を使って学校を休み、布団の中に包まって「今日」が終わるのを待つ。
怖いから、目を逸らす。
怖いから、耳を塞ぐ。
怖いから、全てから逃げる。
怖いから、怖いから、怖いから。
しかし、一体どうしてこんなに恐怖を感じるのだろう。
別段、私は寂しがり屋ではない。家庭のことは既に決着が着いているし、そうでなければ、学校で孤立していることに絶望して、不登校になっていたところだ。一人で居るのは嫌いじゃない。苦痛でもない。そのはずだ。
一人が怖いのは……怖いのは……。
「……お腹空いた」
思考を巡らせているうち、腹の虫が限界を迎え、轟音を鳴らしてきた。
私はいそいそと布団から這い出て、階下のリビングに向かう。
頭が痛いから学校を休むと母に伝えたところ、超特急で身体に優しそうな昼食を作り置いてくれたものがあるはずだ。昨日の「今日」も、一昨日の「今日」もそうだった。
いつもの習慣で、テレビを点けて、それを観ながら食事をする。
お昼のワイドショーでは、通り魔について報道されていた。
既に二人の被害者が出ているが、命に別状はなし。しかし犯人は捕まっておらず、現在も逃走中。犯行場所はなんと、この辺りであるらしい。そういえば、遠い昔となった昨日、学校で注意喚起がなされていたっけ。
危険だから、一人で下校しないように――と。
それを思い出したところで、ぞわりと、冷たい手で首に触れられたように鳥肌が立つ。
なんだか、妙な気分だ。
今まで、こういったニュースを観たところで、肌が粟立つほどの恐怖を感じたことはないというのに。いくら近所だからといっても、こんなに怖いものだろうか。
何故だろう。
これでは、まるで――
「この通り魔に、一度遭遇したことがあるみたいじゃんか」
ぽろりと零れるように呟いて、それがいやに現実味があるように感じられて、ぞっとした。
まさか。
そんなことが、有り得るのだろうか。
「落ち着け……落ち着け……」
この場に通り魔は居ない。家の中は安全だ。
だから落ち着け、と自身に言い聞かせ、深呼吸をする。
鳥肌が収まったところで、そういえば、本来の「今日」はどう過ごしていたのだったかと、ふと気になった。
確か、悪夢をみて飛び起きたんだったか。
いや違う。
あの日既に、日々の節々にデジャブはあった。あの日は、二回目の「今日」だったのだ。
夢。
怖い夢。
記憶の彼方で霞がかった夢を、必死に思い出そうとする。
そうだ、私は夢で、追いかけられていた。
急にこちらを向いて、私を標的と定めた途端に追いかけてきた『なにか』から。
怖くて、汗と涙でぐしゃぐしゃになりながら走って。
途中で、猫塚君と遭遇して。
彼は咄嗟に私と『なにか』の間に入ってくれた。
けれど猫塚君は腹部を刺されて倒れ、次いで私も――
「――……」
震える身体に鞭打つように、深呼吸をした。
あれ以来、怖い夢はみていない。あれは一度きりだった。
本来の「今日」、滝のような汗が出るほどの恐怖を味わったということなのだろうか。
それならば、それ以降の「今日」は、私の『死にたくない』という未練が見させている幻覚なのだろうか。
或いは、欠陥品がそんなことを思った罰なのかもしれない。
果たして、恐らくは繰り返しの真実に辿り着いてしまった私は、無事に明日を迎えられるのだろうか。保証はどこにもない。
怖い。
怖い。
怖い。
だけど。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
残り四回の嘘
戸部家尊
ライト文芸
高校生・藤川翔太は下校途中に、不思議なお婆さんに自動販売機でウーロン茶ををおごるはめになった。その見返りにともらったのが、四回分の「他人に嘘をつかせる能力」だった。
平々凡々に芸能人と
ルルオカ
BL
平々凡々な日々を送る、平々凡々な高校男児のはずが、友人は地元のスターであり、全国的に顔と名が知れた芸能人。どうして、釣り合わない関係が長つづきしているのか、自分でも不思議がりつつ、取り立てて何が起こるでもない日常を、芸能人と過ごす男子高生の話。
カップリングが曖昧で、青春物語っぽくありながらも、一応BL小説です。
※昔、二次創作で書いたのを、オリジナルに直したものになります。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
青天のヘキレキ
ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ
高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。
上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。
思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。
可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。
お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。
出会いは化学変化。
いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。
お楽しみいただけますように。
他コンテンツにも掲載中です。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
月曜日の方違さんは、たどりつけない
猫村まぬる
ライト文芸
「わたし、月曜日にはぜったいにまっすぐにたどりつけないの」
寝坊、迷子、自然災害、ありえない街、多元世界、時空移動、シロクマ……。
クラスメイトの方違くるりさんはちょっと内気で小柄な、ごく普通の女子高校生。だけどなぜか、月曜日には目的地にたどりつけない。そしてそんな方違さんと出会ってしまった、クラスメイトの「僕」、苗村まもる。二人は月曜日のトラブルをいっしょに乗り越えるうちに、だんだん互いに特別な存在になってゆく。日本のどこかの山間の田舎町を舞台にした、一年十二か月の物語。
第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます、
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話
赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。
前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる