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17.――「……する。したい」

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 二週間の休暇と言えど、ロイドにはその間にやることがたくさんあった。
 それは武器調達の為の取引であったり、次の仕事の打ち合わせであったり、その業界のお偉い方との会食であったり等々、ボスとしての外せない仕事ばかりであるらしい。
 毎日忙しそうなロイドだったが、朝食か夕食には必ず顔を出してくれた。一緒に食事ができたときには、なんということのない雑談に付き合ってくれた。誕生日とか、好きな色とか、食べ物の好みとか、知りたいことは山ほどあった。
「最近のヒイロはとてもお喋りだね」
「あ、ごめん。うざかったよな」
「ううん? たくさん喋ってくれるヒイロが好きだから、もっと喋ってほしい」
「……うん」
 一方で、俺の本来の役割である愛人業のほうはと言えば、三回に一回程度のものだった。
 ロイドが夜をここで過ごす日には、そっと準備を済ませてからベッドに入るようにした。最初はぎこちなかった準備も、慣れてしまえばどうということはない。
 それに、なんとなくだけれどロイドにその気があるのかどうか、わかるようにもなってきていた。これはまだ勘に過ぎないが、ロイドはしたいときほど俺のほうを見ないようにする傾向がある。これほどの美丈夫であれば、何人もの女性を意のままに抱いてきた百戦錬磨の男だろうに、どうにも初心な反応が多い。女性経験がほぼゼロの俺にまでそう思わせてしまうのだから相当だ。むしろ女性は、そういうところに興奮するのかもしれない。俺もその魅力に魅せられた一人だ。
「ヒイロ、素敵だ。好き。愛している」
「――あッ、ぁ、だめ、それ、やだ……!」
「やだじゃないだろう? 嘘はいけないよ」
「ひっ、あ、ぁう……き、きもちぃ?」
「そう。よくできました。えらいえらい」
 しかし二週間の休暇はあっという間に終わりを告げ、ロイドは本腰を入れて仕事に行くようになった。
 二、三日ここへ来ないのは当たり前で、長ければ一週間二週間と会えないこともしばしば。それを不安に思えるほどの立場にない俺は、ただ待つことしかできない。だけど、それでも良かった。飽きたら殺されることに変わりはないが、以前よりも「生きる責任」という重圧に押し潰されそうになる感覚は柔いできていて、故に、生きることも死ぬことも同じくらいに怖くなくなってきていた。これを人は「満たされた状態」と呼ぶのかどうかは、俺には判別がつかないけれど。そんな気分だった。
 それと、ロイドは屋敷で夕食をとるとき、決まってプリンをリクエストするようになっていた。俺がその作者だとは気付いていないらしいが、どうやらあれをいたく気に入ってくれたらしい。しれっとした顔で俺は自分の作ったプリンを食べつつ、目の前で一口一口を幸せそうに食べてくれるロイドを眺める時間が好きになった。
 そうこうするうち、俺がこの屋敷に来てから二ヶ月が経過していた。
 そんな十一月のある夜、ベレントさんにさえ直前に連絡を入れるのみで屋敷へとやってきたらしいロイドは、これまで見たことのないほどふらふらとした足取りで俺の部屋に入ってきた。
「おかえり――っ、うわ!」
 ドアの開く音に顔を上げ、ロイドに声をかけたのも束の間、手加減なしに抱き着いてきたのである。完全な不意討ちに加えてほとんどタックルのようなそれに、俺は短い悲鳴を上げながらに倒れてしまう。ベッドに座っていなかったら、今頃背中を強打していたに違いない。
「……」
「……。お疲れさま」
 無言のまま強く抱き締められ、なんとなく嫌なことがあったんだろうなあと思った俺は、その逞しい背中に手を回し、落ち着かせるようにぽんぽんと叩いた。顔を埋めている肩口がじんわりと温かく感じたから、もしかしたら泣いているのかもしれない。
 ロイドが仕事で、具体的にどんなことをしているのか、俺は知らない。けれど殺し屋のボスとして自ら前線に出て動いているということは、本人の口から聞いていた。仲間想いの彼は、部下を傷つけたくないからこそ前線に出るのだ。本当に心優しい人間なのだと、そう思う。
「……ありがとう、ヒイロ」
 どれくらいかして顔を上げたロイドはやはり少し泣いていたようで、目が僅かにだが充血していた。それ以外は、最後に見た一週間前と変わりはない。少なくとも、怪我はしていないようだ。
「ん」
 頷いて、目の前にあるロイドの頬に触れる。
「今日は、どうする?」
「……する。したい」
 紅鳶色の瞳が何度か行ったり来たりを繰り返したのち、真っ直ぐに俺を見据えてロイドは言った。
「おっけ」
 勘が的中したことと、ロイドが俺を使ってくれるのが嬉しくて、不意に緩みそうになった口元を抑える。
「……ロイド? 準備してくるから、一旦退いてくれない?」
 ロイドにがっちりと腕を回された状況では、俺単独の脱出は不可能である。だからここはロイドのほうから離してもらうしかないのだが、何故か険しい表情のまま動こうとしない。
「もしだったら、ロイドは風呂に入ってきても良いよ? その間に俺、ぱぱっと準備しておくから。だから、な? ロイド?」
 解放してもらおうと説得を試みるも、その言葉のどれもロイドには刺さっていないようだった。
 なにが不満なのかさっぱりで硬直状態に陥っている、そのときだった。
「……ヒイロは、いつもそうだ」
と、ようやく口を開いたロイドは、しかし露骨に不機嫌そうな声音で言う。
「ヒイロ、セックスとは愛の営みだ。共同作業だ。なにもかも一人でできることじゃない」
 どこでそんな日本語を覚えてきたんだよ、と突っ込みたいのはやまやまだったが、堪えて、そうは言ってもさ、とロイドの説得に取り掛かる。
「ナカ洗わないと、いくらなんでも汚いだろ? それに、前にヤったのは一週間くらい前だから、ちゃんと解さないといけないし」
「違う違う。ヒイロに準備をさせたくないんじゃなくって、僕も手伝いたいって言ってるんだ」
「いや、だけど――」
「ヒイロ」
 両手で顔をしっかと掴まれ至近距離で目を覗き込まれれば、抵抗なんて無意味だと思い知らされる。
「……わかったよ」
「それじゃあ――」
「でも!」
 ぱあっと表情を明るくしたロイドの眼前に人差し指を突き出し、釘を刺しておく。
「洗浄だけは、マジで、俺一人でさせて」
「わかった」
 若干不満そうではあったが、それでも了承を得ることはできた。
 ようやくロイドの両腕から抜け出した俺は、ベッド近くのチェストの引き出しから浣腸薬を取り出し、準備をしに行こうとした――のだが。
「ヒイロ」
 その手を掴まれ、制止をかけられる。
 嫌な予感がする。
「それは、ここで注入しても問題ないものだろう? やらせて」
 ああほら、やっぱりだ。
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