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11.――たかが愛人の一人に、どうしてここまでしてくれるのだろう。
しおりを挟む「あー、えと、あのさ」
だいぶ長湯になってしまい、いい加減に上がろうという話になったところで、俺は声を上げた。
「ロイド、先に上がって良いよ。俺、もうちょっと浸かってたいから」
風呂から上がったら、今度こそ間違いなくセックスの流れだ。
ロイドは今日、その為にここを訪れているのだろうから、俺は準備をしなければならない。前回は中途半端にしか準備ができなかったから、今日こそは、アナルを解すところまでしてから臨みたいのだ。
が。
「そんなに真っ赤な顔して、なに言ってるんだ」
そう言うと、ロイドは問答無用に俺を抱え上げて浴槽から出た。
「わ、待って、危ない、危ないから」
「ヒイロが暴れなければ大丈夫」
「いやでも、俺、準備しないといけないし」
準備? と、俺の言葉を繰り返し、はたと立ち止まるロイド。
「ああ、もしかして、セックスの準備のことかい?」
「……そうだけど」
いやに他人事みたいに言うなと思った。
いや、実際に他人事ではあるんだけれど、先々週とは返ってくる反応が全く違っていた。先々週は、それこそ事後の処理にだって積極的になっていた男だというのに――いや。いやいやいや。違う、俺は別に、ロイドに期待しているわけではない。俺は彼の愛人として、その役目を果たそうとしているだけであって、セックスにそれ以上の感情はないのだ。
俺が驚いているのは、だから、俺とセックスする為にこの屋敷に来ただろうに、全くその気になっていなさそうなところだ。
「今日はしないよ」
言いながらに浴室を出、丁寧に俺を下したかと思うと、バスタオルを被せてくる。
「今日はヒイロと、ゆっくり過ごしたい」
わしゃわしゃと俺の髪を拭きながら。
「酒でも飲みながら、話がしたいんだ」
俺なんかには必要のない優しさを込めて、ロイドは言う。
「もっと僕のことを知って欲しいし、もっとヒイロのことを知りたい。駄目かな?」
「……ロイドがそれで良いなら、別に良いけど」
たかが愛人の一人に、どうしてここまでしてくれるのだろう。
わからない。
きっとただの気まぐれだ。そうに決まっている。
「自分で拭けるから、ロイドも早く身体拭きなよ。風邪ひいちゃったら大変だろ?」
「『風邪ひいちゃう』……。萌え?」
「萌えない。断じて萌えない」
「ふふっ」
笑いつつ、ロイドは俺から手を離して、その鍛え上げられた自身の身体を拭き始めた。その所作ひとつ取ってもやけに色っぽく見えるのは、外国の人特有のものなのだろうか。
なんて、上手い具合に自分の思考を逸らしつつ、俺も身体を拭き上げて寝間着に着替える。今でこそサイズの合ったものだが、ここに連れてこられた初日はさすがに手配が間に合わなくてロイドの寝間着を着せられていたなあ、なんてことを思い出した。その日のうちにマクブライドさんが俺に合うサイズの服を取り揃えてくれた上で、手配が遅くなってしまったことを平謝りされたのだ。あまりに申し訳なくて俺も頭を下げたのが最後、カルテーリさんが仲裁に入ってくれるまで、土下座合戦が繰り広げられた始末である。
「……くくっ」
「どうしたんだ、ヒイロ」
「いや、なんでもない。ただの思い出し笑い」
「そういうのはスケベって言うんだぞ」
「スケベなことじゃないよ」
「ふうん?」
寝間着に着替えたロイドと揃ってバスルームを出て、真っ直ぐに俺の個室へと向かう。
その日の晩はロイドの宣言通り、酒を飲みながらに俺の身の上話をした。
平々凡々な、どこにでもあるテンプレートな俺の半生。
話している俺自身がつまらないというのに、ロイドは興味津々な様子で耳を傾けてくれた。殺し屋なんてしている人間からしたら、一周回って逆に珍しいのかもしれない。
近いうちに死ぬであろう鵜久森日色の半生は、だから、それで良い。
あのことには触れないまま、ありきたりな日常をロイドに語り、日付が変わった頃に、あのキングサイズのだだっ広いベッドで、今晩は二人で並んで眠った。
「ヒイロ、おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
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