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2.――これは俗にいうところの、拉致監禁というやつだ。

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 次に目が覚めたとき、俺の身体は見知らぬ場所にあった。
 自宅でもなければ、病院でもない。
 目の前に広がる光景は、ただただ豪奢な洋室。身を起こしてみても、その認識に変わりはない。俺が今、こうして横になっていたベッドひとつをとってみても、きっとこれだけで俺の一年の給料なんて軽く凌駕する金額であろうことくらいはわかる。そんな豪華なキングサイズのベッドのほかに、これまた高級そうなソファーにテーブルが置かれているが、テレビはない。室内にはいくつかドアらしきものがあるが、バスルームなども備え付けられているのだろうか。であれば、ここはホテルの一室か、あるいはゲストルームなのかもしれない。
 はて、俺は誰かにお呼ばれなんてされていただろうかと記憶を遡り始めて、すぐに直前の物騒な体験が蘇ってきた。
 路地裏に座り込んでいた、血まみれの拳銃男。
 殺されてしまうと覚悟を決めた矢先、熱烈な抱擁とキスを食らったこと。
 そして、そんないかれた男を目の前に気を失ってしまったこと。
「……まさか」
 独りごちて、ベッドを出る。
 着ている服は、やけに手触りの良い寝間着に変わっていた。しかしサイズが大き過ぎて、動きづらいことこの上ない。
 この部屋に唯一の窓には、案の定鉄格子が嵌められていて、易々と開けられそうにない。窓の外から見える景色から窺えるのは、この部屋が二階にあることと、よほどの山奥なのか、辺り一面に自然しか見当たらないことくらいだ。
 いくつかあったドアを全て確認したが、ひとつはトイレとバスルーム、ひとつはクローゼットで、みっつめのドアについては外から鍵がかけられていて、こちらからではどうすることもできなかった。
 状況は絶望的だった。
 これは俗にいうところの、拉致監禁というやつだ。
 だけど、なんの為に? 目的はなんだ?
 口封じをしたいのであれば殺してしまえば一番確実だろうし、よしんば向こうが少し『お話』が必要だと思ってここへ拉致してきたといて、こんな丁寧に客人扱いをする理由はない。
「……落ち着け、落ち着け……」
 深呼吸をしながら、ソファーに腰かける。まるで包み込まれるような感覚に、うっかり思考を放棄してしまいそうになるが、さすがに待ったをかけて、考察を続ける。
 俺の推測は、決して映画の観過ぎだなどと嘲笑されるようなものではないだろう。きっと、俺が考えている以上にこれは深刻な問題なのだ。だから、こうなってしまった原因を突き止めて、早急に解放してもらわなければならない。
 俺には俺の生活がある。
 こうして命を繋いでいる以上、俺にはまだ「生きる」という「責任」があるのだ。
 さあ、思考を巡らせ。
 事象には全て理由が付いて回る。訳もなく拉致監禁に及ぶはずないのだ。
 冷静に、男と遭遇したときのことを思い出す。
 声をかけた俺に対し、男は英語で「静かに、動くな」と言っていたことは理解できた。
 問題はそのあとだ。
 あのあと、あの男は俺になんと言ったんだ? 英語な上に早口で、拳銃を突きつけられていたから動転してしまっていて、単語すら思い出せない。やけにテンションが高かったことは覚えてるんだが……。
「――Hey, how are you?」
 と。
 今しがた、俺がどうやっても開かないと諦めたドアを平然と開け姿を現したのは、件の拳銃男であった。
 さっきは暗闇でわからなかったのだが、こうして明るい場所で見てみれば、この男、なかなかの美丈夫であった。英語でこそ話しているが、黒髪に紅鳶色の瞳と、見た感じはほとんど日本人である。であれば歳は俺とさして変わらない――二十七、八と言ったところだろう。まあ、歳が近くても、身体つきは一回りも違うわけだが。綿密に鍛え上げた身体なのだろうというのは、力ずくの抵抗が全くの無意味でだったという先の経験が物語っていた。
「Apparently in this room my to lock up was like. No I'm sorry」
 俺の記憶が確かであれば、男は酷い怪我をしているはずなのだが、そんなことは微塵にも感じさせない振る舞いで、部屋にずかずかと入って来る。しかも、なにか良いことでもあったのか、その表情は少年みたいに眩しい笑顔だ。
「Did you sleep well yesterday?」
 早口でなにかを言いながら、男はさも当然のように隣に腰かけ、俺の肩を抱いた。
「ひっ」
 あまりの距離の近さに、今度こそ殺されるのかと身構える。しかし男は拳銃を取り出すわけでもなければ、怪しげな薬品を取り出すこともなく、ただじっと俺を見つめていた。
「Scare last night while, I was like that. Not anymore scared you. Let's promise」
 そうして今度は、俺の指先にキスする始末である。
 言っていることが部分的にしかわからないことが、余計に恐怖を加速させていた。
 俺がわかる範囲の単語とその態度から、男が俺に危害を加える気はないらしい。たぶんそれとは正反対に、俺のことを心配しているようだが……それこそ、何故?
「あー、あの、ええと、その」
 どうにかして男と会話を成立させようと、己を奮い立たせて声を上げた。恐怖と緊張で声が上ずっていて、我ながら情けない始末である。
「You can't be shy. Each other good hopefully know slowly. Is there with plenty of time」
 しかし男はそんな俺がどう見えたのか、慈しむように頭を撫でながらになにかを言った。相変わらずの早口で、なにを言っているのか、さっぱり聞き取れない。
「Let's introduce ourselves first. My name is Lloyd Garland .You are?」
「え?」
「My name is Lloyd Garland」
 聞き返した俺に、今度はゆっくりと発音してくれた。
 どうやら自己紹介の時間であったらしい。
「えっと……ロイドさん?」
「Yeah!」
 確認の為に男の名を口にすると、男は嬉しそうに頷いた。
「What's your name? What should I call?」
 おお、今度は俺でもわかる単語ばかりが出て来た。
 自らをロイドと名乗ったこの男は、俺の名前と、どう呼べば良いのかを訊いているようだ。
「……マイネームイズ、ヒイロ・ウグモリ。ええと……、プリーズコール、ヒイロ」
「ヒイロ!」
「そうそう」
「ヒイロ!!」
「はい」
 楽し気に俺の名前を繰り返す男に、相槌を打つ。
 どうやら、言語の違いこそあれ、言葉による意思疎通が不可能な人ではないらしい。昨日のことを思えば、もちろん下手なことは言えないが、交渉の余地はあるというわけだ。
「んと、ロイドさん?」
「No, no. Call me Lloyd」
「じゃあ、ロイド」
「What?」
「俺、英語、話せません。アイキャンノットスピークイングリッシュ」
「……Really?」
「は、はい」
「But before, you were talking about English」
「えっと……、アリトル?」
「Oh my god……」
 雷に打たれたような顔をするロイド。
 むしろ、今の今まで英語が通じていると思っていたほうが不思議で仕方ない。俺の英会話能力の低さを舐めないでもらいたいものだ。
「Yeah …… I'm sorry, I guess I'll be waiting a minute」
「? はい。イエス」
 ウェイトアミニッツ――つまり、少し待っていろ、ということだ。
 待てもなにも、現状、俺は拉致監禁されてきた身の上である以上、男の命令に従うしかない。
 俺が頷いたのを見て、ロイドはふらふらとした足取りで部屋から出て行った。
「……? なんなんだ?」
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