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30 頭を打っても消しゴムくらい1人で拾えるからね?
しおりを挟む鏡に映った包帯をぐるぐると頭に巻いた私の姿は、見るからに痛々しい。
さらには少し擦りむいた左腕にも同じように包帯がぐるぐると巻かれている。
正直大袈裟すぎる処置だ。少したんこぶが出来ただけで、わざわざCTまでとる必要なんて絶対なかったのに。両親に念の為と泣き付かれてしまっては私も断れない。
さすがに顎から頭全体を包帯でぐるぐる巻きにされた時は焦った。明らかにやり過ぎだし、前世でたまにいた些細な怪我を大袈裟に騒ぎ立てる女みたいですごく嫌だ。
何とか唯一冷静な判断が出来るお兄様が「そこまで大袈裟にしなくてもいいんじゃない? かえって雅が悪目立ちしてしまうんじゃないかな」と提言してくれたおかげで、何とかミイラは免れた。
やっぱり頼りになるのはお兄様だけだね!
「……本当にこれで学校に行くんですか?」
「むしろ学校に行けるだけ良かったじゃない。父さんと母さんを説得するの大変だったんだからね?」
うっ、それは感謝していますよお兄様。
学校を休みたくはないと懇願した私に、両親は大事をとって休めと決して首を縦に振らなかった。
お兄様が何とかお2人と交渉して、行きと帰りはお兄様同伴することを条件に許してもらえたのだ。
そのため、今日はお兄様専属のドライバーさんだ。怪我が完治するまでは私専属のドライバーさんとはあまり会えなくなるなぁなんて、少し落ち込んでいたら、それを察したお兄様が「明日は雅の車にお邪魔してもいい?」と言ってくれた。
……はいっ、もちろんですわお兄様っ!
***
案の定私のクラスは大騒ぎ。
……大丈夫かなぁ。包帯までしてきて、大袈裟な痛い子だと思われてないかなぁ?
いちいち怪我を大袈裟にアピールする女子だと思われたら嫌だなぁ。
そんな私の心配をよそに、クラスメイトは「大丈夫ですか? 大変だったんですよね?」と親身になってくれる。
挙句の果てには落とした消しゴムを、忍者の如くサッと代わりに拾ってくれる始末。
え、こんな素早い動きが出来たんですか麗氷生って。
……誰ですか麗氷生はゆったりした人が多いなんて言ったのはっ! ……はい、私ですね。
えっ、頭を打ったからなるべく動かさない方がいい? でも、それは打った直後の話じゃないかしら……?
頭を打っても消しゴムくらい1人で拾えるからね?
あのぉ、本っ当に……皆さんそんなに気を遣って下さらなくて結構ですよ?
「……葵ちゃん、桜子ちゃん。皆さんの中では、わたくし一体どんな重病人になっているんですか?」
これじゃあ、家にいても学校にいても変わらないじゃないか。大したことないのにひたすらベッドで横になり、手厚く看病されるのが嫌だったから、無理言って学校に来たというのに!
「昨日体育の時に、黄泉くんから雅が頭痛と腹痛と吐き気が全て同時に発症したって聞いたのよ」
「そのまま倒れて頭を強打したところを一条家のご令嬢が助けたそうですわね。悔しいですわぁ……、雅ちゃんの1番の親友であるこの綾小路桜子が遅れをとるなんてっ、わたくしだって、その場にいたら一条家のご令嬢より早く助けられますのに……っ!」
「……あはは、気持ちは嬉しいわ。ありがとう、桜子ちゃん」
これで謎が解けた。
どうやら、全ての元凶はあの『西門黄泉』のようだ。
黄泉のせいで私はクラス公認の、いいえ、この学年公認の病弱キャラになってしまったらしい。
確かに、私が黄泉に先生には適当に誤魔化しておいてくれとは言ったけどさ。
……いい加減にしてくれよ黄泉ぃ!
盛るにしても限度があるでしょう!?
何が『頭痛と腹痛と吐き気が全て同時に発症した』だよっ!
皆さん、私は元気ですから!
そんなに心配しないでくださいね?
……え、空元気?
無理しなくていい?
……いや、本当に元気なんですってば!
***
一気にドッと疲れた。もう途中から否定するのも疲れて、素直に病人扱いを受け入れていたよ、ははは……。
いや、否定すればするほどさ、みんなの中で『心配かけまいとする健気な雅様』になっていくんだよね。
……時には諦めも肝心よね?
昼休みに会う時に黄泉に一言文句を言ってやろうと心に決めた私はいつもより足早にテラスへ向かう。
「……うっ、ひっく。私が悪いのよ」
「まみは悪くないわっ、悪いのは黄泉様よ」
「そうよ、黄泉様酷すぎるわっ」
ん? 今黄泉様って言いましたか?
「どうかしましたか?」
「み、雅様っ!」
「た、立花さんっ!」
「どうして、あなたがここにっ!」
どうしてって、一応私だって麗氷生なんだから、ここにいたっておかしくはないでしょう。
それよりも、今黄泉の話してたわよね? それに、このマッシュルームの子なんて泣いているし。女の子を泣かすなんて、けしからんなっ。
別に、私は純粋に彼女たちが心配だっただけで、もしかしたら何か黄泉の弱みを握れるかもしれないとか、重病人にされた仕返しに何かしたいとか思ったわけじゃないのよ?
だから、3人とも。そんなに怯えないで私に話してみてはいかが?
前世を含めたらあなた達の何倍も生きているこの私なら、それなりに良いアドバイスが出来ると思うのよ。
「……なるほど。つまりあなた達は西門くんに何かやり返したいと」
「そうですっ、このままじゃ私達の気がすみませんわっ」
「まみは何にも悪くないのに……」
「ふ、2人ともぉ……、いいのよ、私が悪かったのよ」
つまり話はこうだ。
上級生が黄泉の教科書を机から盗んでいるところを見かけたマッシュルームちゃんことまみちゃんは、見ていながら止めることが出来なかった罪悪感から、黄泉に教科書の貸出を申し出た。
しかし、かえってその行為は黄泉に不審がられ、まみちゃん自身が犯人かのような扱いを受けたらしい。
その後『立花雅』以外の女子を蔑ろにすることに対する不満が溜まっていた女の子達の間で、全員で黄泉を無視して困らせようという案が出されたそうだ。……って、それ『立花雅』本人に言っていいのか?
この学園って、1クラス20人くらいしかいないからね。その半数である女子にガン無視されるのはさすがの黄泉も痛いだろう。
まみちゃんはさすがにやり過ぎだと思っているようだが、当事者を無視して他の女子は盛り上がっているようだ。
本当、女の子の集団ほど恐ろしいものはないわね。1人では何も出来なくても、大人数なら何か出来るような気になってくるんだから。
よく私に教科書を借りにくるのは、忘れたのではなくて誰かから盗まれるから?
だとしたら、ただの忘れ物の多いだらしない人じゃなかったのね。……これからはもう少しだけ優しくしてあげよう。
今までも嫌な顔ぜず教科書くらい貸してあげれば良かったわね……。何度も何度も借りに来るから学ばないなぁなんて思ってごめんねっ。
って、今はそういう話じゃないのよねっ! いかん、いかん。つい、自分の世界に入り込んでしまったわ。今は彼女達の相談よね。
……そうねぇ。確かに、まみちゃんは悪いことはしていないかもしれない。
けれど、ピンポイントに盗まれた教科書を貸そうかと言われたら不審に思って当然だ。そう思うと、黄泉が完全に悪いとも言えない。
「そうだわっ、雅様にも協力して貰いましょうよっ!」
「確かに、いい案だわっ。黄泉様だって、親しくしている方にスルーされれば、それなりに堪えるはずだわっ」
ですよねっ、とキラキラとした瞳を私に向ける。
別に私と黄泉は親しくないからなぁ。残念ながらあなた達のご期待には添えないと思うわよ?
私なんかと話せなくなっても、黄泉は気にしないと思うし。どっちかって言ったら瑠璃ちゃんと黄泉の方が親しいし効果があると思うなぁ。
「確かに、西門くんは、ご自分のルックスに大層自信をお持ちで、その事を鼻にかけ、挙げ句わたくしのこと『ブサイク』だとか『可哀想な子』だとか言うひどい人ですが、」
「……私達は何もそこまでは」
「……それでも、決して悪い人ではないと思うんです」
そりゃあ最初はさ、手は握ってくるし、全身じろじろ見てくるし、謎の基準で私のことをはかってくるし、すごくめんどくさい人だなぁって思ってたわよ?
それに何よりあざといし!
可愛さが人工的過ぎるのよね。少しは赤也のあのナチュラルな可愛さを見習って欲しいくらい。
でも、言葉は足りないけれど、決して嘘はつかないし。ブサイクと言いつつも、本当は私の顔色を心配してくれたり。
あなた達が思うより、彼はそんなに悪い人ではないと思うのよ。
「……あ、それに、この前クラスの女の子に勘違いしてひどいこと言ってしまったって反省してましたわっ!」
「えっ、それってまみのことじゃ……」
「そ、それに、クラスの女の子が可愛らしい子ばかりで上手く話せないともおっしゃってましたわっ!」
「ええっ、それって……」
「私達のことっ!?」
私の言葉にまだ納得がいっていない様子だったから、それとな~く黄泉が彼女達のことを可愛いと褒めていたという印象を残して、みんなの怒りを鎮める。
……ほらさ、嘘も方便って言うじゃない?
彼女達も満足そうだし結果オーライじゃないかな!
私の言葉を鵜呑みにした彼女たちはもう1度クラスで話し合うと言い去っていった。おそらくあの様子だと黄泉が総スカンを食うことはないだろう。
……良かった。これが原因で黄泉がいじめられでもしたら、私も加担したみたいで後味悪いものね。
その後すぐに黄泉が私を迎えにきた。みんな待っていると怒られたけれど、元はと言えばあなたのせいですからねっ!?
そういえば適当なこと言っちゃったけど、嘘だってバレたらややこしいことになるな~。
本当は全て黄泉に伝えて口裏を合わせたいけれど、さすがの私も「あなたクラスの女子からかなり嫌われてますよ」とストレートに伝えるほど無神経ではなかった。
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