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26 ……あのさぁ、それは一体どこの『立花雅』さんの話?
しおりを挟むあれ以降瑠璃ちゃんからの接触はパタリとやんだ。毎日と言っていいほど、お昼休みは4人で過ごしていたというのに。ここ数日瑠璃ちゃんは顔を見せてはくれない。
今日なんて、赤也も用事があるようで、テラスには私と黄泉の2人っきりだ。もしかしたら、今日こそは来てくれるかもしれないと、淡い期待を抱いては、毎日時間ギリギリまでここで彼女が来るのを待っていた。
「そう言えば、これ瑠璃から預かってきたよ~」
「これは、わたくしのハンカチ……!」
あの日、保健室を出てからすぐにテラスへ向かったけれど。探し物はそこにはなかった。そっか。瑠璃ちゃんが見つけて持っていてくれたんだ。
もしかしたら、あの日だって、それを届けようと私を探していたのかもしれない。だとしたら、私がハンカチさえ忘れなければ、瑠璃ちゃんは巻き込まれずに済んだのではないだろうか。
「良かった、見つかって。……探していましたの。瑠璃ちゃんに、ありがとうと伝えておいてもらえますか?」
「え~、やだよ~。立花さんが自分で瑠璃に伝えればいいじゃん」
「……そう出来ないからあなたに頼んでいるんじゃないですか」
黄泉がハンカチを瑠璃ちゃんから受け取ったということは、やはり避けられているのは私だ。赤也は心当たりがないと言っていたしね。
避けられるようになった原因に、心当たりがない訳じゃない。おそらくあの日、あの時の出来事がきっかけだ。
巻き込まれてしまったことはこの際仕方がない。問題はその後の私の言動。余計な首を突っ込んで、しまいには寝不足で倒れて、瑠璃ちゃんを心配させた。
もう無理はするなと私の身を案じて忠告してくれたのに、私はそれを突っぱねた。
私が本当に『立花雅』だったら、きっとそんなことはしないでしょうね。『立花雅』は受容することに関しては専門家だから。もっと上手くやったはずだ。
瑠璃ちゃんの、まるで異質な存在を見た時のような顔が忘れられない。
『こんなの、わたくしの知る雅様じゃない……』
あなたの知る『雅様』が一体どんな人かは知らないけれど。きっと、今ここに存在している私とは全然違ったんでしょうね。
相手が自分が思っていた人と違うことなんて、よくあることだ。そうやって、仕方のないことだと割り切ってはいても、それによって瑠璃ちゃんに嫌な思いをさせてしまったのだと思うと、その事実が少しだけ悲しい。
「瑠璃が避けているからって、伝える方法がない訳じゃない」
「それはどんな……」
「キミから瑠璃の所へ会いに行けばいいんだ」
「そう簡単に言いますけどね……」
言うは易し行うは難し。
もう1度彼女からあんな顔をされてみなさいよ。私きっと今度こそ立ち直れないわよ? 誰からも拒絶されたことのないであろう、自称人気者の黄泉には私の気持ちなんてわからないだろうけどさ!
「瑠璃ちゃんは、わたくしに会いたくないと思っているのに、無理矢理わたくしが会いに行って、もし逃げられてしまったら、どうすればいいんですか」
「いいじゃない、その時は追いかければ」
「……西門くん、楽しんでませんか?」
「まさか」
絶対楽しんでるよこの男は! 顔が笑ってるもの! そんなに私の悩み苦しんでいる姿は面白いか。
「出会った時も、この集まりだって。いつも瑠璃からだったよね~。たまにはキミから行動してあげれば?」
***
お兄様に婚約者が出来るかもしれないと知った時、初めはすごく嫉妬した。
だってそうでしょう?
私の大好きなお兄様が他の女のものになるのよ!
相手の女性は一体どんな方なのか気になるに決まってるし、どんな相手でも絶対認めるものですか!
けれど、すぐにその考えは覆された。
彼女になら、いいえ、彼女にしかお兄様は任せられないとさえ思った。
そして同時に全てを思い出した。ここが乙女ゲームの世界であることも。私のお兄様はその攻略キャラであることも。そして。
「……この世界には、あの『立花雅』がいるんだわ!!」
どうしよう! どうすればいいのだろうか!
突然ふってわいたこんな幸運。きっと一生分、いいえ、二生分の運を使い切ってしまったに違いない。けれども、それでも構わないと思った。
前世で自分の最期はどうなったのかまでは思い出せなかったが、この際それはどうでもいい。
前世に未練が全くないと言えば嘘になるけれど。それより何より、私は『立花雅』を幸せにしたいと思ってしまったんだ。刺殺という選択でしか青葉に好きだと自覚してもらえなかった、不憫で、憐れで、可哀想な少女を──。
今私は彼女と同じ次元に存在し、生きている。これからは会いに行こうと思えばいつでも会えるんだわ。画面越しではなく直接。
これほどまでに自分が『一条瑠璃』であることに感謝したことはない。
今度こそ本当の意味で2人をハッピーエンドにすることが出来るんじゃない? 私自身の手で。お兄様と雅様、2人のそばで。
ああ、なんて素晴らしいんだ!
待っていてくださいね、雅様!
私があなたのその一途で真摯でひたむきな想い。この私が叶えて見せますからね!
そう意気込んでいたというのに。
「一体全体どういうことなのよ!」
「……だから何が」
昼休みに私に無理矢理呼び出され、理不尽な八つ当たりを受けている赤也は、当然のことながらものすごく不機嫌そうだった。
大好きなお姉様との時間を奪った私が憎いのもわかるけれど。だって、仕方ないじゃない。私1人でいくら考えてもわからないんだから。
ここ数日。私は大好きなお姉様のことを避けていた。それは、彼女があまりにも私の知る『立花雅』とかけ離れているように思えたから。
でもまさか、そんなはずないわよね。だってここはあのゲームの世界だもの。
そうは言うものの、もう1度彼女と会った時にその答えがはっきりと出てしまいそうで。柄にもなく怖じ気づいてしまい、結局避けることしか出来ない。
このままお姉様を避けているだけでは何も始まらないと思った私は、お姉様をよく知る──彼女の溺愛する弟『有栖川赤也』に助けを求めることにしたのだ。
「……病弱で儚なげで、皆に守られて大切に育てられてきた、1人では何にも出来ないか弱くて麗しい女の子。……それが『立花雅』でしょう!? その、はずよね? なのに、」
なのに、あの時、彼女のあの意思の強い眼差しを見た時、私は明確に違うと思ってしまった。
『……確かに、わたくしは非力な存在かもしれない。でも決して無力な存在にはなりたくないの。目の前で助けられる人がいるのに何もしないなんて、わたくしはそんな無力な人にはなりたくないわ。誰かを頼って縋り付くような、そんな女にはなりたくないの』
私の知る雅様は、そんなことを言う人ではなかったもの。そんなまるで『立花雅』を否定するみたいな発言なんか。……そんな言葉、私は『立花雅』の口からだけは聞きたくはなかったというのに。
「……さっきから、何言ってるの?」
「だってそうじゃない。わたくしの知る『立花雅』というご令嬢は、青葉お兄様のことが大好きで、ずっとずっと昔から一途に想っている深窓の令嬢を具現化したような方……唯一心を許せるのは幼なじみの赤也だけで、互いに孤独を慰め合う関係なはず……」
あれ、そういえば、『有栖川赤也』って雅様以外心を許せる人なんていなくて、友人なんて1人もいなかったはずだ。だけど、実際は私と赤也は友人だし、私以外にも彼はたくさん友人がいて、孤独とは無縁の人生じゃないか。
「……あのさぁ、それは一体どこの『立花雅』さんの話?」
すごく呆れたような瞳で、馬鹿にしたような口調で彼は私に言う。相変わらず、雅様がいないと私に対して容赦がない。
出会った時は、私にだって他のご令嬢と同じように、等しく素敵な笑顔を向けてくれていたけれど。私が雅様のファンだと知ってからの彼は仮面が剥がれたように、こうして素で話してくる。
自分目当てではなく雅様目当てで近づいてきた女の子は珍しかったのかもしれない。
赤也も雅様のことが大好きだからね。
こうして雅様の素晴らしいところを共感出来る友人が出来たのが嬉しかったのはわかるんだけどさ。たまには以前のように素敵な笑顔を見せてくれてもいいんじゃないかしら?
そんなふうに心の中で赤也の不満を垂れていると、今度は鼻で笑ってきた。
……美形だからって何をしてもいいと思うなよ!? このツンデレ担当クーデレ王子が!
「瑠璃の思う姉さんがどうかは知らないけど。少なくとも僕の知る姉さんは、全然ちがう。出会ったばかりの頃、姉さんになって欲しいと懇願する僕に、姉さんははっきりと僕とは家族にはなれないと拒絶した。それは容赦なく、躊躇なく。そのくせ、なんだかんだ情に厚い人だから、こんな僕を弟だと認めてくれて。しっかりしてるように見えて、どこかおっちょこちょいで。大好きな甘い物を前にすると、まるで子どもみたいにはしゃいで。偏った韓国ドラマばかり見ているせいか、人と少しズレたユニークなところがある。そんな、もっともっと見ていたくなる、目が離せない人だよ」
「……何よそれ」
情報量が多すぎて、1度に処理しきれない。……家族になれないと拒絶? 韓国ドラマ? 赤也は何を言っているの? 私にはよくわからない。だって、私は雅様に関して、そんな知識はないもの。ゲーム内で語られる雅様のことしか知らないもの。
「瑠璃は姉さんのファンだって言う割に、全然姉さんを──姉さん自身を見てないよね」
「……そんなことは、」
「あるよ。ねえ、君と僕が見ているのは、本当に同じ人? 僕は今まで1度だって、姉さんのことを1人では何にも出来ないか弱い人だなんて思ったことないよ。だって、僕の姉さんはすごく強くて、僕が止めても1人で勝手に突っ走ってしまうような人だからね」
違う。やめて、聞きたくないのよ、そんなこと。
……わかってる。本当は薄々気づいていた。彼女が、私の知る『立花雅』とは異なっていることを。
確信したのはあの時だけど、それ以前から予感はあった。
……でも、じゃあ……やっぱり。
もしかして、彼女も私と同じ──。
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