クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

文字の大きさ
上 下
16 / 125

16 姉さんの想像力は相変わらず豊かだね……

しおりを挟む



「……さん、……姉さん!」


 自分を呼ぶその声に気がついたのは、おそらく何度も何度も呼ばれてからだ。赤也の少しいじけた顔がそれを物語っている。


「僕の話聞いてた?」
「ごめんなさい、赤也がお兄様に憧れて麗氷男子にした話でしたっけ?」
「いや、それはその前の話。今話してたのは、僕の友人に姉さんのファンがいるって話」
「あら、わたくしの?」


 どうやら話は随分先へと進んでいたようだった。それだけ自分は放心状態だったということだろう。
 

「最近姉さんぼーっとしすぎ。何か気になることでもあるの?」
「気になること…………そうね、気になる人ならいるわ」
「えっ」


 私があげたバレンタインのお返しにと、せっかく赤也から誘って貰ったホテルのアフタヌーンの紅茶が冷めてしまっている。

 新しく頼めばいいものを、元庶民で貧乏性な私は勿体なくて嫌々口に含む。

 紅茶に浮かんだスライスされたレモンを見て、名前に『黄』のつく彼のことが思い浮かんだ。

 そういえば彼はホワイトデーのお返しに生マシュマロをくれた。手のひらサイズの普通のマシュマロよりもだいぶ大きなマシュマロ。1つ1つ丁寧に作られているふわふわとしたそれは、口に含むとしゅわっと溶けた。

 今まで食べていたマシュマロはなんだったのかと思うほど滑らかな口溶けに、夢中で食べ切ってしまったのは記憶に新しい。

 私の好みを知らないのなら、素直にプレーンを買ってきてくだされば良かったのに、そこで自分の好きな味だからという理由だけでレモン味をチョイスしたのはあの人らしいといえばあの人らしい選択だ。

 あいにく私はレモンも好きだったので良かったものの、もし嫌いだったらどうするつもりだったのだろう。

 きっとどうもしないんだろうな。そんなこと考えてくれる優しさがあればそもそも私の好みを聞いてくれていたはずだもの。

 ゲームの『西門黄泉』がどのような人物だったのか覚えていないけれど、私の知る『西門黄泉』は自己中心的で自分勝手で思いやりの欠片もない人物だ。まるでどこかのガキ大将だ。容姿が綺麗な分、彼よりタチが悪いかもしれない。


 ──そんな思いやりの欠片もない彼、『西門黄泉』のことが私は今とても気になっていた。



***



「この状況で顔色1つ変えないなんて、立花さん本当に女の子?」
「……本当に失礼ですわね。だってあなたはわたくしに何もしないもの」
「どうしてそう思うの?」
「西門くんは別にわたくしに興味があるわけじゃないですし」
「そんなことないよ。興味がない人と婚約したいなんて思わないでしょう?」


 黄泉はそういうけれど、私だってそこまで鈍くないつもりだ。他人に好意を寄せられているかどうかくらいわかる。

 彼は私に婚約をしようとばかり言うけれど、私にはそれが目的・・ではなく手段・・のように思える。

 私のことなんか興味もないけれど、どうしても婚約だけはしたい。そんなふうに思えるのだ。

 つまり彼は私のことなんて露ほども興味なんてないのだ。


「……どうして、この婚約を阻止したいんですか?」


 私と青葉が婚約しようがしまいが、この男──『西門黄泉』には何の影響もないだろうに。


「……うーん、そうだなあ」


 ようやく離れてくれた。私にはその手の色仕掛けは通用しないとわかったのだろう。


「強いていえば、好きだからかな」
「……はぁ?」


 黄泉のふざけた言動に、思わず令嬢らしからぬ声を出してしまった。

 すぐさまからかわれたのだと理解した私は、文句を言ってやろうとしたけれど、そう言った彼の瞳が酷く切なく真剣で、文句なんてどこかに吹き飛んでしまった。


 あの時の黄泉を思い出す。切羽詰まった辛い表情。おそらく私には言うつもりのなかった本音。そう、彼はきっと。



***



「きっと恋をしているのね」


 さんざん私に婚約を迫る黄泉が迷惑で鬱陶しかったし、同じだけ苦手だった。

 彼は本心が見えなくて、何を考えているのかわからない。少しだけ不気味な存在。

 だけど、あの時は一瞬だけ彼の本心が見えた気がした。

 きっと黄泉は誰か好きな人がいるんだろう。理由はわからないけれど、その人のために私と青葉の婚約を阻止したいんだ。


「……相手は? ちゃんとした相手じゃないと僕は認めないよ」
「さあ? どんな相手かしらね。でもきっと素敵な方だわ」


 どうして黄泉の好きな人に対して赤也がここまで口を出すのだろうか。

 心配しなくてもあの『西門黄泉』の好きな人だ。

 きっと作中のヒロインくらい人間的魅力のある人なんだろう。

 ああ、想像したら相手が気になってきたわ。


「……ん? 姉さんの好きな相手だよね? 何でそんな他人事なの?」
「いやだわ、違うわよ。西門くんのお相手よ」


 噛み合わないと思ったら、赤也は私の好きな人と勘違いしていたのか。残念ながら私にはまだそんな人いませんよ。


「ああ、姉さんにしつこく付きまとってるっていうあの西門さんね」
「そんな言い方良くないわ。確かにあの方は何を考えているのかよくわからないし、自分のルックスに自信をお持ちで、忘れ物の多い面倒くさい方だけど」
「……いや、僕はそこまでは言ってないからね?」
「でも、お相手のことを好きだと言う彼の眼差しは真剣そのもので、本当にお相手のことが好きなんだって伝わってきたわ」


 好きになったきっかけは? 2人の出会いは? 

 前世では青葉と赤也しかプレイしていない私は黄泉のストーリーなど知るはずもなく、同時期にプレイしていた友人は全キャラ攻略していたはずだが、黄泉のことをなんて言っていただろうか。

 ああ、ダメだ。全然思い出せない。でも確か彼女は黄泉よりも好きなキャラがいて、その人に夢中だったはずだ。

 黄泉に関係ないことは思い出すのに、彼に関する記憶が全くと言っていいほどない。ここまでくると逆に気になってくる。


「あぁ、すごく気になるわ! あの『西門黄泉』が一体誰を好きなのか!」
「……気になるって、そういう意味のか」


 赤也が何か安心したようにほっと胸をなでおろしていた。先程までの不機嫌がなおったみたい。良かった良かった。


「……でも確かに変だよね。好きな人がいるんだったら手っ取り早くその人と婚約しちゃえばいいのに」
「わたくしもそれは不思議だったの」


 私と青葉の婚約阻止なんて回りくどいことせずに、さっさとその人と婚約してしまえばいいのにと思わずにはいられない。

 『西門黄泉』ならそれくらい楽勝だろう。家柄的にも、容姿的にも。残念なのは性格だけで、それをカバー出来る要素が2つもあるのだから。


 それともそう出来ない理由があるのだろうか。


「もしかして禁断の恋なのでは?」
「はあ?」


 また始まったと赤也が呆れた顔をしていたけど、気にしないことにする。


「決して好きになってはいけない相手なのよ! 身分違いの恋とか! ううん、もしかしたら既に婚約者がいる方とか!」
「姉さんの想像力は相変わらず豊かだね……」


 少し突飛な妄想だったとは思うが、この展開韓国ドラマにはよくあるんだよ?


しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

気だるげの公爵令息が変わった理由。

三月べに
恋愛
 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。  王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。  そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。 「生きる楽しみを教えてくれ」  ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。 「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」  つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。  そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。  学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。 「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」  知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。 「無視してんじゃないわよ!」 「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」 「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」  そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。 「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」  ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。 (なろうにも、掲載)

処理中です...