クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

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12 この俺様が? あんな鈍臭い女を? はっ、笑わせるな

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 麗氷れいひょう学園幼稚舎に入学してから数ヶ月が経とうとしている。


 私の通う麗氷学園は、幼稚舎から大学まであり、幼稚舎からはそれ相応の家柄か、もしくはそれを補えるだけの富豪でないと入学出来ない。

 数多くの優秀な人材、つまりエリートを輩出してきたため、麗氷学園に通っている、それだけでステータスになる。

 そう、お金持ち学校の最高峰なのだ。

 この学校が特殊なのはそれだけではない。中高一貫校ならいざ知らず、小中一貫校なのだ。珍しいよね、小中一貫校。

 豊かな人間性を育むことを教育理念に掲げ、のびのびとした自由な校風の麗氷学園幼稚舎。男女ともにのほほんとしたお嬢さまおぼっちゃまが多い。

 質実剛健を重んじた教育内容で、勉強だけでなく部活動まで力を入れる麗氷学園男子幼稚舎。小学4年生からは強制的に部活動に加入しなくてはいけないという中々ハードな学校。

 上流階級で生きる女性に必要な女礼を中心に身につけ、上品で礼儀正しい女性の育成を目指す麗氷学園女子幼稚舎。和歌、書道、お琴など、昔ながらの和風教育も多数存在し、明らかに『立花雅』はここだったなと思う。

 それぞれ小中一貫校が3校に分かれており、高校で1つに集まる。かつ外部生も受け入れるため、一気に人数が増えることになる。今は少数精鋭って感じだ。

 まあ、校舎は違えど、同じ敷地内にあるから行事は一緒にやることが多いしね。3校に分かれててもあんまり関係ない気はする。

 それぞれ通称【麗氷】、【麗氷男子】、【麗氷女子】。私は唯一共学である麗氷に通うことにした。

 前世でも共学しか経験したことないからさ、女子校って少し憧れるけれどやっぱり怖いんだよね。

 よくあるおっさん化してしまうパターンなのか。それとも、壮絶ないじめが発生するパターンなのか。どちらも違った意味で恐ろしいよね。

 それにお父様には恋愛結婚がしたいと言っておきながら女子校なんて選択したら、「こいつ受け身すぎるだろ! やっぱり婚約しなさい」って思われそうで。

 本当はお兄様と同じ学校が良かったんだけど、麗氷男子だから不可能だった。

 ひどいわお兄様! 私のことを考えてせめて共学にして下さいよと思ったが、私が生まれた頃にはもうお受験が終わって入学していましたよね。

 女子校にしなかったことで1つ懸念があった。

 それは『一条青葉』と『西門黄泉』と同じ学校になるかもしれないということだ。

 もし同じ学校なら、それだけで関わりを持ってしまう可能性が高くなる。私はパーティーで顔を合わせるよっ友くらいでいいのだ。クラスメイトなんて……ああ、恐ろしい。

 乙女ゲームの世界では高校2年生の5月という中途半端な時期から始まる。『結城桃子』と出会い徐々に変わっていく彼らがメインになっており、そのためそれ以前の彼らのことはあまり詳しく描写されていない。

 確実なのは私『立花雅』を含め、主人公以外のメインキャラは全員生粋の麗氷生、【純血】と言われる存在だった。つまり幼稚舎からずっと麗氷学園なのだ。

 立花家なんて兄妹そろってだよ? よくそんなお金あるなあ、とはしみじみ思うが今はそこは重要ではない。

 そう、2分の1の確率で『一条青葉』と『西門黄泉』は私と同じ共学に通うかもしれないのだ。

 厳密には2人とも麗氷男子に通う確率は25%。つまり、2人とももしくはどちらか一方が共学に通う確率は75%なのだ。

 ……詰んだ。正直そう思ったが天は私に味方した。


 『一条青葉』は麗氷男子だった!


 …………うん、『西門黄泉』はね、共学でしたよ。

 まあまあまあ。彼のルートは攻略していないのでよくわからないけれど、少なくとも赤也や青葉ルートには1度も出てこなかったし、元々関わりのないキャラなんじゃないかな?

 そう全てのルートの悪役令嬢をやらされたら、たまったもんじゃないわよ。

 あー、やんなっちゃうわ~。もしそうなら神様もいい加減にして下さいって感じよ。


 そんなことを考えていた私を天はすぐに見放した。



「…………ここはどこなのぉ~~!」


 よく雑用を押し付ける木村先生と目が合ってしまったのが運の尽きだった。

 行ったこともない別棟の校舎に到底小学1年生の女児1人では持てないような量の資料を置いて来るという大役を仰せつかった。

 ここで少しでも嫌な顔をしたらまたネチネチ絡まれることは、前の席の前野くんにより証明済みなので、賢い私はおくびにも出さず笑顔で了承した。

 麗氷にまだこんな建物があったのか、と思うほどボロボロの校舎。本当にここであっているのだろうかと疑いたくなる。

 校舎の番号的にここであってはいるのだが、本当にここなのか?

 正直今すぐ帰りたいくらいだ。雑草はボーボーで私の膝まで伸びきっているし、気のせいかカラスの鳴き声まで聞こえてくる。

 どうしよう。木村先生はこのさいどうでもいいが、1度担った役割を途中で投げ出すなんて、真面目すぎる私にはどうしてもできなかった。


「何してるの?」
「ひいぃぃ!」
「ひどいなぁ……幽霊じゃないんだから」


 クスクスと笑い声が頭上から聞こえる。困り果てた私に声をかけてくれたのは私より少し背の高い男の子。制服から私と同じ麗氷学園幼稚舎の学生だとわかる。


「随分と重そうだね、貸して」
「えっ、あっ……」


 ひょいと奪い去られた資料を彼は軽々と持つ。
 さっきは驚いてよく見えなかったけれど、この人ものすごく美形だっ……!

 そう、それはまさしくガニュメデス様!
 男も一目惚れする美貌だよ!
 ……負けた。女なのに完全に美しさでも負けているっ!
 完敗だよガニュメデス様!


「じゃあ行こうか」


 そんなことを考えて、本日何度目かわからないフリーズをしていたら、ガニュメデス様はにこやかにエスコートしてくれる。


「す、すみません。あの、お気持ちは嬉しいですが、わたくし自分で持ちますわ」
「女の子にこんな重たい物持たせられないよ。それに初めて先輩らしいことが出来て嬉しいんだ。ここは僕に花を持たせてくれないかい?」
「そういうことなら……」


 こういう人って本当にいるんだな。先輩ってことは私より年上だとしてもまだ小学生よね。小学生にしてこの気遣い。麗氷学園は着実に優秀な人材を育てていると実感したよ。


「その代わりと言ってはなんだけど……」


 何か私に出来ることがあるのかと思わず目を輝かせる。


「扉の開閉は君に任せてもいいかな?」
「……ええ! 喜んで!」


 ありがとうと彼はまた笑ったけれど、それを言うのはこちらの方だ。



***



 どうやら私が迷い込んでしまったのは、今は使われていない旧校舎の方だったようだ。

 たまたま通りがかったガニュメデス様が新校舎へ案内してくれた。

 彼がいなかったらきっと私は無理にあそこに入っていたと思う。危ない危ない。


「うーん、あそこに入るのはあまりおすすめしないかなあ」
「何かいわく付きなんですか!? テケテケ!? 口裂け女!? トイレの花子さん!?」
「いや、妖怪の類はよくわからないけど、単純に老朽化が進んでて、足がすっぽ抜ける可能性があるからさ」


 なーんだ。学校の怪談はないのか。


 でも生きてる人間が1番怖いっていうし、下半身が床にめり込んでいる姿のまま誰も来ず放置されたらと思うと、ものすごく恐ろしい。

 何より立花家のご令嬢ともあろうお方がそんな間抜けな姿を人様に晒すなんて、社会的に死んでしまう。良かった、本当に入る前じゃなくて。

 それもこれもこのガニュメデス様のおかげ!

 ……そういえば、ガニュメデス様のお名前はなんていうのかしら?


「……ありがとうございました」
「いえいえ。お役に立てて光栄ですよ」


 じゃあ、僕はこれで、という先輩を引き止める。


「あの、よかったらお名前を……」
「名乗るほどのことはしていませんから」


 そんなふうに笑顔で拒絶されてしまっては、これ以上食い下がることなんか出来ない。

 因果応報とはこのことだ。

 私だっていやなときはそれとなく笑顔で拒絶する。だけどやられた人の気持ちなんて考えたことなかった。申し訳ないな、とは思っていたけど、結構堪えるわね。告白してないのに振られた気分だ。

 じゃあせめて、と立花家うちで作ってるフィナンシェを渡す。

 お母様以外の家族が皆スイーツには口うるさいので、それを見かねたお母様にそんなに好きなら自分で作ってはどうだと言われたのがきっかけだ。

 今まで食品には手を出していなかったお父様は目からウロコだったようですぐに取り掛かった。

 このフィナンシェはその時出来た新商品なのだが、大変売れ行きが好調で、少し値が張るがご予約半年待ちの看板商品だ。

 今日は偶々クラスの皆にお願いされて持ってきた余りがあったから私が後で食べようとポケットに入れていたのだ。

 だけど正直試作から完成まで飽きるほどフィナンシェを食べたから、もう当分フィナンシェは見たくないのよね……。私としても貰ってもらえるとすごく助かる。


「美味しそうだね。ありがとう」
「……いえ! こ、こちらこそありがとうございました」


 良かった、貰ってくれた。本当は拒否られたらどうしようかとも思ったんだけど。

 あんなに美しく優しいガニュメデス様がそんなことするはずなかったわ。取り越し苦労だ。

 ……また、会えるかしら?
 会えるといいな。
 なんだかこういう気持ち久しぶり。会いたくない会いたくないと思うことはあっても、また会いたいだなんて思うこと少なかったもんね。



***



 雅の中で、彼の呼び名がすっかりガニュメデスで定着しきった頃。少年は胡散臭い笑みを浮かべる、眼鏡をかけた友人に声をかけられる。


「何しとったん?」
「別に、いつも通り“人助け”さ」


 相変わらずやな~とケラケラ笑う友人に、彼は何がおかしいのかと問いたくなるが、この友人には何を言っても無駄なことはわかっているのでなにも言わない。


「それ、やるよ」
「なんやこれ。……これは、幻のフィナンシェやんんん!」


 よくわからないが、友人がこれだけ喜んでいるということはそれなりに価値のある物なのだろう。けれど少し潔癖の嫌いがある彼には名前も知らぬ人から貰った物はどうしても受け入れ難かった。
 

「あれ、あの子『立花雅』とちゃうん? ほら、立花家のご令嬢の」


 少し離れた所にいる彼女の後ろ姿をみた友人は、お菓子と背格好からそう推測する。


「……ああ、青葉の“元”婚約者候補か」


 あちらはどうか知らないが、少なくとも少年は『立花雅』を知っていた。
 

「珍しいな、マシロが女の子に興味持つなんて」


 いくら弟の婚約者候補だからといっても、全員の名前を覚えているわけではない。けれど、特段興味があったわけでもなかった。


「この俺様が? あんな鈍臭い女を? はっ、笑わせるな」


 穏やかに笑っていたガニュメデス様の姿はそこにはなかった。


「あんな女が、一時でも俺の義妹になるかもしれなかったと思うと、ゾッとするね」


 ただの高慢ちきな少年──『一条真白』が彼女を罵り、嘲笑っていた。


 そう、彼が最後の攻略キャラ、白の名を持つ『一条真白』だったのだ。


 そうとも知らず、私『立花雅』が、まさか彼の本性がガニュメデスではなく堕天使ルシファーだと気づくのはもう少し先の話。




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