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3 この天使は本当にあのクーデレ王子なのかっ!?
しおりを挟むこうして私は最も会いたくなかった『有栖川赤也』に出会ってしまったのだった。
とは言っても、まさか攻略キャラと出くわすなんて思いもしなかった私は、思わず気絶して寝込んでしまったので、あの場では名乗ってすらいないのだけど。
目覚めてからは、両親からの言いつけで私はベッドから出られずにいる。本当にもう大丈夫なのでなんとか両親を説得するも、過保護な彼らは聞く耳を持たない。
助けを求めてお兄様に目をやるが、今回はお前が悪いから諦めろと言われてしまった。家族揃って私を病弱キャラにするのはやめて欲しい。私は本当に本当にもう元気なのに。
元気な時、1日中ベッドの中にいることはどれほど苦痛か。前世の家庭では、少しくらい熱があっても平気だ、学校へ行けという方針だったので、こんなに暇なことは初めての経験だった。
しばらく天井をぼーっと眺めていると、ノックの音とともに父の声が聞こえた。
「雅ちゃん入るよ?」
「どうぞ~」
だらけていたせいか、思った以上に間延びした声が出てしまった。でも、まあ、いいか。どうせお父様しか聞いてないんだし。
「体調はどうだ?」
「……こんにちは」
「えっ、げほっ、なっ、げほっ」
「うわわ、大丈夫かい!?」
えっ、なんで有栖川親子が家に!?
ほらやっぱり体調悪いんだから無理しないで~と父が私の背中をさする。気遣いは有難いけれど、今回は100%お父様のせいだからね!? 父よ。あなたは何故一言も二言も足りない? たった一言、有栖川親子がいるとさえ言って下されば、私はこんなにむせ返ることなどなかったよ!?
そんな私の父への恨み言など知りもしない『アリスちゃん』さんは申し訳なさそうにしていた。
「まだ体調が万全ではないのに、急に押しかけてしまってすまないね」
「いえ、わたくしのために、お忙しい中わざわざお見舞いに来て下さって……」
「実は赤也が酷く君のことを心配していてね」
あの『有栖川赤也』が私を──? 少し、いやかなり意外ではあったけど、初対面の人が急に倒れたら、正常な人間ならば心配くらいするよね。
とりあえず私は平気だということを伝えて速やかにおかえり頂きたいところだが、立花家と同じくらい由緒正しい家柄である『有栖川家』に御足労頂いたのだ。そういうわけにはいかない。
何か言いたげにもじもじしている『有栖川赤也』にお茶でもいかがですかと誘うと、何を勘違いしたのか父達はそそくさと出ていってしまった。
あとは若いお2人でって何だよ! お見合いの仲介おばさんじゃないんだから!
こういう時男性はとりあえず2人にさせるのが正解だと思っている節があるが、それは大間違いだ。ある程度年が行った男女ならば世間話など出来るかもしれない。だけど私達は5歳児と4歳児で気の利いた話なんて出来るはずもなく、ただただ沈黙が流れるばかりだった。
……完全に失敗したわ。お茶菓子があると食べてる間は完全に2人とも沈黙になるし……。
本来ならば2人っきりになる予定などなかったのだから、どんなに嘆いても今更仕方のないことだが。あの時咄嗟に機転を利かせてお茶に誘った自分が今ではとっても憎らしい。
少しお腹が空いていたからって! こんな選択するんじゃなかったわ! とはいっても、前世とは違いここには遊ぶための道具なんてほとんどない。あるのはトランプくらいだ。2人っきりのトランプとか、なんて不毛なんだ。
「……あの、お体はもう大丈夫なんですか?」
「え? ……ええ、もう平気よ」
私の返事に心から良かったと喜んでくれる『有栖川赤也』は本当に天使のようだった。か、可愛いっ! この天使は本当にあのクーデレ王子なのかっ!?
乙女ゲームでの『有栖川赤也』は姉のような存在である『立花雅』以外には決して笑顔を見せなかった。主人公だって例外じゃない。
初めて主人公を助けた日。彼女が虐められていても周りは見て見ぬ振りで、誰も助けてなんてくれなかった。
そんな時、『有栖川赤也』だけは違った。
『別に、お前だから助けた訳じゃない』
『それでも、助けてくれたことには変わりはないから。元庶民の私なんかを助けてくれたのは、あなたが初めてです……』
『僕はあの人にそぐわない男になりたくないだけだ。あの人の隣りにいるにふさわしい生まれなんかで差別しない平等な人間に……』
『あの人……?』
『……お前には関係のないことだ』
いつだって雅のために行動していた彼にとって、主人公だってその他大勢だ。道端に転がる小石くらい取るに足りない存在だった。
雅以外に決して笑顔を見せないあの『有栖川赤也』が最後の最後に見せた笑顔は、今まで散々冷たくあしらわれていた分感極まるものだった。
その『有栖川赤也』が!! 私にエンジェリックスマイルをっ!!
思わず抱きしめてもふもふしてしまいたい衝動をなんとか堪え笑顔をキープする。
「……えっと、ぼくは、あなたのこと何とお呼びしたらいいですかあ?」
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。わたくし立花雅と申します。雅と、名前で呼んで下さいな」
「……雅お姉様?」
不安そうに首を傾げるその仕草はやはり天使でしかなかったけれど、ゲーム内での雅を姉だと恋慕う『有栖川赤也』が思い出されて、思わずゾッとしてしまった。
急に青ざめた私の顔を天使が心配そうにのぞき込む。どうしたんですか? 大丈夫ですか? と眉を下げた彼に再び向き合う。
「わたくしのような者を姉だなんて敬わなくていいんです。ですからそのまま雅と呼んで下さい」
そう暗に姉と呼ぶなと言った私に、彼はせめて雅さんと呼ばせて下さいと申し出た。
私だってこの天使を傷つけることは本意ではないが、仕方がないんだ。物事には優先順位がある。私は何よりも自分の命が惜しい。
彼と親しくしたとして、必ずしも私の命が絶たれるわけではないが、可能性があることは否めなかった。私はそのほんの少しの可能性が怖いんだ。そう、魘されて数日間寝込んでしまうくらいには。
「……雅さんが倒れてしまったのは、ぼくのせいなんです。だから、あなたの体調が完全に回復するまでこうしてまたお見舞いに来てもいいですか?」
「……ええ、もちろん」
今にも泣き出しそうに尋ねる天使をバッサリ切り捨てられるほど、私は非情にはなれなかった。
天使は優しいから自分をせめてしまうのかな。私が倒れたことと君は関係ないし、君は全く悪くないのにね。
そんなふうに彼の発言を受け取った私は、この天使が独りで抱える問題に全く気がつかなかった──。
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