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1 父よ。なんてことしてくれたんだ
しおりを挟む父から会わせたい人がいると言って紹介されたのは、今世では決して関わらないでおこうと決めていた『有栖川赤也』その人だった。
父よ。アリスちゃんって男性だったのね。すごく紛らわしいから金輪際やめて欲しい。まあ、そもそも私が確認しておけば良かったのだ。
「アリスちゃんはすごく可愛いんだよ? アリスちゃんの子どもも天使のように可愛らしくてね! 今度雅ちゃんにも紹介してあげるね?」
お友達になれるといいねと言って笑った父が今は憎らしい。普通幼いとはいえ、男の子に対して「天使のよう」だとか「可愛らしい」だとか言うか? てっきり私は美少女だと思ってここまでルンルンで訪ねたというのに、天国から地獄とはまさにこのこと。
私の絶望とは反して、嬉しそうな父は少年に声をかける。そして、少年は自分の父の後ろに隠れながら挨拶をする。
「えっと、ぼく、有栖川赤也って言います。よろしくお願いします」
照れたようにはにかむ少年は本当に天使のように愛らしかった。父のいうことは正しかった。そんなことを、頭の片隅で考えながら私は今のこの現実から逃避していた──。
ああ、やっぱり、この子は“あの”有栖川赤也なのか……。
『姉さん、僕には姉さんしかいません』
『ええ、私にも貴方しかいないわ……本当に信頼出来るのは貴方だけ。だから貴方だけはずっと私の傍にいてね。決してあの子の所へは行かないで……』
『……はい、姉さん。ずっと傍にいます。……だから姉さんも僕の傍から離れないでね?』
前世で失敗したルートがフラッシュバックする。母からも父からも愛されなかった赤也は、幼馴染の『立花雅』を母のようにそして姉のように恋慕い依存するのだ。主人公と結ばれるために邪魔な彼女を殺害するも、雅を殺した自分を許せず自害したことさえある。とにかく二人の絆は強く、とんでもなく重いのだ。
どうしよう。どうすればいいのだろう。この世界で自分が『立花雅』だと認識した時に決めたのだ。決して攻略キャラとは関わらないと。そして特に『有栖川赤也』とは。
ふらつく私を支えた父が心配そうに何か言っていた気がしたけれども、私はその場で意識を手放した。
急に倒れた私のせいで、その場は顔合わせどころではなくなったらしく、泣きながら父は私を急いで屋敷まで運んでかかりつけ医にみせたらしい。
それを聞かされたのは、倒れてから3日も経っていた。どうやら私は3日も眠っていたらしい……。
***
ずっと自分の名前に違和感があった。『立花雅』という名前にどこか聞き覚えがあったし、ましてそれが自分の名前だとは思えなかった。
初めて自分の名前を認識した時、思わずこれは本当に自分の名前かと、何度も何度も確認して、両親を困らせてしまったのは仕方ないと思う。だって、それは私の名前じゃなく、ゲームのキャラクターの名前だったのだから──。
初めて気がついたのは5歳の誕生日。
父が私にそろそろ婚約者でもと言ったのだ。父は母と比べてそれほど選民思想が強い人ではなかったけれど、家柄を重んじる人ではあった。
そんな父が早いうちに私に立花家と同等、またはそれ以上の家柄の婚約者を見繕おうとするとは至極当然のことだった。
前々からそのような話が出ていたし、私はたった5歳にして良家の子女として仕方のないことだと受け止めていた。今思えば冷めていた。
「僕としては一条家や西門家がいいと思うんだよね。2人とも雅ちゃんと同じ年頃のご子息がいるみたいだし!」
「まあ! どちらも雅ちゃんのお相手として十分なお家柄ですし、いいかもしれませんね!」
一条家や西門家。母が興奮するのも仕方ないくらい素晴らしい家柄だ。私としては恐れ多いくらいだ。
「確か『一条青葉』くんと『西門黄泉』くんと言ったかな。この前パーティーで少し会ったんだけど、ご両親に似て利発そうだったよ」
「……え、今、……何て?」
今まで話に入ってもこなかった私が興味を持ったとでも思ったのか、父は笑顔で言い直す。
「ご両親に似てとっても利発そうで……」
「その前です!」
「確か名前は『一条青葉』くんと『西門黄泉』くんと言って……」
『一条青葉』。『西門黄泉』。その名前には聞き覚えがあった。むしろありすぎるくらいだった。
急に立ち上がった私を心配した両親に体調が悪いからと適当な理由を述べて部屋へ戻る。
普段の私ならベッドにダイブするなんてこと絶対しない。行儀が悪いし、何より良家の子女として有るまじき行為だ。だけどそんなこと気にする余裕なんて、この時の私にはなかったのだ。
「どうして、私があの『立花雅』なのよ……!!」
誰にも聞かれないように枕で顔を隠して叫ぶ。前世でプレイした乙女ゲームの悪役令嬢の名を叫ぶ。そして、今世での私の名でもあった。
次々と思い出される記憶に、どうやら本当に気分が悪くなってきた。とりあえず今はもう眠ろう。自分の誕生日だと言うのに、酷く疲れ切った私はその日は死んだように眠った。
酷く頭が重かった。そりゃそうだよね。就活していた記憶がうっすらあるからおおよそに20数年分の記憶が一気に5歳児の小さな脳ミソに流れ込んできたんだ。寝込んで当然だ。
1週間近く寝込んでいた私が目覚めた時、両親も年の離れたお兄様も優しく私を抱きしめてくれた。本当に良かったとすすり泣く彼らにつられて私も泣いてしまった。
『立花雅』なんかに生まれて後悔していたけれど、こんなに愛してくれる彼らの顔を見たら少しだけ『立花雅』で良かったと思った。
「お父様」
「なんだい、雅ちゃん」
「わたくし、お願いがございます」
欲しい物ならなんでもいいなさい状態の父に、今しかないと狡猾な私は思った。
「わたくし、婚約者なんて欲しくありません。きちんと恋愛して、その方と結婚したいのです」
「え」
まさか今ここでそんなこと言われるなんて思ってもみなかったのだろう。奇跡の生還(?)を遂げたばかりの幼女に、こんなこと言われるなんて普通は思わないものね。
両親は呆然としてからハッと我に返って必死に説得を試みる。主に母がもったいないもったいないと私に言い聞かせる。
「ああ、婚約者なんて、わたくし辛くてまた熱が出てしまいそう……」
「雅ちゃん!? わかった! わかったからもう倒れないでおくれ!」
どうやら今回の私の高熱が相当効いたのか、これ以上ショックを与えるとまた倒れると思っているらしい。
今まで病気という病気をしてこなかった私だが、両親の中では病弱キャラで決定したらしい。もうあれほどのショックを受けることなんてないから安心してね、お父様、お母様。
ああ……と頭を抑える私の姿に父が白旗を上げた。やったね。ありがとう、お父様。だぁい好き。
倒れた私につきっきりだった両親は、この1週間で溜まりに溜まったお仕事をするためしぶしぶお仕事へ戻っていった。両親の申し訳なさそうな背中にこっちが申し訳なくなったくらいだ。
ごめんなさい、お父様達の愛情につけ込むようなことをして。
「……雅、さっきのわざとだろ」
なぁんのことだかぁ?
誤魔化すように微笑む私に、残されたお兄様はどのように受け取ったのかはわからない。はあ……とため息をつくと私の髪をくしゃくしゃにした。
「ちょっ! お兄様!? やめてください! くしゃくしゃになってしまいます!」
「ははっ、お仕置きだよ」
そういえば、乙女ゲームに立花優こと私のお兄様は登場しなかった。そのはずだ。
だからこそ、『立花雅』は『有栖川赤也』に依存したのだ。私の唯一信頼出来る弟だと言って。
そもそも悪役令嬢の家族にスポットライトがあたるはずもなく、肝心の『立花雅』に関してのことも主人公であるプレイヤーの視点でしか知らない。
深窓の令嬢を具現化したような美少女である『立花雅』には、大切な婚約者と弟のように可愛がる幼馴染がいた。彼女は学園中誰からも愛され、憧れの的だった。
しかし高校2年生の時、ある1人の少女が転校して来てから彼女の生活は一変する。
そう、主人公かつプレイヤーでもある『結城桃子』だ。母子家庭だった主人公は母が亡くなったことにより初めて父親に会い引き取られる。父親は有名な企業の社長で引き取った桃子を無理矢理良家の子女達が通う学園へ転校させた。
元庶民ということで事あるごとに虐められるのだが、『立花雅』は別段そこに加担したりはしなかった。
しかし、桃子のいじめ現場に遭遇してしまった彼らはそうは行かなかった。全ての攻略キャラはそうして彼女と出会い、助け、結ばれるのだ。
確か攻略キャラは4人いたはずだ。赤、青、白、黄色になぞらえた名前で、青色の彼以外頭髪も同じ色だったはずだ。彼だけは髪ではなく瞳の色が名前と同じく青かった。
もっともこの世界にはそんなカラフルな人種はいない。先日出会った赤也も赤みがかった茶色で、真っ赤ではなかった。
私は好きな食べ物から食べるタイプなので、登場人物の中でも好みだった赤と青しかプレイしていない。
同時期に始めた親友から全キャラ奥が深いからやって!と力説されたが、ちょうど就活の時期とかぶってしまいフルコンはできなかったのだ。
そういえば私就職出来たのかなあ? 就活をしていた記憶はあるが、就職をした記憶はない。もしかしたらその前後で亡くなってしまったのだろうか?
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