クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

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118 あなた一条くんですか!?

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『──立花雅さん』


 久しぶりに悪夢を見た。暗闇の中で、『一条青葉』と2人っきりなのだ。この悪夢を何度も経験している自分は、ああまたか、と思ったが、すぐに違和感を覚える。


『……その、呼び方……』


 おかしい。夢に現れるあのゲームの『一条青葉』は私のことを雅と名前で呼ぶ。こんな風にフルネームでは呼ばない。もしかして……。


『あなた一条くん・・・・ですか!?』
『はい、他の誰に見えるんですか?』


 おかしな人ですねと形のいい口元に小さな笑みが浮かぶ。


『もしかして、体調悪いのかな?』


 右手は私のおでこに、左手は私の腰に添えながら、彼は目元を細める。


『……えっ、ひぇぇ』
『うーん、熱はなさそうだけど……』


 こういった耐性のない私は驚いて深窓の令嬢らしからぬ声を出してしまったけれど、夢だからこの際良しとしよう。

 今はそんなことよりも、目の前にいる彼のことだ。彼は確実にあの『一条くん』だ。だって、笑った時の印象が全然違う。

 今まで夢に出てきていたあのゲームの『一条青葉』もいつもニコニコしてるけれど、なんというかただそれだけなのだ。そこに親しみや優しさは伴わない。その方が物事が円滑にいくから、意識的に笑っている。そんな感じなのだ。

 でも、この人は違う。同じ顔なのに、醸し出す雰囲気から、不思議と全くの別人に見えた。


『……心配だなあ』
『あの、一条くん……ちょっと距離が……』
『ああ、ごめん。近かった?』


 言葉では謝罪するくせに、両手はがっしり腰をホールドしている。どうやら離す気はないらしい。


『立花雅さん、このまま聞いて。僕はね、ようやく自分の気持ちが分かったんだ』
『……一条くんの、気持ち?』
『うん、そう。ずっと自分の気持ちに自信がなかったんだ。こんな気持ち、初めてだったから』


 彼は、はにかんだように笑うと、私の頬に触れた。まるで、大事な宝物に触れるように、そっと。


『僕はね、君が好きなんだ』
『…………えっ!?』


 予想していなかった言葉に、口を半開きにしたまま閉じることが出来ない。誰が誰を好きだって!? いくら夢とはいえ、あり得なさすぎる。

 そう、これは夢だ。私が何て返事をしようと、現実とは関係ないのだ。だから適当に何か言ってしまえばいい。ごめんなさい。あなたの気持ちは嬉しいわ。言えばいい、拒絶の言葉を。

 ……そう思っているのに、言葉が音にならない。

 私が黙っていると、彼が先に口を開いた。


『君が僕のこと嫌いなのは理解してるよ。けど、好きなんだ』
『嫌いなんて、そんなこと……』
『じゃあ、どう思ってるの?』
『…………』


 再び私は言葉を失う。即答出来るような単純な問いじゃないからだ。


『言葉にしてくれないとわからないよ。ちゃんと聞きたい、君の気持ち』
『……わたくしの、気持ち』


 正直私の中で『一条青葉』は恐怖の対象だった。想いを拒絶されても愛を囁かれても、背筋がゾッとした。ずっと怖かった。


 ──でも、今はどうだろう。


 私に向ける彼の視線は柔らかく、ただただ愛情に満ちている。触れた指先からも想いを感じる。……はあ、困った。私は全然嫌じゃない。この人に想われて、同じ気持ちを返したいなんて、そんなことを思ってしまった。


『──一条くん、わたくしは……』



***



「お目覚めですか?」


 聞き覚えのある声だ。お兄様とは違う、けれども優しい声。ゆっくりと瞬きながら、重いまぶたを上げる。


「…………あら?」

 
 視界に飛び込んできた光景に目を奪われる。


「……いち……じょう……くん?」
「はい。ほかの誰に見えるんですか」


 目を開けると、私の知る中で最も見目麗しい少年の顔が至近距離にあった。

 光り輝く金髪と宝石のようなブルーの瞳。世間知らずのお嬢様達が恋に落ちるには十分すぎる条件だ。
 それら全てを兼ね備えた少年が、今私の横で一緒に寝ているのだ。あきらかにおかしな状況だ。うまく飲み込めない。


「…………ゆめ、か。だって、彼がここにいるはずないもの」
「もしかして、寝ぼけてます?」


 目覚めたばかりであまり働かなかった思考が徐々に動き出す。でも、おかしいわ。本当に夢なら、どうして自分の顔を触っている感覚があるの? ……ああ、なんだか嫌な予感がする。


「あ、そうよ。学校……行かなきゃ。今……何時ですか?」
「安心して、今日は創立記念日で学校はお休み。……君、本当に寝ぼけてるんだね」


 最後にさらっと嫌味を言われた気がするけれど、そこまで頭の働いていない私は聞き逃し、そうか、なら良かったと一安心していた。


「でも……夢じゃないなら、どうしてあなたがわたくしの邸に?」
「ここは僕の邸ですよ。昨日君が倒れてる僕を見つけて、邸まで運んでくれたんだけど……覚えてますか?」


 記憶の糸を手繰り寄せる。……言われてみれば、そのようなことがあった気がする。いや、あった。

 放課後本を返しに行ったらこの人が倒れてたんだ。


「僕を心配して泊まってくれたって言ったことは?」
「…………そんなこと言いましたっけ?」
「えー、忘れちゃったの? なら、僕と婚約したいって言ったことは?」
「それは絶対言ってないっっっ!!」
「うん、これは冗談」


 クスリと笑ったその顔は、一瞬見とれてしまうような綺麗な笑みだった。


「……もしかして、からかってます? 」
「あ、バレました?」
「一条くん……あなたって人は……」
「ごめんごめん。君の反応が面白……可愛くて、つい」


 からかうような視線とぶつかり、頬がかあっと熱を帯びる。

 か、可愛いって言われた……!! あの一条青葉に!! あの会えば嫌味しか言わないデリカシーなし男に……!!

 わかってる。ちゃんと理解してる。面白いって言おうとしてた時点で本気じゃないって。これもきっと冗談で……だから真に受けちゃダメよ、私。

 ……わかっているのに。それでもなんとなく、彼の目を見ることができない。


「……ごめんなさい、寝ぼけてました。おはようございます」
「うん、おはよう。疲れてたのに、昨日は遅くまで付き合わせてごめんね」
「……本当ですよ。まあでもいいです。わたくしこう見えてとっっっても優しいので。一条くんはそうは思っていないみたいですけど」
「実はかなり根に持ってます……?」


 からかわれた仕返しに、昨日のことについてチクリと嫌味を言ってみたがあまり効果はなさそうだ。悔しいな、私だけ乱されて。青葉は平穏無事。そりゃ私のことなんてどうでもいいだろうし、仕方ないよね。

 上半身を起こしながら、彼の整った顔をまじまじと見る。


「随分とスッキリした顔をされてますね」


 寝起きいいんだな、羨ましい。私は見ての通りあんまり良くないから。


「……ようやく分かったからかな、自分の気持ちが」
「一条くんの気持ち?」
「うん、自分が何をしたかったのか、これから何をしたいのか、ぼやけていた物事の輪郭がハッキリしたんだ」
「そ、そう。ええと……おめでとうございます?」
「あはは、ありがとうございます」


 いつもの彼らしくない抽象的な言葉に、私も曖昧に返事をした。すると彼は「だからね」と真剣な顔で言葉を続けた。


「──だから、もう僕は大丈夫です。君からの言葉がなくても」


 迷いのない口調。その言葉に、未練の響きはなかった。


「……そうですか」
「うん」


 彼はすでに心を決めたようで、その言葉には少しの迷いも感じられなかった。


 ──ああ、きっと彼はもうひとりで平気なのね。


 それはほぼ確信だった。


 彼がどんな結論を出したのかはわからない。伊集院さんと婚約するのかしないのか。どちらを選択するにしても、青葉が自分自身で考えて決断したんだ。きっとこの人なりに前に進もうとしているんだ。それなら、私はそれを尊重したい。

 ──本当に、よかった。これを聞いたのが、『立花雅』じゃなくて、よかった……。

 ──……私がこの人を好きじゃなくてよかった。


「立花雅さんが起きたことですし、朝食にしましょうか。準備させます」
「……ありがとうございます。…………っ!!」
「立花雅さん!? どうしました!?」


 立ち上がろうとした瞬間、ももに走った激痛。思わず声にならない叫びが出た。


「…………筋肉痛のせいで、脚が痛くて立ち上がれないです……」
「えっ、筋肉痛!? 何かハードな運動でもされたんですか? 心当たりは?」
「……多分、痛みの場所的に昨日の膝枕が原因ですね……」
「…………膝、枕? 一体誰に」
「…………あっ」


 しまった、と思った時には既に遅い。墓場まで持っていこうと決めていたことを、うっかり本人に漏らしてしまうなんて……。

 それから瑠璃ちゃんが部屋に突入してくるまでの間、しばらく青葉からの追及は止まなかったけれど、私は死ぬ気で黙秘した。

 歩けない私のために車椅子を用意してもらっている間、瑠璃ちゃんに声をかけられた。


「慣れない環境で眠れないなんてことはありませんでしたか……!? わたくしのわがままで強引にお姉様に泊まっていただきましたが、それだけが心残りで……」
「大丈夫よ。昨日は疲れてたからぐっすり。よく寝たわ。心配してくれてありがとう」


 それならよかったとホッとしたように笑う彼女は、やっぱり青葉によく似ていた。兄弟だもの、当たり前よね。


「いい夢は見られましたか?」
「うーん、何か夢を見た気がするけれど、全く思い出せないのよね……。でも、思い出しちゃいけない気がするの……思い出したらきっと後悔する気がするのよ……」
「なら無理に思い出さなくていいと思いますわ!」
「そうね、そうするわ」


 この日以降、私と青葉は互いに悪夢に魘されることはなくなった。

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