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105 立花優
しおりを挟むピピピピ……と枕元にある携帯電話のアラームがなる。
時刻は深夜1時を過ぎていた。
……今日は来るのかな?
明かりを付けて彼女が来るのを自室で待っていると、コンコンとノックする音が聞こえた。
「入っていいよ」
そう言うと、真っ青な顔をした妹が「……失礼します」と申し訳なさそうに入ってきた。
「どうぞ、いらっしゃい。また眠れないの?」
「あはは……はい。何だか、目がさえてしまって」
笑っているけれど、どこか悲しげで。そんな妹の表情の変化に気づかない僕ではなかった。
だけどこの子は昔から自分が辛い時、何も言わないから。そういうとこ、昔と変わらないよね。自分以外の誰かが辛くて大変な時は、周囲の人間に助けてと言える子なんだけど。
だから追及することなく「そっか」と返した。
「奇遇だね。僕も今日は何だか目がさえて眠れなかったんだ。一緒に寝よっか」
「……はい!」
おいでと僕のベッドに入るよう促すと、雅は嬉しそうに笑った。相変わらず顔が真っ青だけど、せめて笑顔が見れてよかったと内心ホッとする。
顔色が明らかに悪い妹を抱きしめながら、頭を優しく撫でてあげると、安心したのかすっと妹は寝入る。
「…………今日は早かったな。よっぽど疲れてたのかな?」
妹の腕にキラリと光る小ぶりの多機能スマートウォッチを視界に入れる。
日々痩せたい痩せたいと零している妹にとってそれは、ただのカロリー消費のわかる歩数計に過ぎない認識だろうが、僕にとっては妹の異変を知らせてくれる大切なものだった。この学園に入学してから、雅には肌身離さず身につけさせている。
これのおかげで、僕はこの子が部屋にやってくることを予期できた。
より正確に言えば、僕の携帯電話に入れたアプリケーションに使用者である雅の浅い睡眠、深い睡眠、そして──目を覚ました回数を記録し、彼女が目を覚ます度に僕に通知がくるように設定しているのだ。先程のアラーム音がその通知だ。
目を覚ました妹が僕の部屋に訪れて来ない時などは僕から彼女の部屋を訪れることもあるが、どうやら今日はすぐに僕の部屋へ向かうことにしたらしかった。
……ひどいクマ。それに微かにだけど、涙の痕もある。
きっと、また独りで抱え込んで、独りで悩んでいるのだろう。そう考えるのが自然だ。
「雅にまた倒れられたりしたら困るよ……心配で今度は僕が不眠になりかねない」
どうしてここまでして彼女の体調に気付かうかと言うと、話は少し遡る。
──妹がまだ5歳の頃、突然倒れたことがあった。かかりつけ医が言うには、おそらく過度なストレスによる心因性発熱だろう、と。
それからしばらくして、妹は人が変わったみたいに愉快になった。この場合活発になったといった方が適切かもしれない。前向きじゃなかったお稽古にも精を出すようになったし、今後の人生の参考にと韓国ドラマに手を出すようにもなった。
突然の変わりようにびっくりしたけど、お兄様、お兄様、とパタパタ駆け寄って抱きついてはへらへらしている妹が可愛らしかったから、そんな些細なことはすぐにどうでもよくなった。
そんな時、妹が再び倒れた。ちょうど赤也と初めて会った時だったかな?
元気になったと思ったらすぐに倒れてしまった妹に、両親はすっかり過保護になった。元々その傾向はあったけれど、なんというかより悪化した。
だって、また『心因性』だ。医師から原因に心当たりがないかと問われても、僕達家族は誰一人心当たりなんてなかった。
その時気づいた。前回すぐに元気になったから原因を探ることはなかったけど、雅の中でストレスの原因は解決してなかったんだって。まだ、心の奥に残っているんだって。
『……悩んでいるのなら、何でもお兄様に相談していいんだよ』
そんな風に問いかけた僕に、彼女は『解決できるかもしれない問題を見て見ぬ振りをするのは……正しいことなのでしょうか?』と告げた。
この子は、それを悩んでいるのだ、とぽつぽつ話すが、どうもそれは妹が過度なストレスを抱えたことの本質的な理由ではないような気がした。
だって、この子は悩んでいると僕に言ったけど、それは悩んでるふりしてただけで、本当はもう自分の中で答えが出ていたから。
じゃあ、なにが君をここまで苦しめるのかな?
「……い、や……お願い、返して」
悪夢を見ているのか、隣で魘されている妹のまつ毛は涙で濡れていた。そっと、そんな彼女の頬を伝う涙を拭う。
「悪夢からだって、どんなものからだって、守ってあげたいんだけど……今はこうして一緒に眠ることしかできないのは、少しもどかしいなぁ……」
──もっと僕を頼ってくれればいいのに。
本当は彼女の悪夢の原因を問い詰めたいし、出来ることならそんな悩み取り払ってあげたい。
「本当に何でもいいんだ。どんなささいなことでも、どんなくだらないことでも、何でもいいんだ。独りで悩んでるなら言ってほしい……」
だけど、詮索するつもりはない。きっとそれはどれだけ自分がこの子の信頼を得たとしても、一生見せてもらえない領域なんだと思うから。
そして、これから似たようなことは何度もあるのだろう。なんとなく、そんな気がした。
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