クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

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100 ……って、お父様が言っていたわ

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 アイスコーヒーを嗜む前野くんを眺めながら、私は彼のことを考えていた。


「ん? どうかしたか、立花」
「……え? ああ、いいえ、何でもないわ」


 あまりにも見つめすぎていたようで、前野くんに気づかれてしまった私は、彼の呼びかけによって現実世界に引き戻された。


「雅ちゃん、本当に大丈夫なの? 話している途中で、急に黙り込んじゃうから心配したわ……やっぱり、まだ体調が──」
「本当に体調はもう大丈夫よ。ええっと、それで、わたくしどこまで話したかしら?」
「元々、雅ちゃんは彼女の──篠原さんの元婚約者のいつきくんとお知り合いだった、と……」
「ああ、そうそう。そこまでは話してたのね。わたくしとイツキくんは同じ方からお茶を習っていてね、昔から親しくしていたの。だけど桜子ちゃんが言っていた『後輩ちゃん』が、まさかそのイツキくんの婚約者だったなんて驚いたわ。世間は広いようで狭いわね……」


 今回のこの成り行きを整理するとこうだ。篠原コーポレーションはたった一代で財を築いていた。それも、とあるたったひとつのお菓子で。──そう、そして、そのお菓子は『マドレーヌ』だった。

 ……ここで、あれ? なんかデジャブだなと思った方はとても鋭いと思う。『マドレーヌ』と見た目の似たものを、──つまり、フィナンシェを、立花家うちでも出していた。加えて、見た目だけでなく、原材料まで似ているときた。……何が言いたいのかと言うと、つまり、小麦粉の取引先が立花家うちと被ったのだ。

 お菓子作りにおいて、小麦粉の品質を保つことは重要な意味を持っている。だから私のお父様は拘り抜きまくって、辿り着いたのがそこの取引先だった。

 そこの小麦粉はかなり希少性が高く、製造ラインを確保し、安定した仕入れがしたいお父様は、その取引先と独占契約をしてしまった。立花家うちとしてはめでたしめでたしだったのだが、ここで問題がひとつ。……そのせいで、今までその小麦粉を使っていた方々は、別の取引先を見つけなければいけなかったのだ。

 すぐさま以前と同等のクオリティで安価な別の取引先を見つけた篠原さんのお父様だったが、うまい話には裏があった。有り体に言えば、彼女のお父様はお金を騙し取られてしまったのだ。そのことに彼女のお父様が気づいた時には、資金は不足し、手元には彼が求めたクオリティよりも数段下の小麦粉が大量に残ってしまっていた。


「ねえ、桜子ちゃん、前野くん。おふたりは、どういう方が詐欺の被害にあいやすいと思うかしら?」
「うーーーん……そりゃ断れない弱気な奴とかだろ」
「人を疑わない純粋な方とか?」
「確かに、そうね。そういう方々も被害にあいやすいと思うわ」


 けれど、それらふたつは私の意見とは少し違う。


「わたくしはね、時間的余裕がない人が1番そういった被害にあいやすいと思うの」


 いまいちぴんときてなさそうな2人に「どうしてだかわかる?」と尋ねると、案の定わからないと返ってきたので補足する。


「時間的余裕がない……つまり切羽詰まった状況下にある人っていうのはね、冷静な判断力に欠くものよ。加えて、いつもなら気づける違和にも気づけない。たとえ気づけたとしても、確かめる時間もない。そうして、間違った選択をしてしまうものなのよ」
「……へぇー」
「雅ちゃんは物知りね~……」
「……って、お父様が言っていたわ」


 ……しまった。普通の小学4年生ってこんなこと知らないのか? 最近はそこら辺の塩梅わかってきたと思ったのに……いかんいかん。気をつけよう。

 今回の件はまさにそのパターンだったのだろう。


「これからは立花家の傘下に入るんだっけ?」
「ええ、その代わりうちが独占契約している小麦粉を、篠原コーポレーションが今まで取引していた金額で売買するつもりよ」
「そんで、残った小麦粉は桜子ん家が買い受けるんだっけ?」
「そう、ちょうど大衆向けに大量生産しているクッキーと同じ小麦粉だったから……でも、これら全てを計画した羽鳥さんって一体何者なの?」
「ははは……ね、すごく優秀な人ってことは知っているのだけれど、わたくしにもよくわからないの」


 立花家うちで生産しているお菓子の原材料ならまだしも、他社の生産している原材料まで細かく把握しているって一体……。まあ、そこは今回特に問題じゃないから気にしないでおこう。


「……にしても、篠原といつきくん、話長くねえか……? もう結構な時間経ったよなぁ……」
「……久しぶりの対面だもの。積もる話のひとつやふたつあるでしょう? ちょっと心配しすぎよ、シロー」
「いや、あいつそういうキャラじゃねえんだよなあ……ちょっとメッセージ入れておくわ」
「…………随分と親しくなったのね、後輩ちゃんと」
「ま、お前よりはな」
「……ふーーーーーん」
「なんだよ」
「別に?」


 ……お、おお! こ、これは……!

 目の前で繰り広げられる2人の会話は、完全に私は蚊帳の外だったけれど。桜子ちゃんがまるで後輩ちゃんこと篠原さんに嫉妬しているように見えてなんだかニヤニヤしてしまう。

 メッセージを送り終えると、シローくんは「そんなことより」と突然話題を転換した。


「桜子、お前どうしても今日、立花に言いたいことあるんだろ? 言わなくていいのかよ」
「え、それは……ううっ、やっぱりわたくしが言うしかないわよね……」
「お前が引き受けたんだろ? 嫌なら俺みたいに端から断ればいいだろ」
「……それはっ!」


 前野くんの言葉に思うところがあるようで、桜子ちゃんはそれ以上何も言わず、スーハースーハーと深呼吸をしてからこちらに向き直った。


「──あ、あのね、雅ちゃん。じ、実はね、わたくし……」
「ええ」
「えっと、その、ね……」
「? どうかしたの?」


 珍しく妙に歯切れの悪い桜子ちゃんは、なかなか続きを言おうとしない。瞳を泳がせて、もじもじと何か言いたげに私の様子を伺っているように見えた。そんなに言いづらいことなのかな? ……はっ、まさか食べ物の恨みとか? 全く心当たりないけど。

 私は私で勝手に物思いにふけっていると、意を決したように「あのね!」と彼女が再び口にした。うんうん、だから何?


「わたくし……ちょっと前に、雅ちゃんに緑色を基調としたイヤリングを落とさなかったか尋ねたでしょ?」
「え? ……ええ、そうね」


 またもや唐突な話題転換だわ。前野くんだけでなく、桜子ちゃんまでも。

 なくしたイヤリングのことなら、もちろん、よく覚えている。何せお兄様からの詰問の言い訳にそれを使用したら、同じ物を何個も買わされそうになったんだから。あれは危ないところだったわ……。


「それがどうかしたの?」
「雅ちゃん、そのイヤリングって、もしかしてこれじゃない?」
「ああ、これよこれ!」


 ゴールドビーズにより縁取られた四つ葉のクローバーのマラカイト。桜子ちゃんが小袋から出してきたそれは、紛れもなく私のなくしたイヤリングだった。


「どこで落としたんだろうって、ずっと探してて……もう完全に諦めていたのだけれど、桜子ちゃんが拾ってくれてたのね。どうもありがとう」


 お礼を言うと、桜子ちゃんはどこか気まずそうな顔をした。


「あ、いえ……わ、わたくしではなくって……」
「では、どなたから?」
「え、えーっとぉ……とある方から頼まれて! テラス付近で落ちていたらしいの!」
「ああ、あの時に落ちたのね……」


 なんとなくそうじゃないかなと思っていた。私がイヤリングを落としたのは、一条くんがテラスに向かったのを追いかけた時だ。そして、その時だ。私が彼らの会話を聞いてしまったのは──。



***



 あの日は、雪でも降るんじゃないかってくらい、酷く冷え込んでいたのをよく覚えている。


「……さ、さむいぃぃぃ」


 ウィンターパーティーは室内で行われるけれど、車から会場に着くまでの道のりは思わず一人言が漏れてしまうくらいには寒かった。まさに極寒地獄だった。

 あれ? あの後ろ姿って……。

 両手で腕をさすっている時、よく見知ったブロンドを見かけた。

 ……『一条青葉』だ。

 どうしよう。話しかけるべき? でもなんて言って?

 ここは普通に「ごきげんよう」とか? それとも「お久しぶりです」とか? そもそもそんなに言うほど久しぶりでもないしなあ……。

 思い返せば、私から彼に話しかけたことは一度もなかった。いつも彼が私を見かけて話しかけてくれるパターンだ。

 そもそも私達って、わざわざ話しかけたりするほど親しかっただろうか。でも、一応顔見知りなのに挨拶もしないなんて感じが悪く思われないかしら。そう、これは人としてよ。挨拶って基本的なマナーだものね。

 ……って、私は一体誰に何の言い訳してるんだか。

 別に挨拶くらい軽く済ませてしまえばいいのに。何故か彼に対してだと上手くいかない。無駄に身構えてしまう。

 声をかけるべきか再び私が迷っていると、パチリと彼と目が合ってしまった。

 目が合ってしまったからにはそのまま無視をするのもいかがなものかと思い、一応挨拶をしようとしたのだが……。

 ……──あれ?

 ──彼は一瞥すると、そっぽ向いてそのまま先に会場に行ってしまった。

 なんだろ、これ。いつもの青葉らしくない反応に、心がざわりとする。

 きっと、いつもなら絶対、あの王子様スマイルで「やあ」って挨拶してくれたはず。だけど彼は私を無視して会場に行ってしまった。

 ……もしかして人違い? そもそも青葉じゃなかったとか? いや、それはないか……。あんな綺麗な金髪他にいないもの。見間違えるはずがない。

 じゃあ、彼が私に気づかなかったとか? ……うーん、でも、はっきりと目が合ったような気がしたけれど。

 彼の反応に違和感を覚えつつも、私は見て見ぬフリをした。おそらく無意識に気付きたくなくて。

 それから、会場についてすぐに、私は桜子ちゃんや葵ちゃんを探したけれど、どうやら早く着きすぎてしまったようだった。彼女達以外にも、前野くんや委員長、他の親しいお友達はまだ誰一人来ていなかった。

 とりあえず、去年と同様にデザートコーナーを目指すと、再び『彼』を見かけた。

 ……やっぱり、さっきのは青葉だ。

 服装を見て確信してしまった。さっき私に気づいて無視をしたご子息も、そこにいる青葉も、同じ白いスーツを身にまとっている。金髪で同じ背丈の白いスーツの男の子がそう何人もいるとは考えにくい。そうなると、同一人物と考えるのが妥当だろう。

 せっかくデザートコーナーに来たのに、デザートを取ることも忘れて彼の姿を追うと、彼はテラスの方へ消えていってしまった。

 あそこって、確か……。


 ──『1曲踊りませんか?』


 青葉と和解もとい和睦をするためのダンスに誘われたテラスだ。


「…………」


 目の前には、まだ誰もとっていないスイーツコーナーのケーキ達。私が一番乗りだ。こんなラッキーなことはなかなかない。……そして、少し遠くには青葉がいるテラス。


「……ああ、もう!」


 いつもと青葉の様子がおかしいような気がするのなんて、私の気のせいかもしれないのに。どうしても彼の様子が気になってしまう。

 お皿を1枚手に取り、さっさと彼の好きそうな甘さ控えめのシフォンケーキやコーヒーゼリーと、私の好きな苺のタルトとモンブランをのせる。フォークふたつを持つと、私は彼の後を追うようにテラスへ向かった。


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