クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

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97 お嬢様……どんなに大好きでもご兄妹とは結婚出来ないんですよ

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「どうかしたの?」


 自宅のソファに座りながら考え事をしていると、背後からそうお兄様に声をかけられた。


「? いえ、何も。どうしてですか?」


 突然の質問の意図がわからず、振り返りながら私はそう返す。


「だって雅、すっごく嬉しそうな顔してる。何かいい事でもあったの?」


 そのままお兄様は私の横に座った。いつもの定位置だ。

 いい事……と言っていいのかは微妙だが、個人的に嬉しいことはあった。


「……はい、初めて、あるお友達に頼って貰えたんです」


 思えば、これが初めてかもしれない。こんな風に、桜子ちゃんに頼って貰えるのは。桜子ちゃんは困っているというのに、私は思わず嬉しくなってしまうなんて。ダメよね、人が困っている時にこんなの。わかっている。わかっているのに、口元が緩んでしまう。


『雅ちゃん、あのね……』


 ……そういえばあの時、桜子ちゃんは何を言いかけていたのだろうか。結局何でもないって言われたけれど。


「……そっか、理由はなんでも、元気が出たならよかった」
「え?」
「ここ最近……ウィンターパーティーで体調をくずして帰ってきた日から、ずっと元気がなかったから。……何かあったのかなって心配してたんだ」
「……お兄様」


 なるべく表には出さないようにしていたつもりなのに、気づかれてたんだ……。ううん、違う。気づいてくれていたんだ……。

 「よかったね」と私の頭を撫でるお兄様の手が優しい。いつもこうだ。この人は特別扱いが上手い。いとも簡単に私をお姫様気分にさせてくれる。すごく愛されてるんだって実感して、胸がきゅっとする。


「ご心配をおかけして、すみません。……本当は、新調したばかりのイヤリングをなくしてしまって、少し落ち込んでいただけなんです」
「……え? たった、それだけ?」
「はい、『それだけ』です。ですが、とても高価な物だったのに、すぐなくしてしまって、何だかお父様やお母様に申し訳なくて……」


 ──厳密には、少し違う。確かになくした日はせっかく買ってくれた両親に申し訳なくて落ち込んだけれど。イヤリングのことなんて、今朝桜子ちゃんになくしていないかと尋ねられるまで、私はすっかり忘れていた。私は別にその事をずっと気に病んでいたわけではないのだ。

 誤魔化したことがお兄様には見透かされてしまうような気がしたけれど、案外あっさり「そうだったんだ」と納得してくれた。


「……なんだ、それならそうと言ってくれればよかったのに。雅が何か悩んでるんじゃないかって心配したんだよ」
「……ごめんなさい、お兄様」
「いや、いいんだ。謝らないで。イヤリングくらい、なくしたってあの人達は怒らないし、そんなに気にするならなくした時用に今度から同じ物を何個か買いなよ。それくらいのお金、立花家うちにはあるんだし」
「……いえ、そこまでしていただかなくても……」
「なんなら明日の放課後、僕と一緒にそのなくしたっていうイヤリング買いに行く?」


 とても素敵な笑顔でにじり寄ってくるお兄様に、思わず私はお兄様がいる方向とは逆方向に後ずさる。お気持ちは有難いけど、正直同じ物がいくつもあるのって邪魔以外の何ものでもないし、余計な出費だ。なくすよりも申し訳なくなる。……いや、でもでも、お兄様と放課後出かけることができるのは純粋に嬉しいし……。

 そんなことを考え返答に困っていると、コンコンとリビングのドアをノックする音がした。


「失礼いたします。お嬢様、少々お時間宜しいですか」
「……羽鳥はとりさん」
「…………失礼いたしました。どうやらお2人のお邪魔をしてしまったようですね。また後で伺います」
「待って……っ! 全然邪魔じゃないですわ! ですからそっとドアを閉めて出て行こうとしないで……っ!」


 お兄様からの申し出に困っている時、渡りに船とばかりに現れた羽鳥さんを私は必死で引き止めた。


「……ですが、お2人がイチャ……兄妹水入らずで親しくしているところに私など……」
「……いつも言っていますが、用事がある時は気にせず声をかけてください! ね、お兄様?」
「え、あ、うん。そうだよ、羽鳥さん。僕達は邪魔だなんて思わないんだから」


 ……今羽鳥さんイチャイチャって言おうとしてなかった? 絶対そうだよね?


「……羽鳥さん、再三申し上げますが、違いますからね!?」
「はい、わかっております。恋に障害は付き物ですよね、たとえ結ばれることが出来なくとも想うことは自由だと思います。私はお嬢様を応援していますから」
「何もわかっていませんよ!!」


 羽鳥さんはとても優秀な人で、お父様の秘書になってから、お父様のサポートをしていたお母様の負担も減ったと喜んでいた。私も何でも聞いていいと言って頂いているから、この前の夏休みも読書感想文の本を一緒に選んで頂いたり、自由研究の手伝いをして頂いたり、と色々お世話になっている。ほんと、足を向けて寝られない。

 しかし、それはそれ、これはこれだ。羽鳥さんのこのおかしな勘違いはそのままにしておけない。全力で正さねば……!!


「お兄様にも原因があるんですよ!? わたくしを大切にし過ぎです!」
「可愛い妹が大切なのは、家族として当然じゃないかな?」


 そう! あくまでも家族として! 私もわかってる! でもわからない人がここにいるから問題なのだ……!


「お言葉を返すようですが、お坊ちゃまのそれは過剰だと思います。普通の兄妹はそこまでスキンシップをしたり甘い言葉を吐いたりなさいません。それでは叶わぬ想いとわかっていても、お嬢様は忘れられず婚期が遅れてしまうでしょう……」
「え、僕のせいで雅の婚期が……!? よくわからないけど、気をつけるよ」


 よくわからないけど、羽鳥さんの言葉にお兄様は頷いてくれたから、今後はあまり特別扱いをしなくなるだろう。最近はお兄様の膝の上で韓国ドラマを見たり、お兄様にひと口差し上げるために「あーん」をしたりする度に羽鳥さんから神妙な面持ちで「お嬢様……どんなに大好きでもご兄妹とは結婚出来ないんですよ」と耳打ちされていたから今後はそういうのがなくなると思うとホッとする。

 ……と、同時にちょっぴり寂しい気もする。別にお兄様と本気で結婚したいとは思わないけど(倫理上かつ法律上不可能だし)、もし本当の兄妹じゃなかったら好きになっていたくらいには大好きだもの。寂しくないわけがない。


「……全然意識してなかったけど、僕って過干渉だったんだね。最近何かあっても僕には相談してくれなくなったから、昔みたいに頼って欲しくて焦っちゃったのかもしれないな。……雅だって僕よりも黄泉くんたちの方が頼りになるよね」
「そんなことありませんっ……!」


 確かに、最近はお兄様に全然相談したり頼ったりしていなかったけど、それはお兄様が頼りないからじゃなくて!

 跡継ぎとしてのお勉強や部活動、それに常に学園でも上位の成績をキープしている多忙なお兄様の邪魔になりたくなかっただけなのっ……!


「お兄様は昔からいつだってわたくしを気にかけてくださって……わたくしはそんなお兄様に頼りっぱなしなんですよ?」
「……そっか。ありがとう、雅」
「どうしてお兄様がお礼を言うんですか? お礼を言うのはわたくしの方なのに……」
「いや、ね……すごく嬉しい気持ちになったから、ありがとうって思って」
「……お兄様っ!!」


 感極まってお兄様に飛びつく私を、彼はしっかり支え抱きしめてくれる。その手がとても温かくて、私がすっかり安心しきっていると──隣からすすり泣く声が聞こえた。


 …………ん? 何か忘れているような……。


 壊れたサイボーグのようにぎぎぎとゆっくり隣を見る。


「……うっ、素晴らしき兄妹愛」


 するとそこには私たちの兄妹愛に感動し流した涙をハンカチで拭う羽鳥さんがいた。……はっ、こんな抱き合っている姿を見られたらまた勘違いされるんじゃ。

 しかし、私の心配は杞憂に終わり、最終的には羽鳥さんは勝手に独りで納得したようだった。最後には「もうお2人のことは私からとやかく口出ししませんから……! どうぞお好きになさってくださいっ……!」というお言葉を頂いた。色々突っ込むのも面倒くさくなった私は、今後何も言われないのならもういいかと思い込むことにした。


「それで、羽鳥さんは雅に何の用だったの?」
「……はっ、そうですよね! 忘れるところでした。お嬢様に頼まれていた『篠原コーポレーション』について得た情報をまとめたので早速ご報告を……」
「もう? あれからまだ数時間しか経っていないのに……」
「社長からお坊ちゃまとお嬢様から頼まれたことはどんな仕事よりも最優先しろと言われておりますので、そのお言葉通り最優先させていただきました」
「……お父様」


 それはちょっとどうかと思うわ……。多分私のお願いよりも最優先しなければいけない仕事たくさんあると思うし。社長があんな親バカで、うちの会社は大丈夫なんだろうかと不安になってしまう。せめてお兄様が継ぐまではもちこたえてくれよ。


「これが、その資料です」


 スマートに羽鳥さんは私に資料を差し出す。

 なんか会社員になった気分だ。……実際にはクーデレ系乙女ゲームのただの悪役令嬢なんだけど。しかもまだ小学生だし。……ええっと、なになに。


「……こ、これって……!」


 そこには羽鳥さんからの篠原コーポレーションの一人娘である桜子ちゃんの後輩ちゃんが、この学園から転校しなくて済むオペレーションが書かれていた。


「はい、それが私からの提案でございます。いかがでしょうか?」


 先ほどまでめそめそしていた彼は何処へやら、そう言うと羽鳥さんは自信ありげに私に向かって微笑んだ。


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