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87 婚約していないのなら、まだ可能性はあるじゃないですか
しおりを挟むないわよと再び否定の言葉を出そうとしたのに、何故だか知らないけどその瞬間、いつぞやの日のことが頭をよぎった。
『危ねぇなぁ……気をつけろよ、桜子。怪我したらどうすんだよ』
ダンス練習の途中で足を踏み外したわたくしを支えてくれたシローは、わたくしが思っていたよりもずっと力強くて、ずっと男の子だった。
シローに抱きとめられた時、すごくドキドキしたし、戸惑ったけれど、嫌じゃ……なかった。そう、嫌じゃなかったのよ。
シローがあまりにいつも通りだったから、なんだか取り乱している方がアホらしくなって、わたくしもその後蒸し返す事はなかったけれど。
あの時のシローはシローじゃないみたいだった。
不覚にもドキッとしてしまったことは紛れもない事実で。でもそれを今目の前にいる、おそらくシローに好意を寄せているであろう後輩ちゃんに伝えるのは憚られて。わたくしは、誤魔化すようにわざとらしく、話題転換をした。
「そういえば! シローには好きな人がいるみたいよ。それもずっとずっと前から」
つい余計なことを声に出してしまったと、言ってから後悔した。これは言って良かったのだろうか。もしシローが隠してて、わたくしのせいで一気に広まってしまったりしたらどうしよう。
そんなわたくしの心配をよそに、彼女はあっけらかんと告げる。
「ええ、知ってますよ」
「え、知っているの!?」
「もちろんですよ。去年あたりから、前野さんが告白された方皆さんにおっしゃっていますから」
「……そう」
言葉に詰まった。そう言われてしまっては、返す言葉も無い。
「でもいいんです。婚約していないのなら、まだ可能性はあるじゃないですか」
だから綾小路さんと前野さんが婚約していなくて本当に良かったですと、本当に楽しそうに笑う彼女に、わたくしはなんと言っていいのかわからなかった。
そのまま黙っていると、急に彼女に両手をきゅっと握られる。
「あの、突然こんなことお願いするのは迷惑だってわかってます。でも、私と前野さんの仲を取り持ってくれませんか!」
「え……でも、わたくしは」
「それとも、やっぱり綾小路さんは前野さんのことが……」
「それは絶対ないわ!」
「ならいいですよね! ね? そうですよね?」
この後輩ちゃん、大人しそうな見た目に反してグイグイくるわねぇ……。
本当にシローとは何でもないのだが、彼女のお願いを了承するのはいまいち気乗りがしない。どうしてなのかと問われても、なんとなくとしか言いようがなかった。
もしかして、彼女が言うようにわたくしはシローのことが……? と妄想したけれど、ないないない絶対ありえないわ! と己に言い聞かせた。
これは、あれよ。彼女にだけ協力して、他のシローに好意を寄せる子達には何もしないのは、不平等だからよ。
こういうのはフェアじゃなきゃね。と、誰が見ているわけでもないのに、そんな言い訳を自分にしてしまう。
「シローのことが本当に好きなら、自分で頑張りなさい。わたくしを口説き落としている暇があるのならシローに会いに行った方がいいんじゃないかしら?」
「うっ……それは……」
「それに、わたくしはシローの味方だから、あなたの応援は出来ないわ」
婚約していないのなら、まだ可能性はあると彼女は言った。その原理でいくと、シローにもまだ可能性あるってことよね? なら、わたくしはシローの応援がしたい。
だから、ごめんなさいと、彼女のお願いをきっぱりとお断りした。
***
バレンタイン当日、シローは例年より多くチョコレートを貰っているように見えた。彼を呼び出すご令嬢達の中にはわたくしに以前声をかけてきた方もちらほらいた。
そんなシローに「モテモテねー」と声をかけると、「あー、まあ……な」とばつが悪そうに間延びした声を上げた。
「何よ、その反応。嬉しくないの?」
「嬉しいぜ。嬉しいんだけどな」
「けど?」
「1番欲しい相手からは貰えないからな。ま、別に期待してなかったけど」
ハハハと空笑いを返す彼を見ていて切なくなった。
でも、あれ? おかしいわね。雅ちゃんは数日前に自社の試作品を配っていたわ。もちろんシローにも。田中なんて感激して泣いてたもの。憧れの雅様から義理でもチョコを貰えたことに。あれはインパクトがあったから覚えているわ。
なのに、どうして貰えないなんて言うんだろう。……はっ、もしかして、本命じゃないから? 友チョコはシローの望んでいた物じゃなかったのね。ええ、それなら頷けるわ。
「シローって案外欲張りなのね……」
「ん? 何がだよ」
「田中を見習いなさいよ。義理でも友チョコでも貰えただけありがたいと思いましょうよ……」
「いやだから、貰えてないんだって……はぁ、お前……ホント人の話聞かないよな」
はあああと長いため息をついてから、「まあ、いいや」と彼は言った。そして「そんなことよりさ」と今思い出したかのように言葉を続ける。
「お前はどうなったんだよ。先輩に渡せたのか?」
「は? 今年は渡す気はないわよ。もう、こんなことわたくしに言わせないでよ」
「じゃあ、あの生チョコは誰に渡すんだよ」
「そ、それは……」
「今更隠さなくたっていいよ。あの人に渡したいから、白い箱に入った生チョコを選んだんだろ? なんつーか、お前らしいよな」
どうして言われるまで気付かなかったのだろう。味重視で選んだから、ラッピングとかパッケージの色とかそんな些末な事、気にしてなかったわ!!
確かに、白と言ったらもちろんあの方を連想するし、シローが勘違いするのも納得できる。うわあ、でも、そんなことで真白様に渡すチョコレートだと勘違いするなんて、シローって意外とロマンチスト?
「おい、何笑ってるんだよ」
「ふふっ……いえ、別に」
「笑うってことは図星だからか」
「そうじゃないわ……うふふ」
笑いが抑えきれずぷるぷると震えているわたくしを見て、馬鹿にされていると誤解したシローは、「もういい」と怒って席まで戻ってしまった。
「あっ、シロー……」
……どうしよう。シロー怒ったわよね……。
この時のわたくしは後で謝ればいいかなんて軽く考えていた。
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