87 / 125
87 婚約していないのなら、まだ可能性はあるじゃないですか
しおりを挟むないわよと再び否定の言葉を出そうとしたのに、何故だか知らないけどその瞬間、いつぞやの日のことが頭をよぎった。
『危ねぇなぁ……気をつけろよ、桜子。怪我したらどうすんだよ』
ダンス練習の途中で足を踏み外したわたくしを支えてくれたシローは、わたくしが思っていたよりもずっと力強くて、ずっと男の子だった。
シローに抱きとめられた時、すごくドキドキしたし、戸惑ったけれど、嫌じゃ……なかった。そう、嫌じゃなかったのよ。
シローがあまりにいつも通りだったから、なんだか取り乱している方がアホらしくなって、わたくしもその後蒸し返す事はなかったけれど。
あの時のシローはシローじゃないみたいだった。
不覚にもドキッとしてしまったことは紛れもない事実で。でもそれを今目の前にいる、おそらくシローに好意を寄せているであろう後輩ちゃんに伝えるのは憚られて。わたくしは、誤魔化すようにわざとらしく、話題転換をした。
「そういえば! シローには好きな人がいるみたいよ。それもずっとずっと前から」
つい余計なことを声に出してしまったと、言ってから後悔した。これは言って良かったのだろうか。もしシローが隠してて、わたくしのせいで一気に広まってしまったりしたらどうしよう。
そんなわたくしの心配をよそに、彼女はあっけらかんと告げる。
「ええ、知ってますよ」
「え、知っているの!?」
「もちろんですよ。去年あたりから、前野さんが告白された方皆さんにおっしゃっていますから」
「……そう」
言葉に詰まった。そう言われてしまっては、返す言葉も無い。
「でもいいんです。婚約していないのなら、まだ可能性はあるじゃないですか」
だから綾小路さんと前野さんが婚約していなくて本当に良かったですと、本当に楽しそうに笑う彼女に、わたくしはなんと言っていいのかわからなかった。
そのまま黙っていると、急に彼女に両手をきゅっと握られる。
「あの、突然こんなことお願いするのは迷惑だってわかってます。でも、私と前野さんの仲を取り持ってくれませんか!」
「え……でも、わたくしは」
「それとも、やっぱり綾小路さんは前野さんのことが……」
「それは絶対ないわ!」
「ならいいですよね! ね? そうですよね?」
この後輩ちゃん、大人しそうな見た目に反してグイグイくるわねぇ……。
本当にシローとは何でもないのだが、彼女のお願いを了承するのはいまいち気乗りがしない。どうしてなのかと問われても、なんとなくとしか言いようがなかった。
もしかして、彼女が言うようにわたくしはシローのことが……? と妄想したけれど、ないないない絶対ありえないわ! と己に言い聞かせた。
これは、あれよ。彼女にだけ協力して、他のシローに好意を寄せる子達には何もしないのは、不平等だからよ。
こういうのはフェアじゃなきゃね。と、誰が見ているわけでもないのに、そんな言い訳を自分にしてしまう。
「シローのことが本当に好きなら、自分で頑張りなさい。わたくしを口説き落としている暇があるのならシローに会いに行った方がいいんじゃないかしら?」
「うっ……それは……」
「それに、わたくしはシローの味方だから、あなたの応援は出来ないわ」
婚約していないのなら、まだ可能性はあると彼女は言った。その原理でいくと、シローにもまだ可能性あるってことよね? なら、わたくしはシローの応援がしたい。
だから、ごめんなさいと、彼女のお願いをきっぱりとお断りした。
***
バレンタイン当日、シローは例年より多くチョコレートを貰っているように見えた。彼を呼び出すご令嬢達の中にはわたくしに以前声をかけてきた方もちらほらいた。
そんなシローに「モテモテねー」と声をかけると、「あー、まあ……な」とばつが悪そうに間延びした声を上げた。
「何よ、その反応。嬉しくないの?」
「嬉しいぜ。嬉しいんだけどな」
「けど?」
「1番欲しい相手からは貰えないからな。ま、別に期待してなかったけど」
ハハハと空笑いを返す彼を見ていて切なくなった。
でも、あれ? おかしいわね。雅ちゃんは数日前に自社の試作品を配っていたわ。もちろんシローにも。田中なんて感激して泣いてたもの。憧れの雅様から義理でもチョコを貰えたことに。あれはインパクトがあったから覚えているわ。
なのに、どうして貰えないなんて言うんだろう。……はっ、もしかして、本命じゃないから? 友チョコはシローの望んでいた物じゃなかったのね。ええ、それなら頷けるわ。
「シローって案外欲張りなのね……」
「ん? 何がだよ」
「田中を見習いなさいよ。義理でも友チョコでも貰えただけありがたいと思いましょうよ……」
「いやだから、貰えてないんだって……はぁ、お前……ホント人の話聞かないよな」
はあああと長いため息をついてから、「まあ、いいや」と彼は言った。そして「そんなことよりさ」と今思い出したかのように言葉を続ける。
「お前はどうなったんだよ。先輩に渡せたのか?」
「は? 今年は渡す気はないわよ。もう、こんなことわたくしに言わせないでよ」
「じゃあ、あの生チョコは誰に渡すんだよ」
「そ、それは……」
「今更隠さなくたっていいよ。あの人に渡したいから、白い箱に入った生チョコを選んだんだろ? なんつーか、お前らしいよな」
どうして言われるまで気付かなかったのだろう。味重視で選んだから、ラッピングとかパッケージの色とかそんな些末な事、気にしてなかったわ!!
確かに、白と言ったらもちろんあの方を連想するし、シローが勘違いするのも納得できる。うわあ、でも、そんなことで真白様に渡すチョコレートだと勘違いするなんて、シローって意外とロマンチスト?
「おい、何笑ってるんだよ」
「ふふっ……いえ、別に」
「笑うってことは図星だからか」
「そうじゃないわ……うふふ」
笑いが抑えきれずぷるぷると震えているわたくしを見て、馬鹿にされていると誤解したシローは、「もういい」と怒って席まで戻ってしまった。
「あっ、シロー……」
……どうしよう。シロー怒ったわよね……。
この時のわたくしは後で謝ればいいかなんて軽く考えていた。
0
お気に入りに追加
1,332
あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

気だるげの公爵令息が変わった理由。
三月べに
恋愛
乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。
王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。
そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。
「生きる楽しみを教えてくれ」
ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。
「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」
つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。
そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。
学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。
「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」
知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。
「無視してんじゃないわよ!」
「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」
「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」
そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。
「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」
ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。
(なろうにも、掲載)

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる