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86 前野さんと綾小路さんって婚約しているんですか?
しおりを挟むバレンタインの話題が出た時に、シローに今まで1度もあげたことがないと伝えたら、雅ちゃんにありえないと驚かれてしまった。
幼馴染みを実の弟のように可愛がる雅ちゃんにとっては、ありえないと思えるくらい衝撃的だったのかもしれないけれど、そんなに驚くことかしら?
去年はどうしたのかと問われたので、真白様、それに雅ちゃんや葵ちゃんにあげるチョコレートを、シローと一緒に選んだと正直に答えれば、「なんて残酷な……それじゃああまりに前野くんが可哀想だわ」と青ざめていた。というか、顔色が青を通り越して真っ白だったわ。
どうしてそんなことを聞くのかしら?
確かにシローは昔からチョコレートがとても好きだけれど、毎年それなりに貰っているし、誰かが憐れんで施しを与えなきゃいけないほどチョコレートに飢えているわけじゃないのに。
雅ちゃん、シローがああ見えて意外とモテるって知らないのかしら?
それに、好きな相手からは貰えてるみたいだし、何も問題ないじゃない。……友チョコだけど。
本人は隠してるみたいだけど、わたくしにはお見通しよ。
コソコソとサロンに呼び出したり、わたくしに隠れてテラスで会っていたのを知ってるもの。
好きなのよね、雅ちゃんのことが──。
確かに相手が雅ちゃんじゃあ見込みがないけど……恥ずかしがらないで、言ってくれればいいのに。
でも、わたくし待つって決めたの。シローから時が来れば伝えると言われたんだもの。それまでは気づかないフリをしてあげるの。
ああわたくしってなんて幼馴染み想いなんだろう。シローもこんなに優しい幼馴染みがいて幸せねと、わたくしは心の中で密かに自画自賛してみる。
あ~~、でもでも、本当のことを知ってるのに知らないふりするのなんて、わたくしにはとても無理。
本音を言えばシローにあなたの好きな人を知っているって伝えたいけど、雅ちゃんの1番の親友でもあるわたくしに知られているとわかったら、意識してしまって、わたくしの前では雅ちゃんにアピールできなくなってしまうかもしれないし。あ~~、もどかしいわ~~!
でも、雅ちゃんか……。容姿が整ってるのは見ればわかるけど、あの立花家の一人娘なのにそれを鼻にかけることなんて決してしないし、優しくて賢くて……完璧で憧れるわ。
時々思うもの。わたくしが雅ちゃんみたいだったら、初恋の彼も真白様も振り向いてくれたかしらって。
『立花ってほんと鈍いよなぁ……他人からの好意に鈍感すぎる』
『そう? そんなにかしら?』
『そんなにだよ。……どうしたら、気付いてくれるんだろうな』
そう言った彼の横顔が、昨年のダンスパーティーを想起させた。
『俺にもいる。ずっとずっと好きな人が』
その時気づいたの。──シローは彼女に想いを寄せているのだと。彼は自分の気持ちに全く気付いてくれない彼女に傷付いているのだと。
その時はまだ推論だった。けれど、あまり自分の好きな人のことを語りたがらないシローが以前少しだけ話してくれた『すごく可愛い』『放っておけない』『驚くくらい鈍感』という情報によって、わたくしの推論は確信に変わった。
***
雅ちゃんにシローが可哀想だと言われたことにひっかかるものがあって、先日わたくしはシローに渡すようの生チョコを買ってしまった……。
生チョコだから当日学園には持ってこれないでしょうけれど、購入する時に誰に渡すのかと尋ねられてなんとなく誤魔化してしまった手前、今更シロー宛てだとは言いだしにくいわね。こんなことならあの時素直にシローによって言えばよかった。
去年チョコレートを渡した時に真白様には振られてしまっているから、さすがに今年は渡すつもりはない。というか、渡せない。しつこいって思われたくないし……。
つまり、今年は男の子はシローだけなのよ。普通の人ならだから何って思うかもしれないわ。
でも、わたくしは好きな人がいる時はその方以外にはたとえ義理でも渡さないというポリシーを持っていて、もちろんシローもそれを知っているわ。そう、そうなのよ。シローも知っているのよ……。
自意識過剰かもしれないけれど、あのチョコレートをシローに渡したらシローのことが好きだと勘違いされないかしら!?
そりゃあ、もちろんシローのことは好きよ。でもそれは真白様に抱いたような感情じゃなくて、大切な幼馴染みとしてのもので……決して恋愛感情とかではないのよ!
今年はあげる殿方もいないし、シローにあげてもいいわよね? なんて特に考えずに購入した自分を叱りたい。なんて考えなしだったの。少し考えればこうなることは予測できたはずなのに……。
あの時は今年初出店の海外のチョコレートをシローと一緒にテイスティング出来て浮かれていたものね。正常な判断ができる状態じゃなかったわ。美味しかったわ、ベルギーとスイスのチョコレート。
わたくしはベルギーのお店の方が好きだったけれど、シローはスイス派だって言ってたわねぇと現実逃避していると、背後から自分を呼ぶ声がした。
「あの……少しお時間よろしいですか?」
そうわたくしに遠慮がちに問う声は少し震えていた。
***
「あの、前野さんと綾小路さんって婚約しているんですか?」
廊下から人気のない裏庭に移動して開口一番彼女はそう言った。
声をかけられた時になんとなく予想はしていたけれど、またかと内心うんざりしながら「婚約してないわよ」と答える。
……嘘は言ってないわ。わたくし達は『許嫁』であって『婚約者』じゃないもの。脳内で黄泉様にどっちも変わらないでしょ~と突っ込みを入れられたが、気にしない。
「で、では、綾小路さんは、今まで前野さんに恋愛感情をもったりはしなかったんですか?」
「な、ないわよ! 絶対絶対ありえないわ! わたくしとシローはただの幼馴染みよ! それ以上でも以下でもないわ」
「……本当に?」
「本当よ! それに、わたくし他に好きな人がいるもの」
そう告げるとようやく、よかったと今まで緊張していたらしい後輩らしきご令嬢の顔がほころぶ。
去年まではそんなことなかったのに、今年はやたらと後輩らしきご令嬢に声をかけられる。
聞かれることはもちろんシローとの関係だ。シローと婚約していないのか、彼のことをどう思っているのか。しまいには彼にバレンタインチョコを渡してもいいかなんて、……勝手にすればいいと思うわ。
「あんなにかっこいい人が傍にいて、1度もドキドキしたり、しなかったんですか?」
「……シローに? わたくしが!?」
そう聞かれたのは初めてだった。予想外の問いに、少しだけうろたえてしまった。
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