クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

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85 意外と可愛いとこあるじゃん梓!

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「どーせお前は、また今年も葵ちゃん家と母さんの2つなんだろー? ほれほれ、同級生の可愛い女の子からチョコレートの1つも貰えない可哀想な弟にこの優しいお兄ちゃんが少しだけ分けてやろうか~?」


 小馬鹿にしたように、そして自慢気に自分のもらったチョコレートを見せつけてくる兄貴に少しだけ苛立ちを覚える。

 兄貴はいつもそうだ。毎年母さんや清水のおばさんからしかチョコレートを貰えない俺をからかって楽しんでいる。

 だが、今年はいつもと少しだけ違う。


「結っっ構だ!! それに今年は同級生からも貰った!!」
「え? 嘘でしょ!? やっとじゃん、良かったね梓」
「俺だってたまには令嬢からバレンタインチョコの1つや2つ貰うんだ」
「嘘! 俺に言われたこと根に持ってたの!? 意外と可愛いとこあるじゃん梓!」
「うるさい馬鹿兄貴」


 別に根に持ってなんかいない。だがうちの馬鹿兄貴は隣りに座ったかと思えば、肩に手を回して俺をぐっと引き寄せ、「照れんなって」と言いながらぎゅうと抱きしめてくる。……く、苦しい。


「相手はどこのご令嬢だー? 俺の知ってる子かなぁー? あっ、もしかして葵ちゃん?」
「『立花雅』さんだ」
「…………は?」
「だから、優さんの妹でもあり、クラスメイトの『立花雅』さんだ」


 彼女の名を出すと、急に兄貴の力が緩まった。今だ、と俺は圧迫感から抜け出す。

 ふぅとひと息ついてから兄貴の方を見ると、凍りついたように固まっていた。


「なんで、……お前が優の妹ちゃんからチョコもらってんだよ」
「正確にはフィナンシェだけどな、立花家で作ってる」
「今は菓子の種類なんてどうでもいいんだよ! 俺なんてまだ1度も会ったことないのに、何お前はバレンタインチョコ貰うくらい仲良くなってんの!? …………って、この前珍しくお前が焼き菓子を食べてたのはそれが理由かぁ! あー、俺も食べたい!! 俺にも1つくらい分けろよ!」
「美味しかったぞ」
「もう全部食べ切ったのかよ! くそう~!」


 そもそも同じクラスだったなんて聞いてないと兄貴は騒ぐ。そりゃそうだ。言っていないからな。というか、言う必要性を感じない。何故そこまで騒ぐのか。

 それに、何故だか今日は兄貴の声が頭によく響いてガンガンする。おかしい、いつもならここまで気分が悪くならないのに。……寝起きだからか?


「だって、優の妹だよ!? 絶対可愛いに決まってるじゃん!」
「可愛いかはわからんが、整ってはいるな。容姿だけなら優さんに似ていると思うぞ」
「もーそれ絶対可愛いやつじゃん!」
「兄貴……まさか、ロリコン……」
「大人になれば6歳差くらい大したことないからね!?」


 自分の兄貴がロリコンだったなんて、少しショックだ。頭痛が悪化した気がする。

 何でも優さんが兄貴と立花が出会うのを全力で阻止しているらしい。……さすが優さん、賢明な判断だ。

 俺が優さんでもこいつを妹に紹介したくない。女と見れば見境ないし、軽薄だし。……本当にどうしようもないな、俺の兄は。

 こんな男が兄貴だなんて俺も思われたくないし、立花と兄貴が今後出会わないよう優さんに協力するとしよう。


「ちゃんとお返し用意するんだぞ?」
「は? お返し?」
「……そこからかぁ。これだからモテない男は……。いいか? バレンタインに女の子からチョコレートをもらったら、きちんとお返しをしなくちゃいけないんだよ。そのためにホワイトデーというものが存在する」
「……そ、そうなのか。……なんだか面倒だな」


 今まで令嬢から貰ったことがなかったから知らなかった……。バレンタインデーの1ヶ月後にホワイトデーというものが存在したなんて。……あと1ヶ月か。……全然時間がないじゃないか!


「何を贈ればいいんだ?」
「えー、うーん、人によるけど、お前の場合、相手は婚約者じゃなくただのクラスメイトだし、ハンカチみたいな雑貨とかお菓子類とかでいいんじゃないか?」
「……なるほど」


 立花は様々なホテルのアフタヌーンティーを巡るのが好きだと言っていたし、お菓子類はいいかもしれないな。

 だが、俺は普段お菓子類ましてや甘い物なんて食べることはないし、フィナンシェだって知らなかったくらい知識がない。……兄貴も知らなかったし、誰か周りでお菓子類そして立花の好みに詳しい人物はいないだろうかと考え、すぐにあいつが思いあたった。


「清水にでも頼むか……」
「清水って、葵ちゃん、だよな……? なんでお前そんな呼び方してんだよ。昔は『葵』って名前で呼んでたじゃん」


 どうやら無意識に声に出ていたらしいそれを、兄貴は目敏く拾う。


「昔うちの道場に通う、剣術に優れた家の子息がいただろ」
「……え? そんな子いた?」
「ほら、いただろ。名前は忘れたが、兄貴に似た軟派で軽薄そうなヘラヘラした男が」
「言っとくけど、それだけで俺がわかると思ってるのか? そうとうふわふわした情報だぞ? てかお前俺のことそんな風に思ってたのな、普通にショックだわ」


 別に何も間違ったことは言ってないだろう。それなのに兄貴はわざとらしく「傷ついたぞ、しくしく」と泣き真似をする。……こういう面倒臭い所も嫌いだ。


「まあとにかく、清水はそいつが好きで、そいつも清水が好きなんだよ」
「……えぇ!? つまり両想いってこと!?」
「要約するとそうだな。だから俺が清水のことを親しげに名前で呼んでたら、周りから誤解されるだろう」
「……それで名字で呼び始めた、と?」
「そういうことだ」


 そう告げると今度は真剣な面持ちで何か考えだした。

 ……この展開、前にもあった気がするな。ああ、立花だ。彼女に清水の話をするといつも腑に落ちないのか考え込まれる。しまいには困った顔で「本当にそうなんでしょうか?」と問われる。


「うーん、……それって本当なのか?」


 そら来た。案の定兄貴は心底不思議そうに首をかしげてくる。


「ああ、間違いない」
「何でそこまで言いきれるんだ?」
「兄貴こそ……何故疑う?」
「だって俺はてっきり葵ちゃんはお前のことが好きなのかと……」
「それはない」


 みんな口を揃えて言うんだ。清水は俺のことが好きなんじゃないかとか、俺達は今後婚約するんじゃないのかとか、ありもしないことを。

 だけど、この件に関してはいい加減うんざりなんだ。

 聞かれる度に、俺は答えなければいけない。あいつと俺は何でもないんだという真実を。


 ドクン、と心臓が大きな音を立てた。不自然に速く脈打つ心臓。荒くなる呼吸。拭えない不快感。


 ──今、気づいた。気付かないフリをすればよかった。でも気付いてしまった。


 ズキズキと痛むこめかみを手で抑える。気のせいか、悪寒もする。痛むのが頭なのか胸なのか、よくわからない。わかるのは、気付かなければよかったということだけ。


 ……俺は、あいつとのことを詮索されるのが嫌なんじゃない。それを否定するのが、たまらなく嫌なんだ。


「だから何で言い切れるんだよ。少なくとも俺は信じられない。だってさ、……俺に似ているらしい? その軟派で軽薄そうなヘラヘラした男の子が、葵ちゃんと一緒にいるところなんて、俺はここ数年1度も見かけたこともないんだ。おかしいと思わないか? うちから葵ちゃん家は徒歩圏内なのに」
「それは……もういいだろうこの話は。俺は部屋に戻る」


 早く部屋で休みたくて立ち上がろうとするも、まだ話は終わっていないとばかりに、兄貴に腕をつかまれる。高校生の腕力に小学生が勝てるはずもなく。俺は諦めて大人しく座りなおした。

 
「それにお前だって昔は葵ちゃんとずっと一緒にいたいって言ってたじゃないか」


 確かに言っていた。あの頃の俺は、いずれ葵と俺は婚約すると当然のように思っていたんだ。でも違った。

 ……そうじゃ、なかったんだ。

 勝手に俺が勘違いしていたんだ。俺は葵とずっと一緒にいられるって、そんな風に勝手に思い込んでたんだ……。


「おい、梓。聞いているのか? ……って、お前すごい熱じゃないか!」


 薄れゆく意識の中で、俺を呼ぶ兄貴の声が聞こえた。


『しらかわ……おまえ本当になにも気づいてないのか?』


 以前誰かにそう問われたことがある。……あれは、誰の言葉だったんだろう?


 一体俺は何に気づいていないのか。


 走馬灯のように色んな映像がフラッシュバックする。白川家うちの道場。白い箱にラッピングされた鮮やかなブルーリボン。それに──。


『……あずさ』


 あいつの頬をつたう涙。


 俺はそこで意識を手放した。

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