クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

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84 本当に考えてたよ、失礼なこと!

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「俺はなんて言われても構わないが、あいつにはずっと好きな人がいるらしいからな。そいつに勘違いされたら迷惑だろう」


 それはあなたなんですよ~と伝えてあげたいが、それは私の仕事じゃないよね。そういうのはちゃんと本人が伝えなきゃ。


「……相手が、どなたか気になりませんか?」
「ならないな。知っているからな、相手が誰なのか」
「えええ!? 知っているんですか!?」


 嘘でしょおおおお!? ここにきて、まさかの事実に私はつい令嬢らしからぬ奇声を発する。今の姿を見られたら、誰も私のことを深窓の令嬢とは思わないだろう。


「ああ、あいつと同じ幼稚園だから……立花も知っているだろう」
「……ん?」


 ……えーっと、確か、委員長は私たちとは同じ幼稚園ではなかったような……? 私と桜子ちゃん、葵ちゃんが同じ幼稚園で、青葉と黄泉、委員長が同じ幼稚園よね?


「女性が好みそうな外見の、やたら軽薄で軟派そうな奴だったな」


 待て待て……誰だその人は。委員長は堅物だし軽薄じゃないわよ? え、絶対違う人だよね、それ。


「……毎年バレンタインチョコもそいつにやっているらしいしな」


 委員長の言う通り、葵ちゃんは異性には本命以外絶対に渡さないという徹底ぶりだ。一途というべきか、愛が重いというべきか……。わ、私は、素敵だと思うわよ!?


「……委員長は貰ったことないんですか? 葵ちゃんから」
「あるわけがない。俺は毎年自分の母親とあいつの母親からだけだ。清水は同性はともかく、異性には本命にしか渡さん」
「……ええ、ですよね~。うーん……?」


 それは私も知ってるけど……その前提条件で、委員長がもらってないなんてありえないでしょう。


「それは本当に葵ちゃんのお母様からなんですかねぇ?」
「……どういう意味だ」
「いえ、深い意味はありません」


 あーーー、ここで「もしかしてそれって葵ちゃんからじゃないですか?」って言えたらどんなにいいかーーー!!

 でもそれって、葵ちゃんの好きな人はあなたですよって言ってるようなものだから私からは何も言えないし……あーん、もどかしい。



***



『しらかわ……おまえ本当になにも気づいてないのか?』


 以前誰かにそう問われたことがある。場所は確か白川家うちの道場で、その日は凍えてしまいそうなほど寒かった記憶がある。

 相手の顔は覚えていないが、清水に対して妙に馴れ馴れしくて、軟派で軽薄そうな雰囲気が俺の兄貴に似ていたのだけは覚えている。


『言っているいみがわからん……おまえはなにが言いたいんだ?』
『本当に……! おまえはなにも気づいてないんだな! じゃあ、おしえてやるよ。しみずさんはなぁ────』


 この男の言葉に俺は思わず息を呑んだ。ドクンと心臓が大きな音を立てたのが自分でもわかった。こいつに聞かされるまで、本当に俺は何も知らなかったのだ。

 その軟派男の言葉が信じられなくて、事実じゃないことを確認しに道場から徒歩圏内にある清水の家に走ったんだ。途中雪が降り出したことにも気付かず、夢中で。



***



「……ずさ……おい、あずさ」
「……ん」
「いい加減起きろって。こんな所で寝てたら風邪ひくぞ?」
「ここは……」
「寝ぼけてんのか? ここはリビングだよ。寝るなら自分の部屋行って寝ろよ~?」


 どうやら俺はリビングにあるソファーで寝てしまっていたらしい。確かに、このまま寝ていたら風邪をひくか、何かしら次の日に影響が出ていただろう。


 ……随分と、懐かしい……夢を見た気がする。寝起き特有のぐったりとした疲労感を覚えながら、先ほどまで見ていたはずの夢を思い出そうとするも、うまく思い出せない。


「こわい夢でも見たのか? うなされてたぞ」
「覚えてない……」


 だが、嫌な夢を見た気がする。がつん、と。頭を殴られたみたいな衝撃を受けたような気がするが……やっぱり、なんなんだこの違和感は。その衝撃には覚えがあった。以前どこかで俺はそれを感じたような、……だが、どこでだ? ……寝起きの頭ではいくら考えてもわからん。

 もしかして自分でも覚えていないような過去を夢に見てしまったのは、この前立花とそんな話をしたからかもしれない。

 何か重大な思い違いをしているかもしれないと、彼女は俺に言った。だからもう1度清水の好きな人は誰なのか考えてみてほしいと。

 彼女は何の根拠もなくそんなこと言う人ではないからな。おそらく、俺は本当に何か重大な思い違いをしているのだろう。だが、いくら考えてもそれがわからない。

 清水の好きな奴は今も昔も変わらずあの男で、それ以外の候補がまったく思いつかない。


『わたしね、あずさにわたしたいものがあるの』


 そういえば、まだ清水を名前で呼んでいた頃、やたらもったいぶって言われたのに、結局俺は何も渡されなかった。──あれはどういう意味だったんだろう。


 黙り込む俺を心配したのか、「梓? 本当に大丈夫か……?」と頭上から声をかけられた。


 大丈夫だと素っ気なく言った後に、とりあえず、一応起こしてくれたことにお礼は言っておくかと、目線をそちらにやるとスクールバッグの他に大きめの袋が視界に入る。


「それはなんだ?」
「何ってバレンタインチョコに決まってるだろ! いや~、我ながら罪な男だよねーこんなにモテちゃってー」
「…………」


 この知性がすごく欠落してそうな男は、認めたくないが俺の兄貴だ。

 白川家は武道の名家で中でも弓術を得意としている。俺も、兄貴も例外じゃない。幼い頃から父から弓術を習っている。

 弓道の腕は確かなんだが、いかんせん女好きで軽薄な男なのだ。あれはもう一種の病気だな。女性と見ればすぐに口説かなければ気が済まないんだからな。

 ……それに比べて、優さんは、どうしてこんな軟派男と親しいのかと驚くくらい硬派だ。ああ、俺の兄が優さんだったらと考えたのは一度や二度じゃない。


「……今絶対失礼なこと考えただろー!」
「いや、青葉や黄泉は断っているのにも関わらず、今年も両手に袋いっぱい抱えていたなと考えていただけだ」
「本当に考えてたよ、失礼なこと!」
「どうせ本命は貰えなかったんだろ? 悲しいな、兄貴」
「お前にだけは言われたくないんだけど!?」


 本命だっていくつかあると兄貴は言っていたが、自己申告ほど信用ならない申告はないと俺は「はいはい、良かったな」と軽く聞き流して相手にしなかった。

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