クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

文字の大きさ
上 下
84 / 125

84 本当に考えてたよ、失礼なこと!

しおりを挟む


「俺はなんて言われても構わないが、あいつにはずっと好きな人がいるらしいからな。そいつに勘違いされたら迷惑だろう」


 それはあなたなんですよ~と伝えてあげたいが、それは私の仕事じゃないよね。そういうのはちゃんと本人が伝えなきゃ。


「……相手が、どなたか気になりませんか?」
「ならないな。知っているからな、相手が誰なのか」
「えええ!? 知っているんですか!?」


 嘘でしょおおおお!? ここにきて、まさかの事実に私はつい令嬢らしからぬ奇声を発する。今の姿を見られたら、誰も私のことを深窓の令嬢とは思わないだろう。


「ああ、あいつと同じ幼稚園だから……立花も知っているだろう」
「……ん?」


 ……えーっと、確か、委員長は私たちとは同じ幼稚園ではなかったような……? 私と桜子ちゃん、葵ちゃんが同じ幼稚園で、青葉と黄泉、委員長が同じ幼稚園よね?


「女性が好みそうな外見の、やたら軽薄で軟派そうな奴だったな」


 待て待て……誰だその人は。委員長は堅物だし軽薄じゃないわよ? え、絶対違う人だよね、それ。


「……毎年バレンタインチョコもそいつにやっているらしいしな」


 委員長の言う通り、葵ちゃんは異性には本命以外絶対に渡さないという徹底ぶりだ。一途というべきか、愛が重いというべきか……。わ、私は、素敵だと思うわよ!?


「……委員長は貰ったことないんですか? 葵ちゃんから」
「あるわけがない。俺は毎年自分の母親とあいつの母親からだけだ。清水は同性はともかく、異性には本命にしか渡さん」
「……ええ、ですよね~。うーん……?」


 それは私も知ってるけど……その前提条件で、委員長がもらってないなんてありえないでしょう。


「それは本当に葵ちゃんのお母様からなんですかねぇ?」
「……どういう意味だ」
「いえ、深い意味はありません」


 あーーー、ここで「もしかしてそれって葵ちゃんからじゃないですか?」って言えたらどんなにいいかーーー!!

 でもそれって、葵ちゃんの好きな人はあなたですよって言ってるようなものだから私からは何も言えないし……あーん、もどかしい。



***



『しらかわ……おまえ本当になにも気づいてないのか?』


 以前誰かにそう問われたことがある。場所は確か白川家うちの道場で、その日は凍えてしまいそうなほど寒かった記憶がある。

 相手の顔は覚えていないが、清水に対して妙に馴れ馴れしくて、軟派で軽薄そうな雰囲気が俺の兄貴に似ていたのだけは覚えている。


『言っているいみがわからん……おまえはなにが言いたいんだ?』
『本当に……! おまえはなにも気づいてないんだな! じゃあ、おしえてやるよ。しみずさんはなぁ────』


 この男の言葉に俺は思わず息を呑んだ。ドクンと心臓が大きな音を立てたのが自分でもわかった。こいつに聞かされるまで、本当に俺は何も知らなかったのだ。

 その軟派男の言葉が信じられなくて、事実じゃないことを確認しに道場から徒歩圏内にある清水の家に走ったんだ。途中雪が降り出したことにも気付かず、夢中で。



***



「……ずさ……おい、あずさ」
「……ん」
「いい加減起きろって。こんな所で寝てたら風邪ひくぞ?」
「ここは……」
「寝ぼけてんのか? ここはリビングだよ。寝るなら自分の部屋行って寝ろよ~?」


 どうやら俺はリビングにあるソファーで寝てしまっていたらしい。確かに、このまま寝ていたら風邪をひくか、何かしら次の日に影響が出ていただろう。


 ……随分と、懐かしい……夢を見た気がする。寝起き特有のぐったりとした疲労感を覚えながら、先ほどまで見ていたはずの夢を思い出そうとするも、うまく思い出せない。


「こわい夢でも見たのか? うなされてたぞ」
「覚えてない……」


 だが、嫌な夢を見た気がする。がつん、と。頭を殴られたみたいな衝撃を受けたような気がするが……やっぱり、なんなんだこの違和感は。その衝撃には覚えがあった。以前どこかで俺はそれを感じたような、……だが、どこでだ? ……寝起きの頭ではいくら考えてもわからん。

 もしかして自分でも覚えていないような過去を夢に見てしまったのは、この前立花とそんな話をしたからかもしれない。

 何か重大な思い違いをしているかもしれないと、彼女は俺に言った。だからもう1度清水の好きな人は誰なのか考えてみてほしいと。

 彼女は何の根拠もなくそんなこと言う人ではないからな。おそらく、俺は本当に何か重大な思い違いをしているのだろう。だが、いくら考えてもそれがわからない。

 清水の好きな奴は今も昔も変わらずあの男で、それ以外の候補がまったく思いつかない。


『わたしね、あずさにわたしたいものがあるの』


 そういえば、まだ清水を名前で呼んでいた頃、やたらもったいぶって言われたのに、結局俺は何も渡されなかった。──あれはどういう意味だったんだろう。


 黙り込む俺を心配したのか、「梓? 本当に大丈夫か……?」と頭上から声をかけられた。


 大丈夫だと素っ気なく言った後に、とりあえず、一応起こしてくれたことにお礼は言っておくかと、目線をそちらにやるとスクールバッグの他に大きめの袋が視界に入る。


「それはなんだ?」
「何ってバレンタインチョコに決まってるだろ! いや~、我ながら罪な男だよねーこんなにモテちゃってー」
「…………」


 この知性がすごく欠落してそうな男は、認めたくないが俺の兄貴だ。

 白川家は武道の名家で中でも弓術を得意としている。俺も、兄貴も例外じゃない。幼い頃から父から弓術を習っている。

 弓道の腕は確かなんだが、いかんせん女好きで軽薄な男なのだ。あれはもう一種の病気だな。女性と見ればすぐに口説かなければ気が済まないんだからな。

 ……それに比べて、優さんは、どうしてこんな軟派男と親しいのかと驚くくらい硬派だ。ああ、俺の兄が優さんだったらと考えたのは一度や二度じゃない。


「……今絶対失礼なこと考えただろー!」
「いや、青葉や黄泉は断っているのにも関わらず、今年も両手に袋いっぱい抱えていたなと考えていただけだ」
「本当に考えてたよ、失礼なこと!」
「どうせ本命は貰えなかったんだろ? 悲しいな、兄貴」
「お前にだけは言われたくないんだけど!?」


 本命だっていくつかあると兄貴は言っていたが、自己申告ほど信用ならない申告はないと俺は「はいはい、良かったな」と軽く聞き流して相手にしなかった。

しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。 なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。

処理中です...