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81 馬鹿なお前にもわかるように言語化してやろう
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青葉が3歳の時、俺は人生で最悪のミスを犯した。今でも後悔している……。
『……ま、しろ、おにい……』
『っ! 俺に触るな!』
……青葉はきっと俺を恨んでいる。裏切られたと、思っているはずだ。
あの日から、俺は最愛の弟にかける言葉のひとつすら見つからない。
***
クリスマスはいつもあいつのお守りだった。青葉に声をかける勇気がないあいつを鼓舞させるのが俺様の仕事だった。だが、今年はそんな必要もない。
身内や親しい友人たちだけで行うクリスマスパーティーで、少し離れたところから、仲睦まじい男女の姿を見ながら俺はそう思う。
「よぉ、真白」
「……なんだ、お前か」
「そんなに真剣に何見てたん?」
声をかけてきたのは、身内以外で俺様の本性を知る数少ない友人、吉野だ。この貼り付けたような胡散臭い笑顔と関西弁が特徴だ。
俺様が返事をする前に、吉野は俺様の視線の先を確認すると、「ああ、青葉くんと薫子ちゃんかぁ」と勝手に納得してしまった。
「青葉くん、薫子ちゃんのこと婚約者候補として真剣に考えてるらしいな」
「ああ、この前のウィンターパーティーで薫子にそう告げたそうだ」
本当はベストカップルも取れたらもっと良かったんだろうが……まあ、それはいい。瑠璃が相手じゃ難しいだろう。なんせあいつはこの俺様の妹だからな。それ以外はある程度計画通り行っているしな。
「全てはお前の思惑通りってわけか」
「何だ。貴様知っていたのか」
「いやいや知らん知らん。そうなんかなって推測したんやけど、どうやらあってたみたいやな」
吉野のくせに生意気だが……出会った時からこいつは妙に鋭いところがあったからな。俺が何かしたと薄々勘づいているだろうなとは思っていた。
「でも薫子ちゃんかあ。俺は立花雅ちゃんの方が好みやけどなあ~、線が細くて繊細でか弱そうな……こう、守ってあげたくなる感じ?」
「はぁ……男というのは、ああいう庇護欲を掻き立てる女が好きだよな」
呆れたようにそう言うと、珍しくムッとした表情をしながら「お前は違うのかよ」と言ってきた。
「俺は意志がはっきりした奴の方が好ましいな。ああいう鈍臭い奴は好まん。正直で物怖じしない振る舞いのが見ていて微笑ましく感じる」
「ふーん? でも、真白があからさまに人を嫌うなんて珍しいなぁ。薫子ちゃんや瑠璃ちゃん以外の女の子なんて皆どうでもいいって感じで、無関心やん。お前と彼女の間で何があったか知らないけどさ、俺は立花雅ちゃんそんなに悪い子じゃないと思うけどなぁ~」
「お前は立花家のスイーツが好きなだけだろう……」
「あ、バレた?」
バレないとでも思っていたのか……あの女に出会った日にもらったフィナンシェをこいつにやって以来、こいつは立花家のスイーツにご執心だ。俺があの女を貶す度、やたらと肩を持つようになってしまった。……こんなことならあんな菓子やるんじゃなかった。
「貴様に説明してやる義理はないが……俺様は今かなり機嫌がいい。馬鹿なお前にもわかるように言語化してやろう」
***
初めて会った時、あの女が『立花雅』とは知らなかったが、教師に雑用を押し付けられた上迷子にもなる様は、憐れで、愚かで、ほんの少しだけ同情の念を抱いていた。
『ははは、そうか、木村先生か。あの人は少し強引なところがあるからね』
『ご存知なんですか?』
『あ、えーっと、以前少しだけ頼まれ事をされたことがあってね』
『……まあ! 先輩にも雑用を押し付けたんですか? 木村先生ったら!』
本当は少し事実と異なるのだが、あの女は簡単に信じた。この名前も知らない後輩の人懐っこさと、警戒心の薄い様子は、周囲から大切に育てられたせいだろう。疑うこともしないとは……少しだけ愛する弟に似ている気がした。
『今更だけど、君に婚約者がいたら今の状況はまずいのかな。人通りの少ない校舎の教室でふたりっきりって』
『ご安心ください。わたくしに婚約者はいませんわ。……お父様は婚約してほしいお相手がいるようですけど』
『……へぇ、君は嫌なんだ?』
それからこの後輩はぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。親が望む相手とはどうしても婚約をしたくないこと。再三顔合わせを申し込まれるのも億劫なこと。
『……って、わたくし、どうしてこんなこと先程お会いしたばかりの方に話しているのかしら。すみません、先輩にとってもわたくしの話なんてどうでもいいでしょうに……長々とひとりで話してしまって……』
『いいや、とても興味深いよ、続けて』
俺はこの時、彼女の語るとほうもない夢物語に笑ってしまった。この学園に幼稚舎から入るくらいだからそれなりの家柄だろうに、婚約をしたくないなんて。親もどういう教育してるんだ?
婚約はただの結婚の約束じゃない。ビジネスの一種であり、『契約』でもある。俺たちの選択によって、仕えてくれてる何千何万の人が、損をしたり得をしたりする。俺はそう親に教えられてきた。
……それなのに、嫌だと駄々をこねるなんて……思っていた以上にこの後輩は、蝶よ花よと周囲から大切に育てられてきたんだな。正直なんとなく苦手だ。もう2度と関わりたくない。──そう思ってこの後輩と別れた。
『何しとったん?』
『別に、いつも通り“人助け”さ』
後輩からもらった菓子を吉野にやると、こいつは過剰に喜んだ。
『あれ、あの子『立花雅』とちゃうん? ほら、立花家のご令嬢の』
『……ああ、青葉の“元”婚約者候補か』
…………はあ? あいつが、あののほほんとした鈍臭い女が『立花雅』!? ということは、あの女の言っていた相手とは青葉のことかっ!
『あんな女が、一時でも俺の義妹になるかもしれなかったと思うと、ゾッとするね』
多くの者から恋慕と羨望を寄せられ、家柄も容姿も優れている青葉からあんなに想われていながら、その気はないから迷惑だとひそかにため息を落とす、自分勝手な女。
──それが、あの女が『立花雅』と認識してから俺が初めて受けた印象だった。
『……ま、しろ、おにい……』
『っ! 俺に触るな!』
……青葉はきっと俺を恨んでいる。裏切られたと、思っているはずだ。
あの日から、俺は最愛の弟にかける言葉のひとつすら見つからない。
***
クリスマスはいつもあいつのお守りだった。青葉に声をかける勇気がないあいつを鼓舞させるのが俺様の仕事だった。だが、今年はそんな必要もない。
身内や親しい友人たちだけで行うクリスマスパーティーで、少し離れたところから、仲睦まじい男女の姿を見ながら俺はそう思う。
「よぉ、真白」
「……なんだ、お前か」
「そんなに真剣に何見てたん?」
声をかけてきたのは、身内以外で俺様の本性を知る数少ない友人、吉野だ。この貼り付けたような胡散臭い笑顔と関西弁が特徴だ。
俺様が返事をする前に、吉野は俺様の視線の先を確認すると、「ああ、青葉くんと薫子ちゃんかぁ」と勝手に納得してしまった。
「青葉くん、薫子ちゃんのこと婚約者候補として真剣に考えてるらしいな」
「ああ、この前のウィンターパーティーで薫子にそう告げたそうだ」
本当はベストカップルも取れたらもっと良かったんだろうが……まあ、それはいい。瑠璃が相手じゃ難しいだろう。なんせあいつはこの俺様の妹だからな。それ以外はある程度計画通り行っているしな。
「全てはお前の思惑通りってわけか」
「何だ。貴様知っていたのか」
「いやいや知らん知らん。そうなんかなって推測したんやけど、どうやらあってたみたいやな」
吉野のくせに生意気だが……出会った時からこいつは妙に鋭いところがあったからな。俺が何かしたと薄々勘づいているだろうなとは思っていた。
「でも薫子ちゃんかあ。俺は立花雅ちゃんの方が好みやけどなあ~、線が細くて繊細でか弱そうな……こう、守ってあげたくなる感じ?」
「はぁ……男というのは、ああいう庇護欲を掻き立てる女が好きだよな」
呆れたようにそう言うと、珍しくムッとした表情をしながら「お前は違うのかよ」と言ってきた。
「俺は意志がはっきりした奴の方が好ましいな。ああいう鈍臭い奴は好まん。正直で物怖じしない振る舞いのが見ていて微笑ましく感じる」
「ふーん? でも、真白があからさまに人を嫌うなんて珍しいなぁ。薫子ちゃんや瑠璃ちゃん以外の女の子なんて皆どうでもいいって感じで、無関心やん。お前と彼女の間で何があったか知らないけどさ、俺は立花雅ちゃんそんなに悪い子じゃないと思うけどなぁ~」
「お前は立花家のスイーツが好きなだけだろう……」
「あ、バレた?」
バレないとでも思っていたのか……あの女に出会った日にもらったフィナンシェをこいつにやって以来、こいつは立花家のスイーツにご執心だ。俺があの女を貶す度、やたらと肩を持つようになってしまった。……こんなことならあんな菓子やるんじゃなかった。
「貴様に説明してやる義理はないが……俺様は今かなり機嫌がいい。馬鹿なお前にもわかるように言語化してやろう」
***
初めて会った時、あの女が『立花雅』とは知らなかったが、教師に雑用を押し付けられた上迷子にもなる様は、憐れで、愚かで、ほんの少しだけ同情の念を抱いていた。
『ははは、そうか、木村先生か。あの人は少し強引なところがあるからね』
『ご存知なんですか?』
『あ、えーっと、以前少しだけ頼まれ事をされたことがあってね』
『……まあ! 先輩にも雑用を押し付けたんですか? 木村先生ったら!』
本当は少し事実と異なるのだが、あの女は簡単に信じた。この名前も知らない後輩の人懐っこさと、警戒心の薄い様子は、周囲から大切に育てられたせいだろう。疑うこともしないとは……少しだけ愛する弟に似ている気がした。
『今更だけど、君に婚約者がいたら今の状況はまずいのかな。人通りの少ない校舎の教室でふたりっきりって』
『ご安心ください。わたくしに婚約者はいませんわ。……お父様は婚約してほしいお相手がいるようですけど』
『……へぇ、君は嫌なんだ?』
それからこの後輩はぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。親が望む相手とはどうしても婚約をしたくないこと。再三顔合わせを申し込まれるのも億劫なこと。
『……って、わたくし、どうしてこんなこと先程お会いしたばかりの方に話しているのかしら。すみません、先輩にとってもわたくしの話なんてどうでもいいでしょうに……長々とひとりで話してしまって……』
『いいや、とても興味深いよ、続けて』
俺はこの時、彼女の語るとほうもない夢物語に笑ってしまった。この学園に幼稚舎から入るくらいだからそれなりの家柄だろうに、婚約をしたくないなんて。親もどういう教育してるんだ?
婚約はただの結婚の約束じゃない。ビジネスの一種であり、『契約』でもある。俺たちの選択によって、仕えてくれてる何千何万の人が、損をしたり得をしたりする。俺はそう親に教えられてきた。
……それなのに、嫌だと駄々をこねるなんて……思っていた以上にこの後輩は、蝶よ花よと周囲から大切に育てられてきたんだな。正直なんとなく苦手だ。もう2度と関わりたくない。──そう思ってこの後輩と別れた。
『何しとったん?』
『別に、いつも通り“人助け”さ』
後輩からもらった菓子を吉野にやると、こいつは過剰に喜んだ。
『あれ、あの子『立花雅』とちゃうん? ほら、立花家のご令嬢の』
『……ああ、青葉の“元”婚約者候補か』
…………はあ? あいつが、あののほほんとした鈍臭い女が『立花雅』!? ということは、あの女の言っていた相手とは青葉のことかっ!
『あんな女が、一時でも俺の義妹になるかもしれなかったと思うと、ゾッとするね』
多くの者から恋慕と羨望を寄せられ、家柄も容姿も優れている青葉からあんなに想われていながら、その気はないから迷惑だとひそかにため息を落とす、自分勝手な女。
──それが、あの女が『立花雅』と認識してから俺が初めて受けた印象だった。
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