クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

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68 皆さんいささか無遠慮じゃありませんか!?

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『──お前のそれは異常・・だよ』


 そう告げた少年の瞳は冷たかった。

 いつも自己中心的で横柄な少年だが、少女を揶揄う時はとても愉快げに意地悪そうな笑みを浮かべていた。

 少なくとも、こんな風に軽蔑を含んだ冷ややかな目で見られたことはなかったのだ。


 ──ただの1度も。


 自然と少女の身体も強ばった。


『……わ、わたくしは、』


 少女の振り絞った声は、とても震えていた。



***



「薫子様っ、助けてください!」
「どうかしましたか?」
「あ、ずるいですわ! わたくしも! わたくしも助けてください、薫子様!」


 新学期早々、久しぶりに顔を合わせるクラスがご一緒の令嬢達に囲まれ、助けを請われている。


「……順番に聞きますから。皆さん落ち着いてください」


 本当は人のなやみを聞いてあげる余裕なんて、今のわたくしにはない。

 でもこの子達は何か悩みがあるとすぐにわたくしの所に来るから。そして良い顔しいのわたくしは、それを無碍には出来ないのだ。

 こういう時、わたくしはいつも、もしも『立花雅』さんだったらどうするのかしらと考えて、クラスメイトからの信頼も厚い彼女なら、きっと放ってはおかないはず……! という結論に至り、ならばわたくしも……! と放っておけないのだ。

 ……そもそも彼女達には自分で解決するという発想はないのかしら? と、思わなくもないのだが。

 例のごとく『立花雅』さんだったら……以下略と考えて、それを口に出すことはしない。


 つまるところ、わたくしの判断基準はいつだって『立花雅かのじょ』なのだ。


 それなのに、急にそれをやめろだなんて……!


『……お前、本気で自分が『立花雅』になれると思っているのか?』


 ひと月以上前に、真白様から言われた言葉が頭から離れない。


『なれるわけないだろ』


 蔑むように浮かべた瞳は冷たくて、心底わたくしを嫌悪しているのだと、真白様ほど観察眼に優れていないわたくしにもわかってしまった。


「薫子様?」
「……えっ、ああ……なんでしたっけ?」
「もう~、ちゃんと聞いてくださいよ~!」
「……あはは、すみません。もう1度聞かせてください」


 なんだかこの状況に覚えがあるわ。これって既視感ってやつなのかしら?



***



「……はあ~~~……」


 ……つ、疲れた~~。どのご令嬢も悩みの種は共通していた。……そりゃ、この時期のお悩みと言ったら『アレ』しかないわよね。


 そう、それは、ウィンターパーティーのお相手のこと!


 婚約者から未だに誘われないとか、ダンスの練習に付き合ってくれないとか、そもそもペアを組むこと自体に乗り気じゃなさそうとか。

 ……それを婚約者のいない(一応青葉様は候補ではあるけれど……)かつまだペアの決まっていないわたくしに言う!? 皆さんいささか無遠慮じゃありませんか!?

 わたくしからしたら、婚約者やパートナーがいるだけいいじゃないですかという感じですが……麗氷女子に通う令嬢たちはとても控え目で、とてもじゃないけれどご自分ではそんなこと聞けないとか。

 以前それを真白様に言ったら「控え目な令嬢が、他人に自分の婚約者の愚痴を言ったり、不満を解消させるための手伝いをさせるのか?」と問われてしまった。


 うーん、ぐうの音も出ない程の正論。


 ま、まあ、とにかく! そこにわたくしが間に入り、誤解を解いて回っているのですが……。

 ダンスの練習に付き合ってくれなかったのはダンスがあまり得意ではないと知られるのが恥ずかしかったからで。

 ペアを組むこと自体に乗り気じゃなかったわけではなく、単に素直に喜べなかっただけ。

 誤解が解けた今、彼らはとても幸せそう。それはとても喜ばしいことなんでしょうけど、狭量すぎるわたくしは少しだけ、いいえかなり妬ましい。


 いいわね……わたくしもそんな幸せな悩みを抱えてみたい。


 わたくしっていっつもこんな立ち回りばかり。さっきの既視感もそのせいね。

 去年のサマーパーティーも、こんなふうにご令嬢達の話を聞いてあげて……そうしている内にダンスが始まるギリギリまで青葉様を探しに行くことが出来なくて。

 当然ペアを組んだわたくしと踊ってくださるものかと思って浮き浮きしていたら、大好きな人は他の令嬢と楽しそうに踊っていたし……。

 はあ……、わたくしってもしかして幸薄いのかしら。それとも不幸体質とか?


『──お前の不幸は、お前自身が選んだものだ。誰のせいでも、ましてや『立花雅』がいるからでもない』


 こんな時に、真白様の言葉なんて思い出してはダメよ、薫子! わたくしには、まだやるべきことが残っているんだから!

 後は婚約者から未だに誘われないという令嬢の婚約者が通う麗氷に行くだけ。

 昼休みに他の方の悩みを解決したから、もう放課後になってしまった。

 ……あら? 確かこのクラスは……。


「こんな所でな~にしてるの、薫子」
「黄泉様、ごきげんよう」
「はいはい、ごきげんよう~」


 そうよ、ここは青葉様の大親友でいらっしゃる黄泉様のクラスだった。

 黄泉様に事情を説明して件の婚約者さんを呼んで頂く。

 どうやら彼も彼女とペアを組みたかったようだけど、照れくさくて誘えなかったみたい。それとなく彼女が誘って頂けなくていじけていたことを伝えると、彼も自信が出たのか近々誘うとのこと。

 よかったですわ。これでお役目御免と早々に帰ろうとするわたくしを、先程からじっと見ていた人がおひとり。


「……黄泉様、どうかなさいました?」
「ん~? 別に~?」
「ならどうして、先程からそんなに見つめてくるのですか……」
「他の人の世話ばっかり焼いて、ペアが決まった人は余裕だなあ~って思ってただけ~」


 「気にしないで~」と彼は令嬢の好まれそうな甘い笑みを浮かべる。わたくしも青葉様をお慕いしていなければ、ここで頬を染めていたかもしれない。だけど今問題はそこじゃない。


「……はい……?」


 ええっと、黄泉様。……今、なんておっしゃいました? ペア? 誰が誰と?


「わかってるわかってる、まあ……オレとしても、薫子ならいいかな~って感じ。瑠璃は猛反対するだろうけど」


 とりあえずおめでとう~と言い残すと、彼は軽やかな足どりで教室から出ていってしまった。

 ………………はい!? 独り身のわたくしにおめでとうとは、新手の皮肉かなにか!?


 でも、黄泉様はそんな方じゃないわよね。


 出会った頃からわたくしの青葉様への想いに気がつき、『せいぜい頑張ってね~』とか『『立花雅』なんかに負けないでよね~。オレは薫子を応援してるんだから~』といった優しいお言葉を頂いていたし。

 瑠璃さんがあの態度の中、真白様の次にわたくしの背中を押してくださっている人と言っても過言ではないですし。


 ……だとしたら、いったいどういうつもりであのようなことを?



***



「……まあ、薫子ならいいとは常々言ってたけどぉ、ホントにこうなるとイヤミのひとつでも言いたくなるよねえ? ……でも、いったいどういう心境の変化なわけぇ? まさか青葉本気で薫子のこと好きになったとかじゃないよねぇ? ……ないか、あの青葉に限ってそれは」
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