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67 誰かになりたいなんて、愚かな考えだ
しおりを挟む真白お兄様に急かされるまま、手早く支度をして車に乗ること数分。私は今更なことに気がついた。
「そもそも黄泉様に何の相談もせずに、勝手にドレスを選んでしまっていいんでしょうか?」
「あいつがお前に合わせればいいだろう」
「それは……」
そうかもしれないけれど、あの黄泉様が私に合わせてくれるイメージが全く浮かばない。むしろ「キミがオレに合わせてよね~」とか言われそう。
でもそれを真白お兄様に言ってもきっと聞いてはくれないから、私は一応黄泉様に今からドレスを購入することを携帯電話に入っている連絡ツールで伝える。
すると『了解~。決まったら写真送ってよね~』とすぐに返信が返ってきた。レス早いな。真白お兄様だけでなく、黄泉様もお暇なのかしら?
「ほら、さっさと選びに行くぞ。……しかし、腹が減ったな。先に何か軽くつまむか」
誰のせいよ、まったく。本人に直接言えない分、こうして心の中で悪態をつくことは許して欲しい。誰にも迷惑かけてないしね。
「わたくしお腹ぺこぺこですわ。お兄様、どうせなら、ガッツリ食べましょう!」
「朝からガッツリか……薫子なら健康のためにサラダやフルーツだぞ」
「この歳でそこまで健康を意識するなんて、逆に不健康では? それにわたくしは食べた分だけ運動するので平気ですわ」
「フッ、それもそうか」
伊集院さんと言えば、最近うちに来ていない気がする。普段は割と頻繁に青葉お兄様に会いにきたり、真白お兄様に相談をしにきたりしているのに。夏休みに入ってすぐに1度だけ見かけた記憶があるが、それ以来見ていないわ。
「伊集院さんとは、お出かけなさらないんですか」
「薫子と?」
「ほら、いつもでしたら、わたくしではなく彼女を連れ回すでしょう? 真白お兄様は」
「あいつはあいつで、今は考えることがあるんだろうな」
なんだろう。お兄様の返答に違和感を覚える。
──何かがおかしい。
胸騒ぎがする。これから良くないことが起きるような……。
……そう、そうよ! おかしいのは伊集院さんだけじゃない。真白お兄様もよ。自分のことを後回しにされているというのに、やけにご機嫌な真白お兄様の態度。
いつもなら絶対「この俺様を優先しないとはいいご身分だなあ?」とか不機嫌になるのに! この上機嫌はおかしい、というか怪しい!
「……お兄様、何か余計なことをしていませんよね?」
「さあな。いったい何のことだ?」
「早く行くぞ」と、私の問いかけには返事をせず、真白お兄様は先に歩いていってしまう。その背中を見つめながら、不安を消すように気のせいだと自分に言い聞かせた。
……真白お兄様が何かしたって、伊集院さんは『立花雅』様には勝てない。それに青葉お兄様の気持ちは今も昔もお姉様にある。
──きっと大丈夫よね?
***
「中々良いのが見つからないな……」
「お兄様がこだわり過ぎなんですよ」
少し遅めの朝ごはんを食べてから、私達はいつもお世話になっているファッションブランドを転々とするも、中々お兄様からのオッケーが出ない。というか、一向に出る気配がなさすぎて、もう帰りたくなってきた。
「わたくし、今回は持っているドレスの中から選びますわ……」
「いいや、まだ諦めるのは早い! 趣向を変えて普段入らぬ店に入ろう」
「普段入らないお店……」
そう言われて、ひとつ心当たりが思い浮かんだ。
「そういえば以前お姉様が、この辺りに、最近日本初出店のファッションブランドが出来たと言っていたような……」
「何!? あの女の情報なのは気に食わないが、……今は背に腹はかえられない。瑠璃、その店の名前はなんだ」
「確か名前は──……」
私の告げたブランド名から、詳しい場所をドライバーさんに特定して貰い、早速目的地に向かう。
「ここか……」
そのお店は思ったよりも広大な敷地に建っていて、表通りのわかりやすい場所にあったので、すぐに見つけることが出来た。
とりあえず中を見てみようとした時、「瑠璃ちゃん!」と透き通るような声で名前を呼ばれた。
「お姉様っ!! まさかお会い出来るなんて……! お姉様もここでお買い物を?」
「ええ、韓国ドラマのパーティーシーンを見ていたら、ウィンターパーティーのドレスをまだ買っていないことを思い出してね。今さっきお兄様と赤也と一緒にドレスを選び終えて購入したところよ」
そう言ってハニカムお姉様が可愛らしくて、私はずっとこのままここで話していたい欲求に駆られるけれど。お店の迷惑になってしまうしそういうわけにもいかないわよね……。
それに後ろで真白お兄様からの無言の「早くしろ」という圧がすごいし、少し離れた所に優様と赤也が待っているのも見えるし。
優様に、挨拶とお待たせして申し訳ございませんという気持ちを込めて、ぺこりと会釈をする。顔をあげるとお姉様によく似たお顔でニコリと微笑んでくださっていた。
……はうぅぅ、なんて素敵な笑顔。お姉様がぞっこんなのもわかるわ。私もあんなお兄様いたら大好きになるわ。
ちなみに、そんな私を呆れたような顔をして見ている、優様のお隣りにいる赤也はスルーの方向で。
「お姉様は去年どのようなドレスになさったんですか?」
お姉様は去年黄泉様のパートナーだったものね。きっとこの先の見えないドレス選びの参考になるはずだわ!
「……わたくし? そうね、アイシーカラーのイエローのドレスを、パートナーの黄泉に合わせて新調したわ」
「……イエローのドレス」
それだけ言い残してお姉様は去っていってしまった。
「もう済んだか」
「え、ええ……お待たせ致しました」
「ならば早く行くぞ。ここにもないのなら他を当たらねばならないからな」
「ま、待ってくださいよ!」
私はせっかちな真白お兄様を追いかけながら、先のお姉様の言葉を頭の中で反芻していた。
***
「わたくし、こちらにしますわ」
「……ふむ、これか」
そう言って瑠璃が選んだのは、淡いイエローのドレス。ふわっとフリルが段になっていて、可愛らしいデザインだ。確かに瑠璃に似合いそうではあるが……。
「急にどういう心境だ?」
「何がですか」
「さっきからお前は、自分の好きな寒色系ばかり見ていたのに、急に黄色がいいと言われれば誰だって不思議に思うだろ」
「……なんとなくイエローの気分だったんです!」
試着して来ますねと逃げるように瑠璃はフィッティングルームへ向かう。
会話の最後、あいつが鼻を触ったのを、俺は見逃さなかった。
人は自分の本心や欲求を隠す時に、無意識に鼻を触るという。──つまり、あいつは何か俺に隠しているということだ。
さっき『立花雅』に会ったせいか? ……いや、この店に入ってすぐは青いドレスを見ていた。あのドレスがいいと言い出したのは、誰かから連絡が来てからだ。その時から様子がおかしくなったんだ。
「どうですか? 似合ってますか?」
「似合ってはいるが……どこかで見たことのあるドレスだな」
「き、気のせいじゃありませんか?」
「……ほう、まだ誤魔化すのか」
再び鼻を触る妹を見て、俺は確信する。この違和感は決して気のせいではないと。
昔から表情や仕草から、なんとなく相手の気持ちがわかった。何を考えているかまでは、さすがの俺もわからないが、喜びや悲しみ、戸惑いや怒り、様々な気持ちを俺は汲み取れてしまうのだ。
それが良い場合と悪い場合とがあるが……知りたくなかった感情だってなかったわけじゃない。でも、俺は今の自分に満足している。こうして、妹の心の機微を感じてやれるからな。
「……まさかお前、あの女に──『立花雅』になりたいのか?」
「……っ、何ですか急に。違いますわ、わたくしは別に……」
「ならば何故そのドレスを選んだ。青葉ほど記憶力に自信がないが、俺の記憶が正しければ、そのドレスの形や色あい、去年あの女の着用したそれに酷似しているんだがなあ?」
瑠璃が携帯を見ながらドレスを探し始めた時、俺はネットでどんなドレスがあるのか検索しているのかと思った。
だが、視界に入ってきたそれは、去年のダンスパーティーで撮ったと思われるベージュのスーツとイエローのドレスを身にまとった男女の仲睦まじい写真だった。
「何をそんなにあの女と西門黄泉を意識しているのか知らんが、お前は好きなドレスを選べばいいだろう。『立花雅』のようなドレスを選ばなくても」
「……ですが、」
「それとも西門黄泉がそう言ったのか? 俺の妹に『立花雅』のようなドレスを着ろ、『立花雅』の代わりを務めろと……そう言ったのか?」
「ち、違いますわ! 黄泉様はそんなことは言っていませんわ……ただ、わたくしが、勝手にそう思っているだけで……」
俺の言葉を力いっぱい否定していた瑠璃の声が尻すぼみになって消える。
「あいつに直接言われたわけでもないのに、何をそんなに気にするんだ。お前はお前でしかないのだから、あの女のマネなんかする必要はない。お前に似合うドレスを買えばいい」
どうして俺様の周りの女どもはこんなにも『立花雅』を意識するのだろう。まあ、華はあるかもな、俺の好みじゃないが。
『……わたくしも、彼女のように──『立花雅』さんのようになれたら幸せだと思いますわ』
最後に会った時に、あいつが俺に言った言葉を思い出す。
──薫子、俺はそうは思わないぞ。俺はお前の考えを全力で否定する。
「誰かになりたいなんて、愚かな考えだ。己は己にしかなれぬのだから、他者になりたいと思うのはかなり不毛だ」
今はまだ分からなくてもいい。
だが、お前が俺の考えを本当に理解出来た時に、また俺の元に来るだろう。
お前には考える時間が必要だ。
俺様は気が短くはないのでな。もうしばらくは待ってやれるが、早いに越したことはない。早く気づけ。
お前がすべきことはなんなのか。
『立花雅』を目指すよりも、先にすべきことはなんなのか。
***
その日、購入したドレスの写真を黄泉様に送った。
私の瞳の色に似た、アクアマリンのような青を基調としたふわっとしたドレスで、ウエストの真っ白なローズがドレスによく映えて、私はひと目で気に入ってしまった。
真白お兄様も、今日見たドレスの中で1番私に似合うと言ってくれたドレスだ。
本当はイエローのドレスにしようと思った。別にお姉様になりたいとか、そんなつもりはなくて。
ただ、お姉様にお会いした時にお願いして送って貰った写真に写るお2人がとてもお似合いで……黄泉様も楽しそうだったから。
私がお姉様みたいなドレスを選べば黄泉様が喜んで下さる気がして。
誰かの『代わり』なんて、今も昔も大っ嫌いよ? それがたとえ大好きなお姉様の『代わり』だとしても。
だけど、せめて黄泉様に私とペアを組んだことを後悔して欲しくなくて。私と組んで良かったって思って欲しくて。
気がつけばお姉様が去年着用したドレスと同じようなデザインと色を選んでいた。……真白お兄様に速攻で見破られたけど。
黄泉様に相談もせずに、結局私の独断で青色のドレスを買ってしまったことについて、何か言われるのではと、内心ドキドキしていたら、『瑠璃に似合いそうだね』と返信がきた。
少し短い文章だけど、物足りないなんてことは全然なくて、私は胸がいっぱいになった。
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