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66 俺様キャラなんて現実ではファンタジーだからね?
しおりを挟む去年の夏は、あまりお兄様が構ってくれなかった。内部進学とはいえ、高校生になるための準備や勉強、中学校生活最後の部活にと、それなりに忙しいと自負している私の目からみても忙しそうだった……。
でも今年は去年よりも大分余裕があるので、久しぶりにこうしてお兄様と赤也と私の3人で、まったり韓国ドラマを鑑賞することが出来ている。
今はちょうど俺様強引イケメンがヒロインを無理矢理豪華なパーティーに連れ出し踊っているシーン。
……いやあ、この世界の攻略キャラってみんなさ、基本あんまりガツガツしてないんだよね。そりゃそうだよね。
──だって、この世界はクーデレ系乙女ゲームの世界だもんね。
私、『立花雅』は5歳の頃にメインキャラでもある『一条青葉』と出会い、親同士が決めた婚約を結ぶことになる。いわゆる政略結婚だ。
でも、雅には青葉への恋心が確かにあり、彼もそれをしっかりと認識し、同じ想いを返せるように努力していた。
唯一誤算だったのが、彼らが高校2年生になった時にヒロイン──『結城桃子』が転校してきたこと。
そしてルートに寄っては婚約を破棄されたり、青葉がいながら他の子息を好きになったり(この場合その子息と結ばれるか社会的に死ぬかのどちらか)、青葉や弟のような存在に殺されたりする。
──というのが、あのゲームの『立花雅』の話。
この世界の『立花雅』である私は、5歳で青葉と出会うことなく、特に惹かれるわけでも婚約する予定があるわけでもない。むしろ彼からは嫌われている。そりゃもうわかりやすいくらいに!
この画面に映る男女のように、喧嘩するほど仲がいいなどではない。会えば嫌味の応酬、謎のマウント、直接的なディスり。普通に険悪だ。キャラだけでなく、関係もクールだ。冷え切っている。
何でこのゲームやろうと思ったんだっけ? 確かあの頃クーデレ系乙女ゲームをやるきっかけも、俺様に飽きてきてクールで素っ気ない人達が多いゲームがやりたくて。それで友達と一緒に始めたんだった。
……でも1度飽きたとはいえ、なんだかんだこういう典型的な俺様キャラも嫌いじゃないんだよなあ~と、私はニヤニヤと画面を見つめる。
「韓国ドラマのヒーローって皆こんな感じじゃない?」
「俺様で強引ってこと?」
「そうそう。相手の気持ちなんかお構い無しで自己中心的な人」
ま、まあ、ヒロインも嫌がりつつも満更でもないからいいんじゃない? 嫌よ嫌よも好きのうちって言うしね。
「でも確かに。赤也の言う通り、雅こういう人が出てくる韓国ドラマばっか見てるよね。そういうの好きなんだ?」
「でも1番の理想はお兄様ですよ?」
「それはありがとう」
私のラブコールにお兄様は笑顔で応え、僕も雅みたいな子と将来添い遂げたいなと言ってくれた。
あ~~~! 将来のお兄様のお嫁さんが羨ましい! 代われるものなら代わりたい!
委員長は私のことお兄様の妹で羨ましいって言ってたけど、妹ってことは結婚出来ないんだよ!? ある意味世界一不幸な女の子よ、私!
『──守ってやるよ、俺がお前を。だからお前は俺のそばにいろ、俺から離れるな。お前は俺に安心して守られてればいいんだ』
画面の俺様強引イケメンは、かなり上からヒロインにものを言う。
けれど、言っていることが思いやりに満ちていて、思わずときめかずにはいられない。きっとこれを見た女の子はみんな頬を上気させ、瞳をキラキラとさせていることだろう。今の私みたいに。
「素敵ね……っ!!」
「……え、そう? 今の台詞そんなに素敵だった?」
赤也もお兄様もこの素晴らしさがわからないなんて……。2人は女の子じゃないからときめかなかったのか。じゃあ、仕方ないな。
「だいたい『守ってやるよ』って上から過ぎない? 自分が自分の好きな人を守りたいだけなのに、一々命令口調なのはなんで? この人は普通に話せないのかな?」
「えー……」
それはそうなんだけどさ~。どうやら赤也は前々から韓国ドラマに出てくる俺様強引イケメンに疑問を抱いていたみたいだ。実際いないもんね、こんな人。
「じゃあ赤也だったらなんて言うの?」
「……そうだなぁ、『僕が君を守るよ。だから君は決して僕のそばから離れないで』とか?」
「~~っ!! いい! とってもいいわっ! 俺様もいいけど赤也みたいな正統派もいい!」
「はは、よかったね赤也」
「お兄様でしたら何て言いますか?」
「うーん、『僕に、君を守らせて欲しいんだ。そのために、君のそばに居続けることをどうか許して』……とか?」
「……懇願系ですねっ!! いいです! 上からではなく下から来る感じが!」
「……上からでも下からでも、結局なんでもいいんじゃない、姉さん」
なんでもは良くないのよ、赤也。ただ赤也もお兄様もセリフにマッチしてて素敵だったから、ときめきが脊髄反射しちゃったのよ。
……うん、赤也の呆れ顔で少し冷静になったわ。落ち着こ、私。韓国ドラマ見るといつも興奮しちゃうんだよね~。
「……コホン。まあ、実際俺様なんかいないものね。いたとしても、よっぽどイケメンじゃない限り許されないと思うの」
「いや、イケメンでも上から来られたら腹が立たない?」
「うーん、逆に良いみたいになるのよ。腹が立つけど嫌じゃないのよ」
「……はあ」
「複雑な乙女心なのよ」
そんなに難しいこと言ったつもりないんだけどな~。ほんと俺様キャラなんて現実ではファンタジーだからね?
実在しないからこそ、こうやって韓国ドラマで補っているのよ。いたらこの目で是非とも見てみたいなあ!
***
「……──瑠璃、おい瑠璃! 聞いているのか!」
……今日の目覚めは最悪だ。朝っぱらから大きすぎるこの声を目覚ましに起床するなんて、せっかくの夏休みなのにいい迷惑。
でも、それを言ってもきっとこの人は聞かないし、言うだけ労力が無駄なんだろうなあ……。この人に関して、私は色々と諦めている。
「……それで、何かご用ですか、──真白お兄様」
「この俺様がお前のドレス選びに付き合ってやると言っているんだ。早く支度しろ」
ええぇぇ~……。そんなことのためにこんな朝早く起こしたの?
「別にいいですよ真白お兄様に選んで頂かなくても。黄泉様にでも選んで頂きますわ」
だからもう1度寝かせてくれと、再度寝る体勢を取ろうとするも、真白お兄様に手首を強く引っ張られる。痛みからようやく開眼した私が見たのは不機嫌そうな彼の姿。……あ、失敗した。
「……ほう、この俺様よりも、あの西門家のガキがいいというのか? まさか、あいつに懸想しているわけではあるまいな。やめておけ、あんな男」
「だから違いますって! ああもう、めんどくさいですわね! わかりましたわ、すぐに支度するので私の部屋から出ていってくださいっ!」
「ふん、分かればいいんだ分かれば」
真白お兄様は、昔から黄泉様のことが酷く嫌いのようだった。憎んでいると言ってもいい。
なんでも以前黄泉様のせいでせっかくのチャンスを失ったとか?
それ以来、家族や親しい人以外には猫かぶりのお兄様は、他の方への接し方と同様に口調は優しく、けれども辛辣な言葉を彼にぶつける。
よっぽどそれが嫌だったのか、黄泉様もお兄様を見かけるとそそくさとどこかへ行ってしまうし、ましてやお兄様が在宅の時は絶対にうちに来ない。……あまり賢くはない私でもわかる賢明な判断だと思う。
「……まったく、お姉様もこんな人のどこがいいんだか」
本日2度目の余計な一言かつ本音。そしてそれを聞き逃さなかったのが、我が兄である。
「お姉様……? ああ『立花雅』のことか。あの鈍臭い女は俺様のことが好きなのか? フッ、なかなか見る目はあるようだな」
「こんな俺様ナルシシストなんかのどこが……はぁ、絶対青葉お兄様のが素敵なのに」
「何? あの女、青葉よりも俺を好いているのか……?」
「あ、いや……」
しまった。めんどくさいことになった。
「節穴にも程がある! 青葉のが素晴らしいに決まっているだろう!」
「見る目があるって言ったり、節穴って言ったり、一体どっちなんですか! あーもう、お兄様うるさい! いいから出ていってください!」
こうして、今日は私の予定は真白お兄様とのお買い物に決定したのだった。……どうせなら青葉お兄様がよかった。
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