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61 僕だってこんな可愛げのない糖分過多な令嬢と婚約だなんて嫌ですよ
しおりを挟む根本的に合わないんだろうと思ってた。最初見た時から直感的に。嫌味なくらい綺麗な顔で、誰からも愛されているあいつ──『一条青葉』のことが、ごくごく平凡な俺は気に入らなかった。
──はずが、慣れたのか今は別に普通だ。
「だからさあ、当たって砕けてみろよ」
「……砕けるの前提で話すのやめてくれません?」
それどころか、昼休みにこいつの恋愛の相談を受けるくらいの関係になってしまっているこの現状。……人生何があるかわからんものだ。
「だって立花、お前と噂される度にひどく怯えた顔をするんだ」
普通好きな人と噂されればそんな顔しないだろ?
俺の言いたいことが伝わったのか、一条は悲しそうな顔をする。……おい、そんな顔すんなよ! 俺がお前をいじめてるみたいじゃねえか!
俺達はテラスという人の目が多い場所にいるんだから、そういう表情をするのは控えて欲しいものだ。……横の令嬢の射るような視線が怖えんだけど!?
「……お前と噂されんの、良く思ってねえんじゃねえの?」
「……前野くんもそう思う?」
「あんま気づいてる奴いなさそうだけどな」
こんな完璧王子様みたいなイケメンと噂になって青ざめる奴、普通いないもんな。……つーか、立花くらい?
初めは一条のファンを恐れてかと思ったけどさ、よく考えてみればあの『立花雅』に対して何か出来る令嬢がいるとは思えねえんだよな~。
だってさ、そんなことしたら、一条に嫌われるだけじゃなく、それこそこの学園で居場所をなくすだろうしな。
そんなリスクを犯してまで、立花に何かする奴がいるとはやっぱり考えられない。
そこまで考えて、立花が怯える理由は単純に一条との婚約が嫌だからだと、俺は考えた。
「……あそこまで嫌われるって、お前何したんだよ」
「……心当たりが、」
「ないって?」
「いえ、ありすぎてわかりません」
「…………重症だな」
去年の12月。クリスマスの少し前に開かれた、桜子ん家のテーマパークのプレオープンの日。俺と桜子の距離が一歩縮まることが出来たのは、何を隠そうこいつと立花のおかげだ。その頃はこいつらもいい雰囲気だったんだが……。
『一条と立花って、婚約するんだろ? いつかは知らないけど、結構お似合いだと思うわ』
『ま、前野くんまで……そんなこと仰らないでくださいよ。……わたくし達の関係性についてよく誤解されるのですが、明確に否定しておかねばなりませんわね。ね、一条くん』
『え、いや、僕は別に……』
『わたくしは一条くんと婚約する気はありませんし、それは一条くんも同じです。婚約目前だとか、婚約間近だとか、不本意な憶測が飛び交うのはいい迷惑なんですよ、本当に!』
『……不本意、……いい迷惑』
『……お、おう……そうか』
俺は立花のそういう容赦ない所結構好きだが、心做しか一条の顔がどんどん暗くなっている気がする。
一条にこんなことを言ってしまえる立花のことを俺はすごいと思うけれど、同時に一条が可哀想だとも思った。
……立花は一条にデリカシーがないって言ったことがあるらしいが、俺からすれば立花の鈍感さもある意味でデリカシーがないと思う。
多分、一条は立花との婚約、満更でもないんじゃないか? 立花さえその気ならすぐにでも婚約したいくらいには。……肝心の立花はその気がまったくないみたいだがな。
そんな相手にここまでハッキリその気はないって言われたら、さすがの一条も落ち込んで言葉も出ないか。そういうところは、王子様も普通の人間も変わらないんだな。
『ええ、僕だってこんな可愛げのない糖分過多な令嬢と婚約だなんて嫌ですよ』
『……かっ、とっ……!? その言い方はひどくないですか!?』
『どっちが。君の方がよっぽどひどい』
なーんて、ことがあり、それからこいつらは会えば喧嘩ばかり。立花の前だと、普段は物腰の柔らかい王子様が、辛辣で強烈な嫌味を言い放つ皮肉屋に早変わり。
…………まあ、つまりは俺のせいだ。
「俺も余計なこと言っちまったって反省してるけどよぉ、……毎度毎度、もう少し言い方ないのかよ」
「……いや、僕だって言いたくて言ってるわけじゃ……売り言葉に買い言葉というか」
「今度はなんて言って怒らせたんだ」
「……笑顔が素敵だなって思ったから、『君はいつも楽しそうでいいね』って言ったんだ。そしたら『わたくしが能天気だと言いたいんですか?』って」
さすが立花だわ。常人にはおよそ計り知れない思考回路だわ。
「……そういう見方もあるんだなあ」
「感心してどうするんだい……」
ガクッと肩を落とす一条を見ていて、いたたまれない気持ちになる。
先程反省してると言ったのは嘘ではない。俺のあの時の発言はいささか軽率だったし、それが2人を拗れに拗らせてしまったのだから。少しくらい罪悪感がないわけではない。
「ダンスくらい、サラっと誘っちまえばいいだろ、優雅に、スマートに。お前そういうの得意そうじゃん」
「……簡単に言ってくれるね」
目下のこいつの悩みは、その冷戦状態の立花をどうやってダンスパーティーに誘うかだ。
つっても、パーティーは今年は冬。夏休み前のこの時期からそわそわしてる奴なんて珍しいと思ったのだが、新学期に誰かに誘われる前に誘っておきたかったらしい。
……って、だからなんで俺に相談するのかな、こいつは。
「また拒絶されたらどうしようって、怖くて思い通りに動けなかったりするんだ。……上手く自分のペースでいられない」
一条の言う拒絶ってのが、何をさしているのかわかんねえけど。立花から1度ひどく拒絶されたことは事実なのだろう。
やっぱすげーわ立花。その辺のフワフワしたお嬢様とは違うって思ってたけど、どうやったらこの男の自信をこんなにも粉々に出来るんだ?
「……もしかして、前言ってた好きだった令嬢って、……立花?」
「…………」
「えっ、マジで立花なの? 本当にいたんだ、一条に迫られて断る令嬢」
「残念ながら、僕は爽やかでキラキラした王子様じゃないから、振られてしまうことだってあるんだよ……」
あっ、やっぱ気にしてたんだ、そう言われるの。
***
まっすぐで端的な彼女の言葉は、時々僕の心臓を酷く刺激する。
自分がこんなに打たれ弱かったなんて嫌になる。
『やはり先程の言葉は訂正します。強引に君を僕のものにする気はありませんが、君さえ望んでくださるのなら、僕はいつでも君と婚約しても構いませんよ?』
以前の発言は、今では完全に失言だったと思える。
無意識とはいえ、随分と上からの物言いだし、かなり偉そうだ。
この後、もちろん僕のこの彼女への提案は却下されるんだけど、その時の拒絶が、僕は未だに忘れられない。
アフタヌーンティーを見ると、どうしてもあの日のことを思い出して、気分が悪くなる。
その後、色々あって何とか短い会話を交わす中にまでなったと思ったら、今では会えば喧嘩ばかりになってしまった。
原因は僕は双方にあると思っている。
どうやら彼女には僕が自分との婚約を望んでいるという発想はまったくないらしく、極めて残酷な事を鈍感というスパイスをかけて僕に提供してくる。
『一条くんも仰ってましたよね。わたくしなんかと婚約する気はないと』
確かに言ったね。無理矢理君と婚約しようだなんて思ってないって。出会った日に。……今はその時と状況が違うけれど。
『そもそもわたくしはあなたの理想とはかけ離れていますしね』
……それも、……言ったね。期待していた人とは違うって、初めて会ったあの日の別れ際に、確かに言ったね。
……ああ、自分の類まれなる記憶力が憎らしい。いっそ忘れてしまいたいのに、彼女との会話はいつも刺激的で、ユニークで、忘れがたくて……今も鮮明に思い出せてしまう。
「立花のこと、男子の中でも気にしてる奴、結構いるみたいだぜ。一条もうかうかしてると、誰かにとられちまうかもな」
「……だね」
そうならないためにも、手始めにダンスパーティーに誘って、彼女との距離を縮めつつ、他の男に牽制したいのだけれど、それさえもままならない。
自分の臆病さや回りくどさが僕は嫌いだ。前野くんが言うように、サラっと優雅にそしてスマートに誘える自信なんてこれっぽっちもない。
「ひょっとして、さっきの話で気分を害したか? 悪かったって、拗ねんなよ」
「別に……ただ……色々考えてしまっただけさ」
「……わかった。今度俺が2人で話せるようセッティングしてやるから」
「……本当かい?」
「ああ本当だ。お前って、どことなーく優さんに雰囲気似てるし、うん、きっと立花も好みのはずだ。大丈夫、自信持てって」
「ブラコンだもんね、彼女……」
そういえば、僕と優さんって彼女に対して同じ発言をしたらしいし、似てるのかもしれない。……でも、雰囲気似てるのかな? 自分ではよくわからないけれど、言われたことないや。
「僕が喜びそうな言葉を選んでません?」
「は? そんなことしてねーよ。何で俺がそんなめんどくさいことしなきゃならないんだよ」
彼の反応からして嘘は言ってなさそうだけど、にわかには信じがたい。
「だって、君は優しいから」
「……優しくなんかねーよ」
「今だって嫌っている僕の相談にのってくれてるし。やっぱり優しい人だよ」
「誰がいつそんなこと……」
「苦手なんだろ? 僕みたいな、『ああいう爽やかで王子様っぽい奴』」
「……まさかお前、あの時聞いて!?」
返事の代わりに微笑むことで、彼の言葉を肯定する。そう。以前偶然僕は前野くんと立花雅さんが話している所を聞いてしまったのだ。
だから知っている。彼が僕を嫌っていることを。もっと厳密に言うと苦手なことを。
「お前ずっとそんな風に思ってたのか? 自分が俺に嫌われてるって」
「君が僕の相談相手として最適なのは、黄泉や瑠璃みたいに僕を好いてくれているわけじゃないからだ。嫌いだからストレートに言ってくれる。そういう意味では、端的で言葉に裏表のない梓も適してはいるんだけど、恋愛は彼の専門分野じゃないから。その点、君は絶賛片想い中だし……」
「悪かったな、片想いで」
「そういうところ。思ったことを言ってくれる。……でも、君は優しいから、こんな僕でも気遣ってくれるだろう? それが少しだけ申し訳ないんだ。君の優しさは、君の好きな人たちにだけ分けてあげて。僕には分けなくていいから」
ただでさえ僕の都合でこうして会ってもらっているのに、優しくして貰うなんて申し訳がなさすぎる。
一応僕なりに彼を気遣っての発言だったのだけど、前野くんは盛大な溜息をついて頭を抱えていた。
「……お前は俺のことを暇人だと思っているのか? それとも、ボランティア精神溢れる知り合い?」
「……僕は別に、」
君のことを1度もそんなふうに思ったことはない。でも、そう思わせてしまったのなら僕の過失だ。
「なんで俺が、好きでもなんでもない奴のために、貴重な昼休み潰さなきゃいけないんだよ。それに、俺が誰に優しくしようが、一条に指図されるいわれはない!」
「……えっと、それは、つまり?」
「お前のこと、もう苦手じゃねえし、……お前のこと、とっくに友達だって思ってたんだよ。あいつだけじゃなく、お前にも片想いかよ俺は!」
「……えっ!!」
「いや当然だろ!? 何びっくりしてるんだよ」
やっぱりちょっと信じられない。だって、僕はこの耳でちゃんと、聞いたんだ。
「俺がお前のこと好きになっちゃ悪いかよ! 人間なんだから気持ちが変わるのは当たり前だろ!?」
──感情は変化する。そうだ、誰よりも僕がそうじゃないか。立花雅さんへの気持ちが変わってしまって、でも昔の発言から彼女は僕の気持ちが以前のままだと思い込んでいて……。
──そして、それは僕も同じだった。
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「……あのさ、連絡先教えてくれる?」
「なんだよ、急に」
「僕よくそう言われるんだけど、僕の中では全然急じゃないんだ。……あの時君らの話を立ち聞きしてしまったのは、そもそも君と友人になりたくて、……連絡先を聞こうと思ってたからなんだ」
「……いつまでも黄泉を介して会うのも違うしな。いいぜ、青葉」
「本当かい!? ありがとう、前野く──えっ、今なんて?」
「グズグズしてると授業に遅れるぞ~」
授業まで、まだ十分な時間があった。今からゆっくり歩いて教室に戻っても、遅れることは決してないだろう。
そのことを伝えようと思ったけれど、彼の赤く染まった耳を見てやめた。
「待ってよ、シローくん」
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