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53 わたくし達は幸せ者ね

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「今日も用事なの?」
「うん、ごめんね桜子」


 ここ数週間、雅ちゃんは黄泉様と用事があるようで、とっても忙しそうにしているから、葵ちゃんと2人で昼休みを過ごすことが多かった。

 けれどもここ数日、急に葵ちゃんも忙しくなってしまったのだ。うーん、なんだかつまらないわ……。

 そもそもわたくしって、そんなにお友達が多い方じゃないのよね。だから、雅ちゃんと葵ちゃんが相手にしてくれなくなったら独りになってしまうのだ。

 いつもなら、シローがなんだかんだ一緒にいてくれるんだけど、そのシローも今は喧嘩中だし。こういう時、いつもシローに甘えてたんだなぁーって実感するわ。

 だけど散々避けてしまったわたくしが、今更どの面下げてシローに話しかければいいのか……。

 シローもシローで、わたくしに話しかけてもどうせ避けられるとでも思っているのか(反射的に避けてしまいそうだから否めないんだけど……)、最近は話しかけてもくれない。

 そのことに、わたくしは、もう彼の悲しむ顔を見なくて済むと少しだけホッとする反面、少しだけ悲しくなった。来たら来たで避けるくせに、来なかったら来なかったで悲しいなんて。


 自分はなんてわがままなんだろう。だから未だに王子様も現れないのだと、堂々巡り。


 明日はお父様が運営するテーマパークのリニューアルオープンの日だというのに、わたくしの心はじめじめとしていた。

 今日は早く帰って体調だけでも整えておこうと帰りの支度をしていると、頭上から声が降り注ぐ。


「まだ支度終わってないの? ほら、さっさと行くわよ」
「葵ちゃん!?」


 クラスが違う彼女がここにいることに少しだけ驚いたが、今は放課後だ。休み時間に比べて比較的担任の先生からの注意も緩やかになる。彼女がわたくしのクラスに入って目くじら立てるような人などありはしない。

 それに本来注意を促すべき委員長はわたくしだ。注意されないことを見越しているのか彼女は我が物顔で我がクラスに居座る。


「……放課後とはいえ、よそ様のクラスでそのように堂々と振る舞えるのは葵ちゃんくらいね」
「こういうのは堂々としてる方がバレないのよ。その点雅はすーぐ挙動不審になるからバレるのよ」
「……それは、否めないわね」


 「すみません失礼致します……」と言って申し訳なさそうな顔をしながら、うちのクラスに入ってくる雅ちゃんの姿が想像にかたくない。

 あの立花家の一人娘を叱ったり注意する先生なんて、それこそ限られてくるだろうし、何をそんなに怯えるのかと訝しむほど彼女には自分の立場への自覚がない。つまり腰が低すぎるのだ。

 黄泉様ほど鼻にかけろとは言わないが、もう少し自分の立場を自覚して堂々としてもいいのに……と、親友ながらに心配に思う。


「って、ここでこんな話をしている暇はなかった。その雅が待ってるわよ。速くいきましょ」
「え、ちょっと待って。全然状況が読めないんだけど……わたくし達これからどこに行くの?」
「ついてくればわかるわ」


 それは全く質問の答えになっていないのでは? と気がついたのは麗氷3校共通で使えるサロンに着く少し前のことだった。



***



 葵ちゃんが連れてきた本日の主役の1人である彼女は室内を見るなり感嘆の声を漏らす。喜んで頂けているようで何よりだ。

 こういう時、私とは違い、感情が顔に出る桜子ちゃんみたいな令嬢の方が、サプライズのしがいがあるってものだ。


「雅ちゃんに黄泉様、それに赤也くんまで! ……今日誰かのお誕生日か何かでしたっけ?」


 状況がよく理解出来ていないのか、桜子ちゃんは「わたくしプレゼントお持ちしていませんわ……」と見当違いな心配をはじめる。大丈夫よ。今日は誰の誕生日でもないから。


「最近、桜子ちゃん元気なかったでしょう? だから、元気出して頂けたらなぁーって思って、サプライズパーティーを開いて見ました」
「……わたくしのために?」
「それに、たまにはみんなで集まってワイワイするのもいいかもしれないなぁーなんて」


 それらしい理由も後付けで告げる。桜子ちゃんに気を遣わせたくなくてあからさまに言い訳をしてしまったが、素直な彼女はただ私達がパーティーをしたかっただけだと言葉通り受け取ってくれたようだ。よかったよかった。

 ちょうどいいタイミングで扉をノックする音が聞こえる。はーいと返事をすると、美しき異国を思わせる瞳を持つ兄妹がドアノブを捻り扉を開けて部屋に入ってきた。


「立花雅さん。今日のパーティーのフードは、受け付けで事前に用意して頂いていた、こちらで良かったですか?」
「受け取りありがとうございました。確認しますのでこちらにおいてください」
「お姉様、わたくしも一緒に確認しますわ!」
「ありがとう瑠璃ちゃん」


 私の方までお食事を運んできてくれた一条くんは、私の隣りで石のように固まってしまっている桜子ちゃんに気づくと自己紹介をはじめる。

 しばらく返事のない彼女に青葉は不思議そうにしていたが、私には彼女の気持ちがよく理解出来た。わかるよ~、なんたって相手はあの『一条青葉』様だもんね~。

 桜子ちゃんは、青葉の顔を見ながら熱に侵されたようにぼーっとなっていた。

 そしてそれを少しだけ不機嫌に黄泉が見ていて、赤也はよくわかっていないのか小首を傾げている。

 そりゃ、桜子ちゃんじゃなくてもぽーっとしちゃうわよね~。


「こんなにお近くで青葉様を拝見出来るだなんて……思わず恋をしてしまいそうです」
「ははは、大げさですね」
「いいえ、とんでもないです! 青葉様は麗氷の王子様ですものっ!」
「そうなんですか? よく分かりませんが、ありがとうございます」


 爽やかに微笑む彼に桜子ちゃんはきゃあっと可愛らしく悲鳴をあげる。

 ……ま、眩しい!! 青葉の笑顔がとても眩しくて、目が眩みそうになる。それこそまるで、あのゲームの『一条青葉』みたいな素敵なスマイルだ。


「今日の一条くんどうかしたんですか?」
「どうかって?」
「なんだか、いつもより笑顔がキラキラ輝いていらっしゃるように見えません!?」


 ひそひそと2人に気づかれないように黄泉に問いかける。あんなにニコニコ楽しそうな青葉初めてみたよ!? 他の令嬢にもあんなにニコニコするの!?


「青葉は基本令嬢にはあんな感じだよ~。雅への対応が異常だっただけ~」


 そう言えば、初めて会った時の青葉もあんな感じだった気がする。恐怖に心を支配されていたので朧気だが、確か素敵な言葉とスマイルをくれた気がする。あの時の私は、こんな悩殺スマイルを前に、よく平気でいられたな……。頬を染める所か青ざめた記憶さえあるぞ。


「そんなに2人のこと気にするってことは、もしかして嫉妬でもしてるの~?」
「……嫉妬?」


 ……私が、嫉妬? 黄泉の言葉を咀嚼し飲み込む。たしかに言われて見れば、嫉妬していたのかもしれない。


「……そうみたいね。わたくし、親友を取られて悔しかったのね。……いつも雅ちゃん雅ちゃんって、可愛らしく駆け寄ってくれた桜子ちゃんが、今は一条くんに夢中なのが気に食わなかったのね……」
「え、そっち?」
「それ以外にある?」
「まあ別に、オレの勘違いだったんならいいんだけど……」


 黄泉は独りぶつぶつボヤいていた。変な黄泉。いったいどうしたのかしら?

 彼のいつもとは異なる様子に私は心配になったが、黄泉が大丈夫だと言うのでそのまま放っておくことにした。


「悪い、遅れた」
「お待ちしておりましたわ! さあさあこちらへ!」


 本日のもう1人の主役のご登場に、青葉に夢中な彼女はまだ気づいていない。部屋へ入るなり、前野くんは寂しそうに彼女の方へ視線を移す。


「……相変わらず、だなぁ」
「何がですか?」
「いや、いつだってあいつは、ああいう奴に夢中だなと思っただけさ」


 青葉を見て、ああいう奴と前野くんは称す。それはどういう奴? 以前言っていたような爽やかで王子様のような方?

 そう思って彼の横顔をちらりと一瞥する。私はその目には見覚えがあった。私が彼らを見ていた瞳と同じだった。


「もしかして、ヤキモチですか?」
「はははっ、立花は本当に直球だな。立花のそういう所、俺は結構好きだぜ」
「えっ、……そこまで笑うことですか?」


 好きだと言ってくれているのに、馬鹿にされているように感じるのはどうしてだろうか。ひとしきり笑いきってから、彼は「……でも、そうだな」とつぶやく。


「立花の言う通り、ヤキモチかもしれないな」
「大丈夫ですよ。ヤキモチなんて焼く必要ありませんよ。だって、前野くんはとても素敵ですもの。自信持って下さい」
「……──よりも?」
「えっ?」


 彼の言葉が、一部聞き取れなくて、私はもう1度言って貰えるように「すみません、今何て言いましたか」と聞き返す。


「いや、やっぱり何でもない。ありがとうな、立花。それにみんなも」


 そう言って、ぐるりとここにいる皆に視線を移動させる。彼が言っていた言葉が気になったけれど、言わないということは大したことではなかったのだろう。


「ほんっと、感謝してよねえ~」
「おう。ここまでしてもらったんだから、ちゃんと仲直りしないとな!」
「前野くん、その意気ですわ!」


 彼はそう言うなりまっすぐ桜子ちゃんの元へ歩き出す。頑張って前野くん!!


「一条、ちょっと桜子借りていいか?」
「彼女は別に僕の所有物ではありませんが、話をしたいのならどうぞご自由に」
「なら借りるわ。行くぞ、桜子」
「シロー!?」


 今ようやく前野くんの存在に気づいた彼女は、大きな瞳をより大きくして驚いていた。正直前野くんの顔を見たら怒って、「わたくし帰りますわっ!」って出てっちゃうんじゃないかと思っていたから、そうならなくて良かった。

 桜子ちゃんの手を引っ張るなり、前野くんは青葉とも私達とも少し離れた所で勢いよく頭を下げた。



***



「すまん! この通りだ。俺が悪かった」
「え、ちょっ、みんな見てるわよ?」


 大好きな真白様の弟君でもあり、わたくしの理想の王子様でもある青葉様とお話をしていたら、突然シローが現れてものすごく驚いてしまった。

 しかも個室とはいえ、他の人達も見ている前で彼はわたくしに勢いよく頭を下げたのだ。確かに怒っていたけれど、何もそこまでしなくても……と、わたくしは慌てる。


「そんなこと別に構わない。桜子が許してくれるのなら……」


 この状況で許さないなんて言える方はいるの? もしいらっしゃるのなら是非ともそのお顔を拝見したいくらいだわ。だって、そんなこと、少なくともこのわたくしには無理だもの!


「あーもうっ! わかったわよ! ここで許さなかったら、わたくし完全に悪者じゃない!」
「仲直り、してくれるのか!?」
「……ええ、わたくしも少し意固地になっていた部分もあるし……」


 そんなに喜ばれると悪い気はしないし、なんだかもういいやって気になってくる。


「それにね、怒り続けるのにもすごくエネルギーがいるの! さすがのわたくしも怒り疲れちゃったわ」
「……桜子」


 それに、本当はわたくしだってシローいない日常は限界だったのだ。だけど今まで散々避けてしまった手前、今更自分から仲直りを提案することなんて出来ないし、彼と向き合うきっかけが欲しかったのだ。


「よし、じゃあこれで仲直りね。……みんなもごめんなさい。わたくし達のためにこんな事までしてくれて」


 そして、そのきっかけをここにいるみんながくれた。おかげで彼の謝罪を素直に受け入れることが出来た。素直になれないわたくしには、きっとこんなふうにお膳立てされなければ謝罪を受け入れることは出来なかったはずだ。


「わたくし達は幸せ者ね。わたくしやシローには、心配してくれる人が何人もいる。とても贅沢な話ね」


 この数週間は、わたくしにはお友達があまり多くないのだと思い知るのには十分な時間だった。そして、それに今まで気づかないくらいシロー、あなたが傍にいてくれたんだってことも。


「……よかったわね、前野くん!」


 良かった良かったと喜ぶ雅ちゃんとシローはハイタッチをする。彼女に心配をかけたくないから喧嘩のことは言っていなかったのだけど、まさか仲直りのお膳立てまでしてくれるとは。本当、雅ちゃんには頭が上がらないなぁ……。

 改めてパーティーのために用意してくれたフードやドリンクで盛り上がっていた頃。思い出したかのように青葉様が「そう言えば」と言い出した。


「今回の前野くんと綾小路さんの喧嘩、一体何が原因だったんですか?」


 ……そうよっ!! そうだったわ!!


「シロー! あなたの好きな人って誰なのよ! わたくしには教えるべきでしょ!?」
「いや、そ、それは……」


 しどろもどろになるシローに、わたくしも堪忍袋の緒が切れた。


「シローのバカ!! やっぱりシローなんて知らないわーーー!!!」



***



 ほんっっっとうに、あの王子様はっ!!

 
 飛び出した桜子ちゃんを追いかけながら、空気の全く読めない金髪碧眼王子様に内心悪態をつく。やっと仲直りしたというのに、わざわざ蒸し返さなくても……。現に、そのせいで、こうして再び喧嘩が勃発してしまったではないか。


 追いついた時、肩で息をする私と桜子ちゃんに比べて、葵ちゃんと瑠璃ちゃんは涼しい顔をしていた。……この体力の差はなんだろう。

 前世の幼少期よりも圧倒的に運動不足なのは自覚しているが、さすがに自分の鈍足具合いが心配になってきた。

 お父様に頼んで何かスポーツの習い事でもしようかしらと、未だに息の整わない私は幾分かの情けなさを持ちながら考える。確かお兄様は弓道を嗜んでいたはずだ。黄泉はスポーツ全般一通り習ったって言ってたっけ。


「お姉様、大丈夫ですか?」
「……うん、はぁ、大丈夫、はぁ、よ。ありがとう、瑠璃ちゃん」


 瑠璃ちゃんは優しいなぁー。そもそも私がこんなに息切れしてるのも、元はと言えば青葉のせいだよね。……青葉め、と彼を恨めしく思ったが、確かに言われて見れば事の発端を私は知らない。

 一体何が原因で、桜子ちゃんはこんなに怒っていたのだろうか。

 前野くんはサマーパーティーが終わった頃から避けられているとは言っていたけれど、どうしてかは言っていなかったもの。


「……はぁ、はぁ。い、一条くんじゃないけれど、何が原因だったのか、わたくしも聞いてもいい?」
「……笑わない?」


 不安げな顔をする桜子ちゃんを安心させるように「ええ」と微笑む。すると「本当にくだらないことだったんです」とぽつりぽつりと話し始める。


「昔から、わたくしは好きな人が出来る度、誰よりも先にシローに伝え、相談してきたわ。彼は『許嫁』ではあるけれど、誰よりもわたくしの恋を応援してくれたし、辛い時は慰めてもくれたの」


 「聞いてシロー!」と彼に相談を持ちかける彼女の様子が目に浮かぶ。私に『許嫁』だとバレてしまった日のように、彼女の涙を1番に拭ってくれていたのは前野くんだったんだろう。

 
「そんなシローだからこそ、シローに好きな人が出来た時は、今度はわたくしが全力でサポートしようって、そう思っていたの。だから好きな人が出来たらすぐに言ってって、ずっと言ってたのに……」


 そこまで言うと彼女はうつむいて黙り込んでしまった。少し震えているように見えるのはきっと気のせいじゃない。

 「……桜子ちゃん?」と声をかけるも、返事はない。代わりに葵ちゃんが教えてくれた。


「シローくんには好きな人がいたのよ。それもずっと昔から。それをこの前のサマーパーティーで直接本人から告げられて、桜子はどうして自分に言ってくれなかったのかってずっと怒ってたのよ」
「……なるほど、前野くんに好きな人が。へー、好きな人ねぇ…………えええぇぇぇ!? あの、前野くんが!?」


 嘘でしょ!? 私と前野くんは初恋さえまだの恋愛音痴仲間だと思っていたのに!! ずっと好きな人がいるだと!?


「そうなの! あの、シローがよ、雅ちゃん!」


 あ、桜子ちゃんは思ったよりも元気そう。どうやら怒りに打ち震えていたようだ。


「……わたくしにとって、シローは家族同然で、互いに信頼し、わたくしがシローに何でも話すように、シロー何でも話してくれていると思っていたわ。……けど、違った。シローはそうじゃなかったのよ」
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