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52 ……まあ、青葉は時々びっくりするくらいデリカシーないよねぇ
しおりを挟む麗らかな日差しの注ぐカフェテラス。
親しい男女が過ごすにはピッタリなその場所で、とある麗しい令嬢と笑顔の素敵な王子様が2人っきりで愛を深めていたと、まことしやかな噂がこの学園で囁かれていた。
「それで? どうして青葉と雅が2人っきりでテラスにいるわけ? オレ聞いてないんだけど~!」
「それは事実なの、姉さん」
「ご、誤解よっ!! 2人っきりではなかったわ!!」
そう強く否定すると、まるで鬼の首でも取ったかのように、黄泉はニヤリと笑った。
「ふーん? 青葉とテラスにいた、ってことは認めるんだ?」
今のは明らかな誘導尋問じゃないか。
どうしてそんな事実をねじ曲げた噂が流れているんだ!
確かに以前私は青葉とテラスで少しだけ話をした。
けれどもそれは愛を深めるためなんかじゃなくて、前野くんからの相談にのるためで。
もっと言えば瑠璃ちゃん含め4人だったし、2人になったのも瑠璃ちゃんと前野くんがお菓子を取りに行ったあの一瞬だ。
というか、麗しい令嬢って誰のこと!?
もしその令嬢が私なら、噂の中の令嬢はあまりにも美化され過ぎている。
だって、能面日本人形だよ!?
どこが麗しいの!?
……青葉だって、……いや、笑顔の素敵な王子様で間違ってはいないなぁ。
だけどどうしてだろう。何故か釈然としない。中身は素敵な王子様ではなく、デリカシーの欠片もない、ただのぽんこつだというのに。彼の素晴らしい容姿が、それを完全にカバーしている。
現にこの前のアドバイスだって、少し……というかかなり役立たなかった気がするし。……自立ってなんだよ、と私は少しだけ遠い目をする。
「ちょっと何その目は。急に据わんないでよ……怖いんだけど~」
「僕らが姉さんを問い詰めるからですよ! 姉さん戻ってきて!」
世の中の不条理に虚しくなっていると、背後から声が聞こえた。
「なんだか賑やかだね。君の周りはいつもこうなの? 立花雅さん」
***
瑠璃ちゃんの連れてきた噂の王子様こと『一条青葉』のおかげで、何とか2人の誤解を解くことが出来た。
優雅にコーヒーを口に含む姿は相も変わらず美しい。ああ、そうやって静かに微笑んでいる時はこんなにも王子様らしいのに、どうして口を開くとあんなに残念な感じに……。
彼の顔を見る度に、私はいつも同じことを考える。本当に顔だけは好みのど真ん中である、と。
キラキラと輝くその瞳は角度によっては深くも淡くも見える。
美しいものというのはいつまでも見ていられるような気がしてくるから不思議だ。
それに、目鼻立ちはすっきりとしていて、肌も羨ましいくらい綺麗だ。その顔にうっとりとしない人なんていないんじゃないかとさえ思う。現に彼の隣りで椅子に腰掛けている黄泉もうっとりとした表情を浮かべながら頬杖をついている。
「なにか?」
無意識の内にジッと見つめてしまっていたらしい。青葉は不思議そうに私に尋ねてくる。
「いえ、別になんでもありませんわ」
「そうかい? ……ふふ」
「どうかしましたか?」
「いや、君って僕が見かける時、いつも必ず何か食べてるよね。以前太ったと言っていたけれど、そりゃこれだけ食べていれば体重も増加するよね」
「……っ!」
ひ、ひどいっ!!
全くもってその通りだけど、今回は言っていいことと悪いことがある!
青葉の言う通り、出会った時もダンスパーティーでも、そして今も、いつも何かしら甘いものを食べているけれど。
そんな言い方ないじゃないか!!
あまりにもデリカシーのない青葉の発言に、私はワナワナと震える。
「……一条くん。デリカシーって言葉を、ご存知ですか?」
「もちろん、知ってるよ。気配りや心配り、感情の繊細さだよね?」
「ええ、そうです。一条くんには、そのデリカシーが欠如しています。そして本人は無意識なので始末が悪いんです」
「え、そうかな? そんなこと言われたの初めてだよ」
言い切った後、すぐに後悔した。
ここには青葉大好き青葉贔屓の黄泉がいるのだ。こんな青葉批判などしたら、きっとまた責め立てられるだろうと私は予想していた。でも、違った。
「……まあ、青葉は時々びっくりするくらいデリカシーないよねぇ。多分前野の相談も、趣旨を履き違えて、とんちんかんなアドバイスでもしたんじゃない~?」
「そう! そうなのよ! よくわかったわね!」
「わかるよ、オレを誰だと思ってるの~?」
「あの西門家の末っ子で、一条くんの親友?」
「大親友ね」
「はいはい。そうですね~」
黄泉のすごい所は、決して盲目ではない所だと思う。
好きだから贔屓もするし、優先もするけれど。それは青葉がポンコツなことを言っていると正しく認識していながらなのだ。
細やかで俯瞰的と言うべきか、ネチネチして粘着質というべきか。
彼はこの歳にして物事を正しく見る能力が備わっている。つい主観的になってしまう傾向がある私には備わってない、素晴らしい能力だと思う。
「まあまあ、おしゃべりはそこまでにして本題にはいりましょう!」
そうだった。今日は黄泉や赤也にも意見を出して貰おうと思っていたんだ。
「せっかくわたくし達に相談してくださったんですから! 前野さん達のために何かしましょう!」
まだ納得のいっていないらしい青葉は置いておいて、瑠璃ちゃんが元気にしきる。
「何かって、例えば~?」
「そうですわねぇ……例えば夜景が綺麗なレストランとかはいかがですか? それぞれ別々にお2人を呼び出し、前野さんと綾小路様には、夜景が綺麗なレストランでお食事をして頂くんです! もちろん、お店の下調べや予約などは、わたくしが全て致します! お姉様には綾小路様を、黄泉様には前野さんを、呼び出して頂ければ完璧ではありませんか!?」
うーん、なるほどね。瑠璃ちゃんらしい何とも乙女チックなプランだ。
だけど、桜子ちゃんの性格上、食事の前に騙されたって知った瞬間帰りそうだし、騙した私は嫌われちゃわないかなあ? 桜子ちゃんに嫌われるのはいやだなぁ……。
それに、食事出来たとして、喧嘩してる相手と素敵なレストランでお食事をするのは気まづくないかしら? 何を話すの?
目をキラキラさせながら「お姉様、いかがですか?」とたずねてくる瑠璃ちゃんに、私が否定の言葉を言えるはずもなく。「瑠璃ちゃんらしいプランね」としか言えなかった。
うん、瑠璃ちゃんらしい、お節介すぎる男女の仲介大好きなおばさんみたいなプランだった。
「え、え~、それはないでしょ~……」
おそらく瑠璃ちゃん以外みんな(青葉がどうかはわからないけれど)が思ったであろう意見を、黄泉が代わりに代弁してくれた。
ありがとう、黄泉。普段黄泉はわがままで辛辣だと思うこともあるけれど、議論の場においてはあなたみたいな人も必要だと思い知りました。
「なら、そういう黄泉様のプランはどうなんですの?」
「オレ~? プランってほどじゃないけどねぇ。こういう場合は何もしないのが1番でしょ。そもそも喧嘩ってさぁ、2人の問題でしょ~? 下手にオレ達が何かして余計に拗れたらどうするわけ~? それに、そもそも前野なんかのために、どうしてオレが動いてあげなきゃいけないわけ~?」
「絶対最後のが本音じゃないですかっ!! 黄泉様めんどくさいだけですよね!?」
途中まで、黄泉の意見はとても的を射ていたと思う。……最後のはどうかと思うけど。
そうなんだよね、瑠璃ちゃんみたいな過干渉だと余計拗らせてしまう可能性もあるし。
でも、黄泉みたいに何もしないんじゃずっと2人はこのままな気がする。
せめてプレオープンの前までには、2人を仲直りさせてあげたい。
だって、せっかくのパーティーを桜子ちゃんと前野くんが楽しめないのは嫌だしね!
「姉さんはどう思う?」
「うーん、そうねぇ……」
まだ口論を続けている2人の存在を無視し、赤也は私に意見を求める。
「黄泉の言う通り、喧嘩は2人の問題だから、本来なら第三者であるわたくし達が介入するべきではないと思うの」
黄泉が瑠璃ちゃんに対し、そら見たかと得意げな顔をする。キィィっと瑠璃ちゃんは悔しそうにそんな彼を睨みつける。ほんと、仲良いなぁ。
「でも、瑠璃ちゃんの言う通り、今まで一方的に避けてしまっている桜子ちゃんは、前野くんと向き合うきっかけをなくしてしまっていると思うの」
今度は瑠璃ちゃんが鼻で笑った。そんな彼女に対し「ちょっと何その顔!」と黄泉は食ってかかる。……仲良いのはわかったけど、ちゃんと私の話聞いてくれてるかな?
少しだけ呆れ笑いを浮かべながら言葉を続ける。
「だから、わたくし達はそのきっかけを作りましょう」
今度は私が提案する番だった。
2人の間を取ったような中途半端なプランかもしれないけれど、私にとってはこれが最善のように思えた。
「いいんじゃないかな」
そんな私の意見に真っ先に同意してくれたのは、まさかの青葉だった。
私達の意見が合うなんて珍しいこともあるものだ。
初めて出会った頃は散々私の意見を否定していた彼が、今は私の意見を肯定してくれているとは。
「僕も、立花雅さんの意見に賛成だな。前野くんも、綾小路さんに謝りたくても、何かきっかけがないと、勇気が出せないと思うんだ」
それはまるで以前の私達のことを言っているように聞こえた。
互いに相手を傷つけてしまったと理解しているものの、謝る機会を逸してしまっていた私達には、和解するきっかけが必要だったのだ。
1曲ダンスを踊ることが私達にとってはそれで、彼はそのことを少しだけ大袈裟に『和睦』と称した。今でも『和睦』は大袈裟だったと思う。
思い出したらなんだかおかしくて、笑みを向けてくれる彼に、私も微笑みを返した。
「……ちょっと~、オレが目の前にいるのにいい雰囲気を作らないでよねぇ」
「い、いい雰囲気なんて作ってないわよ!」
「そう? ならいいんだけど~」
未だに私達の仲を疑っているのか、黄泉は心底嫌そうな顔をしていた。
そんなに心配しなくても、あなたの大好きな青葉とは何でもありませんよ。
「お兄様とお姉様が親しくするのはいい事ではありませんか! もうっ! 黄泉様は少し狭量すぎますわ!」
「え~! ……じゃあ親しくしてもいいからさ~、必ずオレを間に挟んでねぇ~」
瑠璃ちゃんに怒られて渋々出した案がそれとは。
さすが黄泉だな、と思っていたら、その理由が「寂しいから」だと知り、不覚にもときめいてしまった。
黄泉にも可愛らしい所があるんじゃないか。まあ、うちの赤也には負けるけどね?
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