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43 別にこのままでいいですよ
しおりを挟む今日はダンスパーティー当日。この日のために用意した繊細な色合いのアイシーカラーのイエロードレスを着て、それに最も適したアクセサリーを身につけた。
パステルカラーよりも寒色に近いそれは、白黒はっきりとした色合いを着こなすことに長けている私に似合うらしい。
そう言われた時は、こんな淡い色が私に? って、かなり驚いたけれど、その反面すごく嬉しかったのは、まだ記憶に新しい。
「似合ってるじゃん、そのドレス」
「ありがとう。わたくしも気に入っているの、とってもね」
顔立ちが顔立ちだからか、モノトーンや紺、またははっきりとした原色などがよく似合う私は、淡い優しい色合いは驚くほど似合わないのだ。似合わなすぎて店員さんも苦笑いのレベル。
おかげで春夏はいつも苦労している。パステルを着ずに過ごすのがどれだけ大変か、昔の平凡で薄い顔の自分に教えてやりたい。
「それに、そのドレスの色。オレの色だしね~」
「お父様ったらあなたのスーツに合う色合いがいいってうるさくって……」
「あー、だからオレのスーツの写真が欲しかったんだ」
「そういうこと。ドレスはわたくしがあなたに合わせた。だからダンスはあなたがわたくしに合わせる番よ?」
「ククッ、なるほどそうきたか。はいはい、前向きに検討しとくよ」
黄泉のスーツは写真で見た通りの品の良さそうなベージュトーン。私とは違って彼は本当に淡い色合いがよく似合う。彼に合わせて私のパンプスもベージュ。
実はギリギリまでドレスの色は白と迷っていた。でも、試着の際お兄様がイエロー着るの珍しいけどよく似合ってるって言ってくれたから、やっぱりイエローに。
白いドレスはいつもよく着てるしね。たまには違うテイストにトライしたくなったことも、もちろん理由の1つではあるけれど、やっぱりお兄様の言葉が最大の理由かな。
お父様は最初からイエローを推してたんだけど、……ねえ? だって、お父様の親バカの色眼鏡のかかった意見よりも、中立なお兄様の方が参考になると思ったんだもの。
イエローに決めた時、自分の意見をあまり参考にしない娘がショックだったのか、お父様は少し涙目だったけれども、結果的に黄泉も喜んでくれてるし、2人の意見も採用したことになるんだから、良かったんじゃないかしら。
「はい、どうぞ」
近くにいた給仕からグラスを2つ受け取り、1つは私に差し出す。ちょうど何か飲み物が欲しいと思っていたから、こういう気遣いは純粋に嬉しい。
さすがは黄泉。意図的に女の子達に優しくするようになってから、女の子を喜ばすのが上手になったんじゃないかなと、どこからの視点で言っているのかよくわからないことを考える。
こうやってあの『西門黄泉』は出来ていくんだなぁ。
……いや、攻略してないからどんな人かは詳しくは知らないけどね。
そういえば黄泉の属性ってなんだっけ。俺様?
そんなことをぼーっと考え込んでいるうちに、あっという間にグラスは空に。
そのタイミングで、じゃあ行こうかと黄泉に言われる。せっかくのエスコートの申し出だけれど、先程からこちらをチラチラと見る女の子達が視界に入る。
おそらく麗氷女子に通う乙女達で、お目当てはもちろん私ではなく黄泉だろう。
わかるよ~、普段一緒にいると忘れがちだけど、これでも一応黄泉って美少年だしお話したいって憧れちゃうよね~。
きっと今は傍に私というパートナーがいるから話しかけることが出来ないのだろう。
私って、もしかしなくても邪魔者?
「ごめんなさい、黄泉。わたくし用事を思い出しましたので、失礼しますね」
「ちょっ、雅っ! あ、行っちゃった……ベストカップルになるためには、なるべく一緒にいた方がいいのに……もう~」
後ろから黄泉の私を呼ぶ声が聞こえたが、私はあえて振り返らず目的の場所まで目指す。もちろん、優雅に見えるギリギリのスピードで。まだダンスまで時間があるという甘い考えを持ち合わせながら。
あ、ここだ!
たどり着いたデザートコーナーでは、もう既にケーキの数も少なくなっていた。
とりあえず全種類1つずつ。シフォンケーキなんてラスト1つじゃないか。危ない危ない。そしてその隣りにたっぷりとホイップを添える。
だけど、まずは生クリームは付けずに一口。
……うんっ、美味しい~! 流石麗氷お抱えの料理人!
正直、ベストカップルを本気で狙う黄泉には悪いが、今日のパーティー私はダンスよりもこっちの方が楽しみだった。
私達麗氷幼稚舎に通う生徒は、基本的には給食で、アレルギーとか何か事情がある場合も、申請すれば専用の食事が支給される。
給食と言っても作って下さるのは、このように超一流のシェフ達。食事も前菜、スープ、主菜、デザートといったコース料理。
一応これも正しく美しい食べ方と立ち振る舞いを学ぶためという、教育の一環らしい。
だけど実際問題テーブルマナーなんて、ここの生徒達は今更学ぶ必要なんてない。日々の食事が、マナー教室みたいなものだもの。まあ、美味しければ私は何でもいいんだけどね。
中でもデザートが私のお気に入り。だけど子ども用に出されるコース料理のデザートなんて、私からすればすずめの涙。
本当はもっともーーっと食べたいけれど、公立の給食と違って麗氷の給食には、おかわりなんてものは存在しない。かつ、このデザート達はどれも麗氷でしか味わうことが出来ない貴重な1品。
とはいっても、中等部から学食を利用出来るからね。あと何年かしたら好きなだけデザートも食べることが出来るだろう。
しかし、ダンスパーティーという、せっかくのスイーツビュッフェの機会を逃す手はなかった。
最高だ。最高だよ、ダンスパーティー。あの鬼のような黄泉の特訓もこの幸福のためのスパイスと考えるとより美味しく感じる。
同じくスイーツを求めてやってきた桜子ちゃんや葵ちゃんと軽く談笑しながら、皿の上のケーキを食べ尽くしていく。
残りは大切にとって置いたいちごのタルトとさっき一口だけ食べて残しておいたシフォンケーキだけ。
どちらを先に食べようか迷っていたら、背後から「立花雅さん」と名前を呼ばれる。
「やあ、久しぶりだね」
振り返って、真っ先に目に飛び込んできたのは、目が眩むほど輝く金色。
「…………い、一条くん」
麗氷3校合同で行われるパーティーだ。当然彼だって参加していることは容易に想像がついた。
けれども、私は彼を一方的に見かけることはあっても、話すことなんてないと思っていた。ましてや、こんなふうに話しかけられることなんて。
私にがっかりした彼が、そんなことなかったみたいに、平然と話しかけてくる。そう、あの『一条青葉』が。
いちごのタルトを綺麗に一口サイズにフォークでカットし、今まさにそれを口に入れようとしていた時に声をかけられた私は、驚きのあまりそのままフリーズしてしまっていた。
すぐさま我に返って、一旦フォークを置き、急いで口を閉じて先程の間抜けな姿などなかったかのように令嬢スマイルを浮かべて彼に挨拶する。
口を開けたまま固まる私は、きっとかなり間抜けだっただろうが、青葉はそこには触れないでくれた。
「君は本当に甘い物が好きなんだね。見ているこっちが胸焼けしそうだよ……」
代わりに紡がれたのは相変わらずの嫌味。……ならスイーツコーナーに来なければいいのに。そう思ったけれど、もちろん私はそれを口にだしたりはしない。
あっちにご飯系も各種取り揃えてあるんだから、わざわざ食べもしないコーナーに何の用なんだろう。
このコーナーに何か用でもあったのかしら、と辺りを見渡せば、先程までそばにいた桜子ちゃんや葵ちゃんは気がつけば遠巻きに。
えっ? どうしちゃったの、2人とも。
いや、「雅ちゃん頑張れっ!」じゃなくてね!?
どうして私達の半径1メートル以内に誰もいないのよ!!
みんな遠慮しないでデザート食べな!?
「それ、美味しい?」
「え? ああ、これですか?」
内心あわあわしてる私とは違い、この男はマイペースなのか私のお皿にのるシフォンケーキに目をつける。
「甘さ控えめで、とっっっても美味しいと思いますわ」
「……へえー」
別途にホイップクリームがあったから、私はシフォンケーキのそばに山盛りよそったけれど。このくらいの程よい甘さなら、甘いものが苦手な人でも食べられるかもしれないな。
青葉はこのシフォンケーキが気になっているのか、私の皿の上にあるそれをじっと見つめる。
「……一口いります?」
「いいのかい?」
「……どうぞ」
残念なことに、このシフォンケーキは私が最後の1個をとってしまったからもうないのだ。
こんな大勢が見ている前であからさまに食べたそうにしている青葉を無視したら、立花家の令嬢はケーキ一口も渡さないほど食い意地がはってるなんて噂を流されてしまいそうで、それこそめんどくさい。
さっさと一口あげて立ち去ろう。
「はい、口を開けてください」
「えっ」
クリームのついてないところを一口サイズにカットし、フォークで刺して青葉の口元に運ぶ。
「一条くん?」
いつまで経っても青葉は口を開けてくれないので、私はずっとフォークを差し出したまま待機中。
そろそろ腕も疲れてきたので、もう1度彼の名前を呼び、「どうかしましたか」と尋ねようとした時にようやく現状を理解する。
「す、すみませんっ! いつも赤也やお兄様にしているので、その、……癖で……」
「…………」
「新しいフォークを用意しますねっ!」
何やってるんだ私は。これじゃあまるで私が青葉にあーんしてるみたいじゃないか。いや、みたいじゃない。してたんだ私は。
こんな公の場で、なんて醜態。
あー、恥ずかしい。恥ずかしさで死んだ人も実際いると言うし。私も今このままストレスにより、アドレナリンが大量に分泌されて、血流に異常が出て死に至るんじゃないかとすら思う。
「別にこのままでいいですよ」
愚かな私へのフォローなのか、はたまた何も気にしていないのか。青葉はそのまま私の右手首をつかみ、引き寄せてからフォークを自分の口元へ運ぶ。
「うん、美味しい。これなら僕でも食べられます」
そんな彼に私よりも先に周りの令嬢達がきゃあっと可愛らしく叫んだ。
私も叫び出しそうだったけれど、さっきの羞恥からか、彼の行動からか、私の心臓は激しく脈打ち、言葉を奪われてしまったかのように、何も言えなくなる。
全身が心臓になったみたいにドクンドクンと騒がしい。自分でもわかるくらい顔が熱い。
……ええい、鎮まりなさい! 私の心臓!
「そ、それはよかったです。わ、わたくし、新しいお皿、持って来ますので、そ、そちらは差し上げますわ。で、では、失礼します」
「あ、立花……雅、さん」
しどろもどろになりながらも、彼にお皿を押し付けて私は立ち去る。
顔の熱が引いてからも、彼に触れられた右手首だけは未だに熱を帯びている。焼き付くようにじんわりと。
……な、なんだこれ。
黄泉に右手を掴まれた時は、こんなふうにならなかったのに。
混乱していた私は、私を呼び止める青葉の声に気づくことはなかった。
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