クーデレ系乙女ゲームの悪役令嬢になってしまった。

瀬名ゆり

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31 ……立花さんってブラコンだったんだ

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 放課後になると次々とみんな帰って行く。多くは習い事があるからだ。他にも親戚の集まりや定期的に行われる婚約している相手の家族を含めた食事会など。

 私だって普段ならすぐに帰るところだけど、残念ながら今日はそうはいかない。帰りもお兄様を待たなくてはいけないからだ。

 ……お兄様と一緒に帰れることはすごく幸せだけど。この待ち時間はものすごく不毛だ。今日出た課題は授業中にパパッと終わらせてしまったし。こんなことなら家庭教師をして下さる先生にもっと宿題を増やして貰えば良かったわ。

 なーんて、己の行動を反省していた時、閉まっていた私のクラスのドアが開く音がした。


「……よかった、立花さんまだいたんだ~」
「え、西門くんっ? まだ残ってたんですか?」


 てっきり警備員さんかと思ったわ。でもどうして黄泉がまだここに残っているのか。


「……うん、どうしてもやらなきゃいけないことがあってねぇ。キミは優さん待ってるんでしょ~?」
「どうしてそれを?」
「昼休みに瑠璃に話してるのを聞いてたからねぇ」


 あ、なるほど。それで、か。確かにお昼休みにその話をした記憶はある。

 ちなみに、昨日お兄様を見たから瑠璃ちゃんからは、青葉お兄様と同じくらい優しくて妹思いの素敵な王子様と絶賛された。

 ふふん。そうでしょう。お兄様はとっても素敵なんですよ。自分のことを褒められたわけではないのに、まるで自分のことのように誇らしかったわ。

 そういえば、あの時の黄泉は変だった。普段なら自分の方が~と話に入ってくるのに、あの時はどこか上の空で虚ろな目をしていた。今だって、そうだ。私のそばに来たかと思えば、どこか遠くを見つめている。


「あの、……どうかしたんですか?」
「なにが~?」
「いえ、今日はなんだか……その、いつもと様子が違うような気がして……わたくしの勘違いでしたらすみません」


 気のせいだったらいいんだけど、少しだけ心配だ。……この前は、黄泉が困った時に私だってニヤニヤしてやるんだと意気込んでいたけれど。実際そうなると調子が狂う。黄泉がアンニュイな雰囲気なんて似合わないわ。

 ……もし悩んでいるのなら、友人の白川くんに聞いて貰ってはいかが? 私は友人ではないので力にはなれませんけど。


「キミのことを考えてた」
「わたくしのこと?」
「そう、立花さんのこと」


 まさか私のことで悩んでるとは思わなかったから、面を食らってしまった。……私何かしたっけ?

 少し居心地が悪くておずおずと見る。すると、いつものようなヘラヘラではなく、珍しく神妙な面持ちで私を見るから、なんだかバツが悪くなってしまう。

 なんか、心拍数上がってきた気がする。……よく見ると、いやよく見なくても、黄泉って綺麗な顔をしているし、そりゃこんなに見つめられたら誰だってソワソワするよね? 黙ってると本当に綺麗な顔をしてるからね。


「ねぇ、オレ達の関係って何? 立花さんにとっては、オレはまだ『ただの知り合い』でしかない?」
「……えぇっと」


 ん? 私達の関係?
 どうして急にそんな話になるんだ?


「……オレとキミは、『ただの知り合い』で……友達にはなれないの?」
「そうですねぇ……わたくし達、現時点で友人と呼ぶにはお互いのこと何も知らないじゃないですか」


 私があなたのことを知らないように、あなたも私のことを知らない。

 私が黄泉のことで知っていることと言えばそのナルシシストでひねくれた性格を除けば、レモンが好きなことと『一条青葉』の幼なじみってこと。あとは瑠璃ちゃんのことを少し苦手としていることと好きな人がいるってことくらい。

 ……あれ? 意外と知ってるわね。でも、すごく表面的なことしか知らないわ。あなた自身のことは何も知らない。

 そんな人のことを友人とは呼べないでしょう?


「……はあああぁぁぁ、『ただの知り合い』のために普通あそこまでする~? ……少しは友達って思ってくれてるのかと期待したのにぃ……」
「……何の話ですか?」


 大きなため息とともにしゃがみこむと、黄泉は勢いよく髪をくしゃくしゃにする。

 独り言のようでいて、私への恨み言のような発言。さっきから、話の意図がわからない。

 もっと結論ファーストに言ってくれませんか!?

 こちらには全くあなたの真意伝わってませんよ!


「やっぱりキミは可哀想な子だって話」
「ちょっ、まだ言いますかそれ」


 今それ言う必要ある? なんなの? 言いたいだけ?

 ……これだけ言われ続けると本当にそうなのかもしれないって思えてくる。……私って実は可哀想な子なのかしら? はっ! これは『刷り込み』よっ! いけないいけない。洗脳されるところだった。

 私は可哀想なんかじゃないわよ!

 大体どうしていつもそんなこと言うのよ!


「だってそうじゃない? オレなんか庇わないで、適当に協力すれば良かったのにさぁ。今回はたまたま彼女達も納得してくれたけど、もしかしたらキミもいじめられてたかもしれないんだよ? わかってる?」


 ようやく全ての点と点が繋がった。

 そうか。黄泉はあの時あの場にいたんた。そして聞いてしまったのか。彼女達の自分への不満を。そして私がその怒りを鎮めたことも。


「……聞いていたんですね」
「……うん、全部聞いてた。……そうやってさ、自分のことよりも、周りのことばっか気にして損してさ~。……そんなの可哀想じゃん」
「……西門くん」


 彼に言われた中で、こんなに優しい『可哀想』は初めてだった。

 今までは小馬鹿にしていたり、呆れながら言われることは何度もあったけれど。こんなにも私のことを思って言ってくれたのは初めてじゃないかしら?

 嬉しい反面、言葉のチョイスが黄泉らしくて思わず笑ってしまう。……もう少し他に適切な言葉があったんじゃないかしら? 本当、黄泉は優しさがわかりにくい。そんなんじゃわかんないわよ普通。


「やっぱりわたくしは可哀想なんかじゃありませんわ」
「……オレの話聞いてたぁ?」
「だって、こうしてわたくしのことを心配してくれる友人もいますし」
「……えっ、今、友人って」
「違いましたか?」
「ううんっ、違わないっ!」


 確かにあの時黄泉を庇ったことで相手が悪ければ私もいじめられていたかもしれない。何せ、あの『西門黄泉』をクラスの女子全員でガン無視しようとするパワフルな子達だ。もし納得してくれなかったら、私が『立花雅』だろうと関係なく、恐れずに何か仕掛けてきたかもしれない。その可能性は否定できない。

 だけど、一部始終聞いてしまった以上、私はそれを関係ないことだとは思えなかったし、何より黄泉・・が傷つく姿を見たくなかった。

 ……そんなこと、ただの知り合いには思わないわよね? 何よりこんなふうに素直に好意を示されれば、なんだか子犬に懐かれたみたいで悪い気はしない。今まですごく憎たらしかった黄泉が可愛く思えてしまうんだから、存外私も単純だ。


「……あっ、その代わりと言っては何ですが、彼女達にフォローしておいてくれませんか? 聞いていたとは思いますが、その~……少し事実と異なることを伝えたというか」


 結構嘘という名のスパイスを加えたからね。嘘だとバレたら、それこそものすごくややこしいことになるので、出来れば黄泉にフォローをお願いしたい。


「それはもう大丈夫。さっき謝ってきたから」
「……えっ!? もう!?」
「うん、言ったでしょ。どうしてもやらなきゃいけないことがあったって。彼女達に謝らないとキミと友人になんてなれないと思って」


 驚いた。さっき言っていたやらなきゃいけないことって、それだったのね。

 ちなみに黄泉はマッシュルームちゃんには犯人だと疑ったことをきちんと謝罪し、他のクラスの女の子達には照れて上手く話せなかったということにしたそうだ。この教訓をいかしてこれからは女の子みんなに優しくすると決めたらしい。

 うん、そうした方がいいと思う。また反感を買わないためにも! 女の子って人によって扱いが違うとか、結構敏感に察知するからさっ。


「……やっぱり、西門くんは悪い人じゃありませんね」


 黄泉が既に彼女達に謝罪していたことは、思いもよらぬ嬉しい誤算だった。



***



「雅、ごめんね待たせちゃって。今日に限ってホームルームが長引いたんだ……」
「いえ、わたくしは平気ですわ。1人じゃありませんでしたから」
「あれは……黄泉くん?」
「お久しぶりです。優さん」
「なんだ、2人は知り合いだったんだね」


 今まで雅から聞いたことないから知らなかったよと、お兄様は優しく微笑む。その笑顔にうっとりしていると、横で黄泉が「……立花さんってブラコンだったんだ」と呟いていた気がしたけれど、気にしないっ。


 お兄様が私達が知り合いなのを知らないのは当然だ。まあ、意図的に言わなかったからね。お兄様から両親に話がいくのを防ぐためだ。

 もし少し天然なところがあるお兄様が、なにかの拍子で両親に黄泉と私が知り合いだとでも言ってご覧なさいよっ。きっと舞い上がった両親に婚約を勧められるに違いない。現に黄泉は当初それを望んでいたしね。今はもう望んでないと言ってくれたけど。


「先程友人になったんですよ。ね? 西門くん」
「うん、立花さん」
「……え、さっき?」


 ええ、ついさっきなんですよお兄様。少し不思議そうにしていたけれど、そう、よかったねと、深く突っ込むことはされなかった。黄泉は私がお兄様を待っている間付き合ってくれていたので、車は既に停まっていた。

 あちらでドライバーさんが待っているというのに、黄泉はまだ何かあるようで一向に帰ろうとしない。まだ私に何か用があるのだろうか? あなたのドライバーさんが早くして欲しそうに見てるわよ?


「あの、さっ、……雅…………って、呼んでもいい、かなぁ?」


 なんだそんなことか。もっと深刻な話かと思ったじゃないか。確かに友人になったのに名字でさん付けは他人行儀よね。


「ええ、もちろんよ、黄泉。また明日、学校で」
「……うんっ、また……昼休みにっ!」


 じゃあねと元気よく黄泉は走っていく。……良かったですね、ドライバーさん。結構な時間お待たせしていましたからね。きっとお疲れでしょう。これでようやく帰れますよ。


「……なんだか青春の1ページを目撃した気分だよ。黄泉くんって、雅のこと好きなんじゃない?」
「ありえませんわ」
「わかんないじゃない」
「絶対、絶対、ありえませんわ」


 再度ありえないことを強調するとようやく納得してくれた。……お兄様本当に見る目ないなぁ。まあ、そこがお兄様のいいところなんだけどね。今も昔も純粋なまま、むしろ少し鈍感なくらい。


『オレの好きな人はね、──だよ』


 お兄様は可能性があると何か期待されてますけどね、ないんですよ絶対に。だって私はその相手が誰かを知っているから。そしてそれは黄泉にとっては誰にも言うはずのなかった秘密だった。


『お願いがあるんだ』


 黄泉の秘密を知った時、黄泉は私にあることを懇願した。その懇願はむしろ私にとっても好都合だったから、もちろん私は迷わず頷いた。


 ──しかし、その信頼をすぐに私は裏切ってしまうことになる。


 まさかこんなにもすぐに思わぬ形で裏切ってしまうことになるとは、お兄様と一緒に帰宅出来て上機嫌な私は考えもしなかった。

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