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温泉ソムリエ
洞窟温泉
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旅はいい。今回で自分が知らない町を案内してもらえる楽しさを知った。就職してから一人旅どころか、旅行にはめったに行かなくなった。休日返上で業務を終わらすこともあれば、一日ぐーたらして過ごす日もある。
車で一時間。次は熊本県小国町にある黒川温泉にやってきた。
高速道路や駅など慌ただしい日常から離れていき、田舎のか細い山道へと車は進んでいった。黒川温泉へ辿り着く前までの道のりは、隠れた秘境に向かうわくわく感があった。緑ゆたかな山々に囲まれ、三十軒の旅館が集まった『黒川温泉郷』。
「黒川温泉郷では三十軒の宿と里山の風景すべてを『一つの旅館』として考えられていて、それを表す言葉が『黒川温泉一旅館』と呼ばれている」
香水斗は運転しながら僕に説明してくれた。細い山道を運転するのが慣れていない僕は香水斗に運転を任せている。何度か運転を代わろうとしたのだが、だんだん細くなる道を見てハンドルを握る手がすくんでしまった。
「すごいな……日本にこんな場所があったんだ……」
遠くから黒川温泉郷を見る。ひとつひとつの旅館は小さく点在していて、旅館をつなぐ小道は細い。人通りがあるので通りたくはないが、かろうじて車一台が通れるほどの細さだ。
「荷物持って下りるぞ」
近くの駐車場に車を止めて目的の旅館に向かう。洞窟温泉がある新明館は、温泉中心街の渓流沿いに立つ。黒川温泉では古い歴史を持つ宿。旅館が連なる小道を進むと川の向こうに新明館が見えてきた。
趣のある家屋の香りは古風の風を感じた。ここでの目的は洞窟風呂。ひときわ趣のある露天風呂だ。ここの主人が自ら掘ったといわれる味わいのある名物風呂である。
「見た感じ、洞窟があるように見えないや」
僕と香水斗は洞窟風呂がある手前のコインロッカーに荷物を入れた。コインロッカーの近くには囲炉裏があり、煤の香りが漂ってくる。寒いので近寄りたくなるが、服に煤の匂いがつきそうで我慢した。
手前に女性専用風呂があり、その奥に『穴湯』がある。穴湯といっても混浴らしく、男性専用の岩戸風呂は宿泊者専用の露天風呂だ。
「しんけんきれいな顔じゃなあ、もしかしち芸能人の肩か? わしは温泉ソムリエの湯布院灯ち言う~よろしゅうお願いします~」
右目を長く赤い髪の毛で隠している青年が僕たちの前に立ち塞がった。というより、吹きさらし……いや開放的すぎる脱衣場で僕らを裸で出迎えていた。男同士とはいえ、近すぎる距離感に思わず僕は一歩下がった。香水斗は一歩も動いていないが。
「違う。一般人だ」
香水斗は答える。僕は芸能人よりな顔じゃないし、言われたこともない。香水斗が答えるのが一般的だろう。
新しい香りを創り続けることはすごく難しい。そのため、調香師には知識だけでなく、消費者のニーズや世の中の流れを読む目、そして芸術センスが問われる職業って香水斗は口すっぱく言っていた。
「温泉ソムリエ……」
聞いたことはあるが、よく知らない資格。僕の狭い価値観の世界がまた広がった。
車で一時間。次は熊本県小国町にある黒川温泉にやってきた。
高速道路や駅など慌ただしい日常から離れていき、田舎のか細い山道へと車は進んでいった。黒川温泉へ辿り着く前までの道のりは、隠れた秘境に向かうわくわく感があった。緑ゆたかな山々に囲まれ、三十軒の旅館が集まった『黒川温泉郷』。
「黒川温泉郷では三十軒の宿と里山の風景すべてを『一つの旅館』として考えられていて、それを表す言葉が『黒川温泉一旅館』と呼ばれている」
香水斗は運転しながら僕に説明してくれた。細い山道を運転するのが慣れていない僕は香水斗に運転を任せている。何度か運転を代わろうとしたのだが、だんだん細くなる道を見てハンドルを握る手がすくんでしまった。
「すごいな……日本にこんな場所があったんだ……」
遠くから黒川温泉郷を見る。ひとつひとつの旅館は小さく点在していて、旅館をつなぐ小道は細い。人通りがあるので通りたくはないが、かろうじて車一台が通れるほどの細さだ。
「荷物持って下りるぞ」
近くの駐車場に車を止めて目的の旅館に向かう。洞窟温泉がある新明館は、温泉中心街の渓流沿いに立つ。黒川温泉では古い歴史を持つ宿。旅館が連なる小道を進むと川の向こうに新明館が見えてきた。
趣のある家屋の香りは古風の風を感じた。ここでの目的は洞窟風呂。ひときわ趣のある露天風呂だ。ここの主人が自ら掘ったといわれる味わいのある名物風呂である。
「見た感じ、洞窟があるように見えないや」
僕と香水斗は洞窟風呂がある手前のコインロッカーに荷物を入れた。コインロッカーの近くには囲炉裏があり、煤の香りが漂ってくる。寒いので近寄りたくなるが、服に煤の匂いがつきそうで我慢した。
手前に女性専用風呂があり、その奥に『穴湯』がある。穴湯といっても混浴らしく、男性専用の岩戸風呂は宿泊者専用の露天風呂だ。
「しんけんきれいな顔じゃなあ、もしかしち芸能人の肩か? わしは温泉ソムリエの湯布院灯ち言う~よろしゅうお願いします~」
右目を長く赤い髪の毛で隠している青年が僕たちの前に立ち塞がった。というより、吹きさらし……いや開放的すぎる脱衣場で僕らを裸で出迎えていた。男同士とはいえ、近すぎる距離感に思わず僕は一歩下がった。香水斗は一歩も動いていないが。
「違う。一般人だ」
香水斗は答える。僕は芸能人よりな顔じゃないし、言われたこともない。香水斗が答えるのが一般的だろう。
新しい香りを創り続けることはすごく難しい。そのため、調香師には知識だけでなく、消費者のニーズや世の中の流れを読む目、そして芸術センスが問われる職業って香水斗は口すっぱく言っていた。
「温泉ソムリエ……」
聞いたことはあるが、よく知らない資格。僕の狭い価値観の世界がまた広がった。
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