香水のせいにすればいい

弓葉

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金木犀前線

金木犀の香りと共に思い出すだろう

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「何を入れたんだ? いつもと違うじゃないか!!」

 津幡さんは怒っていた。優しい人が怒ると、とても怖い。普段穏やかな声なのに、怒気を孕んだ声を荒げている。

 僕は初めて見る津幡さんを見て怖じ気づいてしまった。思わず香水斗の背中に隠れてしまう。真正面から向き合うことができなかった。

「ええ、毎年同じだと何も変わらないと思ったので」

 香水斗は動じずに手を組んだ。

「変わらない匂いをわたしは望んでいたんだ! 依頼と違うじゃないか……!」

 津幡さんは酷く取り乱していた。そして、僕を強く睨みつけてくる。

「……もしかして、志野くんの提案か? わたしが抱きついたからその報復として香水斗に提案したんだろ!!」

 津幡さんが僕に向かって掴みかかってきた。両肩を揺さぶられて、頭がぐわんぐわんと揺らされる。途中で香水斗が止めてくれなかったら、僕は気持ち悪くなって吐いていたのかもしれない。 

「津幡さん、落ち着いて下さい」

 香水斗は僕から引き剥がすようにして津幡さんの両肩を掴んだ。

「落ち着いてられるかっ! お前らに何がわかる。何も亡くしていないくせに……!」

 津幡さんは小瓶を床に投げつけた。パリン、と粉々に小瓶が割れてしまった。細かいガラスの破片が散らばっている。僕の心も同じ様に粉々に砕けてしまった。

 たしかに僕はまだ大切な人を亡くした経験はない。完全に津幡さんの心を理解できるはずもない。精々、寄り添える程度だ。

 津幡さんが小瓶を叩き割ったせいで、ラストノートが部屋中に漂い始めた。金木犀前線の匂いが混ざり合い、新しい匂いが浮かび上がる。

 すると、津幡さんはハッとした表情で僕を見た。

「津幡さん……?」

 僕は津幡さんの変わり様にビックリして固まってしまう。香水の匂いが津幡さんを変わらせた……?

 僕は不安になって香水斗を見た。

「フッ……」

 香水斗は誇らしげに笑っていた。まるで、この展開になると予測していたかのように。

「既存のルールにはまらない。大好きだった彼女の言葉。この香水で、思い出させてもらったよ。ありがとう……」

 津幡さんは泣いていた。泣きながら、拳を強く握りしめている。僕はいてもたってもいられなくて、津幡さんのところまで駆け出しそうになったが、香水斗が僕の手首を握って引き止めた。

 振り返ると、香水斗は首を横に振る。

 僕が行けば、香水の香りが霧散する。それは津幡さんの空間を破壊してしまうということだ。僕は手を振り払うことはやめて立ち止まった。
 
 津幡さんは膝をつけて泣き崩れる。僕はその様子を立ち尽くしたまま眺めていた。今まで見たことがない感情を目の当たりにして、この出来事は一生忘れないと心に誓う。きっと、金木犀の香りと共に思い出すだろう。
 
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