香水のせいにすればいい

弓葉

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金木犀前線

廃盤香水

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 津幡さんの家は一軒家の長屋だった。瓦屋根に石の塀。塀の上から見えるのは金木犀だった。中に入らなくても、吸い込まれるように訪問した香水斗のように僕も気になってしまうだろう。

 今はもう匂いの全盛期が終わっているからか、金木犀の匂いはそれほど強くはない。ただ、ほんのりと甘い匂いが漂っていた。

「さあ、入って入って。家に招くのは香水斗以来だ」

 津幡さんは嬉しそうに僕に向かって手招きをした。最寄駅で待ち合わせをし、津幡さんが運転する車でここまで来た。道中、ここのケーキ屋さんはおいしいと寄り道までした。

 僕はモンブランを選び、津幡さんはイチゴのショートケーキ。かわいらしいケーキを選ぶんだな、と思った。

 津幡さんは玄関の扉を開ける。ガラガラ、と横にドアを引いた。昔ながらの引き戸だ。

「お邪魔します……」

 田舎のおばあちゃん家のような間取りに親近感を覚える。玄関に置いてある靴はそれほど多くなく、綺麗に揃えられていた。

 用意されたスリッパに履き替え、家の中に上がらせてもらう。廊下が一直線に伸びていた。

「一人暮らしだからもの寂しくてね。静かすぎるだろう?」

 津幡さんは渇いた笑いをする。

「いえいえ、落ち着いていていいと思いますよ」

 僕は笑顔で答え、津幡さんの後ろについていく。客間へと案内されれば、すでに机の上には香水がところ狭しと並べられていた。

「すごい……!」

 職場にも調合するための香料が置いてあるが、こんなに多くの香水はない。

「少しずつ集めたんだ。香水は廃盤になったら一生同じものに出会えないからね」

 そういえば香水斗も言っていた。香水会社のマーケティングなのか、突然の別れが訪れることがある。まだ僕は経験したことはない。というより、廃盤に気付いていないのかもしれない。知らないうちに、生まれた匂いが人知れず消えていく。それはとても恐ろしいことに思えた。

「ただ、三年も経てば輝いていた世界が色褪せてしまう」

 香水には使用期限が決められている。香水の成分は簡単に言えば水と香料とアルコールだ。香料にもよるが、保存状態がよければ十年ぐらいか持つらしい。

「これも廃盤香水になってしまった」

 津幡さんは花の形をした小瓶を手に取る。香水の中身は半分以下にまで減っていた。




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