アルビノ崇拝物語

弓葉

文字の大きさ
上 下
48 / 59
第3章 ブラットの尻尾

母の助言

しおりを挟む
 遠い国に住む、遠い存在だった彼等が一気に身近に感じられた。だからこそ、他人事だと思えない。セリスロピィから出たいと思わないのだろう。

「こら、十月! そんなことしちゃダメでしょう」

 若い母の声だ。十月は小学生だった頃を回想していた。当時、飼っていたトイプードルに十月はちょっとしたイタズラを仕掛けた時の記憶だ。

「なんで? チャッピーにはわからないよ」

 チャッピーは十月のイタズラに気付いていない。クルクルと同じところを回り続けている。

「知恵をつけた動物は怖いのよ。気をつけなさい」

 母はそう言って十月を抱きしめた。

「……人間もね」

 小さく呟いた母の言葉。今まですっかり忘れていたのに思い出したのは、母の助言だろうか?

***

「うっ……」

 十月は目を覚ました。手足は縄で縛られており、地べたに寝転がらせられている。息をすれば吸い込みそうになる砂埃に喉をやられそうになった。

「コホッ、ゴホッ……!」

 十月は咳き込みつつ、必死に起き上がる。何度も地面に顔をぶつけながらも、なんとか座ることに成功した。

 視界は悪く、暗い。かろうじて壁に備え付けられた小さなロウソクが照らしている。暗闇の中に浮かぶのは黒い鉄格子だった。見ているだけでも、無機質な鉄格子は体温を奪っていくような感じがする。

 もぞり、と何かが動いたような気がした。目を凝らしてよく見てみると、大きな獣。いや、レベリオだった。

「レベリオ!!」

 十月は身体に縄が食い込みつつ、レベリオに近づく。

「うっ……十月か?」

 レベリオはいつもより元気がなかった。動きは鈍く、弱っているように見える。

「そうだ、俺だよ! よかった無事で……」

 十月の両目に涙が滲む。

「十月こそ無事でよかった。酷いことはされていないか」

 レベリオはなんとか十月がいる方向に身体を向けようとするが、図体が大きい分、十月のように上手く身体を動かせないようだ。

「それこそレベリオの方だよ。すごく弱っているように見える……」

 十月はレベリオの身体に触れようとするが、縄が手足に食い込み上手くいかない。思い通りにならない身体に苛立ち始める。

「相変わらず、お前らは仲がいいよなぁ……」

 聞き覚えのある声。十月は声がする方向に振り向いた。

「ブラット……なんのつもりだ!」

 十月は歯を食いしばりながら叫ぶ。ブラットは十月の声を聞いても、微動だにしなかった。

「トッキーはさ、日本に生まれてよかったね」

 ブラットの冷たい言葉に十月は息を飲みこむ。ブラットの感情に初めて触れたような感覚がした。

「深夜、彼女は男四人に突然襲われ、両腕を切り落とされてしまった。一緒にいた二歳の息子は事件の一部始終を目撃し、彼女のお腹にいた六ヶ月の胎児もろとも失った」

「切り取られた身体は闇マーケットにおいて高値で取引される。アルビノの身体を呪術に用いることで幸福をもたらすと迷信が信じられているからだ」

「白い毛で生まれたために、身体を切断され殺される。標的にされるのはセリスロピィで生まれた遺伝子疾患のアルビノたち。薄汚れた世界で繰り広げられるアルビノ狩り」

「そんな汚い世界をよりよいものにしようと行動するのはいけないことか?」
しおりを挟む

処理中です...