アルビノ崇拝物語

第2章 レベリオの右腕

手じゃなくて、心が。

　十月は答えられずにいた。目の前にいるのは間違いなく獣。言葉を話す獣人ではない。現に、十月は今のブラットが何を話しているのか理解できなかった。ベスティア語のような、獣の咆哮のような唸り声。

「ケモノダロ」

　ブラットの唸り声とともに辛うじて言葉が理解できた。ミシミシとブラットの身体が変形しているのか、骨が軋む音が聞こえてくる。

　十月は火照る身体を抱きしめながら立ち上がる。ブラットとの密室から逃げようとした。だが、肩から背中にかけて大きく負担がのしかかる。ズシリとした重みに十月は耐えきれず、押し倒された。

「っつ……！」

　膝を擦りむいたのか、ジンジンと痛みが広がる。手をつくよりも押し倒されるスピードの方が早かったせいで、顎も擦りむいてしまった。お尻に硬いものを押し付けられ、十月はどうにか逃げようとほふく前進をする。だが、ブラットが重くてどうにも進まない。

　ブラットは言葉にならない獣の言葉を発している。首筋に気配を感じて十月はすぐに両手でガードをした。オメガは発情期中にうなじを噛まれたら番になるという特性を持つ。ブラットはベータではなくアルファ。ベータなら番にはならないが、アルファだと番になってしまう。十月は貞操を守りつつ、うなじも守らなければならなかった。

「ウガァアアアア……！」

　ブラットの咆哮だ。十月のうなじを噛もうと、指をガジガジと噛んでくる。鋭い痛みが指から伝わってきた。だが、痛みに耐えかねて手を外してしまったら終わりだ。十月は痛みに耐えつつ、両手でうなじを守り続けた。さすがのブラットも十月の血を感じて正気に戻るかもしれない。そう信じて……。

　大丈夫、こんな痛み、慣れっこだろ……。

　義理の父から殴る蹴るの暴行はされて生きてきた。あの頃の痛みに比べたら、ブラットの牙なんて平気だ。それでも優しいブラットを知っているからかつらかった。

「ははっ……痛いなぁ……」

　手じゃなくて、心が。ブラットは噛むことをやめてくれない。それは、最初は優しかった義理の父と重ねてしまう。父さんも最初は優しかった。それなのに、数か月経ったある日、豹変したかのように十月に暴力を振るい始める。その日は性別診断でオメガと決められた日だった。