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魔王の勇者育成日記 2.ミルクは人肌に温めましょう
しおりを挟む 赤ちゃん勇者を攫って来た魔王。ぐっすりと眠る勇者を前に、黙々と育児書を読みふけるのであった。
「ねえカリフラワー」
「何でしょう、魔王様」
「人肌って何℃?50℃ぐらい?」
「何ですか人肌って」
「リヒトにご飯あげようと思ったんだけどさ、人間の赤ちゃんは母乳で育てるんだって。魔王母乳出るわけないから、このミルクってやつを作ろうと思うんだ」
魔王はカリフラワーに育児書を開いて見せた。
「なるほど。人肌ぐらいの温度にして飲ませるのですね」
カリフラワーは魔王が開いているページを隅々まで見た。
「何℃か書いてないですね・・・」
「でしょ?人間が何℃で生きてるかとか解んないよね。魔物体温でいいのかな?でも種族によって違うんだよねー・・・」
「氷点下の種族とか、50℃ぐらいの種族とか様々ですもんね」
魔族には様々な種族があり、それぞれ生態が異なっている。更に魔族は何かを操る能力を持っており、それによっても生態に個体差が出ることが多い。
上位種になればなるほど高度な能力を持つ者が多く、魔王は間違っても魔王なので上位種であり、カリフラワーもなんちゃって上位種である。
「あ、そうか」
カリフラワーはぽん、と手を打った。
「魔王様。リヒト様の肌の温度でいいのではないですか?」
「え、天才なの?」
「いえいえ、それほどでも」
カリフラワーは否定と見せかけて肯定した。
「しかし、リヒト様は今お休みなのですよね。下手に触って起こしてしまっても可哀想ですし・・・」
カリフラワーは子供部屋のクリーミーな色をした扉を見た。リヒトがおねむの時間になったので、魔王とカリフラワーはそっと退出したのである。目覚めるまでに子育てグッズを取り揃えておきたいものだ。ちなみにおしめは魔王がもう作った。
「うん、よく眠ってるからさあ・・・お腹空かす前になんとかしてあげたくってさあ・・・」
魔王はしょんぼりした(ようにカリフラワーには見えた)。
「初っぱなから人肌とかむつかしい言葉が出てくるなんて、難易度高いね、子育て・・・」
魔王はふう、と溜息を吐いた。魔族の子育ては割とテキトーなので、雑な母親だとその辺に生えてる草を与えたりする。魔族の胃腸はとても強靭なので、ちょっとやそっとの不衛生はへっちゃらである。トリカブトを大量に食べたら下痢になるかもしれないレベル。
「そういえば、私の親戚の子が前々から魔王様の下で働きたいと申しておりまして、履歴書を預かってきました。人間のことにも詳しいので、魔王様さえよろしければ、ベビーシッターにでもしてやって下さらないでしょうか」
「えっ、ろくに給料払えないけど大丈夫???」
「はい。その辺はちゃんと話してあります。ただ、引き継ぎがありますので、籍は今勤めている役所に置いておきたいとのことです」
「えっ、役所勤めの方なの???一体どんな・・・」
魔王はカリフラワーから受け取った履歴書をしげしげと眺めた。
勇者歴○年 第一大学法学部 入学(最高学府)
勇者歴○年 第一大学法学部 卒業(最高学府)
勇者歴○年 内務庁執務室 入庁(国を管理する組織の官僚)
勇者歴○年 内務庁執務室 第一秘書室 配属(国を管理する組織の最高責任者の秘書)
勇者歴○年 内務庁執務室 第一秘書室 室長就任(国を管理する組織の最高責任者の秘書長)
「ちょっと待って」
「何処か至らぬ点でも!?」
「至りすぎだよ!!お前の親戚スペック高すぎて怖いんだけど!?」
「自慢の子です!」
えっへん、とカリフラワーは胸を張った。魔王が戸惑うのも無理はない。東大出で霞ヶ関で働いている官僚のような人物が、コンビニのバイトの時給より低い給料なのを承知で雇われたいと言ってきているのだ。そんなの雇う方が戸惑う。
「えっ、本当にいいの???止めた方がいいんじゃないの???親御さんはそれでいいの???」
「子供のやりたいようにやらせるのが親の務めだと申しておりました」
「ご立派!!」
魔王は完全に気後れしていた。こんなすごい経歴の持ち主が何故、従者が一人しかいない魔王なんぞに仕えたいと思うのか。
「だって第一秘書室の室長って言ったら、もう何万人ている役所の人達のリーダーじゃん・・・何で魔王???何で魔王なの?????」
「実はもう呼んであるんです。入って来させてもいいですか?」
「展開早ッ!!」
混乱している魔王を放置し、カリフラワーは入口に向かって呼び掛けた。
「コスモス~、入っておいで~」
「ちょ、まっ、心の準備が!」
魔王が制止するも間に合わず、キイ、と軽い音を立てて扉が開いた。
扉の向こうから現れた姿を見て、魔王は言葉を失った。
高位の官僚の制服を纏った細身の体躯に、緩やかにウェーブの掛かった髪。柔らかな笑みを浮かべる美貌の横で、小さく編まれた三つ編みが揺れる。
「お初にお目に掛かります、魔王様。私はコスモスと申します。以後、お見知りおきを」
中性的な美しい若者が、鈴を転がすような声で挨拶し、魔王に頭を下げた。
「えっ、あっ、うん。我が輩魔王です」
残念な挨拶をする魔王の横で、カリフラワーが吹き出した。大抵この親戚の子を紹介すると、皆決まって呆けたような反応をする。実はそれを見るのが楽しくて仕方がないカリフラワーである。
「ええーと、そのー、コスモス、さん」
「コスモスとお呼び下さい魔王様」
「はい。えっと、じゃあ、コスモス」
「はい、魔王様」
玉座の上でそわそわしている魔王を見ながらカリフラワーは必死に笑いを堪えている。雇う側のほうが確実に緊張している。
「その、履歴書を見たんですけどね」
「はい」
「第一秘書室の室長なんですって?」
魔王の言い回しがオネエになったので、カリフラワーは堪え切れずに噴き出した。
「はい。長官付き第一秘書をやらせて頂いております」
「いやー・・・その、そんなにすごい仕事してるのに、何で魔王の下で働きたいんですか?」
「仕事に貴賤はございません。私は以前より魔王様の下で働きたいと志願しておりました。その為に経験を積もうと職務に励んで来たのでございます。この度、魔王様が人手を必要としていると叔父に伺いました故、こうして御前に参じた次第でございます」
台詞のレベルが大分違うなあとカリフラワーは二人の会話を聞いて思った。
「うん、えっと、コスモスが本当にいいなら、魔王としては大歓迎なんだけど・・・本当にいいの?仕事と言っても、赤ちゃんのお世話とかになっちゃうんだけど・・・」
「勿論でございます。リヒト様のことも叔父から伺っております。是非、私をお使い下さいませ」
「えっ、カリフラワー、リヒトのこと喋ったの?ナイショだったのに」
「大丈夫ですよ魔王様。あれだけ大騒ぎしたので、この近辺の住民はもう知ってますから」
「えええええええええ」
「それよりもコスモスは採用でよろしいんですか?」
「あっ、うん。よろしくお願いします」
魔王はコスモスに向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「はい、魔王様」
コスモスは胸に手を当て、敬礼をした。
(スピード採用・・・)
カリフラワーは面接もバイトみたいだなと思った。
「じゃあ、早速なんだけど、リヒトにミルクを作ってあげたいのね」
「はい」
「育児書読んだんだけど、人肌が何℃なのか解らないのね。コスモス、知ってる?」
「はい。私も何冊か育児書を読んで参りましたが、36~37℃が適温のようです。人間の赤ちゃんには熱いという感覚が無いらしく、下手に熱いものを飲ませると体内を火傷する恐れがあるようです」
「!!」
魔王は蒼褪めた。高温のミルクとか与えてたら大変なことになっていたらしい。
「冷たくても駄目なの?」
カリフラワーは素朴な疑問を抱いてコスモスに訊いた。
「はい。赤ちゃんは母親の胎内の温度を覚えているらしく、同じ温度でないと適応出来ないそうです」
カリフラワーは魔王と顔を見合わせた。
「赤ちゃんって・・・」
「すごいね・・・!!」
目をキラキラ輝かせている(と思われる)魔王とカリフラワーが感動し終えるのを待ち、コスモスは疑問を投げかけた。
「ところで、リヒト様は生後何か月なのですか?」
「「えっ」」
「人間の赤ちゃんは成長過程に合わせて色々とお世話の仕方を変えないといけないようですので・・・個人差はあるようですが、ミルクから離乳食に変えたり、ハイハイ出来るような環境を整えたりする必要があります」
カリフラワーと魔王は顔を見合わせた。
「「ご、ごめんなさい、解りません・・・」」
攫って来たのだから当然である。
「承知致しました。では、リヒト様のご様子に合わせて、試していくのがよろしいですね」
「「ハイ、コスモス先生・・・!!」」
コスモス雇って本当によかったなあと魔王とカリフラワーは思った。エリート伊達じゃない。
「コスモスは何冊ぐらい育児書読んだの?」
せっせとミルク作りの準備をするコスモスに、カリフラワーが訊ねた。
「10冊ぐらいです、叔父様」
「えっ、リヒト様の話したの昨日だよね!?」
「はい。お話を伺った後、Babazonで買いました」
「あ、あの脱衣ババアが全速力で届けてくれるっていうサービス?」
「はい。有料会員になると3分で届きます」
「ババア半端ない!!!!」
「こういったHow to本は著者によって偏りが出て来ますから、何冊か読んだほうがいいと思いまして」
魔王は手元に一冊しかない育児書を見た。考え方からしてエリートは違うのだなと思った。
「準備が出来ました、魔王様」
「はい」
魔王、最早敬語。
コスモスは何処からか出してきたテーブルの上に、ボールと鍋と哺乳瓶、Babazonで買ったと思われる人間の粉ミルクを並べた。
「まず、哺乳瓶を煮沸します。熱湯で5分ぐらい煮ればいいようですね。その後この粉ミルクを瓶に入れ、70℃以上のお湯を3分の2ぐらい入れ、振って溶かします。更にぬるま湯を残りの3分の1に入れ、軽く掻き混ぜます。少し熱いので、冷ましておきましょう」
コスモスは一通りの手順を終えると、哺乳瓶をテーブルに置いた。
「ミルク一つ作るのに、こんなに手間が掛かってるんだね・・・」
「人間って繊細ですね魔王様・・・」
二人は既にへばっていた。細かい作業が苦手なので、山一つ吹き飛ばすほうが楽である。
「あ、リヒトが泣いてる」
子供部屋から微かに聞こえる泣き声を耳にし、魔王はダッシュして扉を開けた。カリフラワーとコスモスも後に続く。
ふぎゃあ、ほぎゃあ、とリヒトは人間の赤ちゃんらしく泣いている。
「この方がリヒト様・・・」
コスモスはしげしげと観察した。全体的に小さくて、可愛らしい。
「よ~しよしリヒトたん、パパでちゅよ~」
魔王は顔の前で手を振り、泣きやませようと試みた。しかしリヒトは目もくれない。
「お腹が空いているのかもしれないです、魔王様」
「あっ、そっか!それで泣いてるのか!コスモス、ミルクあげてみてくれる?」
「はい、魔王様」
コスモスはミルクの温度を確認し、そっとリヒトを抱きかかえた。哺乳瓶を近づける様を、魔王とカリフラワーは手に汗を握って(いるような雰囲気で)見守った。
小さなおくちが哺乳瓶を咥え、んく、と動くのを魔王たちは見た。
「!」
「飲みましたよ、魔王様!!」
魔王とカリフラワー、思わずハイタッチ。
「よかった、リヒト様は哺乳瓶でも大丈夫なようですね」
飲みやすいように角度を変えつつ、コスモスはほっと息を吐いた。哺乳瓶では飲まない赤ちゃんもいると育児書に書いてあったので、そうなったらお手上げだと思っていた。
「リヒト、いっぱい飲んでるね~」
魔王はほんわかした顔(だと予想される)で、リヒトとコスモスを見つめた。
「あー」
ミルクを飲み終わると、リヒトはコスモスのほうへと手を伸ばした。
「はい、リヒト様」
コスモスが人差し指を近づけると、リヒトはぎゅっと握った。きゃっきゃと楽しそうに笑うリヒトを見て、コスモスも微笑んだ。
「コスモスみたいに綺麗なお姉さんにお世話してもらって、リヒトも嬉しいのかな」
魔王はほのぼのと言って頷いたが、コスモスはきょとんと目を丸くした。
「えっ?魔王なんか変なこと言った?」
「魔王様、コスモスは性別というものが無い種族なので、お姉さんという表現に驚いたんです」
カリフラワーが解説した。
「あ、そうなの?そっか、そういう種族もいるもんね。ごめんコスモス」
「いえ、驚いてしまっただけなので・・・説明不足でした、申し訳ありません」
「いいっていいって、魔王も気を付ける」
すっかり打ち解けた様子の魔王とコスモス(特に魔王)を見て、カリフラワーは密かに安堵の息を漏らした。魔王は結構人見知りなのである。
「ミルクを飲ませたらげっぷをさせるか横向きに寝かせるらしいです魔王様」
「そうなの!?飲んだ後にも色々あるんだね」
しかし子育ては難解である。カリフラワーは今後の勇者育成にほんのりと不安を感じていた。
「ねえカリフラワー」
「何でしょう、魔王様」
「人肌って何℃?50℃ぐらい?」
「何ですか人肌って」
「リヒトにご飯あげようと思ったんだけどさ、人間の赤ちゃんは母乳で育てるんだって。魔王母乳出るわけないから、このミルクってやつを作ろうと思うんだ」
魔王はカリフラワーに育児書を開いて見せた。
「なるほど。人肌ぐらいの温度にして飲ませるのですね」
カリフラワーは魔王が開いているページを隅々まで見た。
「何℃か書いてないですね・・・」
「でしょ?人間が何℃で生きてるかとか解んないよね。魔物体温でいいのかな?でも種族によって違うんだよねー・・・」
「氷点下の種族とか、50℃ぐらいの種族とか様々ですもんね」
魔族には様々な種族があり、それぞれ生態が異なっている。更に魔族は何かを操る能力を持っており、それによっても生態に個体差が出ることが多い。
上位種になればなるほど高度な能力を持つ者が多く、魔王は間違っても魔王なので上位種であり、カリフラワーもなんちゃって上位種である。
「あ、そうか」
カリフラワーはぽん、と手を打った。
「魔王様。リヒト様の肌の温度でいいのではないですか?」
「え、天才なの?」
「いえいえ、それほどでも」
カリフラワーは否定と見せかけて肯定した。
「しかし、リヒト様は今お休みなのですよね。下手に触って起こしてしまっても可哀想ですし・・・」
カリフラワーは子供部屋のクリーミーな色をした扉を見た。リヒトがおねむの時間になったので、魔王とカリフラワーはそっと退出したのである。目覚めるまでに子育てグッズを取り揃えておきたいものだ。ちなみにおしめは魔王がもう作った。
「うん、よく眠ってるからさあ・・・お腹空かす前になんとかしてあげたくってさあ・・・」
魔王はしょんぼりした(ようにカリフラワーには見えた)。
「初っぱなから人肌とかむつかしい言葉が出てくるなんて、難易度高いね、子育て・・・」
魔王はふう、と溜息を吐いた。魔族の子育ては割とテキトーなので、雑な母親だとその辺に生えてる草を与えたりする。魔族の胃腸はとても強靭なので、ちょっとやそっとの不衛生はへっちゃらである。トリカブトを大量に食べたら下痢になるかもしれないレベル。
「そういえば、私の親戚の子が前々から魔王様の下で働きたいと申しておりまして、履歴書を預かってきました。人間のことにも詳しいので、魔王様さえよろしければ、ベビーシッターにでもしてやって下さらないでしょうか」
「えっ、ろくに給料払えないけど大丈夫???」
「はい。その辺はちゃんと話してあります。ただ、引き継ぎがありますので、籍は今勤めている役所に置いておきたいとのことです」
「えっ、役所勤めの方なの???一体どんな・・・」
魔王はカリフラワーから受け取った履歴書をしげしげと眺めた。
勇者歴○年 第一大学法学部 入学(最高学府)
勇者歴○年 第一大学法学部 卒業(最高学府)
勇者歴○年 内務庁執務室 入庁(国を管理する組織の官僚)
勇者歴○年 内務庁執務室 第一秘書室 配属(国を管理する組織の最高責任者の秘書)
勇者歴○年 内務庁執務室 第一秘書室 室長就任(国を管理する組織の最高責任者の秘書長)
「ちょっと待って」
「何処か至らぬ点でも!?」
「至りすぎだよ!!お前の親戚スペック高すぎて怖いんだけど!?」
「自慢の子です!」
えっへん、とカリフラワーは胸を張った。魔王が戸惑うのも無理はない。東大出で霞ヶ関で働いている官僚のような人物が、コンビニのバイトの時給より低い給料なのを承知で雇われたいと言ってきているのだ。そんなの雇う方が戸惑う。
「えっ、本当にいいの???止めた方がいいんじゃないの???親御さんはそれでいいの???」
「子供のやりたいようにやらせるのが親の務めだと申しておりました」
「ご立派!!」
魔王は完全に気後れしていた。こんなすごい経歴の持ち主が何故、従者が一人しかいない魔王なんぞに仕えたいと思うのか。
「だって第一秘書室の室長って言ったら、もう何万人ている役所の人達のリーダーじゃん・・・何で魔王???何で魔王なの?????」
「実はもう呼んであるんです。入って来させてもいいですか?」
「展開早ッ!!」
混乱している魔王を放置し、カリフラワーは入口に向かって呼び掛けた。
「コスモス~、入っておいで~」
「ちょ、まっ、心の準備が!」
魔王が制止するも間に合わず、キイ、と軽い音を立てて扉が開いた。
扉の向こうから現れた姿を見て、魔王は言葉を失った。
高位の官僚の制服を纏った細身の体躯に、緩やかにウェーブの掛かった髪。柔らかな笑みを浮かべる美貌の横で、小さく編まれた三つ編みが揺れる。
「お初にお目に掛かります、魔王様。私はコスモスと申します。以後、お見知りおきを」
中性的な美しい若者が、鈴を転がすような声で挨拶し、魔王に頭を下げた。
「えっ、あっ、うん。我が輩魔王です」
残念な挨拶をする魔王の横で、カリフラワーが吹き出した。大抵この親戚の子を紹介すると、皆決まって呆けたような反応をする。実はそれを見るのが楽しくて仕方がないカリフラワーである。
「ええーと、そのー、コスモス、さん」
「コスモスとお呼び下さい魔王様」
「はい。えっと、じゃあ、コスモス」
「はい、魔王様」
玉座の上でそわそわしている魔王を見ながらカリフラワーは必死に笑いを堪えている。雇う側のほうが確実に緊張している。
「その、履歴書を見たんですけどね」
「はい」
「第一秘書室の室長なんですって?」
魔王の言い回しがオネエになったので、カリフラワーは堪え切れずに噴き出した。
「はい。長官付き第一秘書をやらせて頂いております」
「いやー・・・その、そんなにすごい仕事してるのに、何で魔王の下で働きたいんですか?」
「仕事に貴賤はございません。私は以前より魔王様の下で働きたいと志願しておりました。その為に経験を積もうと職務に励んで来たのでございます。この度、魔王様が人手を必要としていると叔父に伺いました故、こうして御前に参じた次第でございます」
台詞のレベルが大分違うなあとカリフラワーは二人の会話を聞いて思った。
「うん、えっと、コスモスが本当にいいなら、魔王としては大歓迎なんだけど・・・本当にいいの?仕事と言っても、赤ちゃんのお世話とかになっちゃうんだけど・・・」
「勿論でございます。リヒト様のことも叔父から伺っております。是非、私をお使い下さいませ」
「えっ、カリフラワー、リヒトのこと喋ったの?ナイショだったのに」
「大丈夫ですよ魔王様。あれだけ大騒ぎしたので、この近辺の住民はもう知ってますから」
「えええええええええ」
「それよりもコスモスは採用でよろしいんですか?」
「あっ、うん。よろしくお願いします」
魔王はコスモスに向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「はい、魔王様」
コスモスは胸に手を当て、敬礼をした。
(スピード採用・・・)
カリフラワーは面接もバイトみたいだなと思った。
「じゃあ、早速なんだけど、リヒトにミルクを作ってあげたいのね」
「はい」
「育児書読んだんだけど、人肌が何℃なのか解らないのね。コスモス、知ってる?」
「はい。私も何冊か育児書を読んで参りましたが、36~37℃が適温のようです。人間の赤ちゃんには熱いという感覚が無いらしく、下手に熱いものを飲ませると体内を火傷する恐れがあるようです」
「!!」
魔王は蒼褪めた。高温のミルクとか与えてたら大変なことになっていたらしい。
「冷たくても駄目なの?」
カリフラワーは素朴な疑問を抱いてコスモスに訊いた。
「はい。赤ちゃんは母親の胎内の温度を覚えているらしく、同じ温度でないと適応出来ないそうです」
カリフラワーは魔王と顔を見合わせた。
「赤ちゃんって・・・」
「すごいね・・・!!」
目をキラキラ輝かせている(と思われる)魔王とカリフラワーが感動し終えるのを待ち、コスモスは疑問を投げかけた。
「ところで、リヒト様は生後何か月なのですか?」
「「えっ」」
「人間の赤ちゃんは成長過程に合わせて色々とお世話の仕方を変えないといけないようですので・・・個人差はあるようですが、ミルクから離乳食に変えたり、ハイハイ出来るような環境を整えたりする必要があります」
カリフラワーと魔王は顔を見合わせた。
「「ご、ごめんなさい、解りません・・・」」
攫って来たのだから当然である。
「承知致しました。では、リヒト様のご様子に合わせて、試していくのがよろしいですね」
「「ハイ、コスモス先生・・・!!」」
コスモス雇って本当によかったなあと魔王とカリフラワーは思った。エリート伊達じゃない。
「コスモスは何冊ぐらい育児書読んだの?」
せっせとミルク作りの準備をするコスモスに、カリフラワーが訊ねた。
「10冊ぐらいです、叔父様」
「えっ、リヒト様の話したの昨日だよね!?」
「はい。お話を伺った後、Babazonで買いました」
「あ、あの脱衣ババアが全速力で届けてくれるっていうサービス?」
「はい。有料会員になると3分で届きます」
「ババア半端ない!!!!」
「こういったHow to本は著者によって偏りが出て来ますから、何冊か読んだほうがいいと思いまして」
魔王は手元に一冊しかない育児書を見た。考え方からしてエリートは違うのだなと思った。
「準備が出来ました、魔王様」
「はい」
魔王、最早敬語。
コスモスは何処からか出してきたテーブルの上に、ボールと鍋と哺乳瓶、Babazonで買ったと思われる人間の粉ミルクを並べた。
「まず、哺乳瓶を煮沸します。熱湯で5分ぐらい煮ればいいようですね。その後この粉ミルクを瓶に入れ、70℃以上のお湯を3分の2ぐらい入れ、振って溶かします。更にぬるま湯を残りの3分の1に入れ、軽く掻き混ぜます。少し熱いので、冷ましておきましょう」
コスモスは一通りの手順を終えると、哺乳瓶をテーブルに置いた。
「ミルク一つ作るのに、こんなに手間が掛かってるんだね・・・」
「人間って繊細ですね魔王様・・・」
二人は既にへばっていた。細かい作業が苦手なので、山一つ吹き飛ばすほうが楽である。
「あ、リヒトが泣いてる」
子供部屋から微かに聞こえる泣き声を耳にし、魔王はダッシュして扉を開けた。カリフラワーとコスモスも後に続く。
ふぎゃあ、ほぎゃあ、とリヒトは人間の赤ちゃんらしく泣いている。
「この方がリヒト様・・・」
コスモスはしげしげと観察した。全体的に小さくて、可愛らしい。
「よ~しよしリヒトたん、パパでちゅよ~」
魔王は顔の前で手を振り、泣きやませようと試みた。しかしリヒトは目もくれない。
「お腹が空いているのかもしれないです、魔王様」
「あっ、そっか!それで泣いてるのか!コスモス、ミルクあげてみてくれる?」
「はい、魔王様」
コスモスはミルクの温度を確認し、そっとリヒトを抱きかかえた。哺乳瓶を近づける様を、魔王とカリフラワーは手に汗を握って(いるような雰囲気で)見守った。
小さなおくちが哺乳瓶を咥え、んく、と動くのを魔王たちは見た。
「!」
「飲みましたよ、魔王様!!」
魔王とカリフラワー、思わずハイタッチ。
「よかった、リヒト様は哺乳瓶でも大丈夫なようですね」
飲みやすいように角度を変えつつ、コスモスはほっと息を吐いた。哺乳瓶では飲まない赤ちゃんもいると育児書に書いてあったので、そうなったらお手上げだと思っていた。
「リヒト、いっぱい飲んでるね~」
魔王はほんわかした顔(だと予想される)で、リヒトとコスモスを見つめた。
「あー」
ミルクを飲み終わると、リヒトはコスモスのほうへと手を伸ばした。
「はい、リヒト様」
コスモスが人差し指を近づけると、リヒトはぎゅっと握った。きゃっきゃと楽しそうに笑うリヒトを見て、コスモスも微笑んだ。
「コスモスみたいに綺麗なお姉さんにお世話してもらって、リヒトも嬉しいのかな」
魔王はほのぼのと言って頷いたが、コスモスはきょとんと目を丸くした。
「えっ?魔王なんか変なこと言った?」
「魔王様、コスモスは性別というものが無い種族なので、お姉さんという表現に驚いたんです」
カリフラワーが解説した。
「あ、そうなの?そっか、そういう種族もいるもんね。ごめんコスモス」
「いえ、驚いてしまっただけなので・・・説明不足でした、申し訳ありません」
「いいっていいって、魔王も気を付ける」
すっかり打ち解けた様子の魔王とコスモス(特に魔王)を見て、カリフラワーは密かに安堵の息を漏らした。魔王は結構人見知りなのである。
「ミルクを飲ませたらげっぷをさせるか横向きに寝かせるらしいです魔王様」
「そうなの!?飲んだ後にも色々あるんだね」
しかし子育ては難解である。カリフラワーは今後の勇者育成にほんのりと不安を感じていた。
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