1 / 1
利己的では動かないゾ
しおりを挟む
利己的では動かないゾ
俺は生まれ変わったのだ。実に五百回、元の世界に帰ることは叶わず、毎度毎度新しい人生。
ある時は貴族令嬢、ある時は辺境伯、ある時は第二王子、ある時は……
楽しみを、生活を築いては転生、不遇とでもいうべきか。
いや、不遇という名前の摂理だろう。
前世を認知できるようになってから様々な苦労を重ねてそれで今に至る。
そう、齢0歳のゴーストだ。ゴーストが0歳?自然発生するタイプだろう。
俺の名前は忘却のゴーストになっている。今できることは壁をすり抜ける、実態を眩ませるの二つだけ。
「人間以外は何度かあったけど、ゴーストなんて初だぞ」
過去にあったかもしれないが、記憶にないレベルで本当に記憶にない。
ゴーストの予備知識だけでゴーストとして振る舞わなければいけないと考えるだけでこの先が不安で仕方がない。
そんな最中、足音が近付いている事に気付いた。それ大勢だ、とっても多い。
「これ狩られちゃう?!どうしようどうしよう!」
あたふたとしている俺の元へ、小さい女の子が走って来た。オッドアイに尖った耳、靡く銀髪。別世界の記憶から参照するに忌子だろう。
「はぁはぁ、だれかたすけて怖いよ!」
泣きながらこちらへ走ってくる少女。きっと大勢の足音はこの子を追う音だろう。
「仕方ねぇ、人肌抜くか。体ねぇけどっと!べろべろばー、この館に住まうお化け様だぞ!」
なんとなくノリで飛び出てみた。ゴーストなんてのは飛び出てなんぼやろ。
「ひゃっ?!」
それを見るなり少女は卒倒した。頭の上には気絶と表示されている。
「こんなバカほどわかりやすい異常状態表示をもらえるなんて、ん?なんだこのポイントは」
BPというものを10習得したようだ。よくわからないが念じてみる。この手は大抵そうすると出てくるものだ、スキルツリーが。
「なるほど、びっくりさせたポイント的なのがBPで、それを集めてスキルなのか?それを解放していくと。分岐とか色々あるなぁ」
隠密のレベルを1から5へ進化させ、その次にある擬態を修得、レベル5へと進化させた。残りの一ポイントでその先の実体化を修得。
「とりあえずこのエルフを助けるか」
実体化レベル1で手を実体化させ少女を運ぶ。ゴーストはみんなの想像するゴーストと同じで、手と顔しかないふわふわした存在なのだ。
足がない分だけすんなりと動けるし、顔も特定の場所に固定されているわけじゃないから360度見放題。
「もんだいは、力が常にいらないせいで実体化を使うとバカ重い」
数センチ単位でしか少女を動かせない。このままだと追いつかれる。
現に何手かに分かれた分隊がこちらに向かっているのがわかる。三人くらいだろう。
「一旦箱にしまって、あいつらを脅かしてレベル上げよう!」
箱といってもこの場所、この廃屋は大きな館である。異次元との衝突(予想)をしたせいでメチャクチャな構造になっていて地面に隙間があったりする。
そう、すり抜けるられるゴーストにしかわからない隠し部屋などが多数存在するのだ。
「ちっ、ガキいねぇーな。俺らハズレルートか?」「慢心するな、この館は元吸血鬼の館。どんなトラップがあるか想像できない」「アンチアンデットが居ないからってビビりすぎっすよ」
ちょうど間に合った。少女は隠せたから、俺の番だ!
実体化で一番後ろにいる男の肩をトントンと叩く。
「誰だ?気のせいか、今肩を叩かれたような気がしたんだが」「ビビりすぎでは?ここは一応セーフゾーンです、攻撃は不可能ですよ」
「くすくす、お兄さん達はビビリだよ」「そうだね。そうだね」
1人で二役の声を真似する。男三人はビビってねぇから!感を出すが、BPがどんどん入るあたり、結構ビビっているだろう。
「せ、セーフゾーンだからな。居たとしても吸血鬼に吸われて死んだ子供の霊くらいだろ」「具体的な背景を追加するな!」
間抜け3人のおかげで実体化レベル5と新たに分身を手に入れれた。
「ねぇねぇお兄ちゃん、どこいくの?」「遊んでよ、遊んでよ」
今度はあからさまに震えているのにBPが入ってこない。何かしら規則性があるようだ。
「と、とりあえずここは居なかったって事にして別の奴らのところに行こうぜ!」「そ、そうだな!こんなところ怖いし」
暗がりの中、びくびくと進む3人。分身を使いこの館全体をビビらせる作戦へ出る事にした。分身も実体化可能であるが、自分自身でしっかり操作をやらなければならない。
また、分身の体数も今のレベルでは2なので二体まで。合計三人というべきか、で最大限館中をビビらせるとすれば実体化で音を鳴らす事である。
「はっはは!(確か吸血鬼の館だったよな?)吸血鬼の館へようこそ。愚かな諸君よ!」
BPの入り方でマジでわかる。ビビり方がおかしい。この世界はゴースト耐性がないのか。
『吸血館の支配者』『実態のない怪物』どうやらユニーク的な能力も手に入るようだ。
吸血館の支配者は、自身が場内と判定した範囲全体を"配下含む"セーフゾーンとする。敵対者の体力を定期的に吸い取り回復できる。
実態のない怪物は、一度脅かした人からもBPを獲れるようにするもの。要するにびっくりさせた記憶を虚にさせるものだ。
「ほぅ、さすが隊長格。内心では臆していても表面では隠しているか」
自分で作ったセーフゾーン内に入った敵対者を把握可能。それぞれのビビり耐性もある程度見れるようだ。さっきのエルフの少女が-100で三人組が平均4、隊長と見られる男は36だ。
「ここはセーフゾーンのはずだ、何をした貴様!」
「あー、これか?俺に恐怖してんだろ、お前らが。そういう事。精神的攻撃はセーフゾーン関係なしに入るだろ」
よくわからんから適当に返答しておこう。この世界についての理は1ミリも理解がない。
隊長格の男が部下に声をかけると少しだけ部下の恐怖耐性が上がった。そういった力だろうか。
だがそんなものは意味がない。BPの入り方も耐性が高い人間ほど美味しいのだ。
「そういえばアンチアンデットとか言っていたな。連れて来てないとか、好都合だ!」
実体化で扉の前に物を置いていく。セーフゾーンなのでガラスの破壊は不可能。逃げ場のない恐怖が彼らを襲う。
「くっ、わかった我々が悪かった。非礼を詫びるので部下だけは解放してもらいたい」
隊長格は片膝をつき頭を下げる。どの世界でも大抵この格好が降伏や平伏にあたるのだろう。返してもいいがBPを稼いでおかないと後々後悔しそうだ。
「良かろう。だが、全員無事なんてつまらんなぁ」
1人の首を掴み締め上げる。空中で何かに掴まれて足をジタバタさせる兵士。
「おっと動くなよ。何をしようとしていたかは知らないが、お前達のせいで館にガキが忍び込んだ。安眠妨害もいいところだ」
「やはりこの中に逃げたか。そのガキはどうされた」
「知らんな、俺には関係ない。ただ安眠妨害のツケはお前達に払ってもらおう」
「あのガキなら喰おうが犯そうが自由にしていい、俺の命もくれてやる。だから部下だけは解放してやってくれ」
「…………」
興が醒めたせいかどことなくやる気が失せた。部下を放り投げて扉を開けた。
「帰れ、下賤な輩の命を奪うのは我が名に反する」
なんで追われていたかは分からないが、年端の行かない子供がそんな扱いを受けるのは間違っている。俺はアルトゥルーイストだ。あんなエゴイストどもとは違う。
少女を置いて来た場所に戻ると、目が覚めていた。
「ここから出して!誰か助けて」
暗い地面の空間でか細く泣いていた。酷だがこれしかなかった。問題はこのあとだ、どうすればこの子が落ち着くだろうか。
「BP二十を消費して人化を取るか…………」
まだレベル1のせいで透けているが人の方がいいだろう。一度見た人間をベースにレベル相応の年齢で人化できるスキル。
「大丈夫?怖かったね」「おなじえるふ?よかったよぉぉぉ!!」
こちらに泣きついて来た。半分透けているが実体化のおかげで触れることは可能だ。
「よーしよし。さて、嬢ちゃん。事情を聞いてもいいか?逃げて来たってことしか理解していないんだ」
ビクッと肩が震えたのを感じる。安堵の涙から恐怖の涙を流し、うずくまる。BPが入らないから俺以外への恐怖だろう。
「いや言いたくないなら聞かないぞ。でも安心しろ、どんな事情であれ、お前のそばにいてやる」
その言葉に少女は顔を上げる。安堵の笑顔だ、かわいい。こんな子をここまで追い込んだやつは一体誰だ。
「ありがとうお姉ちゃん」「やれやれ、まぁこの子を模してるし似てて当たり前か」
少女は眠りに着いたようだ。年齢や名前のわかる所持物は無い、木の実数個と短刀、弓に空の矢筒。服はボロボロで、手足には枷と思われる跡。
BPを消費しまくり、なんとか解放できた精神洗浄を寝ている少女にかけて考える。
「なぜ追われたのか、枷があるということは奴隷か?装備があるから狩りか何かはしていた。オッドアイ関連?」
分身体へ意識を強めてみる。逃げ出したさっきの兵隊達は近くで野営をしているようだった。
「しっかし、吸血鬼の館は安全と聞いたんだがな」「教皇様のミスなんてことは」「しっ!殺されるぞお前」
各テントで先程の出来事について話していた。ある程度落ち着いた者から、未だ恐怖している者も居る。実体化で音を立てて揺さぶり遊ぶのも手だが、あの子への仕打ちに対する憤りが今は勝っている。名も知らぬ異世界の少女だが、助けない手はない。
「人化、実体化」
実体化のレベルをマックスにしたことで人化がほぼ実態を持って動ける様になった。まずは末端から恐怖の渦に入れる。
「ねぇ、なんで私を殺したの?」
テントをすり抜けて現れる。口をぱくぱくとして恐怖で何も喋れない兵士。三人いる中で1人も動けない。追い討ちを掛けるべく実体化を徐々に消し頭から消えていく。消えた跡、兵士の後ろに立ちまた呟く。
「ねぇ、なんで私を殺したの?」
発狂と絶叫、何が起こったのか理解するまもなく兵士はテントから飛び出た。それを追うように2人も走って逃げ出す。夜の森、月明かりしかない中で突然出て木にぶつかり気絶。他の2人も池や足を滑らせて滑落していった。
「敵襲か?!総員構えろ!」
響き渡る音で隊長が素早く指揮を立てる。だが遅い。一人一人と弱そうな兵を狙い、実体化する。途中で得たBPで認識対象を取り、1人の兵にしか映らないように行動をする。
「だ、隊長、めのばえにあのえるぶのがぎが!」
泣きながら訴える兵達だが、見えていない者には何も見えない。
「幻影だろ、エルフだからな。おちょくられてんだよ!看破しろそれくらい」「魔術の気配すら察知できませんでした!」「やっぱり本物の幽霊かと」「ひっ、あの館の主人が食べて幽霊化したんだ」「俺らを呪う為に」
恐怖とは伝染する。1人の臆病者が次の臆病者を食い、最後には強がっている臆病者を喰らう。罪の意識が高いものほど、死者への恐怖がでかい。こいつらにうってつけの作戦である。
「全て自白して裁きを受けますから!」「ゆるして、隊長も謝りましょう」「な、おまえたち!しっかりしろ!俺に集るな」
死屍累々と独り舞台を手に入れた。
死屍累々は、実態と意識のない分身を大量に召喚する。
独り舞台は、分身に特定の動きを入れて自由に動かせる。
「全員、私のことを忘れられないくらいに刻み込んであげる」
死屍累々で大量のエルフを召喚し独り舞台でそれぞれ向かわせる。
「助けてくれ!悪かった」「ひ、ぁぁ?!!」
朝に立っている者は居なかった。結末を見届けようとしていたが、分身は日光により掻き消され、今どうなっているのか一切わからないが、これで当分は大丈夫だろう。
「ふぁー、あれ?わたし」「おはよう、朝ご飯用意しといたよ。何食べれるかわからないから持ってた木の実で軽く作ったけど」
どうやらゴーストの性質的に太陽の光はダメなようだ。分身だから弱いのかと外に出てみたら日光を浴びた手が消し飛んだ。
今はとりあえずこのエルフの子とおとなしく館で過ごすことにした。夜にならなければ動けないから。
「私の名前はアルシアです、助けてくれた上にご飯までありがとうございます!」「元気な子は好きだぞー、感謝したまえ」
エルフの少女はアルシアと名乗った。無垢な瞳がこちらを見つめるたびにゴーストとして浄化されそうになる。きっといい子だろう。クリアヒールのおかげか今はとても落ち着いているし、こちらをお姉様としたってくる。まぁ見た目を模倣したし実質同一人物だが歯痒い。名前呼びさせようにも名前を持っていない。アルトゥルーイストなんて名乗るのもありかもしれない。利他主義者なんてのはアルシア基準に動くゴーストにもってこいな名前だ。
「私のことは普通にアルトゥルイーストと呼ぶがいい。エルフの子、いやアルシアよ」「アルスト様!でいいかな?えへへ」「まぁ好きに呼ぶがいい、名前なんてのは識別子に過ぎん」
調子に乗って格好から入ってみたが我ながら様になる。アルシアも喜んでいるし良いだろう。
「このお屋敷ってアルスト様のものですか?すごい変わった形してますよね、あ!褒めていますよ?」「私のものではないが。誰も使ってないと廃るからな」「そうだったんですね。ほへーすごい」「凄かろう。そうだ、はっきりさせておきたいことがいくつかある」「なんですか?」
小首をかしげるアルシアを驚かせるのは申し訳ないが教えて置かなければ今後守り切れるなんて豪語するのは難しい。
「私の正体はゴーストだ。それから昨日アルシアを箱に閉じ込めたゴーストも私だ、驚かせたのも私だ。怨むなら怨んでくれ」
まだあって間もないがアルシアに拒絶されそうで怖かった。だが笑顔で頬に手を当てられ気付いた。彼女は知っていたのだ。
「最初は驚きましたけど知っていましたよ。私を助ける為だったんですよね!感謝しかありません」「あんな形でしか救えなくてすまなかったな。あともう一つだけはっきりさせたい」「なんでしょうか、もしかしてお漏らししたのバレました?!ごめんなさい!高そうなカーペットに」
アルシアは面白い、楽しい。私をゴーストと知って、なおこうして話してくれて、この世界に来て初めての理解者。いや、拒絶されたことはないけど。そんな感覚だ。
「私はアルシアと対等でありたいと考えている。武力的な危険から守る代わりに私に知識を与えてほしい。この世界のことを知らなくてな」「へ?それは私とアルスト様がお友達ということですか!」「多分そうだ、友達だ。誇れ、第一号の友達」「やったー!アルスト様に一生ついていきます!」「まず呼び方、アルストで構わん。友達だろ」
なんで追われているのかは聞けない、だからこうやって友達としてとにかく寄り添い危険を払う。私としてもこの世界について知識を得ているうちにアルシアの近況を理解できると思うから。
「まず何から知りたいですか!アルストさ……アルストさん!まだ恥ずかしいからアルストさんで」「そうだなぁ、まずはお金から」「お金はコレです!銀貨と銅貨!あと金貨ですね、価値はよく分からないですが私なら金貨100枚分ですかね…………」
銀貨と銅貨を傾いた机に置くアルシア。最後の不謹慎な発言から奴隷か何かにされていたのを理解した。
「他はスキルについて聞きたいな。私はゴーストだからか実体化とかばっかだしBPというポイントがあるんだ」「BP?それは分かりませんが頑張って何かするとスキルが増えますよ!私の場合は隠密と回避、逃げ足なんかが高いですね」「BPはゴースト特有なのか?他になんか支配者とかみたいなのはないか?」「お父さんがエルフの長ってスキルを持っていましたね……」
どうやらスキル自体は一般的にあるようだ。そのものの伸ばし方や習得様式は種族によって異なる様子。
「他人のスキルは確認可能なのか?何か水晶に手を当てて見るとか?」「そうです!さては私を試してますか??スティタス石という魔石に手を当てるとスキルを紙に写せます!私は紙ですが持っていますよ!こんな感じです」
アルシア-
回避10 逃げ足9 隠密10 索敵10 弓10 鷹の目10
「ふむ、エルフだとこのスキルが普通みたいな感じなのか」「そうですね、隠しスキルとかあるみたいで人によって変わりますけど。私のは平均的ってやつです!」「なんとなくだけどスキルは理解できたな」
俺の場合はBPを消費してスキルを開いていくが基本は自動的に開くのか?それに隠しスキルとやらが俺の持っている吸血館の支配者と似た感じだろう。
「今日はこの辺にしておこう。あまり入れ込み過ぎても脳みそが疲れるからな」「はい!」「今後の方針だけ決めておくか」「方針ですか?」「あぁ、いつまでもこの館にいるのは知見が広がらんというもの。街なりなんなり人のいる場所に行ってみたいのだが」
街という言葉で暗くなるアルシア。街にはあの兵たちがいると思っているのだろう。
「安心しなアルシア、昨日の奴らは全員やっつけたぞ」「ほんとですか?でもやっぱり街は怖いです。私あそこで売られて薬にされそうだったんです」「オッドアイエルフを薬にか。よくある話だな、なら尚更だ。そいつら全員絞めるぞ」
無理な笑顔を見せられても調子が狂う。クリアヒールを定期的にしてケアをしながらじゃなければまだ心の傷は癒えないだろう。
「トラウマが治るまでここで過ごそう。どのみち私も太陽が出ている時は外に出られんからな」「すいません、私のために」「アルシアの為なら国だって用意する気持ちはあるぞー」
まずBPを貯めて日光に耐性が付くスキルを手に入れなければならない。夜しか動けない。
「とりあえずこの館を清掃して住める部屋と使える部屋を探すぞ!私も知らないことだらけだからな冒険!!」「お、おー!!」
日の出ている時間は館の探検を行なった。風呂や図書館、色々な部屋が発掘された。日光が沈めばBP狩りの始まりだ。アルシアを見守る本体と別の分身体六体を使い近隣の村へ赴く。あの兵達はとっくの昔に街へ帰ったようで、もぬけの殻だったが村の人たちに話したおかげかBPの溜まりは早かった。
新しく分裂思考10 初級魔術10 中級魔術1 闇属性1 水属性4 森精霊の怒りを手に入れた。
森精霊の怒りは、エルフ族と同調できる。つまり、擬似エルフ族になれるのだ。
「アルスト!お風呂沸いたよー、先入ってるね」「あぁ、すぐいくよ私も」
お湯に浸かりながら湯船全体にクリアヒールをかける。アルシアのトラウマはだいぶ解消されたようで街の話題を出してもそこまで怯えることは無くなった。
「村人を脅かしてたら、街から聖職者を呼んできたらしくて。浄化されかけたよ」「大丈夫だった?」「森精霊の怒りっていう隠しスキル?のお陰でエルフ化して、なんとか逃れたよ」
アルシアは驚かした話を毎回楽しく聞いてくれている。もっと初歩的な脅かしで気絶してたんだぞとは死んでも言えない。だが、そんな話をしていたおかげかアルシアの恐怖耐性のようなものは130まで上がっていた。たまに電気を勝手に消したりしてもビビらなくなっていた。
「釣り行こ!近くに池があるからさ。日光?大丈夫、試したいスキルあるし」「うん!」
森精霊の怒りの持続時間を確かめるために、分身体でアルシアと釣りへ出かけた。
森精霊の怒りは欠点が存在する、対象は一人のみ、分身も一人としてカウントされるため、逆に好奇と分身にかけて外に出させることにした。
「釣れなかった方が今日の夜ご飯当番ね!よーいどん!」「ちょ、アルシア先手はずるいぞ!」
この頃になるとアルシアは自分をよく表現するようになった。一緒に競争したり賭け事をしたり。
「アルストはBP?を貯めてスキルを放つんだよね?だったらそろそろ街に行って見る?私最近怖い夢も見なくなってきたから」「願ってもない打診だ、行こう。ふふ、二人で初めてのお出かけだな」
ベッドに入り一緒に寝た。ゴーストは寝なくても生きていけるが、今日くらいはと森精霊の怒りでエルフ化して寝ることにした。怒りなのにこんな使い方していいのかよと思いつつ。
「おはよー、アルストより早く目覚めたよ!」「ほんとだ、まさかお寝坊お嬢様に負けるとは」「もー、たまにしかしないから!」
吸血館での一年間はとても有意義だっだ。釣り以外にも狩りやらなんなら色々な経験を積んだ。アルシアはどうやら吸血館に戻るスキルを得たようで、たまにひっそりいなくなって心配させる遊びをしてきたが、分身体が外に出ているのでさほど問題はない。
「荷物は最低限持って、とりあえず村が中継地点だけど。ごめんアルシアの姿見してたせいで村人達が多分ビビっちゃう」
「もー、アルストったら。少し髪型弄って、こうして服も変えて。ほら!少し見た目違うから大丈夫だよ」「それもそうだね。あとは設定のおさらいをしとかないと。何かあって攫われても問題がないように私がアルシアと名乗って、アルシアはアルシアの架空妹、アルメシア。年齢は私が13でアルメシアは7歳」
直前まで反対を喰らったが安全面と、潔さを混ぜた方が他人を騙せる。無駄に偽名を使って怪しまれない為にも、これが一番得策である。
また、オッドアイなのがバレてはまずいのでアルシアは目に白い布を覆って目の病気ということにしてある。エルフしか罹らない目の病気があるらしく、その設定なら違和感はないとのこと。
「さぁいくぞアルメシア。常に分身は館に在中しているから、なんかあったらすぐに帰還することだぞ」「はい!アルシアお姉ちゃん!なんか自分の名前にお姉ちゃんつけて喋るの恥ずかしいかも」
村は割と近い。池を横切り、森を抜けるとすぐにある。だいたい2時間弱の道のりだろう。ゴーストで浮遊していれば30分も経たずに行ける。
「やっぱ変な目で見られるね」「仕方ない、だが堂々としていれば大丈夫さ。白昼に堂々と現れるゴーストなんていないだろ?」「目の前にいるけどね、ふふ」
村から出ている朝一の馬車に乗って街へ向かう為、一泊しなければならない。村の宿屋へ向かう。
宿屋の受付は対して気にする素振りもなく部屋の鍵を渡してきた。2階の奥部屋だ。
「ふぅー、ようやく一息つける。緊張感が高すぎて私気絶するところだった」「わかる。ちょっとエルフ化解くわー。浮いてる方が楽」
ふわふわと浮くとこの世の摂理から放たれたようで幸せな気分になれる。宿屋には朝一番で出ることと、食事などは要らないことを告げている為、部屋に訪問があるとしたら疑われた時だけだろう。
「夜までゆっくり遊ぼうか」「そうだね、これやろー」
エルフの間で伝わる遊び、前世の知識では神経削りと言われていた物だ。同じ絵柄をひっくり返して揃える記憶遊び。
「アルシアお姉ちゃん強いから私が先手ね!」「そのせいで毎回負けてないか?」「大丈夫!絶対に勝つ方法を見つけたから!」
この調子で毎回やっている。アルシアがミスったカードの配置を覚えて、角から順にめくっていく。そうすると包囲網のようにカードが揃っていく。
アルシアは記憶力がないのか、単純に何も考えていないのかとりあえずめくってはミスをし続けるのだ。
「あー負けた!やっぱお姉ちゃん強い」「私はこのゲームで負けたことないぞ」「もう一回!」
何十回やっただろう。気付けば外は暗くなっていた。食事は自分たちで用意しているものを部屋で食べてそのまま布団に入った。
「ついに街だよ。楽しみだね」「そうだな、館に足りない家具とか買うのもありだな。いや、運べないわ」
軽く話し合い、アルシアが眠るのを待った。ゴーストを一体増やして分身で外を見回る。怪しい動きは特に見られないが、念には念を入れた方がいい。千回は訪れただろう村長の家に入り、書類を盗み見る。馬小屋で寝ている奴隷の少年に木の実をこっそり差し入れする。実体化無しでいつもの徘徊ルートを通り監視を終わらせる。やっているうちに日が差して自然と分身は消滅。
「くぁー、よく寝た!お姉ちゃんも朝だよ」「だな。よーし鍵返して馬車のとこ行くぞ」
宿屋の受付に鍵とお金を渡し、馬車の乗合所に向かった。
馬車の舵手は奴隷の少年と、その主人である男。乗合馬車なので商人やら五人くらいが乗っていた。荷物が半分を占めていたが、窮屈ではない。
「エルフの姉妹さんはどちらへ?最近は森を焼かれたとかで大変そうですね」
汗をたくさんかく商人が心配そうに声を掛ける。見た限り敵意はなさそうだ。それから森が焼かれた?
「私の目を治してくれる魔術師がいると聞いたので姉と行くことに。森ですか?私は外に住むエルフなのでその辺は分かりませんが、少し心配ですね」
「目の病気、なるほどそれは大変ですね。よければ私の紹介状をあげますよ。少しですが安く見てもらえます」
アルシアが少し悲しげに答える。クリアヒールのせいで正常な感情が出なくなっているのでは?という不安はあったが、ここでトラウマを起こして引き返すことになっては危険も高い。
まるでエゴイストみたいな発想だと自己嫌悪した。
「ありがとうございます。狩りと釣りで生計を立てていたので少し金銭は不安でした」
「うちの村で最近エルフの幽霊が出たと噂になっててねぇ。なんか知らないか?」
「エルフが化けて出るなんて聞いたことありませんよ、見間違いでしょうか?でも気になるので今度機会があれば調べましょうか?」
疑われないエルフの会話を知らないからアルシアに丸投げ気味になっていたが、割と受け答えをしてくれていた。俺はあくまで補填する程度に回っていた。
「最近野盗が多いので、暗くなる前にセーフゾーンで休憩しますよ。到着時間が少し遅れるかもしれませんが」
馬車の運転手がそういう。野盗は最近の不景気からか増えているらしく、実際に自警団が来て村人が連行されたと思ったら野盗の一味だった。なんて話もあるらしい。
「私たちは大丈夫ですよ」「僕も商品自体届けばいいので気にしないですね」「ギルドに用があるだけだし、遅れても困るのはあいつらだ」
満場一致で日が暮れる前にセーフゾーンに馬車を止めた。このセーフゾーンは自警団が管理している監視区域内だ。野営のテントと、水場がありちょっとした村のような場所。
国策で用意された場所だけあって無料で停泊可能な場所らしい。自警団自体も定期的に入れ替わるので、馬車が停泊した場合、次の日は自警団が護衛という形で街まで行けるのだ。
「いやー、自警団ができてからは安全に行き来できるしいいもんだね」「まぁ我々も国からお金を貰っているので精一杯やりますよ」
ゴーストで付近を偵察し安全を得た上でテントに入った。危険はないだろうが念のために吸血館の支配者をテントと少し追加分で展開。
「結構疲れたね。馬車ってこんなにお尻が痛くなるんだ」「お姉ちゃんはそういえば乗ったことなかったね。私は慣れたけど、次からはこれ使うといいよ」「これ売る予定(設定)の毛皮じゃ」「大丈夫大丈夫、お姉ちゃんが座ってたっていえば少しプレミア付くよ」「そんなど変態野郎に売るのは嫌だな」
追加で馬車が来たらしく、二人増えた。
「よろしくな。エルフの双子たぁ酒が美味いなぁ」
ボサボサの髪に、サラシで適当に隠しただけの胸。腰には瓢箪が何個もぶら下がり、赤は常に赤らんでいる。どうやらドワーフらしく背は低い。アイシャと名乗った。
「アイシャがすみません!可愛い子とお酒に目がなくって」
弱々しそうなピンク髪の魔術師、人間らしい。名前はアムリュー。大きな帽子に貧相な体を覆う大きな黒い外套。なんでも下は魔力を多く排出するためにビキニのような格好で恥ずかしいから隠しているらしい。
「あぁ、気にしなくていいよ」
二人が来たので、吸血館の支配者動作領域を狭めたくらいしか問題はない。流石に害のない一般人を搾取するほど悪魔的ではない。
「私がアルシアで、こっちが妹のアルメシアだ。妹の病気を治すために街まで行く予定だ」
「いいお姉さんですね。私達は冒険者で、依頼達成の報告をしに行くところです」「はっは、アムリューのやつがビビリでな!中々終わらんかったんで、今日になって。でも肴が美味けりゃそれでいい!はっは!」「ほんとすいません、騒がしくて」
「姉妹で暮らしてたから騒がしいのは憧れていたりもした。気にしないでくれ、それから行き先が同じなのは何かの縁だろう。街についてからも見かけたら色々教えてくれ」
「なんなら登録して私らと冒険者してみるかー?はっは、いやー帰ったら鍛治の仕事たまってたは!」
ひっくり返って眠りこけるアイシャ。どうやら道中野党に遭遇して全員締め上げるなどかなり重労働をしていたようだ。
「アムリューさんはどうして冒険者に?」「私は親が冒険者だったので成り行きですかね。怖がりな私ですが、見下してきた冒険者たちを見返すぐらい強くなったんですよ!」
あ、やべぇまじでこいつ怖がらせたい。うずうずしてやまない気持ちを抑えるがよだれが出そうになる。
「素敵ですね、アムリューさんは胸を張って一流の冒険者を名乗れますよ!」「アルメシアさんありがとうございます。目が治ったら一緒に打ち上げしましょう!」
アルシアとアムリューは夜遅くまで話し込んでいた。俺以外と話せている姿を見て安心した。面倒を見過ぎで他人に心が開けないくらい依存していたらと思っていたから。
夜は長かった。野盗というのは自警団にやられると分かっていてもやってくるようで、仕方ないから加勢して夜更かしをしていた。
「アルシアだ、弓が使える。手伝おう」「すまないな、我々だけでも対処可能だが冒険者がいれば心強い」「エルフの方が弓は上手いからな」
もちろんBPを稼ぎたいのが本音である。暗がりで見にくいことを利用し、延々に追尾してくる矢を撃つ。
俺が起因となった事象での恐怖に対してBPが入る為、数人が矢を恐怖すれば伝播してウマウマというわけだ。野盗が恐怖耐性無さすぎて儲けすぎたのはいうまでもない。
自警団は、空の目と言われる弓手と柵をうまく利用して防ぎ切るので加勢は要らないレベルではあるが、加勢したことについては多大な感謝をもらえた。
「人に感謝されるのは悪くない。BPも稼いだし街に着いたらあの兵士どもをさらにビビらせてやる」
自警団の中にあの兵士たちがいるかザッと確認したが居なかったので安心した。もしいれば今頃街に連絡を入れられていたかもしれない。
「夜明けですね。アルシアさん改めてありがとうございます」「気にしなくていい、弓を引かない日を作ると鈍るからな」
適当な理由付けをしてその場をさる。テントに戻り寝たふりをしようとしたがアイシャが起きていたようだ。
「なんだぁ、朝から元気だなぁ。弓の練習か?」「そんなところだ、鈍ると困るから」「結構古してるなぁ。弓が喜んでいる、そんな目で見るなって。酒飲んでないとどうも職人っぽさが出てダメだなぁってよ」「素のあんたも悪くないぞ、もっと自信を持ちな」
馬車に乗り街へと出発した。どうせならとアイシャたちの馬車に乗り女性のみと男性のみに別れた。自警団の入れ替わり組が前と後ろに馬車をつけて安全体制での運行。
「野盗の討伐ってのは自警団のみがやるのか?」「そうですね、冒険者はあんまり信用されないケースもあるので」「流れモンとかも多いし、金ですぐに態度変えるからなぁ。もちろん私ラァそんなことないぞ!」
酒でベロンベロンのアイシャは大笑いをしながら答える。アムリュー達のような善人冒険者も居ればヤバめの実態不明冒険者もいるらしく、抱えている冒険者ギルド側でさえ何人の冒険者が登録していて、何をしているのかを理解していないそうだ。
野盗に堕ちた冒険者も多いと聞く。
「本当に今から行く街大丈夫なのか?私は心配だぞ」「街内は安全ですよ。セーフゾーンなので」「ならよかった。念の為、昨日来た野盗は全員記憶したがな」「流石お姉ちゃん!記憶力がすごい」「顔も神経削りと一緒さ」
因縁を10にした結果、対象を因縁の相手として登録できるようになった。数は今のところ制限になっていない。便利なものだ。記憶はしなくても脳が勝手に覚えている為、見つけ次第思い出すようだ。
「もし本当に覚えられているなら、明後日ギルドが行う大規模な野盗狩りに参加してみませんか?」「アムリューさんの話はありがたいが。妹の治療に専念したいからな、無理かもしれない(アルシアのそばを離れる訳にはいかないし、戦闘に連れて行く訳にもいかない)」「私ならすぐ治して手伝えるよお姉ちゃん」「しかしだな……」「心配でしたらギルドで一度冒険者登録をしてみましょう。本人のスペックを可視化できる装置があるので」
ギルドカード―冒険者は発行手数料銅貨四枚。EからAまでの区分で対象者のスペックを表示してくれる。優れものだ。
「お姉ちゃんとしては心配だが、妹をそうやって縛るのも良くないな。分かった、だがもし条件を出せるなら参加の際は妹と同じラインで戦うことだな」「ギルマスに相談してみます、私こうみえてギルマスと仲がいいので!」
街の門が見えてきた。セーフゾーンに入ったのか自警団達が馬車を止めて何かやり始めた。自分たちの馬車はそのまま進んでいく。
門の前で停止して、一人一人の確認が始まった。冒険者カードの有無や、何をしにきたか。身分証はあるかなど。
「すまない、妹は目が見えない分怖がりでな。私が一つづつ指示の上で確認するでも構わないか?」
「まぁ、形式だけなので構いませんが」
エルフだからか好奇の眼が向いている。俺を見た男の兵の目が異様にキモかったからアルシアの身体検査なんて任せられたものではない。
「エルフの姉妹が街にねぇ。なんかわからなかったらおじさんに聞いてよ」
最後にねっとりした声でそう言われ時には吐くかと思った。アルシアも流石に気が滅入っていたのかげっそりとしていた。
「病院の紹介状もらってるし行くだけ行ってみる?偽装スキルでそれっぽい症状作ったし」
「そうだね。あの商人さんに失礼だし」
あの村がエルフの森に近い関係か、エルフを見る目がそこまで奇異でなかったが、この街は異様である。まるで金銀を付けた白鳥が羽を休みに降りてきたかのような目でこちらを見てくる。
「あった。とっとと入ろう」
診療所は裏路地にある少し怪し目なところだった。入ってすぐに男が出てきた。耳のない男だ。
「これ紹介状です。妹の目をお願いします」
「おぉー、エルフ眼病か。久々に見るけど安心してなー」
正確には耳を切られた男。エルフの耳は貴重な薬になると、襲われた時期があった。その被害者である。国からの補助金をもらって生きている。だが耳を失い人と区別がつきにくくなったエルフは生きづらいと森を抜けてこうやって生活している。
「君たちは森のエルフかい?故郷が燃えたらしいんだが、情報がなくってね……心配なんだ」
「ごめん、森の外れで暮らしているからわからない」
「そうか。でもよかったよ、無事なエルフ達に会えて」
エルフ眼病は目が開かなくなる病気である。そのため、症状によった薬などで対策をとることが多い。
目の状態を見て出される塗り薬を受け取り帰るだけ。
「それじゃ代金は銀貨二枚に負けとくよ。ここお得意の商人なんだ」
医者の元をさり、冒険者ギルドへ向かう。一応フードをかぶって出歩いた方がいいと助言をもらったのでフードを被る。日差しよけで被る人もいるためそこまで違和感はないようだ。冒険者ギルドに入った。十数名が駄弁ったり依頼書を見ている。
新規登録窓口に向かい受付に声をかけた。
「二人分登録頼む」「はーい。まずは名前とこれ水晶に触れてね」「お忍びで名前を偽っている」
これはアムリューに教えてもらったが、偽名登録は禁止なので事情がある際はそう伝えないといけないらしい。
「わかりましたー。ではここに本命と、上に登録名を」
アルシアが水晶に触れると受付の人は目を輝かせている。
「おぉー、ほぼほぼC超えてますね。一般水準より少し高めですよ」「やったよお姉ちゃん」「次は私か、これだな」
水晶に触れる。何かが全身を駆け巡るような感覚に襲われる。ピシッと水晶の中でヒビのような亀裂が走った。
「お二人ともかなりすごいですね。お姉さんの方はオールAですよ」
ヒソヒソと話す受付。これもアムリューに聞いたが、昔大っぴらに測ったスペックを言った事例があり、引き抜きやら勝負やらでギルドがすごい大変なことになったので、スペックは受付と登録者以外に伝えないシステムになったという。
「お二人ともFを飛ばしてD級冒険者スタートになりますね」「やったねお姉ちゃん、D級だよD級」
アムリューとアイシャはB級冒険者らしいので2個下だ。それでも文句なしの評価である。高過ぎず、低過ぎずのラインだ。
「お二人はこの街をメインで冒険されますか?それとも色々な場所メインで活動されますか?」「色々いきます」
冒険者カードのライセンスは主に2種類あり、身分証とセットのものとただの冒険者カードのものとある。少し高いが身分証とセットの冒険者カードを取れば他の街に行く際、手続きが楽になるという。
「二人合わせて銀貨一枚ですね」「はいこれで。それから素材の買取もお願いしたいんですが」「はーい。こちらですね」
買取は1匹丸々か毛皮のみとなっている。毛皮を数枚売り、お金を受け取った。だいたい銀貨四枚なので良い方だろう。綺麗に殺す術を持っているので高値で引き取りをしてもらえた。
「今日やることは一通り終わったね。アルメシアどうする?」「お風呂に浸かりたい……ここ最近入ってないから発狂しそう」「大衆浴場でも行くことにしよう」
大衆浴場は、綺麗好きな現国王が民も清潔であるべきと配置した浴場である。値段は銅貨23枚と子供のお小遣いでも来れるほど安い。
エルフの耳が目立つかもと懸念していたが、浴場内で酒を飲めたり井戸端会議をしていたりと他ごとに夢中のようで、街に来た時ほどの不快感を感じることはない。
「ふぅー、1日の疲れが溶けるようだ」「お姉ちゃん!あっちのお風呂すごいよ。泡がすごい出る」「そんなはしゃぐとこけるぞー」
散々浸かり倒してから大衆浴場の上にあるレストランで食事をとることにした。二人で初の外食である。
「この魚の、調理はコレで。あとサラダと」
材料、調理法、味付けを選び、サイドメニューを選ぶタイプ。コレがこの国では支流らしい。一食あたり銀貨一枚と良心的な値段。こっちのレストランでは目線を感じるが、わざわざこんなところで問題を起こすような人間はいないだろう。
「んー、美味しい。魚って蒸すとこんなに柔らかいんだね」「どれどれ、ほんとだ美味い」「もー、私の分ですよコレ」
一頻りの食事を終えて大衆浴場を後にした。次は泊まる宿を見つけなければならない。街の案内板を見て、宿を探すが出遅れか大半埋まっていた。
「やっぱそうなるよなー。街の端っこいくか。治安が悪いから私らは行かないようにって止められていたけど」「そうなの?私何も聞いていなかった」
城壁の影になる部分は元々暗いだけあり、そう言った者が集まるという。だが、百そうではないからしっかり見定めれば良い。
「すいませーん、部屋空いていますか?」「おや、お若い二人がこんな外れに来るなんて。いわくつきの一部屋しかないけど大丈夫かい?」「大丈夫です」
初老の女性が出迎えてくれた。直感だが良いところだと思う。生憎と善悪を見分けるスキルは習得していないからわからない。
通された部屋は階段を上がってすぐの部屋。初老の女性ことアマリさん曰くは、最近ここで自殺した女の霊が出ると。高位神職を呼んで浄化してもらったが改善されず、客に貸出はするが、あまりお勧めはできない部屋と。
「私以外のゴーストが居るって考えるとワクワクするな」「私はワクワクしませんよー、怖くないですか?」「そこまでかな。害があるならまだしも、啜り泣く声が聞こえるくらいでしょ?」
今まで過ごしてきた一年間で自分以外の霊、ゴーストなんて見たことがない。居るなら見せてみろ。
森精霊の怒りをオフにして漂ってみる。壁を抜けて他の部屋を見たり、宿中探してみるがそれらしい気配はない。
「うーん、安心して良いよアルメシア。残念ながらいませんでした」「なんで本当に残念そうなの?!」「いや、ほら同族だよ?私の同族見たことないから」「今はお姉ちゃんはエルフだから私の同族です!もー!」「まぁまぁ嫉妬するなって、ん?誰かいるな」「ひっ?!」
BPが付与された。アルシアからではない数値だ。
「アルメシア、もう一回見てくるわ。私の庭に入った愚か者の同族を見てくる」
宿中見渡すが気配はない。実体化していないゴーストはゴーストにも認識不可能なのだろうか。
「ふむ、ならまぁ良いか。吸血館の支配者!!」
宿に居る人数と獲れる体力の差異で簡単な不可視人物特定を出来る。だが引っかからない。
「ん、んん???コレは少し謎だな。見つからないだと?あ、早く解かないと」
吸血館の支配者を切り、部屋に戻る。アルシアはよくわからずきょとんとしたまま。
「アルメシア、音とか声とかしたか?」「全然、別にいないんじゃないの?」
少し嫉妬的な態度を見せるアルシアにほっこりしつつ布団に入る。
「まぁ構ってちゃんならどうせ向こうから来るでしょ。おやすみ」「お姉ちゃんおやすみー」
勿論寝ない。分身を実体化せずにアルシアの真上において待機。絶対に現れる。
「おきろーアルメシア。朝だぞー」「あれもう朝?」「いや、幽霊捕まえたからさ」「ひっ?!」
分身に羽交締めされてもがく幽霊女。ゴーストなのか幽霊なのかその括りはもはや俺にもわからないが、死者の霊魂なのは間違いない。
「で、お前はなんのためにこんなことしてんだ?」「そ、それはその……人生辛くって死んだんですが、気付いたらこんな感じになっていて。他人がびっくりする様子を見るのが癖に」
否定できないところが辛い。ゴーストというのは総じて他人を驚かせることに生き甲斐を覚えるのだろうか。
「とって食おうって訳じゃないんだし同族なんだからすぐ出てきてくれてよかったのに」「そんな事できますか!自分より高位な存在が居たらびっくりするでしょ」「ずっと実体化せずに隠れてたってことね」「そうですそうです」
髪の長い女のゴースト。死んだ時の姿そのままのせいか寝巻きである。
「アルメシアの前に現れたのはなんでだ?」「貴女ビビらないじゃないですか!それだけです」「ゴーストの高位って自分ではびっくりさせれない相手って事か?!」「え、違うんですか?」
女のゴーストは、アンナと名乗った。当時起きたモンスターの大量発生で土地を失い、冒険者としての気力も失い、この宿で自死をしたという。BPについては知らない様子。
「事情はよく理解した。同族の誼でアルメシアを驚かそうとしたことは許そう。本当は私だけが彼女を驚かせていれば良いんだ」
「こわ、でもありがとうございます」
「でもただで許すとは言わないぞ。高位神職の浄化をすり抜けた方法やらなんなら聞きたいことだらけでな」
完全におしゃべりモードに入ったのか逃げようともせずに嬉々悠々と語り出した。
「高位神職の浄化を逃れた方法はずばり気合いです!私は消えたくない!って気持ちが強ければあんな光効きませんよ」
「え、まじ?」「マジです」
それから朝になるまで話し尽くした。日光は流石にやばいらしく陽が出る頃になると自主的に消えていった。
「お姉ちゃんとアンナさんってどことなく似てますね」「どこが?!自殺しようとか思わないよ」「驚かせたい!とか気合い!とか」「否定しきれないところが辛い」
宿の人に鍵とお金を渡した。夜中に話し声がしていたので凄い不安そうにしていたが、幽霊と対談したと話すとひっくり返ってしまった。
「にしてもそんなに驚くことだったかな」「普通驚きますよ。お姉ちゃんが今まで驚かせた人たちを思い返してください。絶対に初見でビビらない人は居ませんよ?」「確かにな、ゴーストって実はかなりヤバい奴らなのでは」
冒険者ギルドに向かい依頼書を見る。そう、割と街にいるとお金を使うのだ。お風呂代は良いとしてご飯代や宿代、雑費含めて。吸血館にいる時は別に要らないが。
「D級が受けれるクエストありますか?」「お二人とも良いところに!明日行われる大規模な野盗狩りに参加しませんか?」
そんな雑草狩るみたいに言われてもと思ったが報酬がとても良い。それにアルシアの実力も結構高いことが判明していたからうけることにした。
「ありがとうございます!これ前金の銀貨六枚でーす」「この野盗狩りって自警団主体とありますが、後方の弓隊で参加に出来ますか?」「冒険者たちは一応前線ですが、少し待っててくださいね」
奥へ行き確認を取る受付嬢。しばらくすると夜に共闘した自警団の一人がやってきた。
「おー、アルシア君か。彼女の実力は空の目達からも折り紙付きだ。是非とも頼みたい、この街のギルドお抱えだったとは心強いな」「妹も後方で構わないか?私と同じく弓は長けている」「あぁ勿論だとも。一応昨日居なかった者達への説明を含めて実技演習に参加してもらえると助かるが時間はあるか?」
自警団最強戦力の一つ、空の目は非番含めて39名からなる先鋭部隊。弓の精度が九割を超えていないと入れない。
「冒険者の二人だ、アルシア君とアルメシア君姉妹。前回のセーフゾーン防衛時にいたものならわかるがアルシア君の弓は百発百中と言っても過言ではない」
疑う目もある。フードを被った謎の女が突然先鋭部隊となれば必然。
「疑う者が出るのは知っている。だから実力を再確認する為に呼んできた」
ヘルハウンドと言われる犬型の魔物がグラウンドのような場所を走っている。あれを射抜けばいいらしい。
「お姉ちゃん、私が先にやるね……はぁっ!」
綺麗な軌道を描き、不規則な動きをするヘルハウンドの頭に矢が突き刺さる。エルフ族は人間より弓に関するスキル補助が多い。
「残り3匹もいけるか?」「はい、三本同時でやれます」
森で狩りをしているときに見たが天賦の才を感じる複数撃ち。アルシア曰くはエルフ族なら二本くらい同時でも当たるという。同時打ちと言っても、一矢二矢とあらかじめ打つ分を持っての連続射撃の話だ。アルシアは違う。三本同時に番て当てるのだ。
物理法則なんてものは完全に無視したスキルの恩恵。
「はぁぁ!!」
三本の矢が唸るように飛び、それぞれヘルハウンドの脳天へと突き刺さる。
「どうですか!お姉ちゃん!」「あぁ、流石だなアルメシア」
空の目は圧巻されていた。人間の限界に近い射撃精度を誇る空の目は、連続射撃も出来るし転がりながら撃っても当てれる。他にも机の下から即座に弓を取り出し撃ち抜くこともできる。予備動作もほぼ無しで。そんな彼らが何も言えないほど高い精度で高度技術を見せつけるアルシア。
「どうだ、妹の方は今日初めて見たが凄いな。さすがと言ったところか」
「次は私だな。姉の威厳でも見せるか」
自警団の隊長ことウロスが指揮をとり、ヘルハウンドが放たれる。5匹が不規則に暴れ回る。
日光が出ているからゴーストで突き立てるなんていう夜の荒技は不可能だ。しかし、策はある。あれをやったおかげか弓の派生スキル追撃矢を会得できたのだ。
「しかもレベルは10。はぁぁ!」
五本全てを上空に撃つ。何やってんだこいつという目が痛いが、その後の顔を考えればニヤけてしまう。
全ての矢がしっかりとヘルハウンドへ突き刺さる。頭からは逸れているが百発百中なのは披露できた。まだかろうじて動く1匹に矢を二本貰い魅せプをした。
放った一矢が頭に刺さるのと同時に、次の一矢がその一矢を粉砕。
「どう?私ら姉妹は」「素晴らしい、みんなも文句はないな?あれほどの弓技術を見せられては声も出んか!」
ウロス以外は何も言えないほど固まっていた。
「連携をとる上で、俺たちの弓技術も見せなければな。ほら、いつまでも固まってんな!弓兵がそんなんだと前衛が死ぬぞ!」
ウロスの構えた弓は弩なんて言われる、数人係で引く城塞の攻撃手段だ。
それを放たれたヘルハウンド達の真ん中へ一矢。破壊力が伝播し、ヘルハウンド達が吹き飛ぶ。
それを他の空の目達が一斉に矢を放ち、全急所を貫いた。魅せプのお礼だろうか。連携力と殲滅力で見れば向こうのほうが遥かに上である。
「どうだい?空の目もやるだろ。見惚れて何もできない奴らじゃないからな」「わかっていますよ。姉妹でもあの連携は難しいから」
前金で一日分の生活費を得たから実技演習を終えた後、ひと風呂浴びにきた。大衆浴場は相変わらず盛況のようだ。
「うーん、最高。このために生きているようなもの」「だねー、身も心も癒される」
アルシアはこの一年でかなり成長したと実感している。弓の精度は勿論、剣技も体術も。今ならあの兵どもを返り討ちにできるほどには育った。
「お姉ちゃん、明日は野盗狩りだね。人を撃つけど呪われたりしないかな」「化けて出てみろ、私が追い払ってやるよ」
野盗狩りのルールは拠点壊滅と蛮行者の捕獲である。だが、どれだけ最善の注意を払っても人が死ぬことはある。その心持ちを持っているか、持っていないかが鍵となる。
仮に撃った矢で人が死んだ場合、戸惑が生まれる。その間に後衛からの支援がない前衛は苦戦を強いられる事になる。
一流の兵団達は死刑囚や犯罪者を利用してその罪悪感を消す訓練を行なったりするらしいが、あくまで善意の団体にそれはできない。
ウロスもそれを懸念しているらしい。
「作戦は夜だし、私の分身を別の人として起用して最強弓兵とするか?」
風呂を上がりレストランに行くと自警団や冒険者達がパーティーをしていた。
野盗狩りの前に気合を入れよう!と開催したらしい。アムリューとアイシャもいた。
「妹さん目の方はまだみたいですね」「あぁ、だが弓は当たる。エルフは音で見るからな」
私はオッドアイのままだが、アルシアの目がバレてはいけないのでまだ見えない事にしている。実際は偽装であるが。
「二人も参加してくれるならありがテェ!はっは」「こらアイシャさん、あんまり絡んだら失礼ですよ」
エルフは浮くかと思ったがパーティーには我々やアイシャ含め多種族の様だった。巨人族が特に目立っていて助かった。
「おぉアルシア姉妹も来ていたか。そこの二人はB級じゃないか」「ウロス自警団長どうもです」
前夜祭は盛り上がった。いかに野盗が嫌われているかわかるパーティーであった。
早めにパーティーを抜けて街外れの宿に向かった。自警団が用意してくれると言っていたが断った。
「昨日の宿にまた来たけど、やれやれだね」
宿の扉を開けて顔を見るなりアマリさんが駆けつけてきた。フードをかぶっていてもやはり気付かれる様だ。
「昨日の二人だろ!あの霊と話せるなら説得してくれないかい?!」
なんでも掃除中にケラケラと笑い声が響いて居たらしい。いつになく活発になったアンナに怯えて何もできないらしい。
「えぇー、私ら明日野盗狩り行くんですけど。そんな時間ないですよー」「アルメシア落ち着いて」
「宿代も安くしますし、これから来た時贔屓にしますからお願いします。それに別の部屋にもでるようになって」
「まじかー、うーん。わかった、説得はしてみるけど無理そうだったら諦めてね。高位神職でも浄化できない霊なんだし」
例の部屋に入るとベッドの上に座って足をぶらぶらさせるアンナがいた。
「やほー」「やほーじゃないって。アンナのせいで散々ここの受付にせがまれて、やれやれだよ」「あー、なんかここの部屋から出られないと思ってたんだけど。普通に動けること昨日知ってさ」「私のせいかもしれない……あのさアンナ」「ん?」
アルシアは絶対やだと首を振っているが仕方ない。
「ウチ来る?動けるならこんなボロ屋よりもっと豪華なお屋敷の方がいいんじゃない?」「え、あんた貴族だったの?ゴースト貴族?」「やだー、お姉ちゃんとだけ暮らしたい」
興味津々のアンナと、嫉妬の目を向けるアルシア。板挟みになっているがここは、アルシアに折れてもらうしかない。
「そうだよ、吸血鬼の館って知ってる?私今そこの持ち主」「えー、すご。私が生きてた頃に一番強かった種族の土地じゃん」「どう?来るなら高待遇を約束しよう」「いく!絶対行く!」
その日、アルシアの機嫌が治ることは無かった。終始不貞腐れて居た。
「でも良かったの?貴女の妹さんかなり怒っているけど」「今までこんなに怒ったことないからビックリしてるけど、仕方ない」
太陽が登り、朝のお告げが来た。アルシアを起こし宿に鍵を返す。
「アマリさん、一応説得はできましたよ。明日の夜引き取りにきますね」「本当にありがとうございます!もしかしてネクロマンサーですか?」「ネクロマンサー?そんな種族もおるのか。あいにくただの人ですよ」
一夜挟んだことでアルシアは落ち着いているようだ。すまないと思いつつも、同族の確保、元いい保護は大事なことだ。
「むぅ、朝御飯少し高いの食べるから」「はい、すいません……」
朝から銀貨二枚もする高い食事を食べてご満悦になったアルシア。
昼から作戦会議をして、夕方に街を出る。自警団と冒険者のトップが集まる大掛かりなプロジェクトだけあってか街の雰囲気もいい。
「お姉ちゃん、どう。街に出てからBP?ってポイント稼げてる?」「今夜儲ける予定、野盗はなんでも五千人規模って聞いたからね。一人頭10は稼げるし5万?!やはー、私BP持ちよアルメシアちゃん」「楽しそうだねお姉ちゃん。でも気を抜いたらダメだよ?」「わかってる。私の重要任務はアルメシアの護衛」「違うって!」
備品を整えている内に集合時間になって居た。冒険者ギルドの会議室に入ると知らない顔ぶれも多々。
「お集まりいただき感謝する。俺は今作戦の指揮官を務めるウロスだ。簡単な顔ぶれの紹介だけしておこう」
前衛隊を率いるのはアーヤという冒険者。A級の大剣使いで、ギルド売上の三割を個人で占めている。
第二前衛隊はウーチェ。自警団の副団長で元A級冒険者らしい。国家安全維持兵団にも所属した経験がある強者。
第三前衛隊はウガラモスという冒険者。A級の巨人族で、不死身と謳われている。
第四前衛隊はアイシャ。実は野盗狩り対数は自警団より多い。
あとは後衛の魔術隊にアムリュー、ウルス、ウーバル。
空の目の本隊としてウロス、分隊としてアルシアとアルメシア。
「以上だ、ここの連携は今からやっていいが詳細な指揮は街を経つ夕方に行う。これは情報漏洩を防ぐ目的もあるため、しっかりと留意すること」
「フードの二人、怪しいな。空の目に入れるほどの弓技術があるというのか?」「ウロスの推薦らしいぞ」「俺は別に気にしねぇがな」
一定数こちらを訝しむ者もいる。それもそのはずだ。フードを被ったまんまの二人組を野盗狩りの分隊長として起用しているのだ。
「ふむ、解散しようと思ったが。疑いを持たれたまんまでは気が済まんだろ。アルシア君とアルメシア君、もう一度あの弓を彼らに披露してくれるか?」
「あぁいいよ。別に私らは疑われてもそれを覆せるほどの力を持っている」
また同じグラウンドでヘルハウンドを倒す事になった。
アルメシアが弓を構える。冒険者のトップ達が見守る中、三体射抜き、追加で連続二体を射抜いた。
「一回で三本打って全弾命中か、一体どこで訓練を受けたんだ」「ありゃ人間か?」
「私も見せないとな。五本でほいっと!」
矢がヘルハウンドを貫く。上空からあり得ない動きで頭に突き刺さる。気付いた冒険者は気付いただろう。
「エルフか、しかもかなりの腕前だ」「森を燃やしたのは野盗と聞いたが、その憂さ晴らしだろうか?人間と群れるエルフなんて珍しいからな」
「どうだ、わかったか?これがこの姉妹の実力だ。姉に関しては自警団のセーフゾーンで共闘した時からスカウトを持ちかけている実力者だ」
嘘も方便。そんな話はした事ないが、説得力が増す。アイシャとアムリューは驚きさえすれどこれといった変わり映えはなかった。
また解散してそれぞれ備える運びとなった。どうせまた夜揃う訳だし解散の意味なくね、なんて思いつつもアルシアと食事へ向かう。いつものレストランではなく今日はちょっとお高い店へ入った。
朝もかなり高かったが。夜飯としては最高クラスだろう。銀貨四枚も取られるんだし。
「んー!私高い料理の違い分からないけど、味の染まり方が全然違う気がする」「だね。コクがある、値段以上に美味い」
高級レストランだけあって来ている層もかなり品を感じる。だがその中に一部嫌な目線を感じた。パートナーとの食事中に他の人を見るのはマナー違反だろ。あの驚き方と雰囲気、さては。
「アルメシア、一つ確認だが薬として売られそうになったと。その相手を覚えているか?」「えぇ、片隅くらいですが」「今からそれに化けてもビビるなよ?」「え、この人です!」
クリアヒールのお陰かもはや過去の記憶として消し去られたあの男。だが、向こうは覚えているようだ。怒りなのか恐怖なのか体を震わせている。
「きっと私のことを見て死んだはずなのにとか思っているんだろうな。分身をうまく使って」
分身がスゥーッと進み男の目の前にやって来た。認識対象を使い、机から頭を出した状態で実体化。
「ひっい、ばっぺ?!」
変な情けない声を上げて男がひっくり返る。周りはなんだなんだと集まって訝しむ。
認識対象はこの男にしか定まっていないから他の人には見えない。必死でしょんべんを漏らしながら指を刺す男だが哀れな目線が向けられる。
「え、エルフのガキが居たんだ!さっきまで席にいたと思ったら、え?いる」
周りから揶揄われる男は居場所がないと感じたのか代金を置いて、女を残しその場を走り去った。まぁ逃すほど俺も甘くはない。BPが美味いし。
「ねぇどうして私を薬にしようとしたの?どうして森を燃やしたの?」
コイツがどこまで何をしたかは知らないが、様々な怨さをぶつける。みるみる顔が青ざめて頭をペコペコ下げる。側から見れば突然土下座し始めたヤバい人だろう。
「ひっ、悪かった!エルフが森の狩猟許可をくれないからってデマを流してたのはあやまるから!許してくれ、まだ5歳の娘が俺の帰りを待っているんだ」
「エルフにだって子供はいたよ。燃やされたせいで死んだけどね。君の娘さんも悪どい野盗にひん剥かれてみんなの前で晒し者とかどうかな」
「それだけは!」
「おい、そこの。エルフだろ、何をしている」
しまった、看破スキル持ちか。実体化解除。
「逃げられたか。そこの貴族よ、立てるか?あん?あのエルフは野盗狩りの分隊長だぞ。何したんだ」
何やら話しているようだがこれ以上勘繰られるのは困るので撤退!本体の方はとっくに食事を済ませて退店済み。
アーヤとかいう冒険者だな、なかなか侮れないな。依頼でアルシアを追う時のメンバーに居た可能性、ない。
だが危険だ。本能が告げている。
「お姉ちゃんどうしたの?」「あー、作戦前にBP集めかな」「え、あの一瞬で集めたの?」「あいつからたんまり稼いだ。200は手に入ったから、弓系全部取った」
少し早めだが冒険者ギルドに向かった。やることが他に無いのと先程の一件で外に出るとアーヤに見つかる可能性があるからだ。できれば作戦が終わるまでは会いたく無い。
「二人とも来ていたのか、早いな。そういえばアーヤが話したいことがあると第一会議室を取っていたぞ」
遅かった。見つかるどころか向こうからこちらを招き入れようというのか。ならば行ってやろう。
「アルシアだ。何の用事でよんだ、A級冒険者」「そう畏るな、私らは前線を突っ走るんだ。お前らの後方支援あっての行為だからな。どんな目をしたやつか対面で見ておきたかった訳だ」「なるほどね。それで何かわかったの?しがないエルフよ」
殺気もなければ怪しい気配もない。何の目的で呼ばれたのか分からない。
「さっきの貴族の件でな。オッドアイのエルフは薬になるとかなんとか」
その言葉に弓を構えていた。もちろん引く気だった。危険因子の可能性はここで排除すべきと。だが、撃てない。
「あの男は領主だ、エルフの森付近の土地を管轄する。最近起きたエルフ狩りの被害者か?」「結論から述べろよ、何が言いテェのかわかんねぇだろ」「付近の村やあの領主の私用兵を襲撃したエルフのゴーストはお前か?と聞けば良いのか?」「ゴーストか、なら私に浄化でもかけてみろ。効かないぞ。私と疑っているなら店の人に聞けばわかる。飯を食ってるエルフがどうやって脅かすんだ?」
冷や汗が止まらない。普通にやれば勝てるだろうがアルシアが扉の外にいる。この街の冒険者を突然襲った扱いされてはこの先が生き辛いだろう。
「別に私はあの領主の手先ではない。死者を扱えるなら頼みたい事があっただけだ。聞き方が悪かったのはここに謝罪する」「信用ならねぇ、エルフ狩りを知った上であの領主をのさばらせているんだろ?私は野盗狩りをしたらまた帰る。お前達のような奴らとアルメシアを同じ空間には置けん」
部屋の扉を抜けると心臓が忘れていたかのように鼓動を再開した。別に生きていないから鼓動が無くても問題はないだろうが。
「お姉ちゃん大丈夫だった?かなりやつれてるけど」「アルメシアの顔見たら治った。それから野盗狩りとアンナの回収が終わったらこの街を去るぞ、エルフ狩りを見過ごすような人間しかいない」
夜の会議で最終的な野盗襲撃ポイントが決定した。
仮の重要荷物を積んだ荷馬車で野盗の根城にいる人員を割く部隊と、根城に乗り込む部隊。
「本当にいいのか?空の目に志願したのは危険が少ない後方だからだと思っていたのだが」「逃げている者や、無防備な者を襲う下賎な輩には同じ報いを受けて貰おうとな」
襲撃隊の後方支援に分隊は配属された。アーヤ率いる上級冒険者達が一気に根城を襲撃、窪地状を利用して空の目は高台から下の敵を狙撃。
「流れは理解した。アルメシアは武器メインで狙うように」「わかったよお姉ちゃん!」
新月で月明かりのない暗がりを進んでいく。アーヤ達専攻部隊は松明と馬で一気に突っ込むが、弓は場所がバレてはいけないから明かりなしである。
「分身と……人化のレベル上げたから格好変えれるんだよね」
ちょうどどこにでもいそうなオッサンに人化させた分身を混乱する敵陣へ放り込んだ。BPは鰻登りといったところだ。慌てて外に出て応戦する敵が、中の異常に気付いて戻ってきては混乱する。前衛隊を逃れて逃げようとすれば矢に射抜かれる。
前衛隊を倒そうとしても武器を弾かれる。一方的な鏖殺、殺しはしてないが、そんなところだろう。
野盗1万ちょいのうち二千は偽の情報で大荷物と称された殲滅部隊を、残り八千はここにいる訳だ。
たかが数百の冒険者や自警団の手で壊滅していく野盗、BPが美味い事この上ない。
「ほとんどビビって外に出てるなぁ。アルメシア、新スキル試すなら今だぞ」「だね、私達の住処を襲った野盗には制裁!返し矢」
魔力で無理やり圧縮された矢が突き刺さるタイミングで解放されて弾けるとんでもスキル。
「うひょー、あれは痛そうだな」「二発に一回は失敗しちゃうなこれ」
外れた矢は地面に刺さり弾ける為、直接当たるよりは被害がないが、勢いと威力でひっくりかえる野盗達。
「なんかもっと危険なイメージだったけど、前衛隊強いし野盗はバカだしで苦労なしだね」「だねー。でもこの野盗狩りしただけで調味料とか足りない物全部買ってもお釣りが来るくらい稼げるよ」「稼げないから野盗になった奴らを倒して稼げるってなんか不思議だな」
夜明け前に野盗達は投降した。死傷者は野盗と野盗狩り合わせて163名、うち行方不明者3名。
野盗狩りの後は謎のおっさん捜索が始まった。野盗や、内部に侵入した一部の冒険者達が目撃したというラフな格好をして剣を全て避ける謎のおっさん、行方不明の3名のうち1人である。
「まさか架空のおっさん捜索で朝になるとは」「お姉ちゃんが張り切りすぎたからだよ」
冒険者ギルドに戻ってから金銭の分配が行われた。依頼料と押収物、参加人数や仕事量を加味した配当だ。
依頼料銀貨五十枚、押収物売却代分配銀貨百二十枚、分隊長手当金貨一枚、補助手当銀貨百四十枚。
2人合わせれば人間一人が一年暮すのにお釣りが来るほどの額。
「毎回討伐があれば億万長者だね」「さらっと恐ろしいことを。大規模クエストはたまに来るから美味しいんだよ」
朝帰りなのもありクタクタのアルシアと朝風呂へ向かった。
宿に向かうときには眠りそうだったのでおぶっていくことになった。
アマリさんは潔く受け入れてくれるし神宿である。アマリさんには見えないが後ろにはアンナもいる。
部屋の鍵をもらい、ベッドにアルシアを寝かせる。
「いやーお疲れ様。野盗を一掃したらしいね」「あぁ、おかげで金貨二枚」「クエストで金貨だと運がいいね」「街にいる時しか使わないから私らにとっては邪魔でしかないけどね」「それなら冒険者ギルドに預けるとかどう?冒険者カードの方に記録されるから他所でも使えるよ」
さすが元冒険者、詳しい。
「私も金貨一万枚を掲げて冒険者頑張っていた時期があったんだけどね」「豪邸でも買うつもりだったのか?」「いや、師匠の薬さ……まぁその師匠も死んだから結果としては要らなかったけどね!」「そんな明るいノリで言われても反応に困る」
治癒魔術や浄化魔術があってなお薬が重宝されるが、効能とかではなく民間療法くらいのノリだろう。
「一つ悔いがあるとしたらいまだに師匠が生きていると思って稼いでいるアイツくらいかな」「恋仲の人が居たのか、後追いされなくて良かったな」「恋仲じゃないから。腐れ縁です!私より後で弟子になったくせに私を抜いて皆伝したクソ野郎です」「凄いじゃないか。いいのか最後に一眼見なくて。今日でこの街はおさらばだぞ」「ゴーストになった私が今更掛ける言葉なんてないよ。それにアイツは馬鹿真面目だから信じないと思う」
アンナは暗い顔をしていた。ゴーストになった理由の一つはこの未練だろ。なんて言うのも身勝手だし。
「まぁアンナがいいなら私はいいが」「それよりさ、吸血館での生活が楽しみ!何があるの?」「見え見えの切り替えするなよなー。そうだな、この街とさして変わらないよ。風呂があって台所があって、あー屋敷内は凄い迷宮みたいで面白いよ。私ですらまだ行ってない部屋あるし」「え!すごい、早く行きたいなー」
まだ行っていない部屋は棺桶があるから、絶対に館の主人が寝ている。あんなの起こしたら殺されるかもしれない。
「ん、誰だ!!」
不意に扉の外に気配を感じた。だが、声を出すのとほぼ同時に気配は消えていた。ゴーストを欺くとは暗殺者か?
「私までびっくりしたよー、なんかいたの?」「聞き耳を立てていた。気配察知のスキル低すぎて詳細わからないけどな」「ゴーストってスキルあったの?!あ、前にBPとか言ってたわね」「いまさらかよ。強く念じて、イメージをする。紙で書くとこんな感じのやつを」「なにこの丸と棒は」「いいからイメージ」
5分ほど経っただろう。アンナの顔の前に手を振るが反応がない。
10分が経過した、いまだに動かない。
「はっ!」「うわっ、私を驚かすなゴースト」「本当に丸と棒が出てきた。私の場合自動で取っていってるみたい」「普通自動でも気付くと思うが」「ゴーストになってから人間の時みたいな知りたい欲が減った?関心のない事に興味が湧かなくなった?」「それは元の性格もあるだろ。私はゴーストスタートだから知らん」
昼頃になるとアルシアが目を覚ました。御飯時にはちゃんと起きる。えらい、かわいいぞ。
「そろそろお昼ご飯時だね」「私お肉が食べたい」「いいなー私も食べたい」「アンナさんはゴーストなんだからお留守番です」「憑依スキルで乗っ取っちゃうぞ……すいませんすいません。ほんっとうに二度としないからゴーストに日光はやばいから」
窓を開けてアンナの頭を掴み窓際にやると反省したようだ。
憑依ができるなら仕方ないし分身を貸して外に出るか。
「アンナ、仕方ないから私の分身を貸すし、そいつに憑依しろ。憑依すると日光がどうなるかも試したいしな」
ゴーストにゴーストを憑依させると耐性が付いたり?
「生前の私と遜色ない格好じゃないか。ゴーストにこんな力があるとは」「ほらとりあえずそこの日差し触れてみろ」「感心する暇くらい与えて欲しいんだけど」
少し煙っぽいのが立つが大丈夫なようだ。アンナ曰く鎧が酸で溶けていく感覚に似ているらしい。マニアックすぎる表現なのに理解できるのが悲しみ。
「うーん、快適すぎる。久々に日光の下を歩けるとは」「お姉ちゃん本当に良かったの?この顔だと死んだはずじゃってなるかもしれないよ?」「死んだはずの人間がいる訳ないってなるのが普通だろ?」「そっか??」
普通はそう。だが、BP集めで過度にやりすぎたせいか、一部そうならない人もいるかも知れない。その懸念はあるが、あの領主の私兵や野盗が堂々とこの街を歩いているはずがない。
何の自信かはわからないがきっとそうだと信じている。
「お肉お肉、あまりの美味しさに死んじゃうかも私」「もう死んでるだろ」
肉専門店なんて豪語するだけあり、いい香りが店内に広がっていた。席についてメニュー表を見る。金額は仕方ないよねーと言ったところ。
だいたいステーキが銀貨十枚前後。
「2人とも食べるもの決まったか?」「私はこれで!」「私も久々の肉だ、ありったけ食べるぞ」
アルシアは小柄な見た目に反して物凄い食べる。アンナも俺も肉体はアルシアの模造なので沢山入る。
だからと言って一人当たりステーキ三枚はやり過ぎだろ。
「うーん、美味い!」「他人の金で食べる肉はうまいな。そんな目で見るなよ、私の冒険者カードとか一式隠したところ教えるからさ」
遺留品を見つけると事件性のないもの、引き取りてのない物に限り半額相当が貰えるシステムが存在する。これは冒険の途中で死ぬ冒険者が少なからずいるからで、死んだ冒険者の把握に必要だから見つけたら持ってきて貰えるようにと設けた制度。
たまに悪質なケースもあるらしいが。
「私の家族みんな死んでるし、冒険者カードで貯蓄してた分だと金貨二十は超えるぞ?」「お師匠様の薬だっけか。よく貯めたもんだな」「半分は趣味かな」
この世界の通貨価値はだいたい銀貨一枚がちょっと高めのペンくらいだろう。前の世界で言うと900ノル。
金貨一枚は90万ノル前後、300万ノルから400万ノルが平均の年収ということを考えると、金貨二十枚は五年分の年収だ。生活しながら貯めたとしてもそんな簡単に貯めれる金額ではない。
「まぁでもこんな美味い肉食えるし、普通に使ってても良かったな」「でも良いのかー?後釜で来た免許皆伝の後輩弟子にはなんもしないで」「不器用だがアイツはアイツなりの生き方を持っている。それよりもう一枚頼んで良いか?久しぶりの久しぶりで久々の肉だ」「もう好きにしてくれ、アルシアなんて八枚めだ」
話し込む俺とアンナをよそに追加文を注文していたアルシア。2人とも似たような額を稼いでいたし支払いに問題はないが。
「いやー食べた食べた。何から何まですまないね。早速行こうか」「アルシア、寝てるか。よいしょっと」
アルシアを背負って店を後にした。一応アンナにもフードを被ってもらい街の外れに進んだ。
共同墓地のようだ。師匠とやらの墓だろうか。
「師匠今思うと……ただのスパルタだし調子崩したの酒の飲み過ぎだろ!!」「は?」
墓石を蹴り倒すアンナ。倒れた墓石の隙間から色々出てきた。
「ほいこれ。冒険者カードと、あー金もあったわ」「いや、その良いのか?」「だから気にすることはないってば」「まぁとりあえずこれ受け取って。まぁ身寄りのねぇガキを育ててくれた恩は感じているけど。呑んだっくれのオイボレババァなんてな」
分身体に憑依していることを忘れているのか、お前の感情がヒシヒシと伝わってくる。自己保身の為にその態度を取るのは果たして吉なのか?
「とりあえず冒険者ギルド行くか。アルシアが寝てるからしばらくここで見ていてくれ」
気を使うのも大変。
私の冒険者カードより少し豪華だなこれ。A級だったのか。
アンナ•イーレア17歳、大剣使い。依頼達成回数1630件、失敗回数0件。
「何で死のうなんて考えたんだろうな、本当に」
冒険者ギルドは相変わらず人が多くいた。また大型の依頼が入ったらしい。何でもエルフの森が燃えて消えたせいで大量のモンスターが押し寄せて例の領主が緊急依頼を持ち掛けたとか。
「賑わっているなぁ。すいませんこれ、落ちていたんですが。この小袋も多分」「ありがとうございます、え?アンナさんの冒険者カードですか」「知り合いか?あれなら渡しといてくれ」
今日この街を離れるのにアンナを知っている前提で進めるとややこしくなりそうだから。他人のフリをした。
「確かに本人のものですね、どこで見つけましたか?あ、そうでした。会議室まで来てください」「はぁ、良いですけど。今夜経つので時間は取らせないでくださいね」
緊急でバタバタしている中だからだろう、ギルマスも慌てて入ってきて書類を机に並べるが、またすぐに出ていく。
「まず拾われた場所を」「地理に疎くてな、墓場ら辺と言えばわかるか?私の緊急連絡先になっている宿だ、あの近辺の」「イーレア共同墓地ですね、これは結構面倒くさい案件ですね。あ、いえ気にしないでください」
何だこの慌てようは、自害した女冒険者にしては扱いが。A級ともなれば何かあるのだろうか。
「すっごく頼み辛いのですが、会って欲しい人が」「嫌です、エルフが人を嫌うのは知っていますよね」「知っています。ですが、今回貴女が拾われたアンナさんについてはギルド側としても厳正な態度で調査をしていた案件なんです」「先に話だけ聞こうか」
アンナ本人からも語られなかった酷い話を受付が話し始めた。
アンナ•イーレアはA級冒険者としてギルド貢献率一、二を争っていたが一年前に行方不明になった。
その後、宿にて首を吊った遺体が見つかる。直近の依頼主をあたった所、あの領主だった。モンスターに襲撃され治療不可の怪我を負ったアンナは私兵により宿に運ばれたという。
この時点からギルド的には怪しいと言っていたが、調べようもない。
領主の会見ではモンスターに負わされた怪我が負い目で自殺したなどと、いい勝手に追悼式までやったそうだ。
だが見つけたのや、死因を調べた者たちを調べるほど領主関係者ばかりだった。
アンナの冒険者カード類も見つからなかった事を考えると、何かしらの事件に巻き込まれ殺されたと推測できる。
ギルドは完全に事件で調査を行なっていたらしい。
「少し長くなりましたが、このような背景がありました」
アンナは何も言っていなかった。いや、迷惑をかけたくなかっただけだろうか。
「エルフの森についても領主の線で調査をしています。ですからギルドの勝手なお願いですが、もうしばらくお付き合い頂けないでしょうか」「……あぁ良いだろう。それから友人をここに招いて良いか?お前たちを信用するから合わせるのだ」
自分の分身に自分で憑依をする。アンナ理論なら分身憑依で安全に日光を歩けるというが。
これは痛い。表現は間違っていないが、装備というより皮膚を焼かれているように痛い。
「アイツはこれを平然と、一体どんな痛みを負えば許容出来るんだ」
墓場にはアルシアとアンナがいた。楽しそうに何か話している。
「アンナとアルシア」「その顔、聞いたんですね」「あぁ、ギルドは領主を裁く為に色々模索している。辛いだろうが本当の話をしてもらう」「おっけー!元々そのつもりだったし。あのクソ領主のケツに焼けた鉛ぶち込むまでは成仏しきれないからな!」
虚勢ではなくガチだ。アンナに乗せられたようだ。冒険者カードの持ち込みを提案したのも全てこの布石。
「って事で友人のアンナです」「どもー一年ぶり?」「ひぁっ」
受付はひっくり返った。それはそうだ、死んだ人間が現れたのだから。
「まぁー、何というかただいまです。依頼は失敗ですよね確かはは」「ギルマスを呼んできます!」
ギルマスも持っていたカップを落とし、カケラで足を怪我して初めて夢じゃないと気付いたようだ。
「アンナ君……これはエルフの秘薬を使ったのか?」「アルメシア、エルフの秘薬って何だ?」「死者を生き返らせる精霊治療薬ですよ。でも効果は1日以内で全身が残ってないと無理ですよ」「ということで秘薬ではないです」
経緯の説明は面倒だったので何となく察してくれという空気を出した。場数を踏んでいるだけあるのかギルマスがコホンと咳払いをして話が進行した。
「では、アンナ君。あの日何が起こっていたのか詳細に聞いても良いか?」「いいよー。あ、でもアルメシアちゃんの耳は塞いだほうがいいかも。あんまりよくない話だから」
アルシアを外で待機させて、話を聞くことにした。
「あのクソ野郎、名前なんだっけ?そうそう、ウンカォだ。私が師匠の薬代を稼ぐ為に必死に冒険者していたのは2人とも知っているだろ?」
モンスター大量発生の日、私兵だけでは守りきれないと冒険者の派遣を依頼した領主ウンカォは野営五日目くらいの夜に声を掛けてきたという。薬の材料が手に入ったがそれだけで金貨100枚は必要。鮮度が大事で他に欲しい人がいるから直ぐに買うか決めて欲しいと。
金のないアンナは諦めて次回にしようと考えたが、領主と数人の有権者に抱かれれば金は工面しようと言われ、泣く泣く快諾。
だがそんな美味い話はなかった。散々回された挙句、モンスター大量発生の時に故郷にいた師匠は死んだことを告げられる。そのままイーレアにある墓場に連れてこられたアンナは泣き叫ぶ。
それに興奮したのか連れてきた部下達に襲われ、抵抗した時に付いた傷と刻まれた傷。人間としての尊厳、自分の人生を全て否定されたような気がしてあの宿で首を吊ったという。
「惨すぎる、なんて同情はしないで欲しい。私は同情を求めて話したわけじゃない。あいつらを私以上の目に合わせる為、その為だけに話した」
なぜ最初に私たちと会った時点で話さなかったのか聞いたが、単純に忘れていたらしい。あの宿から離れることを知った時、外に出る度に嫌な記憶が蘇り、死ぬ前に墓に足掻きとして残した冒険者カードの存在を思い出した。
「今回の招集で、また冒険者が毒牙にかかるリスクもある。冒険者の安全は領主側ではなく自警団側に委任させたい」「それは約束しよう。冒険者達にも領主には近寄らないように伝達しておく」「弱みや何かしら領主と接点のある冒険者は本計画に参加させないように私の方からも手配します」
モンスターの討伐は獲れるものが少ないから元々参加する冒険者は少ない。自警団やその領地の私兵、また国から派遣される部隊が鎮圧に当たるのが常。
「アーヤ、アイシャ、アムリュー、ウガラモス、ウーチェ、アルシア、アルメシア、アルア、ウド、ウーズ、ウベルバの11名が討伐に当たるものとする」
自警団の引率する馬車にそれぞれ乗り出発した。領地までは野盗が消えたのもあり、最短明日の朝には着くとのこと。
「アーヤとかいう冒険者がずっとこちらを見ているが、何なんだアイツは」「怖いですよね」「そうか?」
アーヤ、アルシア、俺、アルアことアンナ、アイシャ、アムリューの女性六人が乗った馬車は華やかな雰囲気ではなくて殺伐とした空気が漂っていた。
「おめぇら改めて自己紹介しとこうやぁ!私はアイシャだドワーフだが戦えるぞ」「アイシャとパーティーを組んでいるアムリューです」「この中で唯一A級のアーヤだ、先導は任せてもらいたい」「弓手のアルメシアです」「同じくのアルシアだ」「おなじくアルアです。趣味は他人の家を覗くことかな」
アイシャが酒の力で盛り上げようとするも、勿論盛り上がるはずもなくまた静かになる。まるで傭兵の乗合馬車のようだ。
「だぁ、つまらねぇな。女六人も乗ってて華がねぇ。せめて依頼のすり合わせとか事前情報くらいは話そうぜ」「アイシャやめとこうよ。毎回そうやって絡む癖あるんだから」「いや、構わないよ。まぁみんな初対面ってわけじゃないしな」「アルルさんだけ見たことありませんね。確かアルシアさんの友人と聞きましたが」「むぅ、むーむ。むー」「すまないな、アルメシア同様にエルフ関連の病気でうまく喋れないんだ」
エルフはその発達した身体能力が仇となり、耳や眼、口などが定期的に機能しなくなることがある。それを逆手に取り、バレないように喋らせないことにした。減らず口とおちゃらけた態度を封じられたアンナはムー以外何も言わない。
「そうだな。冒険者アイシャの言う通り、ある程度話しておくことは必要だ。私はモンスター大量発生時に加勢したことがある経験者だ。経験者から言わせるとモンスターは本能的に動く物が多い、形勢が崩れると一気にソコをつかれる」「アイシャ私死ぬかもしれないよー」「アムリューは私が守るから安心しろ。それに優秀な弓使いが2人もいるんだ、前だけ見て戦えるなら敵なしだろ」
冒険者がパーティーを組んだ時、大抵前中後の三分野に分けた時、誰がどこの配置かを話し合う。
アイシャは大槌を振るう前衛であり、魔術師のアムリューは一定の精度と威力を誇るので中衛。なんて具合だ。
俺とアルシアなら両方後衛だが、ゴーストの分身で前衛を埋めれるから問題はない。
アーヤとやらはきっと単身で前衛を突っ走るタイプだろう。
アンナも大剣なので前衛を任せるのは適任だが、大剣を持てるほど強固な分身体でもないので却下。
アンナの憑依は霊魂型と言って人格と行動を乗っ取るだけ。身体型が取れると生前の身体能力を発揮出来るらしいが、これもやはり元の体が脆いと直ぐに壊れる。
「弓使いからの提案だがアーヤに私が付いて、アイシャにアルメシアが付く。アムリューはアルルが短剣で護衛というのはどうだろう。男性側がどんな予定を組むか知らないがとりあえずで」「問題はない」「アルメシアちゃんが護衛ならバリバリ潰せるわ」「えっと、アルルさんの実力がよく分からないから怖いんですけど」「アルメシアの矢が短剣に変わったと思ってくれればいい」
分身体を作る時、脆弱性が見つかった。無意識にやっていたが、スキルを自分と分割するか、譲渡、もしくは丸ごと剥奪をして作る。
例えば弓の使える分身体を作るために弓10を渡せば分身体は弓使いとして使えるが、本体は弓1(スキル自体は固定枠として保持)になるため、どうするか迷いどころである。
途中で切り替えも可能だが、咄嗟の判断や分身体との思考差異で支障が出ると困るため迂闊には出来ない。
要らないスキル、使わないスキルを選定して付与することにした結果、館の分身は家事などの補助スキル全般をアンナの分身には短剣10と鷹の目5を渡した。
そう森精霊の怒りが1人しか使えない現象は、分身体にスキルを与えるのか自分にスキルを与えるのかと言った具合で起きていた事である。
「むー、むーー」「宴会芸くらいならここで披露できるとのことだ」
投げたリンゴを落ち切るまでに高速で切り付けるアンナ。短剣は斬る刺す投擲と幅広く扱える武器で、アンナは大剣使いの記憶か斬るにはかなり特化しているようだ。
「こんな感じだ。スキルはかなり高いぞ。エルフ界では短剣のアルルなんて恐れられている」「お姉ちゃん、エルフにそんな格付けありませんよ」
ヒソヒソとアルシアがツッコミを入れるが、それとは裏腹に感銘を受けたといった顔の3人。
緊張がほぐれたのか少しづつだが会話が生まれてきた。
「冒険者アイシャは一体何本呑むのだ?」「あぁ?お前も呑むか?一日そうだなぁ五、六本か」「その倍は飲んでいますよ、アーヤさん」
「魔術師の持ってるマジックアローってどれくらいの精度なんだ?」「そうですね、弓の熟練度によって変わるので私だと百回に一回ですね。向き固定から数秒後なので、予測能力も必要ですし」「ありがとう」
「冒険者アルメシアは耳で見分けると聞いたが、どこまで理解出来るのだ?」「えっと、馬車の形からそれぞれの人数までなら簡単に。大きな音が鳴ると鈍っちゃいますけど」
主に冒険者として互いを知ろうレベルだが。ここの力量を把握しておくことは今後の動きに大きく繋がる。
「むーむー(静かになったな)」「だな。いいのかアルルは寝ないで」「ムー、ムー?(ゴーストが寝るとでも?)」「そうだったな。ふぅ、そういえばモンスターって見掛けないし実感無いけどどんな見た目とか、どんなやつとかわかるか?」「ムー、ってこれだるいな。普通に話すぞ」
代表的なモンスターはスライム、ゴブリン、オーク、スケルトン、リーフリ、キメラらしい。特にスライムは後方から現れては色々なものを捕食して大きく成長しながら進軍をする。
「前者三体は基本的に朝から夜頃に活動を、後者は完全に夜型だな」「ゴーストもいるのか?」「それは分からない、ゴーストになってからは行ったことがないし」「それもそうか。それぞれ知性はあったりするのか?本能的とは言っていたが」「あるにはあるが……まぁBPとやらを稼ぐなら問題ないだろう」
纏めるとモンスターはどこからともなくやってくる異種生命体。知能指数はとても低いが生命本能が強いのか、仲間がやられた武器などには過剰反応を見せる。
人型の弱点は人間と差異無し、スライムは核を、スケルトンは頭部と胸部を、リーフリは燃やすこと、キメラはメインとなる獣が性質の本体。
「スケルトンなら仲間に出来たりしないかな、同じゴーストみたいなものだろ」「それはやめといた方がいい。なんつーか、見た目かなり醜いぞ」「スケルトンって知ってるぞ。骨だろ?」「ただの骨野郎じゃない。所々に屍肉が張り付いてて、こう、なんだ?」「ゾンビかー」「それだ。ネクロマンサーの死霊魔術で無理やり墓場から起こされたみたいな見た目してんだよ」「ネクロマンサーか、それなら私の力を怪しまれずに使えるぞ」「エルフのネクロマンサーとか聞いたことないし、アイツらは戦うのに死体が必要だから、それだけでかなり嫌われている。中には自分で使うようの死体を保持している者も居るが、屍肉の香りが抜けない」
ネクロマンサー不遇過ぎだろ。だが、死屍累々と独り舞台を使うにはそれしかないのでは?
「それからネクロマンサーの死霊魔術は大体30体まで、あの宿から冒険者ギルド範囲で、目視圏内でしか操作できないから」「制限多いな、ちぇー」「あ、でもエルフって人と接してるの珍しいくらいに情報少ないからエルフの秘伝とかエルフ奥義でまかり通る部分はあるんじゃない?実際森が燃えるまではみんなエルフがモンスター襲撃を抑えていたこと知らなかったわけだし」「それは一理ある、そうか……はっはは!」「なんの笑いだ」「いや、すまん。これで私の全力を御披露目出来るってわけだと、うずうずして。あ、やばい漏れそう。霊体化してくる」
死飼の産蝿、新しく手に入れたスキルだ。あまり見せられた物ではないが、口から大量の蝿を出す。自分の血肉をあえて食わせた蝿は眷属となり、目として、時には刃として活動させることができる。
「ごふっ」「汚ねぇスキル。間違ってもこの分身にはつけないでくれよな」「あぁ、痛すぎてアルルに丸投げしてぇ」「マジでつけるやつがあるか!しかも様子見るに突然だろ?任意じゃないのマジで最悪なんだけど」「あ、安心しろ。酸を飲んだ時みたいな感じだ」「そんな体験ないぞ。どこの罪人だ」
そうこうしているうちに太陽が昇り、領主の元に辿り着いたようだ。まずは焼け落ちた森付近に拠点作りから始まった。
「こっち引っ張れー!せーの」「そっち終わったかー?」「火付きました」
自警団が手際よく作業を進めていく。冒険者はまずモンスターの説明からスタートした。概ね聞いていた通りである。
「今回の討伐では扇状になって、最終地点の湖水を目指すように殲滅していく。団体行動必須だが、どう分配する?」
ウーチェという冒険者が主体のようだ。
「あーそれなんだが、女性陣は昨日の時点である程度考えて来た。弓使い二名が大剣と大槌の援護、短剣使いが魔術師の援護という形に決まっているが。不備はないか?」
「ふむ、ならそれで良いだろう。ただ自警団もしくは領主の私兵も援護しなければいけないので、後衛前衛共にそのつもりでいるように」
一度解散して装備を整える時間になった。アイシャがみんなの装備を軽く点検してやるといい、手際良く整備までしてくれた。
「張りが弱まってたから締め直した。大剣、刃毀れが目立って来ているから今度持って来い」
酒を飲んでテンションを上げるアイシャが今日は呑んでいない。それだけこの討伐は命懸けと言う事が伝わる。
「これって確か各自狩ってきても問題はなかったよな?」「早速分離行動か、アルシア」「ふむ、先に私の力を見せておこうと思ってな。ほれ」
分身体を四体だし憑依で固定する。計2人分完成というわけだ。
「エルフ奥義の分身だ、偵察も兼ねてこれらを先に行かせたい」
流石にやりすぎたか、と思ったがエルフなら仕方ない感で埋め尽くされた。
それぞれに隠密を5、偵察特化型である。さらに夜に吐いた蝿たちを近くに待機させてある。
痛みを伴う日光を遮るのには好都合だ。なんなら死体のフリでもして誤魔化せる。
後のことは分裂思考に任せてこっちを進めよう。
「大体の動きが掴めた、今のところはゴブリン達が進行している。あとオークか」「兵の動きはどうだ?」「順調とは言えないな。自警団はいいとして、私兵とやらは本当に機能しているのか?」「ごろつきや流れ者ばかりだから仕方はあるまい」
状況が著しくないということで予定より早めに行く事にした。ウーチェからも疲弊しない程度になら良いと許可を得た。白煙筒が打ち上がるまでは進軍をしない。
「とりあえず自警団達の援護メインってわけだが」
BPの稼ぎ時だ、多少の手荒は目を瞑って貰いたい。
蝿は文句を言われたので分身の片方につけていたが、新しく吐いた様で軽い日陰は生成可能だ。
死屍累々、独り舞台と連鎖打ち。前衛にいるのは大半私兵だから巻き込んでも問題はない。
「はっは!最高だなっと、弓兵が声上げたら行かんかったな」
微かに残った森の中から弓を構え、引く。死屍累々の分身には矢が来たら実態化して敵に突き立てろしか指示は出していないが自分の矢とは言っていない。自警団の矢、敵の放った矢、死体からも引っこ抜いて敵へと追尾する。
敵のゴブリン達は弓を捨てて剣へと切り替えた。どうやら矢が乗っ取られたとか思っているのだろう。
「ざっとこんなものか。ゴブリンやオークは辛うじて知性があるから警戒してくれるが、スライムはやっぱりダメだな」
知性を持たない、核を基準にただ周りのものを取り込んで肥大化する。内部成分は酸に近いせいか変な匂いを放つし、剣はすぐにダメになる。物としては弱いが、相手にしたくないという意味で高ランクな魔物扱いされていたりする。
「私の領域内で好き勝手はやらせない、本能がビビって逃げようと思考するまでスライムよ、死ぬなよ」
吸血館の支配者を分身経由で発動。敵の本陣で展開されたせいか、活気が溢れんばかりに流れ込む。
「今なら日光を浴びても死ぬ気がしないぞはっは」
私兵や自警団がちらほらと撤退準備を始め、倒れた味方を運び始めた。そろそろ我々の出番だろう。
「む、なんだこの気配は。威圧感か」
スライムを纏った大きなオークが群れの一番後ろから現れた。俺以外も気付いたみたいだな。赤煙、群れのボスってことだ。
白煙時は戦闘配置につき徐々に殲滅、赤煙はボスの出現、黒煙は撤退。
「赤煙時は、手柄欲しさに動くものが出るから連携が崩れやすいとかなんとか」
続いて上がる白煙。私兵や自警団の入れ替わりということだ。
「私兵に関しては、オレらがいる間0かよ。そりゃ参加者いないわけだ」
弓を番える。アーヤは鬼神の如く群を斬り倒していく。基本両手で振るう大剣を片手で振るいながら矢で処理して欲しい箇所を指示する能力。化け物だ。
「でも楽で良いね、恐怖上乗せって感じだ」
吸血館の支配者で得た恩恵を前衛に流す事で士気が爆上がりした。前衛がモンスターを倒すたびに間接的に関わった扱いでBPが入る。
「BP二千万消費する空間拡張までもう少しだ」
BPシステムは一定数解放ごとにとんでもない桁を要求するスキルが現れる。それを解放するまで次のツリーを開けないのだ。雑魚で乱獲してもごそっと消えるほどに消費する。
「前回が一千万だったよな、次まで用も貯めとかないと」「アルシア聞こえるか?あのでかいオークはオークキングだ。群を抑えている間に前衛近くまで来ている。分身でどうにか気を逸らせないか?」「了解、アンナの方に回しているスキルいくつか消えるけど我慢してね」
分身を使い、攻撃を仕掛けて見る。硬すぎる。
短剣14で傷すら付けれない。技量だけでは無理な相手である。吸血館の支配者で生命エネルギーを刈り取っても高過ぎて効果は出ていない。
むしろ群れの進行が遅れて前衛が前に出過ぎている気もする。
「森精霊の呼び声を使うか、前衛!一旦退避!定めたAラインまで背中を見せずに下がってくれ」
森精霊の呼び声は、声を拡散させるものだ。それだけである。
「よーし、順調に引いた。オークキングの方は相変わらずだが、距離は離れた」
前衛との距離が空き、オークキングへ魔術が撃ち込まれる。中衛護衛に当たるアンナから指示を出せるのは有り難い。
「よし、流石に魔術は怯むよな」
分隊長をやっていた肩書きのおかげでみんなの動きも抑制できる。指揮を握るからには死者はゼロ、やってやるぞ。
なんならアーヤを支援しつつ、オークキングの足留めもしてやる。
「返し矢、うひゃー!理論ってのは強いね」
オークキングの足付近を重点的に狙う。猛攻で凸凹になった地面に足を取られ後ろに転倒するオークキング。
一瞬寒気を感じた。アイツは今攻撃してきたオレを認識した。
「怨霊より執念の塊を持っていそうだな」
モンスターの動きが変わった、明らかにこちらに向かっているのがわかる。扇状の一番端っこ、何もない側、進行方向ではない側に進軍を始めた。
「ありゃー、これはちょっとやばくない?アーヤへの負担を考えるとやらかしたかもしれない。アンナ、モンスターの進軍方向が私に向いた。ヘイト全部かったからさ。陣形を変えれないか聞いてきて」「突然の無茶振り?!あぁ、良いよ。燃えるねその方が」
ちょうど反対側はモンスター進軍の折り返し地点、こちらに向くためほとんどのモンスターは背中を見せることになる。統率が取れ過ぎているのが仇となる。
ヘイトを俺が集めて、後ろから猛攻。アイツらモンスターは後ろからの攻撃に弱い。横からは盾などで防げるが、後ろは仲間がいるため、守らなくても良いと思っているのだろう。
「許可は降りたけど、あんた1人でヘイト買うのことについての説明が怠かったよ。なんか後でよこしな」「へいへい、んじゃもう一仕事やりますか」
夜のモンスターにも備えて、なるべくゴブリンやオークどもを蹴散らしたい。
「最高な気分だ!連射!連射!っと連射!」
オークキングの後ろに続くモンスター達は段々と数を減らし、オークキングと目の前の軍勢だけになってきた。
「前衛冒険者のダブル攻撃でオークキングの膝を折って、魔術師と空の目による一斉攻撃。あとは槍と盾で地道に追い詰める。上手くいくかねー」
ヘイト管理が問題である。魔術で怯ませただけの魔術師達にはヘイトが向かなかった。多数だから?否、与えたダメージの低さである。流れ弾が何発か掠っても気にしないオークキングだが、転けさせられた事を起因にヘイトが俺へと変更された。前衛の2人が膝へとダメージを入れた場合、どうなるのか未知数なところが多い。
「相手は何を基準に俺と推測しているのか。これが重要だ」
分身体へは見向きもしない。試しに森精霊の怒りを解きゴースト化して見る。
少し戸惑った顔をするが、こちらへ向かってくる。臭いかなにか、あるいは看破の上位スキルだろう。
「死飼の産蝿……さらに!さらに!さらに!!」
弓を撃ちながら蝿を吐き出すのはかなりの難易度。口の中はズタボロ。
だが、そうでもして確かめたい事がある。
「暗天、死屍累々」
ゴーストの大群による動きの抑制。足場の解体。誰にヘイトが向くのか。
「やっぱり俺か、向けられる殺意の量が増えた。よーし、作戦通り行けそうだ」
手前から黄色い煙幕が上がる。体勢を崩す2人が支度出来たようだ。
くる、このタイミングだ。
騒音を立てて倒れたオークキングに、一斉掃射。
空の目達が視界を殺すように放ち、魔術師達は地面に埋めるべく攻撃を放っていく。
結果、身動きの取れないオークキングの完成。進軍していたモンスターはオークキング討伐隊と分かれて処理。
「割とあっけないもんだな」
オークキングが動かなくなったので近付いた。
突然土煙をあげて何かに掴まれた。
「は?」「アルシア!」
周りの叫ぶ声も届かぬ間に破裂した。オークキングに握り潰された訳だ。
「はっは、キングの執念ってのは恐ろしいな。呪い返し」
霞のように消え、みんなの目の前で元に戻る。
「アルシア怪我はないか」「大丈夫大丈夫、エルフ奥義があればあの程度生還できる。それよりオークキングをバラバラにしちまったけど良かったのか?」
呪い返しは、霊体を除く実態時に死に至る攻撃を受けた際、相手の執念に応じて相手へ丸々ダメージを返すもの。
「奇襲とかされたら怖いもんな」
オークキングは巨人の手に潰されたように見えたらしい。
「第四襲撃撃退だ。防衛線を引き直すため、私兵と自警団の我々が交代をする」
忘れていたが夜にもまた来るのだアイツらは。今回のようにキングと言われるモンスターが来るケースは珍しいが第一防衛戦の時にはゴブリンキングが居たらしいので、順当に行けば明日の朝かどこかでまた出るだろう。
「オークキングの最後はBP美味かった。おかげでツリーの解放が捗るよ」「むーむー、む。(アルシア、あんまエルフ奥義とかやってると本家のエルフ達に目をつけられるぞ)」「アルルがそうした方が説得力高いって」
「あの2人はどうやって会話をしているのだ」「あ、アーヤさん。そうですね、信頼でしょうきっと」「そうか……」
「アイシャ、テント内が酒臭いから飲むのやめてよ」「いつも通りだろ」「他の冒険者がいるときは飲まないって決まり事でしょ」
夜まで休憩していろとテントに入ったが吸血館の支配者でほぼフル体力である。
「夜に関してだが、スケルトンとリーフリは前衛達が、後衛はキメラの追撃で良かったよね?」
作戦会議をする事にした。各々の技量は先の戦いで把握出来ている。
「問題無い」「キングがまた出たらどうしよう」「スケルトンキングってか?でっかい骨なら砕けば勝てるだろ」「アルシアさんスケルトンキング知らないんですか?!加工不可能って言われるほど硬いんですよ」「ふむ、そんな奴どうやって倒すんだ」「昔はエルフ達が倒していましたが、今回の一件で完全に姿を見せなくなったので詳しくはわかりません……」
こちらに向く視線が痛い。武闘派エルフ3人もいればわかるだろといった目。
「あいにくと私は知らない。知っていたら聞かないだろ。キメラキングにリーフリキングの可能性も加味すると、情報がないまま戦って無意味に散るのは良く無い」「キング系は総じて派生や亜種、でかいだけじゃない。オークキングは運が良かったと思うしかない」「エルフかー、エルフ……幻影でどこかに潜んでいると思うんだけど」「残念ながら私の看破ではわからない」
今まで遭遇したエルフはアルシアか医者のエルフくらいだ。仮にいまから捜索したとて見つかるものではない。それに一度人間と関わったエルフを伝統重視のエルフが受け入れるのかどうか。
「森が焼けた今、私らで抑えないといけないんだから。エルフに頼らず倒す方法を見つけるしかない!」「アムリューも言うようになったな」「あ、ありがとうございます」
作戦開始の夜まではあっという間だった。過去の情報からある程度の対策を練り、それぞれ配置へと向かった。
夜のモンスターは不気味さが高い。スケルトンは屍肉の臭いを放ちながら進軍を開始。上空のキメラを撃ち落としながらアーヤを援護。
「スケルトンを配下にできそうなスキルは……あと200か。ビビらないんだよなースケルトン。リーフリとキメラからちまちま稼ぐしかない」
夜なのは幸いだ。死屍累々をフル起動出来る上に、分身も憑依なしで動ける為、手足が多い様なものだ。
「なんなら味方を驚かせるのもありだけど、作戦に支障が出るか。いや……アイツなら」
作戦に参加しない私兵達の怪しい動きは察知済みである。目の前に現れるだけで驚くBP製造機達は有効活用しなければ。
「へっ、案の定だ。これで取れるぜ、屍主人をよ!」
自身より下の物が使役する死者の使役情報を上書きできるスキル。しかもレベル10。格上でも少しだけ可能と言う訳だが。
「効かねえだと、ちょっとやばいな……」
上書き不可能、つまり相当な実力差がある相手の使役物だ。
「アンナ、気を付けろ。こいつらを指揮している奴は格上だ」「スケルトンキングかい?あーわからない感じか。なるほどね、憑依して権限を無理やり奪えるかやってみるといい」「その手があったな」
スケルトンに憑依する。だがすぐに危険性に気付いた。暗黒、取り憑いた先は暗黒の空間だった。微かに見えたシルエットから推測するに。
「ドラゴン……」
敵の数はみるみる減っていく。キング級は居ないようだ。
おかしい、勝てなかった相手に対して格下の軍勢を送るか?向こうは無意識にやっているならあり得るが、明らかに街を滅ぼすと言う大義を感じられる。
「防衛線の引き直しを始める!」
後ろから微かに見える追加軍勢以外を退けた為、自警団達が柵を張り直す。
「追加はざっと一万か、キング級の気配はまたもない」「これさー、私の直感だけど。くるよ」「なにが」「弩級が」
土を消し飛ばす爆風。黒い塊が前衛に轢かれた防衛線の前に現れた。
それは大きく闇を広げてこちらに赤い眼を向ける。ドラゴンだ。
『懐かしい匂いを辿ってくれば人間どもとは。この森に住まうエルフ達はどこへやった』
ドラゴンの出現に動ける者はいない。あの知性のないスケルトン達でさえその場で片膝を付いている。
『まさかとは思うが、この森を……』
灼熱が伝う。危険だ、コイツは人語を話すが話せるだけだ。
「まったく、落ち着くのじゃ!」
そう思って一歩前に出た自分から変な言葉が飛び出る。これは俺の意思じゃない。
『その声は……』
ドラゴンを土壇場で取った鑑定で覗いてみる。名前がウズドロスという事以外は分からない。レベルが低いのか、向こうが高すぎるのか。
「ウズドロスよ、落ち着け」
口から勝手に言葉が紡がれる。ノイズが激しく走りスキルツリーに対話しろと表示された。
『まさかアルトゥルーイスト様?!弱くなり過ぎて気付きませんでした!一生の不覚』
なんだコイツ。だがなぜだろう、コイツを前にしていると落ち着く。かつての盟友だった様な、そんな気さえする。
『アルトゥルーイスト様、なぜ人と組んでこの様なことを?』「すまんが、記憶が大分抜けていてな。詳しい事は分からんが、エルフの森を燃やした奴らへの報復を兼ねてここに来た訳だ」『俺が眠っていた二百年の間にそんなことがあったとは』
二百年。二百年前の知り合い?いやアルトゥルーイストはこの世界で初めて名乗った。
「で、この群れはなんのためにやったんだ?」『それはエルフの存在意義と、顕示、それから貴女の森を守る為に自らが申し出た事ですよ』「まじか……まぁとりあえず引っ込めてくれ。全てまとめたい。あと人間が萎縮しているからどうにかならんか?」
超上位者だが、様付けで慕われるのならどうにかコントロール出来るはずだ。
案の定、ドラゴンは人型に変形した。金髪で美形、ドラゴンの威厳をどことなく感じる筋肉質なボディ。
人型になれど恐怖は拭えないのかテントに来る者はいなかった。
「これ良いですか?人型は慣れませんね、空飛べませんし、火も吹けませんし」「地味にかっこいいのやめてくれ。まぁーとりあえず話をまとめよう」
モンスターは全て帰還した。防衛線を最前線まで引き直し、森の復興作業が開始された。
と言っても焼けた木々をどかしたりモンスターの死骸除去メインだが。
「あれは忘れもしない五百年前ほどですかね、俺が暴れてた時の話」
代々エルフ達は黒龍の守り手として森の番人をしていた。
だが、新しく座に着いた黒龍(ウズドロス)は三百年も経つと、恋をしたせいで森から逃げ出した。
エルフ達は黒龍がいない事により、人間達に侵略される恐れを吸血鬼に訴えたという。
その館で見たのは黒龍が吸血鬼に求婚している姿だった。
「惚気を聞きに来た訳じゃないぞ」「わかっていますとも、エルフ達の意見を汲むべく」
吸血鬼は承諾の条件に、モンスター侵攻と言う形でエルフの森に人間達が近寄れない対策をさせろと言った。
自身の魔力をフル活用してそれを成した黒龍は千年分近くのモンスターを発生させて眠りに着いた。
今日、強烈な魔力干渉で目が覚めた。
「つまりアルトゥルーイスト様は俺の嫁。ささ、約束通り。エルフの格好でも構いませんので」「な、なんだよ……私はゴーストだぞ」「え……」「ウズドロスが寝ている間に何があったかはしらな、ちょ、強引」
対して静止も効かず、上に乗られる。これはピンチだ。
「ほら、ゴーストだ」
スルッと霊体になってかわして見せる。
「うそだ、俺が寝ている間に殺された?!誰に、人間か!」「落ち着け、館に触った事のない棺があった。それがアルトゥルーイストの肉体だ多分。だから永眠じゃないのか?」
膝から崩れ落ちるウズドロスに掛ける言葉が浮かばない。よく分からないが可哀想な奴だ、とは思った。
「でもきっと記憶がないだけでアルトゥルーイスト様のゴーストだ、じゃなければその匂いはしない」
温泉はしばらく入っていない。館の匂いが染みついたとかではないようだ。このドラゴンの話が正しければ俺は吸血鬼のゴーストって事になる。
「とりあえず保留だ。記憶が戻るまでは何も言えん」「大丈夫です!五百年も待ったんですよ。あと一千年は待てます」「ならその息遣いやめようか。怖い」
みんなも怖いながら心配していたようでテントから出た時に、アルシアは泣いていた。
「ドラゴンに食べられたと思ったよ、、」「はっは、私の友達だ。そんなことする訳ないだろ」「ふむ、純正のエルフか。目が覚めてすぐだからか?エルフの存在を全然感知できない」「とりあえず、私の妹と、友達だ。この2人はエルフ」「そうか、義妹になる訳だな。よろしくな」「なんでもう結婚した感じになってんだ!」
「ドラゴンと会話できるってやっぱアルシアさん凄い人なんだな」「ギルドマスターがこれ知ったらひっくり返って三日は起きれないだろう」
「んで、これからだけど。ウズドロスには特定のタイミングでだけモンスター侵攻をやってほしい。私らはその隙をついて領主のね首を掻きに行く」「最強種の知能を持って理解した」
テントに無理やり入ろうとしてくるウズドロスを押し退けて朝に向けて皆寝に入った。
実はアルシア宛に領主から改めた場での謝罪をしたいと手紙が来ていたので明日に決めた訳だ。
「みんな寝ているな。さて、アンナお前隠し事してるだろ。皆伝の弟子は察するにアーヤ」「バレてたかー。まぁアーヤもやたら私の事見てたし」「教えなくて良いのか?全てを」「嫌だね、アーヤは何も知らないまま冒険者として頑張っていれば良いんだよ」「そうか。少し長引いたが明日の件が終わったらギルドによらず直行で館に帰るから。何か言っときたいことあるならと思ってな」
皆が睡眠をとっている間、暇なので結局テントの外に出ていた。近くの川で取ってきた魚を焼く。
「しっかしなぁ、ドラゴンと縁談があったなんて……しかも向こうはベタ惚れで匂いで探れるときた。領主なんてどうでも良いからあのドラゴンを」「あのアルシアさん?よかったー、ギルドから走ってきた甲斐がありました」「受付の、何でこんな夜に」「それがですよ、黒龍の目撃があったと聞いて国が兵団を派遣すると」「すごい邪魔なタイミングでくるな」
「到着は二日後ですね。それから本題ですが領主関連での動きはありましたか?」「アルシア宛の手紙貰ってな、明日行く事になった」「危険ですよ!勝手に調べましたが、貴女の妹さん昔売られたかけたでしょ!」
「偽名登録させたのに本名を見たのか」「緊急事態なので仕方ありません。それより妹さんを向かわせるのは危険です、考え直してください」「アルシアの名前で通っているのは私だ、安心しろ。私とアンナであの領主に一泡吹かせる。殺さなければ良いんだろ」
決戦の朝が来た。装備を整えて領主邸へ移動を開始。
「みんなは待っていてくれ、と言っても来るもんな」
女性冒険者全員で赴く事になった。これは向こうが舐めてかかる事を想定してだ。屈強な男冒険者がいては動くことすらできないチキンどもは、その油断が大敵となることも知らない。
「無駄に贅を肥やしただけはあるって屋敷だな」
「お待ちしておりました皆様。旦那様は奥でございます」
執事の様な男が出迎えに来たが、どうもキナ臭い。警戒時の指サインを後ろへ送る。
事前に喋らなくても会話が出来るように簡易的な暗号を作っていた。右手の人差し指を中指に重ねる時は"対象注意"だ。
左手の場合は"対象安全"と、右と左でセーフとデンジャーを示す。
「アルシア殿に謝罪をと呼んだが、他の方々も来たか。お茶の用意を」
ウンカォは茶菓子類を用意して振る舞い、本題に入る前に盛大な土下座をかました。
「エルフの森について、それからアルシア殿については悪かったと謝罪する。慰謝料とは名ばかりだが謝罪の気持ちを受け取ってくれないか。それからギルドへはくれぐれも内密に頼むよ」
「目を売ろうとして、故郷を燃やして……その上でまだ自己保身に走るか」
「し、仕方ないだろ!元を言えばそこのアーヤという冒険者の師匠、アイツの薬に必要なんだよ」
「私はそんなこと知らないぞ」
「くっそくっそ、俺は領主だぞ!俺がいなくなればこの土地を管轄する後釜を建てるのにまたいざこざが起きて国内戦争が始まるぞ」
「ヤッケになり過ぎだな。とりあえずギルドに報告だ、慰謝料払ったって事は認めたってこ……」
視界がひっくり返る。アルメシア含む全員が痺れて動けない様子。
「ギルドに報告していないならこっちのモンだ。モンスターにより死亡したと、あの女の件みたく処理すればいい。エルフの女1匹釣れりゃ儲けだと思ったが自ら来てくれるとは」
縄で括られ全員地下室のような部屋に連れて行かれた。
地下には嫌な匂いが充満している。
檻のような部屋は壁から手枷が生えていた。
「しっかし領主も悪趣味だよな。心を折ってから食べるなんてよ」「俺も早く奥の部屋のエルフ食いたいのに」「領主のお下がりはなんか嫌だな」
領主邸の執事達が淡々と手枷を嵌めていく。スキル阻害効果があるのか、鈍痛と眩暈でスキルツリーが表示されなくなる。
「明後日開く偉いさん方のパーティーでコイツらを嬲るってさ。参加して~」「冗談はよしとけよ。病気持ちのおっさんどもが回した女としたいとかイカれてるだろ」「それもそうだ」
ガチャンと檻の扉が閉められ、さらに地下室の扉も閉まる音がした。
「大丈夫ですか?みなさん、強制施錠」
透明化していた受付が姿を現す。
「言質どころか現行目撃、領主ウンカォの命運尽きたりですね」
枷を簡単に外し、合図を送る。上位の精神魔術で軽い洗脳をしたという。
飲み物に含まれる薬は麻薬に近い成分の為、飲まない方がいいとの事前知識により、最初から特定のタイミングで倒れるように暗示を掛けたのだ。
「それで、これからどうするよ。明後日のパーティーとやらに来ている貴族ごと包囲した方が特に思うが」「そうなんですよ。ですが話を聞いている限りだと領主が明後日までに皆さんの尊厳を踏み躙るような行いに出る可能性が示唆されます。ギルドとしては安全第一なので」
「暗いし、この範囲か……エルフ奥義でどうにか行ける。みんなは先に帰宅してパーティーの日までに国の許可を得た強制捜査団との連携を」「話聞いてました?!」「聞いていたよ、でも言ったろ。アイツには死なない程度に痛い目を見てほしいし、こんな下衆な事をする貴族連中も根絶やしにしてやりたい」
交渉の末、受付は折れた。残るメンツはアルルと俺。
奥にまだ気配があるのでソイツらの救出が終わり次第、分身で偽装をする事にした。
「領主は捕らえていた人たちが減る事でヤケになって行動に及ぶかも知れません。本当に危ない時はこの水を使ってください」「何だこれは」「洗脳魔術を込めた水です。掛かった対象は、自分を猫だと思い込みます」「ありがたく使わせてもらおう」
奥の部屋を開けるとエルフが数人居た。目も耳も無事だが傷だらけで吊るされていた。
「アルシアは見るな!」「へ?」
偽名も目の見えない設定も忘れてアルシアをアルルの方へ投げる。
「これは酷いです。まだ日が浅いので怪我だけのようですが。精神的にかなり疲弊していますね」「ちっ、クリアヒール!」
枷を外しながら精神治癒を掛ける。外してすぐに受付の首を絞めようとエルフの手が動く。
「やめろ、救いに来たんだ」「その顔はアルシアか……すまないお前が追われている間に森を焼かれて」
解放された六人のエルフ。ある程度回復したようで落ち着いているが、人間への殺意は元々なのかアーヤやアムリューへの目が怖い。
「我々は冒険者ギルドから来ました。私はギルドの受付、この際正体バラしますね。この国の第一王女アノスリア•カルメです。この様な場ですが、王族の人間としてエルフ側に正式な謝罪を致します」
エルフは不服そうにだが謝罪を受け入れた。しかし我々は現実を受けれることができない。
「は?」「え?」「お?」
全員単語を発するのがやっと。騒いだらバレるかも知れないので好都合かも知れないが。
「とりあえずこの場を整頓しましょう」
アムリュー、アーヤ、アンナ、アイシャは反射的に片膝を付き頭を下げる。洗脳では無さそうだ。
「私の心配より自分の心配をしろ!王族がこんなところに来るな!危険だろ」「捕まらない自信があります。それに冒険者ギルドに身を置いた方が、国命の指揮を取りやすいでしょ?」
あの4人が敬意を表す姿を見てもまだ疑心暗鬼だったのがバレたか、王家の紋章をこちらに見せてきた。
「これが何かわかりますか?魔導具です。王家に伝わる物なのですが、これをこうやって」
それを俺の手に乗せてきた。何が起こるでもない。
しかしアノスリアが手のひらに乗せると剣へと形を変えた。
「なるほどね、疑っていたことについては謝罪しよう」「いえ、私こそ皆さんを騙すような形になり申し訳なく思っていましたから」
偽名登録の件は、本人がやっていたから知っているのだろう。
エルフからの情報を得たかったが、安全確保第一ということでエルフ達と共にアノスリア達は帰っていった。
「さーて、私は残りの作業をやりますか。明後日まで弄ばれるフリをすればいい」
モンスター侵攻に際し、領主は私兵を殺さないよう弱そうな時間にしか派遣をしていないが死ぬ事はある。
「拐っても見つからない。隊長生きてってかなー」
囚われのエルフ六人と自分ら六人分の兵を攫い、恐怖で脳を無理やり洗脳する。
精神汚染系はゴーストの得意分野だ。幻覚も幻影も。
「領主の野郎、エルフに手を出してなかっただけ寿命が伸びたと思えよ」
部屋に残った拷問という名の遊び、その記憶を覗き、憑依で無理やりその思いを味合わせる。
疲弊度を合わせれば違和感を感じ取られないだろう。
あとは地下全体に強力な幻影を掛けて執事達から落としていく。
「へっへ、拷問の時間ダァ。今日は新しく捕らえた冒険者から。エルフの冒険者ってのは可愛いなぁ、どうしたら折れてくれるかな?」
領主が話しかけているのは一年前に遭遇した隊長格の男だ。見るに耐えないほど気持ち悪い光景。
幻影の外から見ればオッサンがオッサンを舐めているようにしか見えない。
「気配感知の分身おいて逃げよ、当日は誰かしら死に掛けている変わり身のやつを解放して領主にすり替えれば完璧」
街に私兵が居る可能性もあるため、領主へ渡る情報は全て改竄する必要がある。
一定の間は張り込みが必要だ。幸い、領主からは変わった気配を感じないから多種族介入はないだろう。
「クッソ暇だし、貴族に化けて買い物するか?アイツの実印入った取引書とか後々に役立つし」
初見なら追い返す可能性がある。かと言って過去に来た人を真似てもパーティー開催時に異変察知されては元も子もない。
結論はあれしかない。
「いやはや、うちの物が迷惑を掛けたのにお詫びも出来ず申し訳ありません」
汗びっしょりの領主、それもそのはず。死んだはずのエルフがいたと思ったら、今度は最後の目撃証言地である吸血館の関係者が来たから。
初老の執事風を装い、牙を見せる。背中には隠せないほどの羽。溢れ出る魔力(蝿たち)
「まぁまぁ、エルフが美味だったのでな。追加で喰えるかと思ってと旦那様から言付けを受けました」「それはそれは。しかしエルフですか」「えぇ、貴方が扱っているとその筋から洗脳で聞き出しました」「それはもちろん!隠す気はありませんよ、4日後ならお渡し可能ですが」「できれば死体の方が良いとの事なので。その時までにそう処理してもらえるならばその期間でも折れましょう」「もちろんでございますとも。え、1匹あたり金貨600枚ですか!9匹ほど居ますが。全買い!すぐに書類を作りますね」
こんなにバカな奴がよくもまぁ領主を務めた物だ。まぁ夜の支配者とも言える吸血鬼が、昼前に現れたら驚くのは間違いない。
「こちら用意しました、契約書です」
秘密の取引をする際に使用する契約書は双方に不利が生じる場合、消滅して隠蔽できるようになっている。
今回、架空の人物を作り上げたから消滅する事はない。完全な証拠となるわけだ。
「ふむ、いい匂いですね。旦那様も好きですよ」「ひっ」
昼前だろう、にんにくやハーブの香りがこちらに届いてくる。領主が怯えているのは、にんにくと言えば吸血鬼から身を守るための道具と浸透しているから。
「周知されていると思っていましたが。旦那様から加護を頂いた我々は聖水も十字印も効果はありませんよ」「は、はい!」
面白すぎだろこいつ。
「こらー!お父さんをびっくりさせないで!」「こらアユリア、お客様だぞ。挨拶をしっかりしなさい」「やだ!魔族は人間をとって食らうんだ!」
小さい女の子が足に弱々しい力の拳を当ててくる。
「す、すいません娘が。ほら、先にご飯を食べていなさい。大事な商談中だから」「良い子ですね。私じゃなければ今頃首をへし折っていましたよ」「本当にすいません!母親が家を出ていって私1人で育児をしているもので、反抗期と言いますか」
魔族が人間をとって食らう。笑わせるわ、それならオマエの父親は魔族だぞ。
「仮にあの人間の小娘を買うとなればいくらになりますかね」「流石に売れません!うちの愛娘ですよ」「冗談ですよ。少し貴方が緊張しているように見えたので」
緊張どころか恐怖で一杯だろう。もう少しいじめてやろう。
「良ければ旦那様もお呼びしましょうか。ちょうど激務が終わったとの事なので」「い、意思疎通ですか……いえ。大丈夫ですよ。契約は終わりましたので」
本来の商売は交換した時点で成立だが、この手は足が付くと困るため、契約書を交わした時点でお金を渡し契約終了。
後日、指定場所に取りにいく流れが一般的である。
「契約成功の旨を旦那様にお伝えしました。それでは失礼します」「こ、今後ともご贔屓に!」
さて契約書は手に入れた。嘘偽りない領主ウンカォのサイン付き。正直人身売買よりも、魔族に人間の死体を売っている方が問題だ。
吸血鬼の扱いはいまいち理解していないが。
「大口契約を結べたのは良いが、なんだあの威圧感は……」
青ざめた顔で食卓につく領主、勿論その後ろで俺は見ている。娘と思われる少女と軽い談笑を交わしているが、明らかに食器を持つ手は震えている。
「どうしたのお父さん、そんな怖い顔して。さっきの人と何かあったの?」「いや、なんでもないよ。アユリアとお母さんと住めるお家を新しく買える金額が手に入ってね。震えているんだよ」「やったー!今度はどこ」「今度はモンスターの来ない湖の綺麗な領地さ」「ほんと?私いっぱい泳いじゃう」
領主は期間満了、大金を積む、いろいろな方法で別の領地を管轄できる。
やることはシヤクショと同じだろう。国が大きければ末端まで統括が行き届かない。その為、色々な土地に代理のトップを立てる制度。
家族の前で善人ぶれるのが心底腹ただしい。
「お父さん、あのエルフはおきゃくさん?」「ひっぇっ?!あ、どこにもいないじゃないか」
「いや、貴方の後ろにいるよ」
レストランでやったことの逆バージョン。領主にだけ見えない。
流石にやり過ぎたのか領主はその場で失禁と気絶。
執事たちが慌ててやって来て回収をしていき、残ったのはメイドとアユリアだけになった。
「お父さん……」「アユリアと言ったな、私は死んだエルフのゴーストだ」「ひっ、ご、ゴースト!」「お嬢様大丈夫ですか?私の後ろに」
「危害を加えるつもりは無い。悪事に加担していない2人はこれから亡命するか、あの下賎な男について行くか決めるが良い」「アユリアはお父さんと一緒に湖に行くもん」「私はウンカォ様の悪事については知っています。私も被害者ですので。でも今はお嬢様を守る事が第一なので!」
投げナイフが実態のない頭を通り抜ける。
「危害を加えるつもりは無いと言ったのだが?」「お嬢様を怯えさせないでください、」「勝手に怯えるガキに合わせろと言われても」「だいたい貴女はなんの恨みがあって私達に」
「家を焼かれて、大切な仲間の耳や眼を抉られ、吸血鬼に売り払われた。だからアイツの大切なものを奪うのは道理だろ?」
「やはり危険です、」「まぁこれが建前で、本音を言うと計画に協力してほしい。詳しくは言えないが領主は失落する」
アユリアは泣き叫んでうるさくなる前にスリープを掛けた。
メイドは臨戦態勢だが話を聞く気にはなったようだ。
「あそこで聞き耳を立てているやつをとりあえず眠らせてくる」
「それで、どんな計画を私達に企てろと」「盗賊でも野党でもなんでも良いから拐われたって事にしてほしい」「偽装誘拐ですか。メリットが感じられません」
「パーティーの時、関係者全員の宅へ捜査隊が一斉に雪崩れ込む。アユリアと言ったか?そのガキの性格を見るに捜査隊の邪魔をして殺されかねん。アイツらは行使力を持っている」
「メリットは貴女のメリットです。恨みがあるのはわかりますが、殺すや陵辱するならまだしも、計画に参加しろというのは」
「それは楽しいからさ。計画はパーティー当日に母親の元へ行く馬車をそのまま拐う。アユリアが騒ぐと煩いし眠らせといてくれ」「それ言わずに拐った方が良かったのでは」「国の勅命で任務を行っている以上は、同意の無い悪質な行いをするのは良く無いかなと」
即席で動き過ぎたと後悔するが、怒りという原動力はそういうものだ。きっと数回前なら魔王の魔力でこの辺一体を消し飛ばしただろう。きっと数十回前なら盗賊団を率いて凌辱の限りを尽くすだろう。きっともっと前なら……
これは俺であり/私の意見ではない。それにアルシアの願いではない。これではアルターエゴだ。少しは冷静に動くことを。
何を焦っている?
パーティーの当日になった。予定通り領主はすり替えた。分身に記憶を添え付け偽領主としてパーティーへ。
もう一体の分身はアユリアとメイドの誘拐。
それから俺本体は……
「なんでオマエと踊らないといけないんだよ!」「俺はアルトゥルーイスト様との約束を守って必死に雑魚の相手をした。だから次は、その俺の願いを」「塩らしくすんな!こっちが悪いみたいだろ。それからここではアルストと呼べ」
あのドラゴンとパーティー会場に潜入することになった。パーティーリストが埋まった時点で出入り口を全てを封鎖。
というかいつの間にコイツは交渉していたんだ。あの受付女と。
「うわぁぁ?!強く引っ張るな!」「俺と踊っているのに他の誰かを思うなアルスト」「愛称呼び許したら突然彼氏ズラすんな!」「はっはは!」
吸血令嬢アルストと使用人ウズドロス。さらっと私の正体を受付女にバラしたのかコイツは?
「私のこと話しただろオマエ」「隠蔽しろと言われていなかったので。吸血館の支配者って話しましたよ」「はぁぁ……まぁこの仕事終わったら帰るから良いけどね」
ウズドロスと踊り続ける。吸血館の支配者を薄めて発動。人数を把握、ウズドロスがこちらに流し込む魔力を上手く利用して広域に広げていく。
「ウズドロス、ちょ、魔力流しすぎ……魔力過多で、んっ」「可愛い声で啼くな。ほら人数は揃ったぞ」
「ロックウォールを無理やり展開する、ごめん、マジで一回魔力止めて?私死ぬよ」「悪かった、人型を維持するのに体を無理やり押し込めているから。魔力が暴走しそうで」「ならオマエがやれ。私がサポートする」
ウズドロスと意識を共鳴させる。ロックウォール66に魔力同調66、広域支配魔術66が重なり出入り口を完全に塞いでいく。
「窓もそのまま閉じろ。そうだ、もっと繊細にできらんのかー……」「龍はガサツなものだ。にしてもやはり馴染む、五百年ぶりの共同作業なのだが」「むりっ!やっぱむりぃ、やばい産まれる、ってか産んで良い?何かで隠して」
空間移動でトイレ内に移送し吐いていく。
魔力を無理やり蝿に変換していく。口から止まらないほどに死飼の産蝿が出る。魔力暴走を抑えるには効率的である。
「なんだこれは、子飼の眷属か……」「あぶっな、トイレ間に合ってよかった」「ふむ、寿命は持って数日。面白いスキルを生んだものだな」「感心してる暇あったら労ってくれ」
パーティーもどうやら裏パーティーに切り替わり始めたようだ。女性陣や従者は残って食事会、貴族連中はどこか別室へと向かっていったようだ。
「始まったな」「アイツらはどこへ行くのか。気になるな」「やめとけ、看破が常に働いているオマエが見たら死ぬぞ」
アンナから総員配備についたと来た為、こちらもパーティーが始まった事を告げた。
「やれやれ、龍の好奇心は止まらないものかね」
溢れ出る魔力を無理やり防壁の隠蔽に回しながら外のテラスに顔を出す。
「美味いな、やっぱこれぞパーティー……抜け出して寛ぐってのがよい」「そうですね」「誰だ、っと失礼レディ」「こちらこそ突然現れてすいません。イデナ伯爵夫人アコウです」
「アルストだ、社交の場と言っても口うるさい男どもは居ないから肩書き入らないだろ」
テラスマナーという物が存在する。第一王女が、多くの人と対等に話し合える場が必要と言って出来たマナーらしい。受付女ではなく、先代の発案。
「貴女も飽き飽きして外に出たというところですか?」「そう。そもそも私はお酒も飲まないし食事も取らないんだ。従者が勝手に申し込んでパーティーに来た所だ」「あらそうでしたの、でしたら抜け出してみます?」「いやー遠慮しとくよ、ツレが来たみたいだし」
「アルスト行くぞ。今度は俺が吐きそうだ」「ったく、んじゃ。アコウさんまた今度機会があれば」
「えぇ、また機会があれば」
会場の飯をこれでもかと貪るウズドロス。
「オスが猫の真似をして雄に囲まれているなぞ、また吐き気が」「だから見るなって言ったのに。やれやれ……」「アルストの飯うまそうだな」「やるから元気出せよ」
ウズドロスは一通り食べ終わったようで階段に腰をかけた。椅子がないこの会場で座れる場はここくらいだろう。
「端ないぞウズドロス、まぁ私も座ってるが」「アルストはなぜ人のためにここまで尽くす。ふと気になってな。昔からそうだったが」「それは簡単だ、笑顔を見たいって思った相手が笑顔なら嬉しいだろ?それだけなんだよ。私がアルシアに出会った時は泣いていた、怯えていた。でも一度笑った顔を見たら守りたい、また見たいってそうなるんだよ」
「俺も似たようなものだな……始まりはエルフたちから信仰を得る為だったが。今はアルストのために生きようって頑張っているから」「ちょ、照れる。まぁとりあえずそんなところかもな」
手をかざして余韻に浸る。ピアノの音が繊細に響く。裏パーティーさえなければこう言った催し物に参加するのもありだな……
「お、開戦の幕開けだ。私らは撤収するぞ」「了解しました、アルトゥルーイスト様、空間移動」
空中に放り出された。
「おい!落ちてない?!テメェ転移位置ミスっただろ!」「人化解除」
人化が解けて羽が広がる。龍がその身を現した。
「愚かなる人間どもよ!黒龍に楯突くつもりならば、この屋敷ごと焼き尽くしてくれよう」「何してんだバカドラゴン!」「計画ですよ。アルトゥルーイスト様、普通に捕えても逃げられたり隠蔽される可能性があるから有事を装って保護をするとか何とか」「私何も聞いてねー、ってか一箇所なんか空いてたのそのせい?!」「開けるついでに見に行ったらオェ、」
ブレスが放たれた。幸い誰もいない場所に落ちたが爆炎と紫色のモヤが漂い、その付近の木々が枯れ出した。
「わぉ……おい!アンナ聞いてねぇぞ」「計画変更したよ!テヘペロとか送ってきた奴に言われたくない以上」「くっそ、とりあえず作戦は成功って事でいいのか?」「良さそうです」
最後に龍を追い返すまでがシナリオらしい。通りでこちらに矢が飛んでくるわけだ。
「ウズドロス、乗せられてないか?これ結局国がゴミ掃除と黒龍撃退の称号を得た形になるし」「あぁ、問題はない。御礼に人間の国籍とやらと式場を押さえてもらったからな」「この色情ドラゴン野郎がぁぁあ!!!」
ルンルンなドラゴンの背に乗り朝の日が登るまで付き合わされた。
損害は領主ウンカォの館全壊のみにとどまった。
護送馬車は全て偽装車、そのまま王都の牢獄へ直送。
とうの領主は屈辱に見えて精神的に壊れてしまったそうだが。
後日、直行で帰ろうと思ったが受付に言いたいことがあったのでギルドにやってきた。
もうすでに10日はたっているが、激務すぎてようやく隙間時間を作れたのだ。
「受付の、テメェどこまでがオマエの手のひらだ?」「そうですね、私預言者ですので」「まぁ結果オーライだったんならいいのか?」「はい、それで何ですが」「いーや!無理。無理無理絶対に無理、百無理、いや千とんで億無理!預言持っているなーとかちらっと思ってたけど。厄介ごとは嫌だよ?」
「ギルドマスター!ギルドマスターをお願いします!!獣人族の群れが」「はーい、あとで通しておきまーす。ってことで頑張ってね女王様」「もーやだ。帰りたいってかオマエも女王だろ」
あの事件を片付けて以降、エルフの森周辺及び、吸血館付近の森問題が発足した。
特にあの辺は魔族国との国境、黒龍が扱えて吸血館の支配者であり、エルフとなれば、そんな危険な地帯の統治を出来る人は。
「あーそこの獣人達、止まりなさい」
作り直した防衛線に整列して待っている獣人達。森があった頃は獣人達の対応をエルフがしていた。吸血館の威厳もかなり凄く、ほとんど来訪者が訪れないくらい安全は確保されていたが、国の方針や教会の意向などに振り回されて今の惨状である。
「だれだ、人間が出てきたぞ」「エルフは?黒龍様の気配も感じられないわ」
「私はこの地を任されたアルトゥルーイスト、アルスト公国の王女だ。エルフであり吸血館の支配者で、あとその辺のなんか色々任さられている。もうヤケだ!テメェらなにか用事があるなら私に言え!」
館に代表を招き、後の者は近くの森で待機させた。
「先程は下品な言葉を使い不快な思いをされたでしょう。エルフなりの警戒と思い、御了承を。私はアルトゥルーイスト、女王ですが気軽にアルストとお呼びください」
「それでは改めましてアルスト様。我々は獣人族ペール派のペール・リゾンとこちらペール・イアルです」
「それでわざわざ獣人族がここまで赴いた理由をお聞きしましょう」
「はい実は獣人族は今、魔王派と半魔王派で闘争が起きています。我々ペール派はその間の中立派なのですが、最近は過激化してどうしようもなくなりました」
「魔王ですか……それで、私たちはその仲介に立てば良いと?」
「そうです。私たちは人間達とも魔族達とも近いので中立派でなければ身を守れません」
「エルフ、黒龍、吸血鬼の三印を揃えて納得させたいのですが」
「黒龍はダメだ、私の貞操が危ない。他は用意できるが、公国の立場として勝手に動くことはできない。だから手っ取り早くカルメ国の女王を連れてきた」
看過というスキルで一度見たスキルがスキルツリーに映るようになった。
空間移動でアノスリア・カルメを召喚。
「ってことで女王様、よろしくね」「いえいえ、これはあなたの管轄ですよ?」「私が勝手に了認したら正式にカルメ国は魔族と敵対したって表明になりますけど?」
「あの、この方は」
「職務中に呼ぶから。聞いて驚かないでくださいね。私はカルメ国第一王女アノスリア・カルメです」
不服そうなアノスリアを交えて話をした結果、一度行くことになった。これは印を押さずとも中立派は三種族を動かせるナニカがあると顕示できる策。
アノスリアの顔を見る限り、行った先で絶対に何かある。
「あぁ疲れた。アルシアー癒しになってー」「面白かったよアルストの女王様」「エルフならあんたが女王でしょうが」
アルシアのほっぺを引っ張る。今は吸血館に4人で住んでいる。
位を全て押し付けて自由奔放のアルシア。
自分で自己完結可能になったアンナ。
冒険者育成用にモンスターを作り出す仕事に駆られているウズドロス。
「ほら、飯作ったぞ。霊体じゃなくって良くこの屋敷移動できるな」「「慣れかな」」
屋敷の改修工事を打診されたが、これはこれで慣れると過ごしやすいのでそのままにしている。侵入者対策にもなる。
「まぁ飯がいるのはアルシアだけだが。みんなで囲った方が楽しいからな」「でもよかったのー?ウズドロスさんと結婚しなくって」「そうだぞ。俺はアルトゥルーイスト様のために全てを捧げるぞ」「女王だからな、配偶者選びも選定も基準が高いんだ」
ウズドロスの魔力は常に分身を横に付け、横流し。無駄なスキルを延々と発動させることで収めるようにした。
「そうだ、私明日から獣人の国行くから」「俺も行こう」「来なくていい、怖がられる」「そうですよね……」「分身出来ないのか?」
あるにはあるらしいが試したことが無い。試すほど強い相手がいなかったらしい。
「まぁやってみよう」「これでアルスト大好きドラゴンが2人になったら面白いよね」「それはフラグって言うんだ。やっぱやめてお――」
黒上のダウナーな男が現れた。いかにも気怠そうにしている。
「ふははは!出来ましたよ!俺の力で」「こんなに恥ずかしい奴が本体とは情けない……俺を早く殺せ」
なんだこいつら。
「ってことでアルトゥルーイスト様!俺がついて行きますよ!」「いや、分身に来てもらう。仮に黒龍を連れていくとして金髪はないだろ!黒龍だぞ?黒上の方が説得力がある」「俺は行くと言っていないんだが」
「アルシアちゃんこれはあれだよ、修羅場だよ最高だね」「う、うん。私が視た限りでは、下等生物に見せる部分の義兄とアルストに見せる甘々な義兄の性格に分たれたようですね」
「とりあえずウズドロスだから、ウズとドロスだな。黒い方がドロスだ、ウズは金髪だな」「はぁ、仕方ない……ウズ、貴様は仕事をしっかり遂行しろよ」「やだ!俺がアルトゥルーイスト様とデートする!」「すまんなアルスト。ちょっと待っていろ、ドゥーレジア」「はぁ?!う、ん?…………」「眠らせてしばらくの記憶を封印した」
どうやら序列はドロスの方が上らしい。分身に主導権を取られるとは情けない。
「これ早めに出た方が良さそうだよね?簡易書類とかは後で頼むよアルシア」「はい!もし起きてウズ兄さんが暴れたら締めます!」
獣人たちは起きているようだった。外に出ると待機していた。
「専用の宿舎を用意したが……まぁ良いでしょう。今夜から出る事にしたので、貴方たちはどう来ましたか?宜しければ馬車の方を用意しますが」
「我々は走れますので安心してください」「逆に王女様の食事などが心配です。国までは最低でも一週間掛かりますので」
馬車に乗り椅子に腰掛ける。横にはドロス、正面には護衛として屈強な獣人が座っている。
「獣臭いまったくだ……下等生物に囲まれると反吐が出る」「こらドロス」「大丈夫だ。馴れている。はず、娘にも最近臭いと言われてな……」「ほら、落ち込んじゃった」「そんなつもりはなかったが、下等生物に情けを掛けるのも最強手の務め。誇れ、獣の匂いは嫌いだが濃いのは強さの象徴だ」
ドロスは最初、馬車に乗ろうとした時に馬が逃げ出すほど威圧を放っていた。
「アルスト、本当にこれで良いのか?何かあって襲われたら対策がめんど臭いだろ」
「下等生物だろうと助けるのが龍種でしょ?エルフの信仰でここまで強くなった訳だし、獣人に恩を売っておけばもっと強くなれるかもしれないぞ?」
ドロスはきっとアルトゥルーイストと出会う前の人格が強く出ているのだろう。だが言葉次第でどうにかなる。
ウズはそれ以降の人格だから、常に危うい。きっと俺が怪我をしただけで地面を消し飛ばすくらいには心酔している。
「ウーセスさんは娘さんが居るとか、やっぱり耳とか尻尾とかもふもふなんですか」「そうですね。我々ウルフ族は人間と違い、布を纏わなくても良いくらいに毛で覆われている。ま、まさか女王様は我が娘を」「私をなんだと思っているんだ。ただの興味さ。それに国民の少ない公国、戦争を好まない人達がいるなら有事の際に一時避難ができる。どのような好みで、どのような容姿ではあらかた把握しておくのも女王の勤めかなと思います」
正直今回の移動は空間移動で事足りる人数だったが、こう言った実地の会話こそが大切である。
「これは娘の顔似だ。宝物なんだ」「可愛いですね」「子供か、煩くて堪らん。だがアルストが守りたい笑顔に含まれるなら仕方ない」
「ドロスさん寝られましたね」「えぇ黒龍ですが、分身体なので魔力バランスが乱れているんだと思います」「分身を使われているのですか!我々のために申し訳ありません」「気にしなくて良いですよ。彼はそもそも私についていくと駄々をこねただけなので」
「黒龍様はアルトゥルーイスト様のことが大好きなのですね」「なぜ好かれているのかは分からないし、周りは激推しするが……私としてはと言った具合だ」「種族違いはあると思いますが、お互い長寿の種族なのでしっかりと考えてからでも良いとは思いますけど」
「みんな好きな前提で進めるな」「それはもうあの領地内が統括されれば人間としても我々獣人のような中立派にしても嬉しいことしかないので」「政治的過ぎる。でもそうですよねー」「実際どうなんですか?黒龍様について」
「うーん、どうってもな。生活像が見えてこないといえば伝わるでしょうか」「その不安は分かりますよ。私も妻に似たようなことを言われました。戦闘しか知らない貴方と幸せな家庭は築けませんと」
「しっかりされているのですね」「なので私は誠意を見せるべく料亭で一年ほど修行を積みました」「へ?」
「戦闘しか知らないと言われたので多岐に活躍できるところを見せたくてですね」
この筋肉からどんな料理が出るのか少し気になる。
「料亭では腕前の方上達されましたか?」「それが点でダメでして。でも何事にも真剣に取り組む姿に惚れたと向こうから来て成就しました」「私も良い人を見つける為に努力しないといけませんね」
「割とそう言うのは近くに居るものですよアルトゥルーイスト様」
馬車旅が始まり3日目になった。一週間近く寝ずに活動していた獣人たちは疲れが見えてきたようで、近くのオアシスに腰を下ろすこととなった。
「やる事ないな。最近激務で働き過ぎていたし……仕事脳になってしまった」「アルストは暇なのか」「あぁ、やることがない」「なら料理を手伝ってくると良い。人手が足りないそうだ」「そういや百人規模で来ていたもんな」
厨房に行くとせっせと数人が料理を作っていた。
手伝うっても何をすれば良いのか。なるほどな。
コックと目が合い察した。これは微塵合戦だ。
「すぅ……高速斬!」
手際よく高速で刻んでいくだがスキルも無しにコックも同じ速度で刻んでいく。スキルが無ければ足元にも及ばないことを見せつける為だろう。
「アルトゥルーイスト様も中々やられますな。ですがこの座だけは譲れませんぞ!」「あんたは今まで会ったコックの中では最高に強いぞ!」
そんなくだらない争いの傍で野菜達はどんどん鍋に入れられていく。
「どうした、速度が落ちておるぞ」「くっ、なんの!私だってまだやれます」
もう腕が限界に近い、パンパンでやばい。あのコックはかなりのやり手だ。だからこそ負けるわけにはいかない!
「女王様やばくないか?ウームと互角に斬り合っている」「みろ、笑わずのウームが笑っている」
結果は敗北だったが清々しかった。
「おらはウームだ。まさか付いて来れるものが居るとはな。楽しかったぜ女王様よ」「私もです、久しぶりに本気を出しました」
刻まれた食材は鍋担当が香辛料などと混ぜてキーマカレーのような食べ物ができた。
「なんだこの食べ物は」「獣人達に伝わるキーレマーカだよ」「美味い。アルストは何を乗せているんだ?」「これはガゥガゥの卵。生玉落とすと美味しいのよ」
ドロスと並んで食事を取る。ウーセスのように黒龍にあんまり恐怖を抱かない獣人もいれば怯えて動けなくなる獣人も居る。
「萎縮されるのは些か不服だ、下等は大人しく信仰をすれば良いものを」「そんな態度だからだよ。ウズの性質も少しあったほうが良かったかもね」「……ウズの性格は自分より強者に一方的な蹂躙をされた上で受け入れられて生まれたものだ。黒龍にそのような感情は不要である」
そんなこと言うならドレスの裾を指で掴むな。
「ってか一方的に蹂躙されたって誰に」「貴女だ」「吸血鬼強過ぎ。よくその強さで黒龍とエルフと人間を取り持っていたな」
俺がやってきた事と同じだ、これは運命付けられた物だったのか結果論なのか。
「取り持っていたと言うより恐怖支配と言ったところか。館に迷い込んだ冒険者の血を吸っては死にかけで外に放置してみたりと」「大悪党じゃないか!」「その一方で魔王をノリで殺したりとエルフへの恩恵は大きいだろう」「まじかー、生きていた頃の私は魔王をノリで殺したのか……」
「先代の魔王ってどんなヤツなんだ?獣人が派閥争いするくらいだ、今回のも相当なんだろ」「何を抜かす、先代魔王は三世代前の黒龍とエルフの息子だ。人間流に言うなれば祖父である」
「はっぁぁぁぁ??」「その魔王はアルストに殺され、また新しい黒龍が森から生まれた」「祖父殺しによく求婚したな……」
「ってことは私はお前より年上だったのか?」「数千年は生きていると聞いたぞ」「もう訳がわからない……だが黒龍と人型が交わった結果できたのが魔王って事だろ?今の魔王はお前かお前の父親の子供って事だよな」
ドロスはしばらく黙り込んだ後、怒りを噛み殺したような顔をして立ち上がった。
「今の魔王は叔父に当たる。どこの下等種族と交配したのかは知らないが、忌々しい……」「認知していたのか?」「いや、気配が近くて気付いた。だが、実態は遠いだろう。獣人達の中には魔王の魔力がこびり付いている奴もいる」
気配察知を掛けてみるが何も分からない。魔力とやらも感じることは出来ない。
「それをやっても分からないぞ。匂いで追っているからな」「匂い。かー、私には分からん」「そうだな。俺が近くに居るせいで下等な輩の気配は察知不可能だ」
ん、つまりコイツは今代の魔王より強いと言うことになるのか?
「そうなるな。だが、戦闘ならウズにやらせろ。俺は闘えない」「そんだけ威圧感はなっている癖にか?」「あぁ。あの領主邸のことを思い出せ、黒龍は人型で本来収まるはずがない。俺は一度もこれを解いたことはない。黒龍が居るという意味がこの威圧感を生み出す。信仰のようなものだ」
確かに分身体を用いて、毎回魔力を発散させなければ形を保てないほど黒龍の魔力は高い。
だがドロスは一度もそんな気配を出していない。
いや、出せないのだろう。威厳と気怠さだけでここまで身体を保っている。
「黒龍も難儀だな。戦闘はまぁ任せろ」「今のアルストでは勝てないぞ」「ぐげぇ、でも私呼びたくないよー。アンナから聞いていたけどウズが暴走し掛けているってたし。あったら私の純潔が」「安心しろ、俺はアイツの理性と言っても過言ではない。すぐにウズドロスに戻れば良い」
理性、確かに理性だな。そしたらアイツはなんだ。
2日滞在し、オアシスを出発した。
あと4日もすれば獣人ペール派の街に着く。
「ペール派以外についても聞きたいのですが宜しいですか?」「そうですね。魔王賛成派のクーヴァル派、魔王反対派のシューリアダ派が他の派閥です。クーヴァル派は武闘派が多く、私と同じウルフやベアーがベースの獣人が集っています。シューリアダ派はラビットやホースがベースの獣人が集まっています」
三大派閥のうちクーヴァル派が一番武闘派であり、武力権力ともに高いと言う。
初代獣王ラガン・クーヴァルの名に置いて魔王派として戦うことを決めた。
真の戦士と豪語して、戦闘意識の低い獣人達を根絶やしにする勢いである。
過激化した一端を担っている。
シューリアダ派は、獣人信仰神のシューリアダに永遠を誓った教徒集団と言っても過言ではない。
主神シューリアダの教えに重んじて、獣人は誰にも属す事はなく常に獣人であるべきと言う理論の元動いている。
魔王反対派なだけで、何処にも属さないスタンスである。
ペール派は、商人の出が多い。だから多くの知見を持ち、常に団体で行動をする。種族も多種多様で、街には人間も多くいるという。
「なるほど、ペール派が我々の街に来た理由は商人の伝手があったからなのですね」「はい恥ずかしい話、獣人同士で話し合うのはもはや不可能と考えて」「確かに話を聞いた限り不可能そうですね。それぞれ固い意志を持っているようですし」
この話を聞く限り、うまく恩を売れればペール派から定期的に獣人の国でしか得られない物を仕入れ可能になる。
もういっそ公国やめて帝国作ってみたいとか思う。
「くだらん。エルフのように俺を信仰していれば争いなぞ起きはしなかったろうに」
お前の親族のせいで起きている戦争だぞ。
「あまり良くないけどシューリアダ派の方なら黒龍の威厳で改宗させてこちらに招くのは可能じゃないか?」「それはやめた方が良いですね。敵対派閥とは言えそれは同じ獣人として……いえ、そうでもしないと暴徒と化した彼らは止められないでしょうね」
突然馬車が停車した。騒がしい声が外から聞こえてくる。
「どうした、なんだこれは」
大きな崖と崖を結ぶ橋が落ちていた。いや、正確には崖が崩れていた。
「どうした、俺を煩わせるな」「ドロスは何も出来ないんだから黙っていて。私が対処します」
あまり見せたくないし、気分的には良くないけど。死飼の産蝿……死屍累々っと。
「おぉ、これが吸血王女の力なのか」「すごい、橋が出来ていくぞ」
死飼の産蝿で天蓋を覆い、死屍累々で橋を作っていく。ムキムキの死体なら乗っても問題ないだろう。
さらに追加で強化!分身!
「悪くない、強度よし。一台馬車を通してくれ!」
問題はないようだ。仮に問題があればまた蝿を吐けば良い。死ぬほど辛いけど。
なんとか反対に行くことが出来た。だが、後で直しておかないといけない。
「向こうへ行く時は掛かっていたのに、今は落ちている……まさか街に何か」「その可能性は高いですね。全速で向かいましょう。少し全力出しますよ、吸血館の支配者!!!!」
吸血館の支配者で溢れた生命エネルギーは、余剰として消える事はなく溢れ出たエネルギーにより活性化する事がわかった。
「これで一日くらいは短縮できる。ウーセスさん、街の作りは一番外がパール派で中間にシューリアダ派、一番奥側がクーヴァル派であっていますよね?と言う事は直近で怪しいのシューリアダ派になります」「まさか、いやそんなはずはない。シューリアダ派とクーヴァル派が手を取り合う?」
あの橋を落とした魔術は明らかにオーバーな物だ。
「ドロス、心当たりはないか?」「どうせ俺は何も出来ない分身だ。殺してくれ……黒龍の威厳に関わる問題だ」
出来損ないがかなり効いたのか、ズーンと落ち込んでいる。
「あーも!悪かったって!あんたは偉大な黒龍でしょ」「ふっ、そうだなあれは魔王の魔力だ」
突然元気になるのは少し怖い。だがなんとなく、俺が考えたことを魔王がやった気がする。その予感を裏付ける魔力が検知された。
「また止まった。ドロス、何かわかるか?」「メスとガキの匂いだ、それも100近い。俺の知能で察するにパール派は追いやられ女子供だけ逃げてきたと言ったところだ」
ウーセスの顔が曇った。それもそうだ、たったの10日程度で中立派が破滅した可能性を示唆するから。
「女王様、パール派は壊滅しました。戦える者の多くは連れ去られ、かろうじて逃げれた女子供は七割型ですが、他は囚われたままのようです」「っ……ウーセス、今はダメそうだな。とりあえず私は行ってくる」
行商人の集まりだけあって逃げた先で即席の集落を作っていたようだ。集団幻影で無理やり存在を隠したが、橋を先に壊されたせいで身動きが取れず、段々と迫る包囲網に怯えながら過ごしていたらしい。
「魔王が看破を持っていないのか、魔王が直接動いていないお陰なのか。ドロス、どう見る?」
ドロスがウーセスと一緒に馬車から降りてきた。
そのタイミングでアンナから念話が飛んできた。
『アルトゥルーイスト様!我が分身から言伝が!あ、これですか?アンナに無理やり憑依してもらいました。初めてはアルトゥルーイスト様が良かっ……っておい!わかった、嵌められました!パール派はもうすでに、魔王の手に堕ちていたようです!俺は今そっちには行けません!!!!!!ドロスが無理やり遮断していま…………』
「アルスト、とりあえず彼女らを保護した方が良いと思う」「だね生存確認は大事」
人質を取り、我々を誘き寄せる。何か策があるから脅威になり得そうな存在を先に殺そうと言うことか。
「やはりウーセスの妻子は居ないようですね。ちょっと馬車に戻ります、ウーセスさん良いですか?」
パール派は被害者だ、責め立てる気はない。だが、白黒はっきりさせないことにはどうしようもない。
「ウーセス、私とドロスをどうすれば解放すると言われた?」「っ、知っていたのですね」「えぇ。妻子を人質に取られては仕方のない事です。それにドロスが魔王の匂いを感じたと言っていた時から薄々と勘くぐっていましたよ」
パール派が陥落したのは20日以上前だろう。その間にあったシューリアダ派については、あの時のセリフで察しが付く。改宗させられていたんだ。
もう既に一派閥、魔王派しか居なかった。
「貴方達を殺すのは不可能だが、この腕輪を付ければ縛れると言われました」「これは、なんだ?ドロスわかるか?」「これは萎靡の腕輪だ。半減に半減、延々に衰弱する呪いだ」
付ければどうなる、すごい気になる。この世に来て初めての呪い装備だ。
「付けるなよ、これは黒龍とて衰弱させかねん物だ」「どんな仕組みだよ、黒龍を封じ込めるには小さ過ぎる」「そうだな、アルストのやっている分身と似た機能、他人の魔力を吸い取り、自身の魔力に変換させる」「ジュシンキとソウシンキってところか。でもそれって魔王が私達より弱いって事だよな?」
私では勝てないと言っていたが、それは人情踏まえてと言うことか。
「アルストは人質のために付ける、そう踏まれているな。それを俺にも強要する。どこで知ったは知らないが黒龍が吸血鬼の下っ端という事になっている」「それが痛手だよなー。まぁでも分身につければよくねー」
相手を認識する能力はない。だが、流れ込む魔力量でわかるだろう。なので分身にほぼ全魔力と一度注ぐ。段々と減っていき弱まる分身。だが、本体は吸血館の支配者で完全回復。
「うん、いける」「単調だな。だが、最強種の知能を持ってもこれが最適だ。少し手は加えよう、俺たちが弱体化して動けないと思わせる」「人質の救出が可能になる。だが、抑えれるのか?弱体化なんてフリでもいやだろ」
計画を立てる。だがウーセスには言えない。一度敵の手に堕ちたものは、最後まで触れない方が良い。
「結局私とドロスだけでやることになるか。とりあえずドロスの足りない魔力補填から」「その必要はない。ウズ!」
莫大な魔力が溢れ出た。あまりの濃さに俺もひっくり返るほどだ。
「嵌めるぞ、アイツらを」「おう!」
腕輪を付け始めてすぐに分身からごっそりと何か消えた感覚を覚えた。
「これ吸う量決められてるのか?一気に瀕死くらい吸われたぞ!」「だな、俺が人と龍の間になるギリくらいの量を吸われている」
1度目の吸収が終わった。もうすでに救出に向かっているが、ドロスが心配だ。
2度目の吸収で、人間と同じレベルまで落ちるだろう。
弱ったところを殺せとは命令されていないらしいが、他派閥の獣人を向かわせて殺し合いはさせるだろう。その時、人質の事を出せば間違いなくドロスが殺される。
「分身が痛がるのはあまり見たくないものだ。さーて、ゴースト化したらすぐだな」
街はあの追いやられているパール派からは考えられないほど賑わっていた。
こういうケースの人質は大抵、地下だ。地面くらい余裕で抜けれる。
勿論真っ暗である。何も見えない。気配察知で大量の気配を追う。
「あったあった、多過ぎるな。五十人はいる……どう運べば良いかな無駄にスキルを使えばバレるし」
それに、枷も付いている。あの受付女王様のおかげで洗脳系の探知は可能になったから容易に洗脳解除はできるが、大抵術者に届く。連れ出して、安全圏についてからじゃないといけない。
「どうしよう、イキってやってきたけどマジでどーしよう。もーいや、どうにでもなれ!空間移動!」
五十人も運べば体力が根こそぎ持ってかれる。あとは気力で洗脳解除………………………………………………………………
「はっ、危ねぇ……早く戻らないと」
2度目の吸収が来る。しかも2万近い軍が迫ってきている。
「めまいが……いや、行けるな。吸血館の支配者!!はっはっは!やはり私はこうしないとな!」
回復してすぐに分身へ流す。が分身体が完全に死んだ。
軍勢から吸い取った分で完全回復したはず、それをほぼ全て抜かれた。
「ドロス!だいじょ……」
失念していた。パール派の獣人が洗脳されている可能性を。
獣人達が膝を折って泣いているのはドロスが洗脳解除に魔力を費やしたからだ。
「女王様、我々のせいで黒龍様が」「1度目の吸収で疲弊しているところに毒を持って2度目の吸収で確実にトドメを刺せと……2度目の吸収を耐えた上で我々の洗脳解除をしたから」
「良いからどけ!ドロス、大丈夫か!」「これはアルスト……黒龍の名に恥じますね下等動物を守ってこうなるとは」「しっかりしろ!ドロス、本体から魔力を受け取れ早く!」「無理です、本体には獣人の街へ行くよう仕向けました」
まただ、ウズドロスが勝手に作戦を立てて進めている。
私の身勝手に合わせれる形で動いていた。
「ちっ、念話も発動できねぇ。良いからしっかりしろ!黒龍だろお前は!」「揺らされたら崩れるぞ肉体が。それから俺は分身体、消えて本体に戻るだけだ」「それでもだろ、分身体だとしても!お前はドロスだ!お前がいないと……」
「やれやれ、態々出てきて見れば無様なことよ。黒龍ってのはこの程度なのか」
黒龍と俺の魔力を吸い取ったからか、息が詰まるほどの魔力を感じる。
「せっかく送り込んだ獣人達は動かなくなってるし。まぁいいけど」
黒い羽、角に牙、大きな爪。黒いモヤが全体を覆い、総体を掴めない。
動かないドロスを横に置き構える。剣も何もないが拳はある。
「俺は魔王軍幹部の1人、邪竜デッドノードだ。弱っているがお前が例の吸血鬼だな」
モヤが晴れて人と竜の合間、リザードマンっぽい男が現れた。
「いかにも。アルスト公国の王、アルトゥルーイストだ。姑息な手段しか使えないとは魔王軍も大したことはないな」
「姑息?立派な作戦だよ。魔王様から黒龍と吸血鬼はとても強い。お前では勝てないからと賜った作戦だ。まさかこんなに上手くいくとは思わなかったが」
「魔王ってのは国交問題にヒビを入れるのが好きなようだな」
「隷属の呪いでもかけて従わせれば問題はないだろ。現に人間より弱くなっている、黒龍に関しては死にかけだろ」
アイツのいう通りだ。俺の打つ手は……いやある。試したことないしかなりハードル高いけど。
死飼の産蝿で産まれた蝿を全て食す。この蝿は死体から魔力を吸い取り生命活動を延命する為、飛ぶ魔力タンクになっている。
「まずっ、でも少し戻った。吸血館の支配者!」
「これが噂に聞く眷属達か。それに、エリア生成まで可能とは。だがまぁその程度だろ!」
来る。吸血館の支配者で死にかけのグロスに流す。そのせいで魔力は足りないが、決手にはピッタリだ。
「ぷはぁ……それで?うちの可愛いドロスちゃんこんなんにして弁明はあるか、クソトカゲ」
「デッドノードだ!消え去れ、インフェルノブレス!!」
走り飛び上がる。放たれる寸前の魔法を口ごと押さえて地面へと叩きつける。
少しばかり利己的に動いても問題はないだろ。
「なっ、ぜ。吸血鬼如きにこんな力が」
「知りたいか?初めて会った時、アルシアと初めて会った時に、運ぶのが大変だったからだ」
それから定期的に訓練をして、今では人間くらい片手で持てる。
「ぐぬぬ、しかしお前はかなり弱っている!俺は2人分の魔力を吸い万全だ!死んでもらうぞ」
「ならこいよ、口から息吐く前に埋めてやるからよ」
魔力を吸われただけで手の内は明かしていない。そんな相手に舐めて掛かると危険っていうのはわからないようだな。
「溶けて消えろ、下等生物ども!地獄の息吹!」
「だから埋めるって言ったよな。そのまま羽根むしり取るか」
嫌な音を立てて、デッドノードの背中から羽がちぎられる。尻尾が暴れるが甲斐もなく。
「まず、マジでまず。美味しくねぇ」
迅速な魔力回復の為に食す。味はダンボールに腐った牛乳をかけた物が脳裏に浮かぶくらい美味しくない。
「だが……お前を懲らしめる程度には戻ったぞ。なんとなくだがアルトゥルーイストとしての記憶も戻った気がする」
薄れ痩けた記憶。ノイズの中ではっきりと聞こえる声があった。
「お前は異界から招かれた客だ。のぅ、種族は黒龍じゃ、なーに。見捨てる訳じゃない。お前はこの世界には余る力を持っておる、だからその力でエルフを守ってほしい。我が母の故郷じゃ」
始祖の黒龍は転生か転移でこの世界に来たナニカ。強けれど制御不可能な力を封じ、自らの力とすることで吸血鬼の支配下に置いた。
それ以降はエルフの森で信仰を集め、長年かけ今の代が自力で元の強さに戻ったのだ。
それから黒龍は恩を忘れない。それは強者ゆえの矜持であり、アルトゥルーイストとの血の契約でもある。
「だから、アルトゥルーイストが庇護した黒龍の血を持つものが道を外れたなら……今いるアルトゥルーイストが一矢入れてやらないとな」
「何を訳のわからないことを。死の淵に瀕して血に迷ったのか!」
「はぁぁ、これが今あるスキルの全てを有効利用した力だ!」
分身、実体化、産蝿に支配。一言で言えば複数対一を作り出す力。
「雑魚が何匹増えようとも、魔王様の恩恵に肖ったこの俺を殺すことは不可能だ。レオス・クレンジ」
レーザーが辺りを切り裂く。予測不可能、変則的に飛び交うレーザー。
「はっは!威勢がいいフリも辞めたらどうだ。死にかけではないか」
「まぁそうだな。死ぬのはお前だけどな」
死線を掻い潜りデッドノードの首を絞める。羽交締めである。
「ぐっ、いつのまに」
龍種は頑丈が故に気付かないことが多い。それが大したことがないと勝手に処理されるバグだったなら。そのバグが全体を蝕むほどの隠し武器を持っていたなら。
「初めてやったが。可能だったな、鱗の下から実体化ってのは」
ただ龍を絞めるのは不可能だ。首を絞めようにも鱗同士がぶつかり合い、締めるに至らない。
だが、仮にすり抜け可能な霊体で入り込み、実体化したなら。
「下等生物風情が!!はぁ、はぁ。腕を失っては何もできまい」
鱗同士を無理やり合わせることで手を切断したのだ。
「苦しさは残っているだろ?私が死んでもお前は延々と苦しむ事になる」
「クソガァぁ!!俺の持つ魔力を全て解放して焼き尽くしてやる!刻滅の吐息!」
斜線は上手く切れた。俺以外誰も巻き込まない位置だ。
高濃度に圧縮された黒龍相当のブレスがアルトゥルーイストを襲う。
声を出すまもなく、その場には脚だけが残った。
デッドノードは最強と言われた吸血鬼と黒龍を倒した事により、多少息苦しさを感じつつも勝利の声を上げた。
「やったぞぉ!!俺が、俺が魔王軍最強ダァ!!」
その喜びが吐かぬまとも知らずに。
街の囚われ人や暴徒、魔王軍と思われる諸々を制圧したウズは、この魔力反応を察知していた。
ドロスの魔力妨害が消えた事により、はっきりと見えるようになったのだ。
「アルトゥルーイスト様?」
嫌な予感もした。今のアルトゥルーイストがどんな状態かは理解している。人間やエルフよりは強い。
だが黒龍より弱い。黒龍の魔力で撃たれたという事は、気配を隠していたドロスが手先に回った可能性が高い。
「ドロスゥ!!お前よくも、ドロス……大丈夫か!」
その考えは二百間違っていた。ドロスを囲うように守る獣人達と、明らかに同族の匂いがする男。
見知った匂いのする靴を腰紐に下げている。
「アルトゥルーイスト様をどうした……」
生まれて初めて出す黒龍の本気オーラ。デッドノードも馬鹿ではない。相手が何者かを察した。
「獣人ども!話が違うだろ、黒龍に腕輪を付けろと!呪いで捕らえていた女子供を殺すぞ!」
「俺を無視か?龍の真似事人間の分際で」
「な、なんだと!だがお前が黒龍だろうと、俺は倒す!もう1人の黒龍と吸血鬼を殺したんだ。それく」
デッドノードはアルトゥルーイストが情報欲しさに手加減をしていたのだと察した。
同じ力で同じ技で地面に顔面を埋められた上に、尻尾を持って投げ飛ばされたのだ。
「俺の嫁は敵にも情けを掛ける。そのせいで……だが、俺は黒龍だ。恩も返すがやられた事には執拗に、関係無かろうが国ごと、種族ごと滅ぼす」
さっき黒龍から吸収した魔力はほとんど使い切り、残りは吸血鬼から吸い取った分だけ。
黒龍はなぜか知らないが若干魔力が少ない。
雲の上にいる届かない相手が一個上程度に落ちたのだ。それなのに
「なぜ、なぜ弱っているはずなのに強いんだ!」
「お前らにはない、大切なものを守れなかった不甲斐ない自分に対する怒りの力だ!!」
ブレスがデッドノードを襲う。頑丈な鱗が破壊され、ツノが折れ、焼けたせいか喋ることすらできなくなっている。
「アルトゥルーイスト様……無念果たしましたよ」「勝手に殺すなバカ龍が」
余韻に浸るウズドロスに耐えきれず出てきたが、ここまで泣かれると少し歯痒さというか何というか。
「返事は待ってろって言っただろ、勝手に嫁にすんな。それから私はあの程度じゃ死なないぞ」「アルトゥルーイスト様ぁ!」「こら離れろ!尻尾を離せ!」
なぜ、何故生きているという目を向ける。焼き焦げた僅かな自我は疑問の追求にしか回らない。
「ふむ、なぜ生きているか?という顔だな。答えは簡単だ、首を絞めるついでにお前の魔力を吸わせてもらった。吸血鬼だからな、はっはは!」
こうして獣人パール派の依頼は達成された。暴れ尽くしたウズのおかげで獣人達は新たに黒龍派と名乗り人間族達と友好を築くと約束した。
ウズとドロスは元に戻りウズドロスとしてまたモンスターを出す仕事に戻ったのだが、人格が割れた状態になり時々一人で言い争いをしているとかなんとか。
魔王は勿論始末された。ウズドロスと私がいれば負けようもない。
「しかしやることが増えたな……あの女に乗せられて獣人の方まで管轄になったし」
吸血館を出てエルフの森再建地に向かう。各地に避難したエルフ達を呼び戻し39人集まった。
獣人の移住者や王都からこっちに越してきた者、総勢743名を統括する領主。
「アルシア~私任を降りたいよ」「もーアルストったら。たまには街に行って気分転換しよっか」
こうして二人で外へと出掛ける。私はアルトゥルーイスト、他人のために動くゴーストだ。でも今だけは己の為にアルシアと遊びに出かけよう。
完
俺は生まれ変わったのだ。実に五百回、元の世界に帰ることは叶わず、毎度毎度新しい人生。
ある時は貴族令嬢、ある時は辺境伯、ある時は第二王子、ある時は……
楽しみを、生活を築いては転生、不遇とでもいうべきか。
いや、不遇という名前の摂理だろう。
前世を認知できるようになってから様々な苦労を重ねてそれで今に至る。
そう、齢0歳のゴーストだ。ゴーストが0歳?自然発生するタイプだろう。
俺の名前は忘却のゴーストになっている。今できることは壁をすり抜ける、実態を眩ませるの二つだけ。
「人間以外は何度かあったけど、ゴーストなんて初だぞ」
過去にあったかもしれないが、記憶にないレベルで本当に記憶にない。
ゴーストの予備知識だけでゴーストとして振る舞わなければいけないと考えるだけでこの先が不安で仕方がない。
そんな最中、足音が近付いている事に気付いた。それ大勢だ、とっても多い。
「これ狩られちゃう?!どうしようどうしよう!」
あたふたとしている俺の元へ、小さい女の子が走って来た。オッドアイに尖った耳、靡く銀髪。別世界の記憶から参照するに忌子だろう。
「はぁはぁ、だれかたすけて怖いよ!」
泣きながらこちらへ走ってくる少女。きっと大勢の足音はこの子を追う音だろう。
「仕方ねぇ、人肌抜くか。体ねぇけどっと!べろべろばー、この館に住まうお化け様だぞ!」
なんとなくノリで飛び出てみた。ゴーストなんてのは飛び出てなんぼやろ。
「ひゃっ?!」
それを見るなり少女は卒倒した。頭の上には気絶と表示されている。
「こんなバカほどわかりやすい異常状態表示をもらえるなんて、ん?なんだこのポイントは」
BPというものを10習得したようだ。よくわからないが念じてみる。この手は大抵そうすると出てくるものだ、スキルツリーが。
「なるほど、びっくりさせたポイント的なのがBPで、それを集めてスキルなのか?それを解放していくと。分岐とか色々あるなぁ」
隠密のレベルを1から5へ進化させ、その次にある擬態を修得、レベル5へと進化させた。残りの一ポイントでその先の実体化を修得。
「とりあえずこのエルフを助けるか」
実体化レベル1で手を実体化させ少女を運ぶ。ゴーストはみんなの想像するゴーストと同じで、手と顔しかないふわふわした存在なのだ。
足がない分だけすんなりと動けるし、顔も特定の場所に固定されているわけじゃないから360度見放題。
「もんだいは、力が常にいらないせいで実体化を使うとバカ重い」
数センチ単位でしか少女を動かせない。このままだと追いつかれる。
現に何手かに分かれた分隊がこちらに向かっているのがわかる。三人くらいだろう。
「一旦箱にしまって、あいつらを脅かしてレベル上げよう!」
箱といってもこの場所、この廃屋は大きな館である。異次元との衝突(予想)をしたせいでメチャクチャな構造になっていて地面に隙間があったりする。
そう、すり抜けるられるゴーストにしかわからない隠し部屋などが多数存在するのだ。
「ちっ、ガキいねぇーな。俺らハズレルートか?」「慢心するな、この館は元吸血鬼の館。どんなトラップがあるか想像できない」「アンチアンデットが居ないからってビビりすぎっすよ」
ちょうど間に合った。少女は隠せたから、俺の番だ!
実体化で一番後ろにいる男の肩をトントンと叩く。
「誰だ?気のせいか、今肩を叩かれたような気がしたんだが」「ビビりすぎでは?ここは一応セーフゾーンです、攻撃は不可能ですよ」
「くすくす、お兄さん達はビビリだよ」「そうだね。そうだね」
1人で二役の声を真似する。男三人はビビってねぇから!感を出すが、BPがどんどん入るあたり、結構ビビっているだろう。
「せ、セーフゾーンだからな。居たとしても吸血鬼に吸われて死んだ子供の霊くらいだろ」「具体的な背景を追加するな!」
間抜け3人のおかげで実体化レベル5と新たに分身を手に入れれた。
「ねぇねぇお兄ちゃん、どこいくの?」「遊んでよ、遊んでよ」
今度はあからさまに震えているのにBPが入ってこない。何かしら規則性があるようだ。
「と、とりあえずここは居なかったって事にして別の奴らのところに行こうぜ!」「そ、そうだな!こんなところ怖いし」
暗がりの中、びくびくと進む3人。分身を使いこの館全体をビビらせる作戦へ出る事にした。分身も実体化可能であるが、自分自身でしっかり操作をやらなければならない。
また、分身の体数も今のレベルでは2なので二体まで。合計三人というべきか、で最大限館中をビビらせるとすれば実体化で音を鳴らす事である。
「はっはは!(確か吸血鬼の館だったよな?)吸血鬼の館へようこそ。愚かな諸君よ!」
BPの入り方でマジでわかる。ビビり方がおかしい。この世界はゴースト耐性がないのか。
『吸血館の支配者』『実態のない怪物』どうやらユニーク的な能力も手に入るようだ。
吸血館の支配者は、自身が場内と判定した範囲全体を"配下含む"セーフゾーンとする。敵対者の体力を定期的に吸い取り回復できる。
実態のない怪物は、一度脅かした人からもBPを獲れるようにするもの。要するにびっくりさせた記憶を虚にさせるものだ。
「ほぅ、さすが隊長格。内心では臆していても表面では隠しているか」
自分で作ったセーフゾーン内に入った敵対者を把握可能。それぞれのビビり耐性もある程度見れるようだ。さっきのエルフの少女が-100で三人組が平均4、隊長と見られる男は36だ。
「ここはセーフゾーンのはずだ、何をした貴様!」
「あー、これか?俺に恐怖してんだろ、お前らが。そういう事。精神的攻撃はセーフゾーン関係なしに入るだろ」
よくわからんから適当に返答しておこう。この世界についての理は1ミリも理解がない。
隊長格の男が部下に声をかけると少しだけ部下の恐怖耐性が上がった。そういった力だろうか。
だがそんなものは意味がない。BPの入り方も耐性が高い人間ほど美味しいのだ。
「そういえばアンチアンデットとか言っていたな。連れて来てないとか、好都合だ!」
実体化で扉の前に物を置いていく。セーフゾーンなのでガラスの破壊は不可能。逃げ場のない恐怖が彼らを襲う。
「くっ、わかった我々が悪かった。非礼を詫びるので部下だけは解放してもらいたい」
隊長格は片膝をつき頭を下げる。どの世界でも大抵この格好が降伏や平伏にあたるのだろう。返してもいいがBPを稼いでおかないと後々後悔しそうだ。
「良かろう。だが、全員無事なんてつまらんなぁ」
1人の首を掴み締め上げる。空中で何かに掴まれて足をジタバタさせる兵士。
「おっと動くなよ。何をしようとしていたかは知らないが、お前達のせいで館にガキが忍び込んだ。安眠妨害もいいところだ」
「やはりこの中に逃げたか。そのガキはどうされた」
「知らんな、俺には関係ない。ただ安眠妨害のツケはお前達に払ってもらおう」
「あのガキなら喰おうが犯そうが自由にしていい、俺の命もくれてやる。だから部下だけは解放してやってくれ」
「…………」
興が醒めたせいかどことなくやる気が失せた。部下を放り投げて扉を開けた。
「帰れ、下賤な輩の命を奪うのは我が名に反する」
なんで追われていたかは分からないが、年端の行かない子供がそんな扱いを受けるのは間違っている。俺はアルトゥルーイストだ。あんなエゴイストどもとは違う。
少女を置いて来た場所に戻ると、目が覚めていた。
「ここから出して!誰か助けて」
暗い地面の空間でか細く泣いていた。酷だがこれしかなかった。問題はこのあとだ、どうすればこの子が落ち着くだろうか。
「BP二十を消費して人化を取るか…………」
まだレベル1のせいで透けているが人の方がいいだろう。一度見た人間をベースにレベル相応の年齢で人化できるスキル。
「大丈夫?怖かったね」「おなじえるふ?よかったよぉぉぉ!!」
こちらに泣きついて来た。半分透けているが実体化のおかげで触れることは可能だ。
「よーしよし。さて、嬢ちゃん。事情を聞いてもいいか?逃げて来たってことしか理解していないんだ」
ビクッと肩が震えたのを感じる。安堵の涙から恐怖の涙を流し、うずくまる。BPが入らないから俺以外への恐怖だろう。
「いや言いたくないなら聞かないぞ。でも安心しろ、どんな事情であれ、お前のそばにいてやる」
その言葉に少女は顔を上げる。安堵の笑顔だ、かわいい。こんな子をここまで追い込んだやつは一体誰だ。
「ありがとうお姉ちゃん」「やれやれ、まぁこの子を模してるし似てて当たり前か」
少女は眠りに着いたようだ。年齢や名前のわかる所持物は無い、木の実数個と短刀、弓に空の矢筒。服はボロボロで、手足には枷と思われる跡。
BPを消費しまくり、なんとか解放できた精神洗浄を寝ている少女にかけて考える。
「なぜ追われたのか、枷があるということは奴隷か?装備があるから狩りか何かはしていた。オッドアイ関連?」
分身体へ意識を強めてみる。逃げ出したさっきの兵隊達は近くで野営をしているようだった。
「しっかし、吸血鬼の館は安全と聞いたんだがな」「教皇様のミスなんてことは」「しっ!殺されるぞお前」
各テントで先程の出来事について話していた。ある程度落ち着いた者から、未だ恐怖している者も居る。実体化で音を立てて揺さぶり遊ぶのも手だが、あの子への仕打ちに対する憤りが今は勝っている。名も知らぬ異世界の少女だが、助けない手はない。
「人化、実体化」
実体化のレベルをマックスにしたことで人化がほぼ実態を持って動ける様になった。まずは末端から恐怖の渦に入れる。
「ねぇ、なんで私を殺したの?」
テントをすり抜けて現れる。口をぱくぱくとして恐怖で何も喋れない兵士。三人いる中で1人も動けない。追い討ちを掛けるべく実体化を徐々に消し頭から消えていく。消えた跡、兵士の後ろに立ちまた呟く。
「ねぇ、なんで私を殺したの?」
発狂と絶叫、何が起こったのか理解するまもなく兵士はテントから飛び出た。それを追うように2人も走って逃げ出す。夜の森、月明かりしかない中で突然出て木にぶつかり気絶。他の2人も池や足を滑らせて滑落していった。
「敵襲か?!総員構えろ!」
響き渡る音で隊長が素早く指揮を立てる。だが遅い。一人一人と弱そうな兵を狙い、実体化する。途中で得たBPで認識対象を取り、1人の兵にしか映らないように行動をする。
「だ、隊長、めのばえにあのえるぶのがぎが!」
泣きながら訴える兵達だが、見えていない者には何も見えない。
「幻影だろ、エルフだからな。おちょくられてんだよ!看破しろそれくらい」「魔術の気配すら察知できませんでした!」「やっぱり本物の幽霊かと」「ひっ、あの館の主人が食べて幽霊化したんだ」「俺らを呪う為に」
恐怖とは伝染する。1人の臆病者が次の臆病者を食い、最後には強がっている臆病者を喰らう。罪の意識が高いものほど、死者への恐怖がでかい。こいつらにうってつけの作戦である。
「全て自白して裁きを受けますから!」「ゆるして、隊長も謝りましょう」「な、おまえたち!しっかりしろ!俺に集るな」
死屍累々と独り舞台を手に入れた。
死屍累々は、実態と意識のない分身を大量に召喚する。
独り舞台は、分身に特定の動きを入れて自由に動かせる。
「全員、私のことを忘れられないくらいに刻み込んであげる」
死屍累々で大量のエルフを召喚し独り舞台でそれぞれ向かわせる。
「助けてくれ!悪かった」「ひ、ぁぁ?!!」
朝に立っている者は居なかった。結末を見届けようとしていたが、分身は日光により掻き消され、今どうなっているのか一切わからないが、これで当分は大丈夫だろう。
「ふぁー、あれ?わたし」「おはよう、朝ご飯用意しといたよ。何食べれるかわからないから持ってた木の実で軽く作ったけど」
どうやらゴーストの性質的に太陽の光はダメなようだ。分身だから弱いのかと外に出てみたら日光を浴びた手が消し飛んだ。
今はとりあえずこのエルフの子とおとなしく館で過ごすことにした。夜にならなければ動けないから。
「私の名前はアルシアです、助けてくれた上にご飯までありがとうございます!」「元気な子は好きだぞー、感謝したまえ」
エルフの少女はアルシアと名乗った。無垢な瞳がこちらを見つめるたびにゴーストとして浄化されそうになる。きっといい子だろう。クリアヒールのおかげか今はとても落ち着いているし、こちらをお姉様としたってくる。まぁ見た目を模倣したし実質同一人物だが歯痒い。名前呼びさせようにも名前を持っていない。アルトゥルーイストなんて名乗るのもありかもしれない。利他主義者なんてのはアルシア基準に動くゴーストにもってこいな名前だ。
「私のことは普通にアルトゥルイーストと呼ぶがいい。エルフの子、いやアルシアよ」「アルスト様!でいいかな?えへへ」「まぁ好きに呼ぶがいい、名前なんてのは識別子に過ぎん」
調子に乗って格好から入ってみたが我ながら様になる。アルシアも喜んでいるし良いだろう。
「このお屋敷ってアルスト様のものですか?すごい変わった形してますよね、あ!褒めていますよ?」「私のものではないが。誰も使ってないと廃るからな」「そうだったんですね。ほへーすごい」「凄かろう。そうだ、はっきりさせておきたいことがいくつかある」「なんですか?」
小首をかしげるアルシアを驚かせるのは申し訳ないが教えて置かなければ今後守り切れるなんて豪語するのは難しい。
「私の正体はゴーストだ。それから昨日アルシアを箱に閉じ込めたゴーストも私だ、驚かせたのも私だ。怨むなら怨んでくれ」
まだあって間もないがアルシアに拒絶されそうで怖かった。だが笑顔で頬に手を当てられ気付いた。彼女は知っていたのだ。
「最初は驚きましたけど知っていましたよ。私を助ける為だったんですよね!感謝しかありません」「あんな形でしか救えなくてすまなかったな。あともう一つだけはっきりさせたい」「なんでしょうか、もしかしてお漏らししたのバレました?!ごめんなさい!高そうなカーペットに」
アルシアは面白い、楽しい。私をゴーストと知って、なおこうして話してくれて、この世界に来て初めての理解者。いや、拒絶されたことはないけど。そんな感覚だ。
「私はアルシアと対等でありたいと考えている。武力的な危険から守る代わりに私に知識を与えてほしい。この世界のことを知らなくてな」「へ?それは私とアルスト様がお友達ということですか!」「多分そうだ、友達だ。誇れ、第一号の友達」「やったー!アルスト様に一生ついていきます!」「まず呼び方、アルストで構わん。友達だろ」
なんで追われているのかは聞けない、だからこうやって友達としてとにかく寄り添い危険を払う。私としてもこの世界について知識を得ているうちにアルシアの近況を理解できると思うから。
「まず何から知りたいですか!アルストさ……アルストさん!まだ恥ずかしいからアルストさんで」「そうだなぁ、まずはお金から」「お金はコレです!銀貨と銅貨!あと金貨ですね、価値はよく分からないですが私なら金貨100枚分ですかね…………」
銀貨と銅貨を傾いた机に置くアルシア。最後の不謹慎な発言から奴隷か何かにされていたのを理解した。
「他はスキルについて聞きたいな。私はゴーストだからか実体化とかばっかだしBPというポイントがあるんだ」「BP?それは分かりませんが頑張って何かするとスキルが増えますよ!私の場合は隠密と回避、逃げ足なんかが高いですね」「BPはゴースト特有なのか?他になんか支配者とかみたいなのはないか?」「お父さんがエルフの長ってスキルを持っていましたね……」
どうやらスキル自体は一般的にあるようだ。そのものの伸ばし方や習得様式は種族によって異なる様子。
「他人のスキルは確認可能なのか?何か水晶に手を当てて見るとか?」「そうです!さては私を試してますか??スティタス石という魔石に手を当てるとスキルを紙に写せます!私は紙ですが持っていますよ!こんな感じです」
アルシア-
回避10 逃げ足9 隠密10 索敵10 弓10 鷹の目10
「ふむ、エルフだとこのスキルが普通みたいな感じなのか」「そうですね、隠しスキルとかあるみたいで人によって変わりますけど。私のは平均的ってやつです!」「なんとなくだけどスキルは理解できたな」
俺の場合はBPを消費してスキルを開いていくが基本は自動的に開くのか?それに隠しスキルとやらが俺の持っている吸血館の支配者と似た感じだろう。
「今日はこの辺にしておこう。あまり入れ込み過ぎても脳みそが疲れるからな」「はい!」「今後の方針だけ決めておくか」「方針ですか?」「あぁ、いつまでもこの館にいるのは知見が広がらんというもの。街なりなんなり人のいる場所に行ってみたいのだが」
街という言葉で暗くなるアルシア。街にはあの兵たちがいると思っているのだろう。
「安心しなアルシア、昨日の奴らは全員やっつけたぞ」「ほんとですか?でもやっぱり街は怖いです。私あそこで売られて薬にされそうだったんです」「オッドアイエルフを薬にか。よくある話だな、なら尚更だ。そいつら全員絞めるぞ」
無理な笑顔を見せられても調子が狂う。クリアヒールを定期的にしてケアをしながらじゃなければまだ心の傷は癒えないだろう。
「トラウマが治るまでここで過ごそう。どのみち私も太陽が出ている時は外に出られんからな」「すいません、私のために」「アルシアの為なら国だって用意する気持ちはあるぞー」
まずBPを貯めて日光に耐性が付くスキルを手に入れなければならない。夜しか動けない。
「とりあえずこの館を清掃して住める部屋と使える部屋を探すぞ!私も知らないことだらけだからな冒険!!」「お、おー!!」
日の出ている時間は館の探検を行なった。風呂や図書館、色々な部屋が発掘された。日光が沈めばBP狩りの始まりだ。アルシアを見守る本体と別の分身体六体を使い近隣の村へ赴く。あの兵達はとっくの昔に街へ帰ったようで、もぬけの殻だったが村の人たちに話したおかげかBPの溜まりは早かった。
新しく分裂思考10 初級魔術10 中級魔術1 闇属性1 水属性4 森精霊の怒りを手に入れた。
森精霊の怒りは、エルフ族と同調できる。つまり、擬似エルフ族になれるのだ。
「アルスト!お風呂沸いたよー、先入ってるね」「あぁ、すぐいくよ私も」
お湯に浸かりながら湯船全体にクリアヒールをかける。アルシアのトラウマはだいぶ解消されたようで街の話題を出してもそこまで怯えることは無くなった。
「村人を脅かしてたら、街から聖職者を呼んできたらしくて。浄化されかけたよ」「大丈夫だった?」「森精霊の怒りっていう隠しスキル?のお陰でエルフ化して、なんとか逃れたよ」
アルシアは驚かした話を毎回楽しく聞いてくれている。もっと初歩的な脅かしで気絶してたんだぞとは死んでも言えない。だが、そんな話をしていたおかげかアルシアの恐怖耐性のようなものは130まで上がっていた。たまに電気を勝手に消したりしてもビビらなくなっていた。
「釣り行こ!近くに池があるからさ。日光?大丈夫、試したいスキルあるし」「うん!」
森精霊の怒りの持続時間を確かめるために、分身体でアルシアと釣りへ出かけた。
森精霊の怒りは欠点が存在する、対象は一人のみ、分身も一人としてカウントされるため、逆に好奇と分身にかけて外に出させることにした。
「釣れなかった方が今日の夜ご飯当番ね!よーいどん!」「ちょ、アルシア先手はずるいぞ!」
この頃になるとアルシアは自分をよく表現するようになった。一緒に競争したり賭け事をしたり。
「アルストはBP?を貯めてスキルを放つんだよね?だったらそろそろ街に行って見る?私最近怖い夢も見なくなってきたから」「願ってもない打診だ、行こう。ふふ、二人で初めてのお出かけだな」
ベッドに入り一緒に寝た。ゴーストは寝なくても生きていけるが、今日くらいはと森精霊の怒りでエルフ化して寝ることにした。怒りなのにこんな使い方していいのかよと思いつつ。
「おはよー、アルストより早く目覚めたよ!」「ほんとだ、まさかお寝坊お嬢様に負けるとは」「もー、たまにしかしないから!」
吸血館での一年間はとても有意義だっだ。釣り以外にも狩りやらなんなら色々な経験を積んだ。アルシアはどうやら吸血館に戻るスキルを得たようで、たまにひっそりいなくなって心配させる遊びをしてきたが、分身体が外に出ているのでさほど問題はない。
「荷物は最低限持って、とりあえず村が中継地点だけど。ごめんアルシアの姿見してたせいで村人達が多分ビビっちゃう」
「もー、アルストったら。少し髪型弄って、こうして服も変えて。ほら!少し見た目違うから大丈夫だよ」「それもそうだね。あとは設定のおさらいをしとかないと。何かあって攫われても問題がないように私がアルシアと名乗って、アルシアはアルシアの架空妹、アルメシア。年齢は私が13でアルメシアは7歳」
直前まで反対を喰らったが安全面と、潔さを混ぜた方が他人を騙せる。無駄に偽名を使って怪しまれない為にも、これが一番得策である。
また、オッドアイなのがバレてはまずいのでアルシアは目に白い布を覆って目の病気ということにしてある。エルフしか罹らない目の病気があるらしく、その設定なら違和感はないとのこと。
「さぁいくぞアルメシア。常に分身は館に在中しているから、なんかあったらすぐに帰還することだぞ」「はい!アルシアお姉ちゃん!なんか自分の名前にお姉ちゃんつけて喋るの恥ずかしいかも」
村は割と近い。池を横切り、森を抜けるとすぐにある。だいたい2時間弱の道のりだろう。ゴーストで浮遊していれば30分も経たずに行ける。
「やっぱ変な目で見られるね」「仕方ない、だが堂々としていれば大丈夫さ。白昼に堂々と現れるゴーストなんていないだろ?」「目の前にいるけどね、ふふ」
村から出ている朝一の馬車に乗って街へ向かう為、一泊しなければならない。村の宿屋へ向かう。
宿屋の受付は対して気にする素振りもなく部屋の鍵を渡してきた。2階の奥部屋だ。
「ふぅー、ようやく一息つける。緊張感が高すぎて私気絶するところだった」「わかる。ちょっとエルフ化解くわー。浮いてる方が楽」
ふわふわと浮くとこの世の摂理から放たれたようで幸せな気分になれる。宿屋には朝一番で出ることと、食事などは要らないことを告げている為、部屋に訪問があるとしたら疑われた時だけだろう。
「夜までゆっくり遊ぼうか」「そうだね、これやろー」
エルフの間で伝わる遊び、前世の知識では神経削りと言われていた物だ。同じ絵柄をひっくり返して揃える記憶遊び。
「アルシアお姉ちゃん強いから私が先手ね!」「そのせいで毎回負けてないか?」「大丈夫!絶対に勝つ方法を見つけたから!」
この調子で毎回やっている。アルシアがミスったカードの配置を覚えて、角から順にめくっていく。そうすると包囲網のようにカードが揃っていく。
アルシアは記憶力がないのか、単純に何も考えていないのかとりあえずめくってはミスをし続けるのだ。
「あー負けた!やっぱお姉ちゃん強い」「私はこのゲームで負けたことないぞ」「もう一回!」
何十回やっただろう。気付けば外は暗くなっていた。食事は自分たちで用意しているものを部屋で食べてそのまま布団に入った。
「ついに街だよ。楽しみだね」「そうだな、館に足りない家具とか買うのもありだな。いや、運べないわ」
軽く話し合い、アルシアが眠るのを待った。ゴーストを一体増やして分身で外を見回る。怪しい動きは特に見られないが、念には念を入れた方がいい。千回は訪れただろう村長の家に入り、書類を盗み見る。馬小屋で寝ている奴隷の少年に木の実をこっそり差し入れする。実体化無しでいつもの徘徊ルートを通り監視を終わらせる。やっているうちに日が差して自然と分身は消滅。
「くぁー、よく寝た!お姉ちゃんも朝だよ」「だな。よーし鍵返して馬車のとこ行くぞ」
宿屋の受付に鍵とお金を渡し、馬車の乗合所に向かった。
馬車の舵手は奴隷の少年と、その主人である男。乗合馬車なので商人やら五人くらいが乗っていた。荷物が半分を占めていたが、窮屈ではない。
「エルフの姉妹さんはどちらへ?最近は森を焼かれたとかで大変そうですね」
汗をたくさんかく商人が心配そうに声を掛ける。見た限り敵意はなさそうだ。それから森が焼かれた?
「私の目を治してくれる魔術師がいると聞いたので姉と行くことに。森ですか?私は外に住むエルフなのでその辺は分かりませんが、少し心配ですね」
「目の病気、なるほどそれは大変ですね。よければ私の紹介状をあげますよ。少しですが安く見てもらえます」
アルシアが少し悲しげに答える。クリアヒールのせいで正常な感情が出なくなっているのでは?という不安はあったが、ここでトラウマを起こして引き返すことになっては危険も高い。
まるでエゴイストみたいな発想だと自己嫌悪した。
「ありがとうございます。狩りと釣りで生計を立てていたので少し金銭は不安でした」
「うちの村で最近エルフの幽霊が出たと噂になっててねぇ。なんか知らないか?」
「エルフが化けて出るなんて聞いたことありませんよ、見間違いでしょうか?でも気になるので今度機会があれば調べましょうか?」
疑われないエルフの会話を知らないからアルシアに丸投げ気味になっていたが、割と受け答えをしてくれていた。俺はあくまで補填する程度に回っていた。
「最近野盗が多いので、暗くなる前にセーフゾーンで休憩しますよ。到着時間が少し遅れるかもしれませんが」
馬車の運転手がそういう。野盗は最近の不景気からか増えているらしく、実際に自警団が来て村人が連行されたと思ったら野盗の一味だった。なんて話もあるらしい。
「私たちは大丈夫ですよ」「僕も商品自体届けばいいので気にしないですね」「ギルドに用があるだけだし、遅れても困るのはあいつらだ」
満場一致で日が暮れる前にセーフゾーンに馬車を止めた。このセーフゾーンは自警団が管理している監視区域内だ。野営のテントと、水場がありちょっとした村のような場所。
国策で用意された場所だけあって無料で停泊可能な場所らしい。自警団自体も定期的に入れ替わるので、馬車が停泊した場合、次の日は自警団が護衛という形で街まで行けるのだ。
「いやー、自警団ができてからは安全に行き来できるしいいもんだね」「まぁ我々も国からお金を貰っているので精一杯やりますよ」
ゴーストで付近を偵察し安全を得た上でテントに入った。危険はないだろうが念のために吸血館の支配者をテントと少し追加分で展開。
「結構疲れたね。馬車ってこんなにお尻が痛くなるんだ」「お姉ちゃんはそういえば乗ったことなかったね。私は慣れたけど、次からはこれ使うといいよ」「これ売る予定(設定)の毛皮じゃ」「大丈夫大丈夫、お姉ちゃんが座ってたっていえば少しプレミア付くよ」「そんなど変態野郎に売るのは嫌だな」
追加で馬車が来たらしく、二人増えた。
「よろしくな。エルフの双子たぁ酒が美味いなぁ」
ボサボサの髪に、サラシで適当に隠しただけの胸。腰には瓢箪が何個もぶら下がり、赤は常に赤らんでいる。どうやらドワーフらしく背は低い。アイシャと名乗った。
「アイシャがすみません!可愛い子とお酒に目がなくって」
弱々しそうなピンク髪の魔術師、人間らしい。名前はアムリュー。大きな帽子に貧相な体を覆う大きな黒い外套。なんでも下は魔力を多く排出するためにビキニのような格好で恥ずかしいから隠しているらしい。
「あぁ、気にしなくていいよ」
二人が来たので、吸血館の支配者動作領域を狭めたくらいしか問題はない。流石に害のない一般人を搾取するほど悪魔的ではない。
「私がアルシアで、こっちが妹のアルメシアだ。妹の病気を治すために街まで行く予定だ」
「いいお姉さんですね。私達は冒険者で、依頼達成の報告をしに行くところです」「はっは、アムリューのやつがビビリでな!中々終わらんかったんで、今日になって。でも肴が美味けりゃそれでいい!はっは!」「ほんとすいません、騒がしくて」
「姉妹で暮らしてたから騒がしいのは憧れていたりもした。気にしないでくれ、それから行き先が同じなのは何かの縁だろう。街についてからも見かけたら色々教えてくれ」
「なんなら登録して私らと冒険者してみるかー?はっは、いやー帰ったら鍛治の仕事たまってたは!」
ひっくり返って眠りこけるアイシャ。どうやら道中野党に遭遇して全員締め上げるなどかなり重労働をしていたようだ。
「アムリューさんはどうして冒険者に?」「私は親が冒険者だったので成り行きですかね。怖がりな私ですが、見下してきた冒険者たちを見返すぐらい強くなったんですよ!」
あ、やべぇまじでこいつ怖がらせたい。うずうずしてやまない気持ちを抑えるがよだれが出そうになる。
「素敵ですね、アムリューさんは胸を張って一流の冒険者を名乗れますよ!」「アルメシアさんありがとうございます。目が治ったら一緒に打ち上げしましょう!」
アルシアとアムリューは夜遅くまで話し込んでいた。俺以外と話せている姿を見て安心した。面倒を見過ぎで他人に心が開けないくらい依存していたらと思っていたから。
夜は長かった。野盗というのは自警団にやられると分かっていてもやってくるようで、仕方ないから加勢して夜更かしをしていた。
「アルシアだ、弓が使える。手伝おう」「すまないな、我々だけでも対処可能だが冒険者がいれば心強い」「エルフの方が弓は上手いからな」
もちろんBPを稼ぎたいのが本音である。暗がりで見にくいことを利用し、延々に追尾してくる矢を撃つ。
俺が起因となった事象での恐怖に対してBPが入る為、数人が矢を恐怖すれば伝播してウマウマというわけだ。野盗が恐怖耐性無さすぎて儲けすぎたのはいうまでもない。
自警団は、空の目と言われる弓手と柵をうまく利用して防ぎ切るので加勢は要らないレベルではあるが、加勢したことについては多大な感謝をもらえた。
「人に感謝されるのは悪くない。BPも稼いだし街に着いたらあの兵士どもをさらにビビらせてやる」
自警団の中にあの兵士たちがいるかザッと確認したが居なかったので安心した。もしいれば今頃街に連絡を入れられていたかもしれない。
「夜明けですね。アルシアさん改めてありがとうございます」「気にしなくていい、弓を引かない日を作ると鈍るからな」
適当な理由付けをしてその場をさる。テントに戻り寝たふりをしようとしたがアイシャが起きていたようだ。
「なんだぁ、朝から元気だなぁ。弓の練習か?」「そんなところだ、鈍ると困るから」「結構古してるなぁ。弓が喜んでいる、そんな目で見るなって。酒飲んでないとどうも職人っぽさが出てダメだなぁってよ」「素のあんたも悪くないぞ、もっと自信を持ちな」
馬車に乗り街へと出発した。どうせならとアイシャたちの馬車に乗り女性のみと男性のみに別れた。自警団の入れ替わり組が前と後ろに馬車をつけて安全体制での運行。
「野盗の討伐ってのは自警団のみがやるのか?」「そうですね、冒険者はあんまり信用されないケースもあるので」「流れモンとかも多いし、金ですぐに態度変えるからなぁ。もちろん私ラァそんなことないぞ!」
酒でベロンベロンのアイシャは大笑いをしながら答える。アムリュー達のような善人冒険者も居ればヤバめの実態不明冒険者もいるらしく、抱えている冒険者ギルド側でさえ何人の冒険者が登録していて、何をしているのかを理解していないそうだ。
野盗に堕ちた冒険者も多いと聞く。
「本当に今から行く街大丈夫なのか?私は心配だぞ」「街内は安全ですよ。セーフゾーンなので」「ならよかった。念の為、昨日来た野盗は全員記憶したがな」「流石お姉ちゃん!記憶力がすごい」「顔も神経削りと一緒さ」
因縁を10にした結果、対象を因縁の相手として登録できるようになった。数は今のところ制限になっていない。便利なものだ。記憶はしなくても脳が勝手に覚えている為、見つけ次第思い出すようだ。
「もし本当に覚えられているなら、明後日ギルドが行う大規模な野盗狩りに参加してみませんか?」「アムリューさんの話はありがたいが。妹の治療に専念したいからな、無理かもしれない(アルシアのそばを離れる訳にはいかないし、戦闘に連れて行く訳にもいかない)」「私ならすぐ治して手伝えるよお姉ちゃん」「しかしだな……」「心配でしたらギルドで一度冒険者登録をしてみましょう。本人のスペックを可視化できる装置があるので」
ギルドカード―冒険者は発行手数料銅貨四枚。EからAまでの区分で対象者のスペックを表示してくれる。優れものだ。
「お姉ちゃんとしては心配だが、妹をそうやって縛るのも良くないな。分かった、だがもし条件を出せるなら参加の際は妹と同じラインで戦うことだな」「ギルマスに相談してみます、私こうみえてギルマスと仲がいいので!」
街の門が見えてきた。セーフゾーンに入ったのか自警団達が馬車を止めて何かやり始めた。自分たちの馬車はそのまま進んでいく。
門の前で停止して、一人一人の確認が始まった。冒険者カードの有無や、何をしにきたか。身分証はあるかなど。
「すまない、妹は目が見えない分怖がりでな。私が一つづつ指示の上で確認するでも構わないか?」
「まぁ、形式だけなので構いませんが」
エルフだからか好奇の眼が向いている。俺を見た男の兵の目が異様にキモかったからアルシアの身体検査なんて任せられたものではない。
「エルフの姉妹が街にねぇ。なんかわからなかったらおじさんに聞いてよ」
最後にねっとりした声でそう言われ時には吐くかと思った。アルシアも流石に気が滅入っていたのかげっそりとしていた。
「病院の紹介状もらってるし行くだけ行ってみる?偽装スキルでそれっぽい症状作ったし」
「そうだね。あの商人さんに失礼だし」
あの村がエルフの森に近い関係か、エルフを見る目がそこまで奇異でなかったが、この街は異様である。まるで金銀を付けた白鳥が羽を休みに降りてきたかのような目でこちらを見てくる。
「あった。とっとと入ろう」
診療所は裏路地にある少し怪し目なところだった。入ってすぐに男が出てきた。耳のない男だ。
「これ紹介状です。妹の目をお願いします」
「おぉー、エルフ眼病か。久々に見るけど安心してなー」
正確には耳を切られた男。エルフの耳は貴重な薬になると、襲われた時期があった。その被害者である。国からの補助金をもらって生きている。だが耳を失い人と区別がつきにくくなったエルフは生きづらいと森を抜けてこうやって生活している。
「君たちは森のエルフかい?故郷が燃えたらしいんだが、情報がなくってね……心配なんだ」
「ごめん、森の外れで暮らしているからわからない」
「そうか。でもよかったよ、無事なエルフ達に会えて」
エルフ眼病は目が開かなくなる病気である。そのため、症状によった薬などで対策をとることが多い。
目の状態を見て出される塗り薬を受け取り帰るだけ。
「それじゃ代金は銀貨二枚に負けとくよ。ここお得意の商人なんだ」
医者の元をさり、冒険者ギルドへ向かう。一応フードをかぶって出歩いた方がいいと助言をもらったのでフードを被る。日差しよけで被る人もいるためそこまで違和感はないようだ。冒険者ギルドに入った。十数名が駄弁ったり依頼書を見ている。
新規登録窓口に向かい受付に声をかけた。
「二人分登録頼む」「はーい。まずは名前とこれ水晶に触れてね」「お忍びで名前を偽っている」
これはアムリューに教えてもらったが、偽名登録は禁止なので事情がある際はそう伝えないといけないらしい。
「わかりましたー。ではここに本命と、上に登録名を」
アルシアが水晶に触れると受付の人は目を輝かせている。
「おぉー、ほぼほぼC超えてますね。一般水準より少し高めですよ」「やったよお姉ちゃん」「次は私か、これだな」
水晶に触れる。何かが全身を駆け巡るような感覚に襲われる。ピシッと水晶の中でヒビのような亀裂が走った。
「お二人ともかなりすごいですね。お姉さんの方はオールAですよ」
ヒソヒソと話す受付。これもアムリューに聞いたが、昔大っぴらに測ったスペックを言った事例があり、引き抜きやら勝負やらでギルドがすごい大変なことになったので、スペックは受付と登録者以外に伝えないシステムになったという。
「お二人ともFを飛ばしてD級冒険者スタートになりますね」「やったねお姉ちゃん、D級だよD級」
アムリューとアイシャはB級冒険者らしいので2個下だ。それでも文句なしの評価である。高過ぎず、低過ぎずのラインだ。
「お二人はこの街をメインで冒険されますか?それとも色々な場所メインで活動されますか?」「色々いきます」
冒険者カードのライセンスは主に2種類あり、身分証とセットのものとただの冒険者カードのものとある。少し高いが身分証とセットの冒険者カードを取れば他の街に行く際、手続きが楽になるという。
「二人合わせて銀貨一枚ですね」「はいこれで。それから素材の買取もお願いしたいんですが」「はーい。こちらですね」
買取は1匹丸々か毛皮のみとなっている。毛皮を数枚売り、お金を受け取った。だいたい銀貨四枚なので良い方だろう。綺麗に殺す術を持っているので高値で引き取りをしてもらえた。
「今日やることは一通り終わったね。アルメシアどうする?」「お風呂に浸かりたい……ここ最近入ってないから発狂しそう」「大衆浴場でも行くことにしよう」
大衆浴場は、綺麗好きな現国王が民も清潔であるべきと配置した浴場である。値段は銅貨23枚と子供のお小遣いでも来れるほど安い。
エルフの耳が目立つかもと懸念していたが、浴場内で酒を飲めたり井戸端会議をしていたりと他ごとに夢中のようで、街に来た時ほどの不快感を感じることはない。
「ふぅー、1日の疲れが溶けるようだ」「お姉ちゃん!あっちのお風呂すごいよ。泡がすごい出る」「そんなはしゃぐとこけるぞー」
散々浸かり倒してから大衆浴場の上にあるレストランで食事をとることにした。二人で初の外食である。
「この魚の、調理はコレで。あとサラダと」
材料、調理法、味付けを選び、サイドメニューを選ぶタイプ。コレがこの国では支流らしい。一食あたり銀貨一枚と良心的な値段。こっちのレストランでは目線を感じるが、わざわざこんなところで問題を起こすような人間はいないだろう。
「んー、美味しい。魚って蒸すとこんなに柔らかいんだね」「どれどれ、ほんとだ美味い」「もー、私の分ですよコレ」
一頻りの食事を終えて大衆浴場を後にした。次は泊まる宿を見つけなければならない。街の案内板を見て、宿を探すが出遅れか大半埋まっていた。
「やっぱそうなるよなー。街の端っこいくか。治安が悪いから私らは行かないようにって止められていたけど」「そうなの?私何も聞いていなかった」
城壁の影になる部分は元々暗いだけあり、そう言った者が集まるという。だが、百そうではないからしっかり見定めれば良い。
「すいませーん、部屋空いていますか?」「おや、お若い二人がこんな外れに来るなんて。いわくつきの一部屋しかないけど大丈夫かい?」「大丈夫です」
初老の女性が出迎えてくれた。直感だが良いところだと思う。生憎と善悪を見分けるスキルは習得していないからわからない。
通された部屋は階段を上がってすぐの部屋。初老の女性ことアマリさん曰くは、最近ここで自殺した女の霊が出ると。高位神職を呼んで浄化してもらったが改善されず、客に貸出はするが、あまりお勧めはできない部屋と。
「私以外のゴーストが居るって考えるとワクワクするな」「私はワクワクしませんよー、怖くないですか?」「そこまでかな。害があるならまだしも、啜り泣く声が聞こえるくらいでしょ?」
今まで過ごしてきた一年間で自分以外の霊、ゴーストなんて見たことがない。居るなら見せてみろ。
森精霊の怒りをオフにして漂ってみる。壁を抜けて他の部屋を見たり、宿中探してみるがそれらしい気配はない。
「うーん、安心して良いよアルメシア。残念ながらいませんでした」「なんで本当に残念そうなの?!」「いや、ほら同族だよ?私の同族見たことないから」「今はお姉ちゃんはエルフだから私の同族です!もー!」「まぁまぁ嫉妬するなって、ん?誰かいるな」「ひっ?!」
BPが付与された。アルシアからではない数値だ。
「アルメシア、もう一回見てくるわ。私の庭に入った愚か者の同族を見てくる」
宿中見渡すが気配はない。実体化していないゴーストはゴーストにも認識不可能なのだろうか。
「ふむ、ならまぁ良いか。吸血館の支配者!!」
宿に居る人数と獲れる体力の差異で簡単な不可視人物特定を出来る。だが引っかからない。
「ん、んん???コレは少し謎だな。見つからないだと?あ、早く解かないと」
吸血館の支配者を切り、部屋に戻る。アルシアはよくわからずきょとんとしたまま。
「アルメシア、音とか声とかしたか?」「全然、別にいないんじゃないの?」
少し嫉妬的な態度を見せるアルシアにほっこりしつつ布団に入る。
「まぁ構ってちゃんならどうせ向こうから来るでしょ。おやすみ」「お姉ちゃんおやすみー」
勿論寝ない。分身を実体化せずにアルシアの真上において待機。絶対に現れる。
「おきろーアルメシア。朝だぞー」「あれもう朝?」「いや、幽霊捕まえたからさ」「ひっ?!」
分身に羽交締めされてもがく幽霊女。ゴーストなのか幽霊なのかその括りはもはや俺にもわからないが、死者の霊魂なのは間違いない。
「で、お前はなんのためにこんなことしてんだ?」「そ、それはその……人生辛くって死んだんですが、気付いたらこんな感じになっていて。他人がびっくりする様子を見るのが癖に」
否定できないところが辛い。ゴーストというのは総じて他人を驚かせることに生き甲斐を覚えるのだろうか。
「とって食おうって訳じゃないんだし同族なんだからすぐ出てきてくれてよかったのに」「そんな事できますか!自分より高位な存在が居たらびっくりするでしょ」「ずっと実体化せずに隠れてたってことね」「そうですそうです」
髪の長い女のゴースト。死んだ時の姿そのままのせいか寝巻きである。
「アルメシアの前に現れたのはなんでだ?」「貴女ビビらないじゃないですか!それだけです」「ゴーストの高位って自分ではびっくりさせれない相手って事か?!」「え、違うんですか?」
女のゴーストは、アンナと名乗った。当時起きたモンスターの大量発生で土地を失い、冒険者としての気力も失い、この宿で自死をしたという。BPについては知らない様子。
「事情はよく理解した。同族の誼でアルメシアを驚かそうとしたことは許そう。本当は私だけが彼女を驚かせていれば良いんだ」
「こわ、でもありがとうございます」
「でもただで許すとは言わないぞ。高位神職の浄化をすり抜けた方法やらなんなら聞きたいことだらけでな」
完全におしゃべりモードに入ったのか逃げようともせずに嬉々悠々と語り出した。
「高位神職の浄化を逃れた方法はずばり気合いです!私は消えたくない!って気持ちが強ければあんな光効きませんよ」
「え、まじ?」「マジです」
それから朝になるまで話し尽くした。日光は流石にやばいらしく陽が出る頃になると自主的に消えていった。
「お姉ちゃんとアンナさんってどことなく似てますね」「どこが?!自殺しようとか思わないよ」「驚かせたい!とか気合い!とか」「否定しきれないところが辛い」
宿の人に鍵とお金を渡した。夜中に話し声がしていたので凄い不安そうにしていたが、幽霊と対談したと話すとひっくり返ってしまった。
「にしてもそんなに驚くことだったかな」「普通驚きますよ。お姉ちゃんが今まで驚かせた人たちを思い返してください。絶対に初見でビビらない人は居ませんよ?」「確かにな、ゴーストって実はかなりヤバい奴らなのでは」
冒険者ギルドに向かい依頼書を見る。そう、割と街にいるとお金を使うのだ。お風呂代は良いとしてご飯代や宿代、雑費含めて。吸血館にいる時は別に要らないが。
「D級が受けれるクエストありますか?」「お二人とも良いところに!明日行われる大規模な野盗狩りに参加しませんか?」
そんな雑草狩るみたいに言われてもと思ったが報酬がとても良い。それにアルシアの実力も結構高いことが判明していたからうけることにした。
「ありがとうございます!これ前金の銀貨六枚でーす」「この野盗狩りって自警団主体とありますが、後方の弓隊で参加に出来ますか?」「冒険者たちは一応前線ですが、少し待っててくださいね」
奥へ行き確認を取る受付嬢。しばらくすると夜に共闘した自警団の一人がやってきた。
「おー、アルシア君か。彼女の実力は空の目達からも折り紙付きだ。是非とも頼みたい、この街のギルドお抱えだったとは心強いな」「妹も後方で構わないか?私と同じく弓は長けている」「あぁ勿論だとも。一応昨日居なかった者達への説明を含めて実技演習に参加してもらえると助かるが時間はあるか?」
自警団最強戦力の一つ、空の目は非番含めて39名からなる先鋭部隊。弓の精度が九割を超えていないと入れない。
「冒険者の二人だ、アルシア君とアルメシア君姉妹。前回のセーフゾーン防衛時にいたものならわかるがアルシア君の弓は百発百中と言っても過言ではない」
疑う目もある。フードを被った謎の女が突然先鋭部隊となれば必然。
「疑う者が出るのは知っている。だから実力を再確認する為に呼んできた」
ヘルハウンドと言われる犬型の魔物がグラウンドのような場所を走っている。あれを射抜けばいいらしい。
「お姉ちゃん、私が先にやるね……はぁっ!」
綺麗な軌道を描き、不規則な動きをするヘルハウンドの頭に矢が突き刺さる。エルフ族は人間より弓に関するスキル補助が多い。
「残り3匹もいけるか?」「はい、三本同時でやれます」
森で狩りをしているときに見たが天賦の才を感じる複数撃ち。アルシア曰くはエルフ族なら二本くらい同時でも当たるという。同時打ちと言っても、一矢二矢とあらかじめ打つ分を持っての連続射撃の話だ。アルシアは違う。三本同時に番て当てるのだ。
物理法則なんてものは完全に無視したスキルの恩恵。
「はぁぁ!!」
三本の矢が唸るように飛び、それぞれヘルハウンドの脳天へと突き刺さる。
「どうですか!お姉ちゃん!」「あぁ、流石だなアルメシア」
空の目は圧巻されていた。人間の限界に近い射撃精度を誇る空の目は、連続射撃も出来るし転がりながら撃っても当てれる。他にも机の下から即座に弓を取り出し撃ち抜くこともできる。予備動作もほぼ無しで。そんな彼らが何も言えないほど高い精度で高度技術を見せつけるアルシア。
「どうだ、妹の方は今日初めて見たが凄いな。さすがと言ったところか」
「次は私だな。姉の威厳でも見せるか」
自警団の隊長ことウロスが指揮をとり、ヘルハウンドが放たれる。5匹が不規則に暴れ回る。
日光が出ているからゴーストで突き立てるなんていう夜の荒技は不可能だ。しかし、策はある。あれをやったおかげか弓の派生スキル追撃矢を会得できたのだ。
「しかもレベルは10。はぁぁ!」
五本全てを上空に撃つ。何やってんだこいつという目が痛いが、その後の顔を考えればニヤけてしまう。
全ての矢がしっかりとヘルハウンドへ突き刺さる。頭からは逸れているが百発百中なのは披露できた。まだかろうじて動く1匹に矢を二本貰い魅せプをした。
放った一矢が頭に刺さるのと同時に、次の一矢がその一矢を粉砕。
「どう?私ら姉妹は」「素晴らしい、みんなも文句はないな?あれほどの弓技術を見せられては声も出んか!」
ウロス以外は何も言えないほど固まっていた。
「連携をとる上で、俺たちの弓技術も見せなければな。ほら、いつまでも固まってんな!弓兵がそんなんだと前衛が死ぬぞ!」
ウロスの構えた弓は弩なんて言われる、数人係で引く城塞の攻撃手段だ。
それを放たれたヘルハウンド達の真ん中へ一矢。破壊力が伝播し、ヘルハウンド達が吹き飛ぶ。
それを他の空の目達が一斉に矢を放ち、全急所を貫いた。魅せプのお礼だろうか。連携力と殲滅力で見れば向こうのほうが遥かに上である。
「どうだい?空の目もやるだろ。見惚れて何もできない奴らじゃないからな」「わかっていますよ。姉妹でもあの連携は難しいから」
前金で一日分の生活費を得たから実技演習を終えた後、ひと風呂浴びにきた。大衆浴場は相変わらず盛況のようだ。
「うーん、最高。このために生きているようなもの」「だねー、身も心も癒される」
アルシアはこの一年でかなり成長したと実感している。弓の精度は勿論、剣技も体術も。今ならあの兵どもを返り討ちにできるほどには育った。
「お姉ちゃん、明日は野盗狩りだね。人を撃つけど呪われたりしないかな」「化けて出てみろ、私が追い払ってやるよ」
野盗狩りのルールは拠点壊滅と蛮行者の捕獲である。だが、どれだけ最善の注意を払っても人が死ぬことはある。その心持ちを持っているか、持っていないかが鍵となる。
仮に撃った矢で人が死んだ場合、戸惑が生まれる。その間に後衛からの支援がない前衛は苦戦を強いられる事になる。
一流の兵団達は死刑囚や犯罪者を利用してその罪悪感を消す訓練を行なったりするらしいが、あくまで善意の団体にそれはできない。
ウロスもそれを懸念しているらしい。
「作戦は夜だし、私の分身を別の人として起用して最強弓兵とするか?」
風呂を上がりレストランに行くと自警団や冒険者達がパーティーをしていた。
野盗狩りの前に気合を入れよう!と開催したらしい。アムリューとアイシャもいた。
「妹さん目の方はまだみたいですね」「あぁ、だが弓は当たる。エルフは音で見るからな」
私はオッドアイのままだが、アルシアの目がバレてはいけないのでまだ見えない事にしている。実際は偽装であるが。
「二人も参加してくれるならありがテェ!はっは」「こらアイシャさん、あんまり絡んだら失礼ですよ」
エルフは浮くかと思ったがパーティーには我々やアイシャ含め多種族の様だった。巨人族が特に目立っていて助かった。
「おぉアルシア姉妹も来ていたか。そこの二人はB級じゃないか」「ウロス自警団長どうもです」
前夜祭は盛り上がった。いかに野盗が嫌われているかわかるパーティーであった。
早めにパーティーを抜けて街外れの宿に向かった。自警団が用意してくれると言っていたが断った。
「昨日の宿にまた来たけど、やれやれだね」
宿の扉を開けて顔を見るなりアマリさんが駆けつけてきた。フードをかぶっていてもやはり気付かれる様だ。
「昨日の二人だろ!あの霊と話せるなら説得してくれないかい?!」
なんでも掃除中にケラケラと笑い声が響いて居たらしい。いつになく活発になったアンナに怯えて何もできないらしい。
「えぇー、私ら明日野盗狩り行くんですけど。そんな時間ないですよー」「アルメシア落ち着いて」
「宿代も安くしますし、これから来た時贔屓にしますからお願いします。それに別の部屋にもでるようになって」
「まじかー、うーん。わかった、説得はしてみるけど無理そうだったら諦めてね。高位神職でも浄化できない霊なんだし」
例の部屋に入るとベッドの上に座って足をぶらぶらさせるアンナがいた。
「やほー」「やほーじゃないって。アンナのせいで散々ここの受付にせがまれて、やれやれだよ」「あー、なんかここの部屋から出られないと思ってたんだけど。普通に動けること昨日知ってさ」「私のせいかもしれない……あのさアンナ」「ん?」
アルシアは絶対やだと首を振っているが仕方ない。
「ウチ来る?動けるならこんなボロ屋よりもっと豪華なお屋敷の方がいいんじゃない?」「え、あんた貴族だったの?ゴースト貴族?」「やだー、お姉ちゃんとだけ暮らしたい」
興味津々のアンナと、嫉妬の目を向けるアルシア。板挟みになっているがここは、アルシアに折れてもらうしかない。
「そうだよ、吸血鬼の館って知ってる?私今そこの持ち主」「えー、すご。私が生きてた頃に一番強かった種族の土地じゃん」「どう?来るなら高待遇を約束しよう」「いく!絶対行く!」
その日、アルシアの機嫌が治ることは無かった。終始不貞腐れて居た。
「でも良かったの?貴女の妹さんかなり怒っているけど」「今までこんなに怒ったことないからビックリしてるけど、仕方ない」
太陽が登り、朝のお告げが来た。アルシアを起こし宿に鍵を返す。
「アマリさん、一応説得はできましたよ。明日の夜引き取りにきますね」「本当にありがとうございます!もしかしてネクロマンサーですか?」「ネクロマンサー?そんな種族もおるのか。あいにくただの人ですよ」
一夜挟んだことでアルシアは落ち着いているようだ。すまないと思いつつも、同族の確保、元いい保護は大事なことだ。
「むぅ、朝御飯少し高いの食べるから」「はい、すいません……」
朝から銀貨二枚もする高い食事を食べてご満悦になったアルシア。
昼から作戦会議をして、夕方に街を出る。自警団と冒険者のトップが集まる大掛かりなプロジェクトだけあってか街の雰囲気もいい。
「お姉ちゃん、どう。街に出てからBP?ってポイント稼げてる?」「今夜儲ける予定、野盗はなんでも五千人規模って聞いたからね。一人頭10は稼げるし5万?!やはー、私BP持ちよアルメシアちゃん」「楽しそうだねお姉ちゃん。でも気を抜いたらダメだよ?」「わかってる。私の重要任務はアルメシアの護衛」「違うって!」
備品を整えている内に集合時間になって居た。冒険者ギルドの会議室に入ると知らない顔ぶれも多々。
「お集まりいただき感謝する。俺は今作戦の指揮官を務めるウロスだ。簡単な顔ぶれの紹介だけしておこう」
前衛隊を率いるのはアーヤという冒険者。A級の大剣使いで、ギルド売上の三割を個人で占めている。
第二前衛隊はウーチェ。自警団の副団長で元A級冒険者らしい。国家安全維持兵団にも所属した経験がある強者。
第三前衛隊はウガラモスという冒険者。A級の巨人族で、不死身と謳われている。
第四前衛隊はアイシャ。実は野盗狩り対数は自警団より多い。
あとは後衛の魔術隊にアムリュー、ウルス、ウーバル。
空の目の本隊としてウロス、分隊としてアルシアとアルメシア。
「以上だ、ここの連携は今からやっていいが詳細な指揮は街を経つ夕方に行う。これは情報漏洩を防ぐ目的もあるため、しっかりと留意すること」
「フードの二人、怪しいな。空の目に入れるほどの弓技術があるというのか?」「ウロスの推薦らしいぞ」「俺は別に気にしねぇがな」
一定数こちらを訝しむ者もいる。それもそのはずだ。フードを被ったまんまの二人組を野盗狩りの分隊長として起用しているのだ。
「ふむ、解散しようと思ったが。疑いを持たれたまんまでは気が済まんだろ。アルシア君とアルメシア君、もう一度あの弓を彼らに披露してくれるか?」
「あぁいいよ。別に私らは疑われてもそれを覆せるほどの力を持っている」
また同じグラウンドでヘルハウンドを倒す事になった。
アルメシアが弓を構える。冒険者のトップ達が見守る中、三体射抜き、追加で連続二体を射抜いた。
「一回で三本打って全弾命中か、一体どこで訓練を受けたんだ」「ありゃ人間か?」
「私も見せないとな。五本でほいっと!」
矢がヘルハウンドを貫く。上空からあり得ない動きで頭に突き刺さる。気付いた冒険者は気付いただろう。
「エルフか、しかもかなりの腕前だ」「森を燃やしたのは野盗と聞いたが、その憂さ晴らしだろうか?人間と群れるエルフなんて珍しいからな」
「どうだ、わかったか?これがこの姉妹の実力だ。姉に関しては自警団のセーフゾーンで共闘した時からスカウトを持ちかけている実力者だ」
嘘も方便。そんな話はした事ないが、説得力が増す。アイシャとアムリューは驚きさえすれどこれといった変わり映えはなかった。
また解散してそれぞれ備える運びとなった。どうせまた夜揃う訳だし解散の意味なくね、なんて思いつつもアルシアと食事へ向かう。いつものレストランではなく今日はちょっとお高い店へ入った。
朝もかなり高かったが。夜飯としては最高クラスだろう。銀貨四枚も取られるんだし。
「んー!私高い料理の違い分からないけど、味の染まり方が全然違う気がする」「だね。コクがある、値段以上に美味い」
高級レストランだけあって来ている層もかなり品を感じる。だがその中に一部嫌な目線を感じた。パートナーとの食事中に他の人を見るのはマナー違反だろ。あの驚き方と雰囲気、さては。
「アルメシア、一つ確認だが薬として売られそうになったと。その相手を覚えているか?」「えぇ、片隅くらいですが」「今からそれに化けてもビビるなよ?」「え、この人です!」
クリアヒールのお陰かもはや過去の記憶として消し去られたあの男。だが、向こうは覚えているようだ。怒りなのか恐怖なのか体を震わせている。
「きっと私のことを見て死んだはずなのにとか思っているんだろうな。分身をうまく使って」
分身がスゥーッと進み男の目の前にやって来た。認識対象を使い、机から頭を出した状態で実体化。
「ひっい、ばっぺ?!」
変な情けない声を上げて男がひっくり返る。周りはなんだなんだと集まって訝しむ。
認識対象はこの男にしか定まっていないから他の人には見えない。必死でしょんべんを漏らしながら指を刺す男だが哀れな目線が向けられる。
「え、エルフのガキが居たんだ!さっきまで席にいたと思ったら、え?いる」
周りから揶揄われる男は居場所がないと感じたのか代金を置いて、女を残しその場を走り去った。まぁ逃すほど俺も甘くはない。BPが美味いし。
「ねぇどうして私を薬にしようとしたの?どうして森を燃やしたの?」
コイツがどこまで何をしたかは知らないが、様々な怨さをぶつける。みるみる顔が青ざめて頭をペコペコ下げる。側から見れば突然土下座し始めたヤバい人だろう。
「ひっ、悪かった!エルフが森の狩猟許可をくれないからってデマを流してたのはあやまるから!許してくれ、まだ5歳の娘が俺の帰りを待っているんだ」
「エルフにだって子供はいたよ。燃やされたせいで死んだけどね。君の娘さんも悪どい野盗にひん剥かれてみんなの前で晒し者とかどうかな」
「それだけは!」
「おい、そこの。エルフだろ、何をしている」
しまった、看破スキル持ちか。実体化解除。
「逃げられたか。そこの貴族よ、立てるか?あん?あのエルフは野盗狩りの分隊長だぞ。何したんだ」
何やら話しているようだがこれ以上勘繰られるのは困るので撤退!本体の方はとっくに食事を済ませて退店済み。
アーヤとかいう冒険者だな、なかなか侮れないな。依頼でアルシアを追う時のメンバーに居た可能性、ない。
だが危険だ。本能が告げている。
「お姉ちゃんどうしたの?」「あー、作戦前にBP集めかな」「え、あの一瞬で集めたの?」「あいつからたんまり稼いだ。200は手に入ったから、弓系全部取った」
少し早めだが冒険者ギルドに向かった。やることが他に無いのと先程の一件で外に出るとアーヤに見つかる可能性があるからだ。できれば作戦が終わるまでは会いたく無い。
「二人とも来ていたのか、早いな。そういえばアーヤが話したいことがあると第一会議室を取っていたぞ」
遅かった。見つかるどころか向こうからこちらを招き入れようというのか。ならば行ってやろう。
「アルシアだ。何の用事でよんだ、A級冒険者」「そう畏るな、私らは前線を突っ走るんだ。お前らの後方支援あっての行為だからな。どんな目をしたやつか対面で見ておきたかった訳だ」「なるほどね。それで何かわかったの?しがないエルフよ」
殺気もなければ怪しい気配もない。何の目的で呼ばれたのか分からない。
「さっきの貴族の件でな。オッドアイのエルフは薬になるとかなんとか」
その言葉に弓を構えていた。もちろん引く気だった。危険因子の可能性はここで排除すべきと。だが、撃てない。
「あの男は領主だ、エルフの森付近の土地を管轄する。最近起きたエルフ狩りの被害者か?」「結論から述べろよ、何が言いテェのかわかんねぇだろ」「付近の村やあの領主の私用兵を襲撃したエルフのゴーストはお前か?と聞けば良いのか?」「ゴーストか、なら私に浄化でもかけてみろ。効かないぞ。私と疑っているなら店の人に聞けばわかる。飯を食ってるエルフがどうやって脅かすんだ?」
冷や汗が止まらない。普通にやれば勝てるだろうがアルシアが扉の外にいる。この街の冒険者を突然襲った扱いされてはこの先が生き辛いだろう。
「別に私はあの領主の手先ではない。死者を扱えるなら頼みたい事があっただけだ。聞き方が悪かったのはここに謝罪する」「信用ならねぇ、エルフ狩りを知った上であの領主をのさばらせているんだろ?私は野盗狩りをしたらまた帰る。お前達のような奴らとアルメシアを同じ空間には置けん」
部屋の扉を抜けると心臓が忘れていたかのように鼓動を再開した。別に生きていないから鼓動が無くても問題はないだろうが。
「お姉ちゃん大丈夫だった?かなりやつれてるけど」「アルメシアの顔見たら治った。それから野盗狩りとアンナの回収が終わったらこの街を去るぞ、エルフ狩りを見過ごすような人間しかいない」
夜の会議で最終的な野盗襲撃ポイントが決定した。
仮の重要荷物を積んだ荷馬車で野盗の根城にいる人員を割く部隊と、根城に乗り込む部隊。
「本当にいいのか?空の目に志願したのは危険が少ない後方だからだと思っていたのだが」「逃げている者や、無防備な者を襲う下賎な輩には同じ報いを受けて貰おうとな」
襲撃隊の後方支援に分隊は配属された。アーヤ率いる上級冒険者達が一気に根城を襲撃、窪地状を利用して空の目は高台から下の敵を狙撃。
「流れは理解した。アルメシアは武器メインで狙うように」「わかったよお姉ちゃん!」
新月で月明かりのない暗がりを進んでいく。アーヤ達専攻部隊は松明と馬で一気に突っ込むが、弓は場所がバレてはいけないから明かりなしである。
「分身と……人化のレベル上げたから格好変えれるんだよね」
ちょうどどこにでもいそうなオッサンに人化させた分身を混乱する敵陣へ放り込んだ。BPは鰻登りといったところだ。慌てて外に出て応戦する敵が、中の異常に気付いて戻ってきては混乱する。前衛隊を逃れて逃げようとすれば矢に射抜かれる。
前衛隊を倒そうとしても武器を弾かれる。一方的な鏖殺、殺しはしてないが、そんなところだろう。
野盗1万ちょいのうち二千は偽の情報で大荷物と称された殲滅部隊を、残り八千はここにいる訳だ。
たかが数百の冒険者や自警団の手で壊滅していく野盗、BPが美味い事この上ない。
「ほとんどビビって外に出てるなぁ。アルメシア、新スキル試すなら今だぞ」「だね、私達の住処を襲った野盗には制裁!返し矢」
魔力で無理やり圧縮された矢が突き刺さるタイミングで解放されて弾けるとんでもスキル。
「うひょー、あれは痛そうだな」「二発に一回は失敗しちゃうなこれ」
外れた矢は地面に刺さり弾ける為、直接当たるよりは被害がないが、勢いと威力でひっくりかえる野盗達。
「なんかもっと危険なイメージだったけど、前衛隊強いし野盗はバカだしで苦労なしだね」「だねー。でもこの野盗狩りしただけで調味料とか足りない物全部買ってもお釣りが来るくらい稼げるよ」「稼げないから野盗になった奴らを倒して稼げるってなんか不思議だな」
夜明け前に野盗達は投降した。死傷者は野盗と野盗狩り合わせて163名、うち行方不明者3名。
野盗狩りの後は謎のおっさん捜索が始まった。野盗や、内部に侵入した一部の冒険者達が目撃したというラフな格好をして剣を全て避ける謎のおっさん、行方不明の3名のうち1人である。
「まさか架空のおっさん捜索で朝になるとは」「お姉ちゃんが張り切りすぎたからだよ」
冒険者ギルドに戻ってから金銭の分配が行われた。依頼料と押収物、参加人数や仕事量を加味した配当だ。
依頼料銀貨五十枚、押収物売却代分配銀貨百二十枚、分隊長手当金貨一枚、補助手当銀貨百四十枚。
2人合わせれば人間一人が一年暮すのにお釣りが来るほどの額。
「毎回討伐があれば億万長者だね」「さらっと恐ろしいことを。大規模クエストはたまに来るから美味しいんだよ」
朝帰りなのもありクタクタのアルシアと朝風呂へ向かった。
宿に向かうときには眠りそうだったのでおぶっていくことになった。
アマリさんは潔く受け入れてくれるし神宿である。アマリさんには見えないが後ろにはアンナもいる。
部屋の鍵をもらい、ベッドにアルシアを寝かせる。
「いやーお疲れ様。野盗を一掃したらしいね」「あぁ、おかげで金貨二枚」「クエストで金貨だと運がいいね」「街にいる時しか使わないから私らにとっては邪魔でしかないけどね」「それなら冒険者ギルドに預けるとかどう?冒険者カードの方に記録されるから他所でも使えるよ」
さすが元冒険者、詳しい。
「私も金貨一万枚を掲げて冒険者頑張っていた時期があったんだけどね」「豪邸でも買うつもりだったのか?」「いや、師匠の薬さ……まぁその師匠も死んだから結果としては要らなかったけどね!」「そんな明るいノリで言われても反応に困る」
治癒魔術や浄化魔術があってなお薬が重宝されるが、効能とかではなく民間療法くらいのノリだろう。
「一つ悔いがあるとしたらいまだに師匠が生きていると思って稼いでいるアイツくらいかな」「恋仲の人が居たのか、後追いされなくて良かったな」「恋仲じゃないから。腐れ縁です!私より後で弟子になったくせに私を抜いて皆伝したクソ野郎です」「凄いじゃないか。いいのか最後に一眼見なくて。今日でこの街はおさらばだぞ」「ゴーストになった私が今更掛ける言葉なんてないよ。それにアイツは馬鹿真面目だから信じないと思う」
アンナは暗い顔をしていた。ゴーストになった理由の一つはこの未練だろ。なんて言うのも身勝手だし。
「まぁアンナがいいなら私はいいが」「それよりさ、吸血館での生活が楽しみ!何があるの?」「見え見えの切り替えするなよなー。そうだな、この街とさして変わらないよ。風呂があって台所があって、あー屋敷内は凄い迷宮みたいで面白いよ。私ですらまだ行ってない部屋あるし」「え!すごい、早く行きたいなー」
まだ行っていない部屋は棺桶があるから、絶対に館の主人が寝ている。あんなの起こしたら殺されるかもしれない。
「ん、誰だ!!」
不意に扉の外に気配を感じた。だが、声を出すのとほぼ同時に気配は消えていた。ゴーストを欺くとは暗殺者か?
「私までびっくりしたよー、なんかいたの?」「聞き耳を立てていた。気配察知のスキル低すぎて詳細わからないけどな」「ゴーストってスキルあったの?!あ、前にBPとか言ってたわね」「いまさらかよ。強く念じて、イメージをする。紙で書くとこんな感じのやつを」「なにこの丸と棒は」「いいからイメージ」
5分ほど経っただろう。アンナの顔の前に手を振るが反応がない。
10分が経過した、いまだに動かない。
「はっ!」「うわっ、私を驚かすなゴースト」「本当に丸と棒が出てきた。私の場合自動で取っていってるみたい」「普通自動でも気付くと思うが」「ゴーストになってから人間の時みたいな知りたい欲が減った?関心のない事に興味が湧かなくなった?」「それは元の性格もあるだろ。私はゴーストスタートだから知らん」
昼頃になるとアルシアが目を覚ました。御飯時にはちゃんと起きる。えらい、かわいいぞ。
「そろそろお昼ご飯時だね」「私お肉が食べたい」「いいなー私も食べたい」「アンナさんはゴーストなんだからお留守番です」「憑依スキルで乗っ取っちゃうぞ……すいませんすいません。ほんっとうに二度としないからゴーストに日光はやばいから」
窓を開けてアンナの頭を掴み窓際にやると反省したようだ。
憑依ができるなら仕方ないし分身を貸して外に出るか。
「アンナ、仕方ないから私の分身を貸すし、そいつに憑依しろ。憑依すると日光がどうなるかも試したいしな」
ゴーストにゴーストを憑依させると耐性が付いたり?
「生前の私と遜色ない格好じゃないか。ゴーストにこんな力があるとは」「ほらとりあえずそこの日差し触れてみろ」「感心する暇くらい与えて欲しいんだけど」
少し煙っぽいのが立つが大丈夫なようだ。アンナ曰く鎧が酸で溶けていく感覚に似ているらしい。マニアックすぎる表現なのに理解できるのが悲しみ。
「うーん、快適すぎる。久々に日光の下を歩けるとは」「お姉ちゃん本当に良かったの?この顔だと死んだはずじゃってなるかもしれないよ?」「死んだはずの人間がいる訳ないってなるのが普通だろ?」「そっか??」
普通はそう。だが、BP集めで過度にやりすぎたせいか、一部そうならない人もいるかも知れない。その懸念はあるが、あの領主の私兵や野盗が堂々とこの街を歩いているはずがない。
何の自信かはわからないがきっとそうだと信じている。
「お肉お肉、あまりの美味しさに死んじゃうかも私」「もう死んでるだろ」
肉専門店なんて豪語するだけあり、いい香りが店内に広がっていた。席についてメニュー表を見る。金額は仕方ないよねーと言ったところ。
だいたいステーキが銀貨十枚前後。
「2人とも食べるもの決まったか?」「私はこれで!」「私も久々の肉だ、ありったけ食べるぞ」
アルシアは小柄な見た目に反して物凄い食べる。アンナも俺も肉体はアルシアの模造なので沢山入る。
だからと言って一人当たりステーキ三枚はやり過ぎだろ。
「うーん、美味い!」「他人の金で食べる肉はうまいな。そんな目で見るなよ、私の冒険者カードとか一式隠したところ教えるからさ」
遺留品を見つけると事件性のないもの、引き取りてのない物に限り半額相当が貰えるシステムが存在する。これは冒険の途中で死ぬ冒険者が少なからずいるからで、死んだ冒険者の把握に必要だから見つけたら持ってきて貰えるようにと設けた制度。
たまに悪質なケースもあるらしいが。
「私の家族みんな死んでるし、冒険者カードで貯蓄してた分だと金貨二十は超えるぞ?」「お師匠様の薬だっけか。よく貯めたもんだな」「半分は趣味かな」
この世界の通貨価値はだいたい銀貨一枚がちょっと高めのペンくらいだろう。前の世界で言うと900ノル。
金貨一枚は90万ノル前後、300万ノルから400万ノルが平均の年収ということを考えると、金貨二十枚は五年分の年収だ。生活しながら貯めたとしてもそんな簡単に貯めれる金額ではない。
「まぁでもこんな美味い肉食えるし、普通に使ってても良かったな」「でも良いのかー?後釜で来た免許皆伝の後輩弟子にはなんもしないで」「不器用だがアイツはアイツなりの生き方を持っている。それよりもう一枚頼んで良いか?久しぶりの久しぶりで久々の肉だ」「もう好きにしてくれ、アルシアなんて八枚めだ」
話し込む俺とアンナをよそに追加文を注文していたアルシア。2人とも似たような額を稼いでいたし支払いに問題はないが。
「いやー食べた食べた。何から何まですまないね。早速行こうか」「アルシア、寝てるか。よいしょっと」
アルシアを背負って店を後にした。一応アンナにもフードを被ってもらい街の外れに進んだ。
共同墓地のようだ。師匠とやらの墓だろうか。
「師匠今思うと……ただのスパルタだし調子崩したの酒の飲み過ぎだろ!!」「は?」
墓石を蹴り倒すアンナ。倒れた墓石の隙間から色々出てきた。
「ほいこれ。冒険者カードと、あー金もあったわ」「いや、その良いのか?」「だから気にすることはないってば」「まぁとりあえずこれ受け取って。まぁ身寄りのねぇガキを育ててくれた恩は感じているけど。呑んだっくれのオイボレババァなんてな」
分身体に憑依していることを忘れているのか、お前の感情がヒシヒシと伝わってくる。自己保身の為にその態度を取るのは果たして吉なのか?
「とりあえず冒険者ギルド行くか。アルシアが寝てるからしばらくここで見ていてくれ」
気を使うのも大変。
私の冒険者カードより少し豪華だなこれ。A級だったのか。
アンナ•イーレア17歳、大剣使い。依頼達成回数1630件、失敗回数0件。
「何で死のうなんて考えたんだろうな、本当に」
冒険者ギルドは相変わらず人が多くいた。また大型の依頼が入ったらしい。何でもエルフの森が燃えて消えたせいで大量のモンスターが押し寄せて例の領主が緊急依頼を持ち掛けたとか。
「賑わっているなぁ。すいませんこれ、落ちていたんですが。この小袋も多分」「ありがとうございます、え?アンナさんの冒険者カードですか」「知り合いか?あれなら渡しといてくれ」
今日この街を離れるのにアンナを知っている前提で進めるとややこしくなりそうだから。他人のフリをした。
「確かに本人のものですね、どこで見つけましたか?あ、そうでした。会議室まで来てください」「はぁ、良いですけど。今夜経つので時間は取らせないでくださいね」
緊急でバタバタしている中だからだろう、ギルマスも慌てて入ってきて書類を机に並べるが、またすぐに出ていく。
「まず拾われた場所を」「地理に疎くてな、墓場ら辺と言えばわかるか?私の緊急連絡先になっている宿だ、あの近辺の」「イーレア共同墓地ですね、これは結構面倒くさい案件ですね。あ、いえ気にしないでください」
何だこの慌てようは、自害した女冒険者にしては扱いが。A級ともなれば何かあるのだろうか。
「すっごく頼み辛いのですが、会って欲しい人が」「嫌です、エルフが人を嫌うのは知っていますよね」「知っています。ですが、今回貴女が拾われたアンナさんについてはギルド側としても厳正な態度で調査をしていた案件なんです」「先に話だけ聞こうか」
アンナ本人からも語られなかった酷い話を受付が話し始めた。
アンナ•イーレアはA級冒険者としてギルド貢献率一、二を争っていたが一年前に行方不明になった。
その後、宿にて首を吊った遺体が見つかる。直近の依頼主をあたった所、あの領主だった。モンスターに襲撃され治療不可の怪我を負ったアンナは私兵により宿に運ばれたという。
この時点からギルド的には怪しいと言っていたが、調べようもない。
領主の会見ではモンスターに負わされた怪我が負い目で自殺したなどと、いい勝手に追悼式までやったそうだ。
だが見つけたのや、死因を調べた者たちを調べるほど領主関係者ばかりだった。
アンナの冒険者カード類も見つからなかった事を考えると、何かしらの事件に巻き込まれ殺されたと推測できる。
ギルドは完全に事件で調査を行なっていたらしい。
「少し長くなりましたが、このような背景がありました」
アンナは何も言っていなかった。いや、迷惑をかけたくなかっただけだろうか。
「エルフの森についても領主の線で調査をしています。ですからギルドの勝手なお願いですが、もうしばらくお付き合い頂けないでしょうか」「……あぁ良いだろう。それから友人をここに招いて良いか?お前たちを信用するから合わせるのだ」
自分の分身に自分で憑依をする。アンナ理論なら分身憑依で安全に日光を歩けるというが。
これは痛い。表現は間違っていないが、装備というより皮膚を焼かれているように痛い。
「アイツはこれを平然と、一体どんな痛みを負えば許容出来るんだ」
墓場にはアルシアとアンナがいた。楽しそうに何か話している。
「アンナとアルシア」「その顔、聞いたんですね」「あぁ、ギルドは領主を裁く為に色々模索している。辛いだろうが本当の話をしてもらう」「おっけー!元々そのつもりだったし。あのクソ領主のケツに焼けた鉛ぶち込むまでは成仏しきれないからな!」
虚勢ではなくガチだ。アンナに乗せられたようだ。冒険者カードの持ち込みを提案したのも全てこの布石。
「って事で友人のアンナです」「どもー一年ぶり?」「ひぁっ」
受付はひっくり返った。それはそうだ、死んだ人間が現れたのだから。
「まぁー、何というかただいまです。依頼は失敗ですよね確かはは」「ギルマスを呼んできます!」
ギルマスも持っていたカップを落とし、カケラで足を怪我して初めて夢じゃないと気付いたようだ。
「アンナ君……これはエルフの秘薬を使ったのか?」「アルメシア、エルフの秘薬って何だ?」「死者を生き返らせる精霊治療薬ですよ。でも効果は1日以内で全身が残ってないと無理ですよ」「ということで秘薬ではないです」
経緯の説明は面倒だったので何となく察してくれという空気を出した。場数を踏んでいるだけあるのかギルマスがコホンと咳払いをして話が進行した。
「では、アンナ君。あの日何が起こっていたのか詳細に聞いても良いか?」「いいよー。あ、でもアルメシアちゃんの耳は塞いだほうがいいかも。あんまりよくない話だから」
アルシアを外で待機させて、話を聞くことにした。
「あのクソ野郎、名前なんだっけ?そうそう、ウンカォだ。私が師匠の薬代を稼ぐ為に必死に冒険者していたのは2人とも知っているだろ?」
モンスター大量発生の日、私兵だけでは守りきれないと冒険者の派遣を依頼した領主ウンカォは野営五日目くらいの夜に声を掛けてきたという。薬の材料が手に入ったがそれだけで金貨100枚は必要。鮮度が大事で他に欲しい人がいるから直ぐに買うか決めて欲しいと。
金のないアンナは諦めて次回にしようと考えたが、領主と数人の有権者に抱かれれば金は工面しようと言われ、泣く泣く快諾。
だがそんな美味い話はなかった。散々回された挙句、モンスター大量発生の時に故郷にいた師匠は死んだことを告げられる。そのままイーレアにある墓場に連れてこられたアンナは泣き叫ぶ。
それに興奮したのか連れてきた部下達に襲われ、抵抗した時に付いた傷と刻まれた傷。人間としての尊厳、自分の人生を全て否定されたような気がしてあの宿で首を吊ったという。
「惨すぎる、なんて同情はしないで欲しい。私は同情を求めて話したわけじゃない。あいつらを私以上の目に合わせる為、その為だけに話した」
なぜ最初に私たちと会った時点で話さなかったのか聞いたが、単純に忘れていたらしい。あの宿から離れることを知った時、外に出る度に嫌な記憶が蘇り、死ぬ前に墓に足掻きとして残した冒険者カードの存在を思い出した。
「今回の招集で、また冒険者が毒牙にかかるリスクもある。冒険者の安全は領主側ではなく自警団側に委任させたい」「それは約束しよう。冒険者達にも領主には近寄らないように伝達しておく」「弱みや何かしら領主と接点のある冒険者は本計画に参加させないように私の方からも手配します」
モンスターの討伐は獲れるものが少ないから元々参加する冒険者は少ない。自警団やその領地の私兵、また国から派遣される部隊が鎮圧に当たるのが常。
「アーヤ、アイシャ、アムリュー、ウガラモス、ウーチェ、アルシア、アルメシア、アルア、ウド、ウーズ、ウベルバの11名が討伐に当たるものとする」
自警団の引率する馬車にそれぞれ乗り出発した。領地までは野盗が消えたのもあり、最短明日の朝には着くとのこと。
「アーヤとかいう冒険者がずっとこちらを見ているが、何なんだアイツは」「怖いですよね」「そうか?」
アーヤ、アルシア、俺、アルアことアンナ、アイシャ、アムリューの女性六人が乗った馬車は華やかな雰囲気ではなくて殺伐とした空気が漂っていた。
「おめぇら改めて自己紹介しとこうやぁ!私はアイシャだドワーフだが戦えるぞ」「アイシャとパーティーを組んでいるアムリューです」「この中で唯一A級のアーヤだ、先導は任せてもらいたい」「弓手のアルメシアです」「同じくのアルシアだ」「おなじくアルアです。趣味は他人の家を覗くことかな」
アイシャが酒の力で盛り上げようとするも、勿論盛り上がるはずもなくまた静かになる。まるで傭兵の乗合馬車のようだ。
「だぁ、つまらねぇな。女六人も乗ってて華がねぇ。せめて依頼のすり合わせとか事前情報くらいは話そうぜ」「アイシャやめとこうよ。毎回そうやって絡む癖あるんだから」「いや、構わないよ。まぁみんな初対面ってわけじゃないしな」「アルルさんだけ見たことありませんね。確かアルシアさんの友人と聞きましたが」「むぅ、むーむ。むー」「すまないな、アルメシア同様にエルフ関連の病気でうまく喋れないんだ」
エルフはその発達した身体能力が仇となり、耳や眼、口などが定期的に機能しなくなることがある。それを逆手に取り、バレないように喋らせないことにした。減らず口とおちゃらけた態度を封じられたアンナはムー以外何も言わない。
「そうだな。冒険者アイシャの言う通り、ある程度話しておくことは必要だ。私はモンスター大量発生時に加勢したことがある経験者だ。経験者から言わせるとモンスターは本能的に動く物が多い、形勢が崩れると一気にソコをつかれる」「アイシャ私死ぬかもしれないよー」「アムリューは私が守るから安心しろ。それに優秀な弓使いが2人もいるんだ、前だけ見て戦えるなら敵なしだろ」
冒険者がパーティーを組んだ時、大抵前中後の三分野に分けた時、誰がどこの配置かを話し合う。
アイシャは大槌を振るう前衛であり、魔術師のアムリューは一定の精度と威力を誇るので中衛。なんて具合だ。
俺とアルシアなら両方後衛だが、ゴーストの分身で前衛を埋めれるから問題はない。
アーヤとやらはきっと単身で前衛を突っ走るタイプだろう。
アンナも大剣なので前衛を任せるのは適任だが、大剣を持てるほど強固な分身体でもないので却下。
アンナの憑依は霊魂型と言って人格と行動を乗っ取るだけ。身体型が取れると生前の身体能力を発揮出来るらしいが、これもやはり元の体が脆いと直ぐに壊れる。
「弓使いからの提案だがアーヤに私が付いて、アイシャにアルメシアが付く。アムリューはアルルが短剣で護衛というのはどうだろう。男性側がどんな予定を組むか知らないがとりあえずで」「問題はない」「アルメシアちゃんが護衛ならバリバリ潰せるわ」「えっと、アルルさんの実力がよく分からないから怖いんですけど」「アルメシアの矢が短剣に変わったと思ってくれればいい」
分身体を作る時、脆弱性が見つかった。無意識にやっていたが、スキルを自分と分割するか、譲渡、もしくは丸ごと剥奪をして作る。
例えば弓の使える分身体を作るために弓10を渡せば分身体は弓使いとして使えるが、本体は弓1(スキル自体は固定枠として保持)になるため、どうするか迷いどころである。
途中で切り替えも可能だが、咄嗟の判断や分身体との思考差異で支障が出ると困るため迂闊には出来ない。
要らないスキル、使わないスキルを選定して付与することにした結果、館の分身は家事などの補助スキル全般をアンナの分身には短剣10と鷹の目5を渡した。
そう森精霊の怒りが1人しか使えない現象は、分身体にスキルを与えるのか自分にスキルを与えるのかと言った具合で起きていた事である。
「むー、むーー」「宴会芸くらいならここで披露できるとのことだ」
投げたリンゴを落ち切るまでに高速で切り付けるアンナ。短剣は斬る刺す投擲と幅広く扱える武器で、アンナは大剣使いの記憶か斬るにはかなり特化しているようだ。
「こんな感じだ。スキルはかなり高いぞ。エルフ界では短剣のアルルなんて恐れられている」「お姉ちゃん、エルフにそんな格付けありませんよ」
ヒソヒソとアルシアがツッコミを入れるが、それとは裏腹に感銘を受けたといった顔の3人。
緊張がほぐれたのか少しづつだが会話が生まれてきた。
「冒険者アイシャは一体何本呑むのだ?」「あぁ?お前も呑むか?一日そうだなぁ五、六本か」「その倍は飲んでいますよ、アーヤさん」
「魔術師の持ってるマジックアローってどれくらいの精度なんだ?」「そうですね、弓の熟練度によって変わるので私だと百回に一回ですね。向き固定から数秒後なので、予測能力も必要ですし」「ありがとう」
「冒険者アルメシアは耳で見分けると聞いたが、どこまで理解出来るのだ?」「えっと、馬車の形からそれぞれの人数までなら簡単に。大きな音が鳴ると鈍っちゃいますけど」
主に冒険者として互いを知ろうレベルだが。ここの力量を把握しておくことは今後の動きに大きく繋がる。
「むーむー(静かになったな)」「だな。いいのかアルルは寝ないで」「ムー、ムー?(ゴーストが寝るとでも?)」「そうだったな。ふぅ、そういえばモンスターって見掛けないし実感無いけどどんな見た目とか、どんなやつとかわかるか?」「ムー、ってこれだるいな。普通に話すぞ」
代表的なモンスターはスライム、ゴブリン、オーク、スケルトン、リーフリ、キメラらしい。特にスライムは後方から現れては色々なものを捕食して大きく成長しながら進軍をする。
「前者三体は基本的に朝から夜頃に活動を、後者は完全に夜型だな」「ゴーストもいるのか?」「それは分からない、ゴーストになってからは行ったことがないし」「それもそうか。それぞれ知性はあったりするのか?本能的とは言っていたが」「あるにはあるが……まぁBPとやらを稼ぐなら問題ないだろう」
纏めるとモンスターはどこからともなくやってくる異種生命体。知能指数はとても低いが生命本能が強いのか、仲間がやられた武器などには過剰反応を見せる。
人型の弱点は人間と差異無し、スライムは核を、スケルトンは頭部と胸部を、リーフリは燃やすこと、キメラはメインとなる獣が性質の本体。
「スケルトンなら仲間に出来たりしないかな、同じゴーストみたいなものだろ」「それはやめといた方がいい。なんつーか、見た目かなり醜いぞ」「スケルトンって知ってるぞ。骨だろ?」「ただの骨野郎じゃない。所々に屍肉が張り付いてて、こう、なんだ?」「ゾンビかー」「それだ。ネクロマンサーの死霊魔術で無理やり墓場から起こされたみたいな見た目してんだよ」「ネクロマンサーか、それなら私の力を怪しまれずに使えるぞ」「エルフのネクロマンサーとか聞いたことないし、アイツらは戦うのに死体が必要だから、それだけでかなり嫌われている。中には自分で使うようの死体を保持している者も居るが、屍肉の香りが抜けない」
ネクロマンサー不遇過ぎだろ。だが、死屍累々と独り舞台を使うにはそれしかないのでは?
「それからネクロマンサーの死霊魔術は大体30体まで、あの宿から冒険者ギルド範囲で、目視圏内でしか操作できないから」「制限多いな、ちぇー」「あ、でもエルフって人と接してるの珍しいくらいに情報少ないからエルフの秘伝とかエルフ奥義でまかり通る部分はあるんじゃない?実際森が燃えるまではみんなエルフがモンスター襲撃を抑えていたこと知らなかったわけだし」「それは一理ある、そうか……はっはは!」「なんの笑いだ」「いや、すまん。これで私の全力を御披露目出来るってわけだと、うずうずして。あ、やばい漏れそう。霊体化してくる」
死飼の産蝿、新しく手に入れたスキルだ。あまり見せられた物ではないが、口から大量の蝿を出す。自分の血肉をあえて食わせた蝿は眷属となり、目として、時には刃として活動させることができる。
「ごふっ」「汚ねぇスキル。間違ってもこの分身にはつけないでくれよな」「あぁ、痛すぎてアルルに丸投げしてぇ」「マジでつけるやつがあるか!しかも様子見るに突然だろ?任意じゃないのマジで最悪なんだけど」「あ、安心しろ。酸を飲んだ時みたいな感じだ」「そんな体験ないぞ。どこの罪人だ」
そうこうしているうちに太陽が昇り、領主の元に辿り着いたようだ。まずは焼け落ちた森付近に拠点作りから始まった。
「こっち引っ張れー!せーの」「そっち終わったかー?」「火付きました」
自警団が手際よく作業を進めていく。冒険者はまずモンスターの説明からスタートした。概ね聞いていた通りである。
「今回の討伐では扇状になって、最終地点の湖水を目指すように殲滅していく。団体行動必須だが、どう分配する?」
ウーチェという冒険者が主体のようだ。
「あーそれなんだが、女性陣は昨日の時点である程度考えて来た。弓使い二名が大剣と大槌の援護、短剣使いが魔術師の援護という形に決まっているが。不備はないか?」
「ふむ、ならそれで良いだろう。ただ自警団もしくは領主の私兵も援護しなければいけないので、後衛前衛共にそのつもりでいるように」
一度解散して装備を整える時間になった。アイシャがみんなの装備を軽く点検してやるといい、手際良く整備までしてくれた。
「張りが弱まってたから締め直した。大剣、刃毀れが目立って来ているから今度持って来い」
酒を飲んでテンションを上げるアイシャが今日は呑んでいない。それだけこの討伐は命懸けと言う事が伝わる。
「これって確か各自狩ってきても問題はなかったよな?」「早速分離行動か、アルシア」「ふむ、先に私の力を見せておこうと思ってな。ほれ」
分身体を四体だし憑依で固定する。計2人分完成というわけだ。
「エルフ奥義の分身だ、偵察も兼ねてこれらを先に行かせたい」
流石にやりすぎたか、と思ったがエルフなら仕方ない感で埋め尽くされた。
それぞれに隠密を5、偵察特化型である。さらに夜に吐いた蝿たちを近くに待機させてある。
痛みを伴う日光を遮るのには好都合だ。なんなら死体のフリでもして誤魔化せる。
後のことは分裂思考に任せてこっちを進めよう。
「大体の動きが掴めた、今のところはゴブリン達が進行している。あとオークか」「兵の動きはどうだ?」「順調とは言えないな。自警団はいいとして、私兵とやらは本当に機能しているのか?」「ごろつきや流れ者ばかりだから仕方はあるまい」
状況が著しくないということで予定より早めに行く事にした。ウーチェからも疲弊しない程度になら良いと許可を得た。白煙筒が打ち上がるまでは進軍をしない。
「とりあえず自警団達の援護メインってわけだが」
BPの稼ぎ時だ、多少の手荒は目を瞑って貰いたい。
蝿は文句を言われたので分身の片方につけていたが、新しく吐いた様で軽い日陰は生成可能だ。
死屍累々、独り舞台と連鎖打ち。前衛にいるのは大半私兵だから巻き込んでも問題はない。
「はっは!最高だなっと、弓兵が声上げたら行かんかったな」
微かに残った森の中から弓を構え、引く。死屍累々の分身には矢が来たら実態化して敵に突き立てろしか指示は出していないが自分の矢とは言っていない。自警団の矢、敵の放った矢、死体からも引っこ抜いて敵へと追尾する。
敵のゴブリン達は弓を捨てて剣へと切り替えた。どうやら矢が乗っ取られたとか思っているのだろう。
「ざっとこんなものか。ゴブリンやオークは辛うじて知性があるから警戒してくれるが、スライムはやっぱりダメだな」
知性を持たない、核を基準にただ周りのものを取り込んで肥大化する。内部成分は酸に近いせいか変な匂いを放つし、剣はすぐにダメになる。物としては弱いが、相手にしたくないという意味で高ランクな魔物扱いされていたりする。
「私の領域内で好き勝手はやらせない、本能がビビって逃げようと思考するまでスライムよ、死ぬなよ」
吸血館の支配者を分身経由で発動。敵の本陣で展開されたせいか、活気が溢れんばかりに流れ込む。
「今なら日光を浴びても死ぬ気がしないぞはっは」
私兵や自警団がちらほらと撤退準備を始め、倒れた味方を運び始めた。そろそろ我々の出番だろう。
「む、なんだこの気配は。威圧感か」
スライムを纏った大きなオークが群れの一番後ろから現れた。俺以外も気付いたみたいだな。赤煙、群れのボスってことだ。
白煙時は戦闘配置につき徐々に殲滅、赤煙はボスの出現、黒煙は撤退。
「赤煙時は、手柄欲しさに動くものが出るから連携が崩れやすいとかなんとか」
続いて上がる白煙。私兵や自警団の入れ替わりということだ。
「私兵に関しては、オレらがいる間0かよ。そりゃ参加者いないわけだ」
弓を番える。アーヤは鬼神の如く群を斬り倒していく。基本両手で振るう大剣を片手で振るいながら矢で処理して欲しい箇所を指示する能力。化け物だ。
「でも楽で良いね、恐怖上乗せって感じだ」
吸血館の支配者で得た恩恵を前衛に流す事で士気が爆上がりした。前衛がモンスターを倒すたびに間接的に関わった扱いでBPが入る。
「BP二千万消費する空間拡張までもう少しだ」
BPシステムは一定数解放ごとにとんでもない桁を要求するスキルが現れる。それを解放するまで次のツリーを開けないのだ。雑魚で乱獲してもごそっと消えるほどに消費する。
「前回が一千万だったよな、次まで用も貯めとかないと」「アルシア聞こえるか?あのでかいオークはオークキングだ。群を抑えている間に前衛近くまで来ている。分身でどうにか気を逸らせないか?」「了解、アンナの方に回しているスキルいくつか消えるけど我慢してね」
分身を使い、攻撃を仕掛けて見る。硬すぎる。
短剣14で傷すら付けれない。技量だけでは無理な相手である。吸血館の支配者で生命エネルギーを刈り取っても高過ぎて効果は出ていない。
むしろ群れの進行が遅れて前衛が前に出過ぎている気もする。
「森精霊の呼び声を使うか、前衛!一旦退避!定めたAラインまで背中を見せずに下がってくれ」
森精霊の呼び声は、声を拡散させるものだ。それだけである。
「よーし、順調に引いた。オークキングの方は相変わらずだが、距離は離れた」
前衛との距離が空き、オークキングへ魔術が撃ち込まれる。中衛護衛に当たるアンナから指示を出せるのは有り難い。
「よし、流石に魔術は怯むよな」
分隊長をやっていた肩書きのおかげでみんなの動きも抑制できる。指揮を握るからには死者はゼロ、やってやるぞ。
なんならアーヤを支援しつつ、オークキングの足留めもしてやる。
「返し矢、うひゃー!理論ってのは強いね」
オークキングの足付近を重点的に狙う。猛攻で凸凹になった地面に足を取られ後ろに転倒するオークキング。
一瞬寒気を感じた。アイツは今攻撃してきたオレを認識した。
「怨霊より執念の塊を持っていそうだな」
モンスターの動きが変わった、明らかにこちらに向かっているのがわかる。扇状の一番端っこ、何もない側、進行方向ではない側に進軍を始めた。
「ありゃー、これはちょっとやばくない?アーヤへの負担を考えるとやらかしたかもしれない。アンナ、モンスターの進軍方向が私に向いた。ヘイト全部かったからさ。陣形を変えれないか聞いてきて」「突然の無茶振り?!あぁ、良いよ。燃えるねその方が」
ちょうど反対側はモンスター進軍の折り返し地点、こちらに向くためほとんどのモンスターは背中を見せることになる。統率が取れ過ぎているのが仇となる。
ヘイトを俺が集めて、後ろから猛攻。アイツらモンスターは後ろからの攻撃に弱い。横からは盾などで防げるが、後ろは仲間がいるため、守らなくても良いと思っているのだろう。
「許可は降りたけど、あんた1人でヘイト買うのことについての説明が怠かったよ。なんか後でよこしな」「へいへい、んじゃもう一仕事やりますか」
夜のモンスターにも備えて、なるべくゴブリンやオークどもを蹴散らしたい。
「最高な気分だ!連射!連射!っと連射!」
オークキングの後ろに続くモンスター達は段々と数を減らし、オークキングと目の前の軍勢だけになってきた。
「前衛冒険者のダブル攻撃でオークキングの膝を折って、魔術師と空の目による一斉攻撃。あとは槍と盾で地道に追い詰める。上手くいくかねー」
ヘイト管理が問題である。魔術で怯ませただけの魔術師達にはヘイトが向かなかった。多数だから?否、与えたダメージの低さである。流れ弾が何発か掠っても気にしないオークキングだが、転けさせられた事を起因にヘイトが俺へと変更された。前衛の2人が膝へとダメージを入れた場合、どうなるのか未知数なところが多い。
「相手は何を基準に俺と推測しているのか。これが重要だ」
分身体へは見向きもしない。試しに森精霊の怒りを解きゴースト化して見る。
少し戸惑った顔をするが、こちらへ向かってくる。臭いかなにか、あるいは看破の上位スキルだろう。
「死飼の産蝿……さらに!さらに!さらに!!」
弓を撃ちながら蝿を吐き出すのはかなりの難易度。口の中はズタボロ。
だが、そうでもして確かめたい事がある。
「暗天、死屍累々」
ゴーストの大群による動きの抑制。足場の解体。誰にヘイトが向くのか。
「やっぱり俺か、向けられる殺意の量が増えた。よーし、作戦通り行けそうだ」
手前から黄色い煙幕が上がる。体勢を崩す2人が支度出来たようだ。
くる、このタイミングだ。
騒音を立てて倒れたオークキングに、一斉掃射。
空の目達が視界を殺すように放ち、魔術師達は地面に埋めるべく攻撃を放っていく。
結果、身動きの取れないオークキングの完成。進軍していたモンスターはオークキング討伐隊と分かれて処理。
「割とあっけないもんだな」
オークキングが動かなくなったので近付いた。
突然土煙をあげて何かに掴まれた。
「は?」「アルシア!」
周りの叫ぶ声も届かぬ間に破裂した。オークキングに握り潰された訳だ。
「はっは、キングの執念ってのは恐ろしいな。呪い返し」
霞のように消え、みんなの目の前で元に戻る。
「アルシア怪我はないか」「大丈夫大丈夫、エルフ奥義があればあの程度生還できる。それよりオークキングをバラバラにしちまったけど良かったのか?」
呪い返しは、霊体を除く実態時に死に至る攻撃を受けた際、相手の執念に応じて相手へ丸々ダメージを返すもの。
「奇襲とかされたら怖いもんな」
オークキングは巨人の手に潰されたように見えたらしい。
「第四襲撃撃退だ。防衛線を引き直すため、私兵と自警団の我々が交代をする」
忘れていたが夜にもまた来るのだアイツらは。今回のようにキングと言われるモンスターが来るケースは珍しいが第一防衛戦の時にはゴブリンキングが居たらしいので、順当に行けば明日の朝かどこかでまた出るだろう。
「オークキングの最後はBP美味かった。おかげでツリーの解放が捗るよ」「むーむー、む。(アルシア、あんまエルフ奥義とかやってると本家のエルフ達に目をつけられるぞ)」「アルルがそうした方が説得力高いって」
「あの2人はどうやって会話をしているのだ」「あ、アーヤさん。そうですね、信頼でしょうきっと」「そうか……」
「アイシャ、テント内が酒臭いから飲むのやめてよ」「いつも通りだろ」「他の冒険者がいるときは飲まないって決まり事でしょ」
夜まで休憩していろとテントに入ったが吸血館の支配者でほぼフル体力である。
「夜に関してだが、スケルトンとリーフリは前衛達が、後衛はキメラの追撃で良かったよね?」
作戦会議をする事にした。各々の技量は先の戦いで把握出来ている。
「問題無い」「キングがまた出たらどうしよう」「スケルトンキングってか?でっかい骨なら砕けば勝てるだろ」「アルシアさんスケルトンキング知らないんですか?!加工不可能って言われるほど硬いんですよ」「ふむ、そんな奴どうやって倒すんだ」「昔はエルフ達が倒していましたが、今回の一件で完全に姿を見せなくなったので詳しくはわかりません……」
こちらに向く視線が痛い。武闘派エルフ3人もいればわかるだろといった目。
「あいにくと私は知らない。知っていたら聞かないだろ。キメラキングにリーフリキングの可能性も加味すると、情報がないまま戦って無意味に散るのは良く無い」「キング系は総じて派生や亜種、でかいだけじゃない。オークキングは運が良かったと思うしかない」「エルフかー、エルフ……幻影でどこかに潜んでいると思うんだけど」「残念ながら私の看破ではわからない」
今まで遭遇したエルフはアルシアか医者のエルフくらいだ。仮にいまから捜索したとて見つかるものではない。それに一度人間と関わったエルフを伝統重視のエルフが受け入れるのかどうか。
「森が焼けた今、私らで抑えないといけないんだから。エルフに頼らず倒す方法を見つけるしかない!」「アムリューも言うようになったな」「あ、ありがとうございます」
作戦開始の夜まではあっという間だった。過去の情報からある程度の対策を練り、それぞれ配置へと向かった。
夜のモンスターは不気味さが高い。スケルトンは屍肉の臭いを放ちながら進軍を開始。上空のキメラを撃ち落としながらアーヤを援護。
「スケルトンを配下にできそうなスキルは……あと200か。ビビらないんだよなースケルトン。リーフリとキメラからちまちま稼ぐしかない」
夜なのは幸いだ。死屍累々をフル起動出来る上に、分身も憑依なしで動ける為、手足が多い様なものだ。
「なんなら味方を驚かせるのもありだけど、作戦に支障が出るか。いや……アイツなら」
作戦に参加しない私兵達の怪しい動きは察知済みである。目の前に現れるだけで驚くBP製造機達は有効活用しなければ。
「へっ、案の定だ。これで取れるぜ、屍主人をよ!」
自身より下の物が使役する死者の使役情報を上書きできるスキル。しかもレベル10。格上でも少しだけ可能と言う訳だが。
「効かねえだと、ちょっとやばいな……」
上書き不可能、つまり相当な実力差がある相手の使役物だ。
「アンナ、気を付けろ。こいつらを指揮している奴は格上だ」「スケルトンキングかい?あーわからない感じか。なるほどね、憑依して権限を無理やり奪えるかやってみるといい」「その手があったな」
スケルトンに憑依する。だがすぐに危険性に気付いた。暗黒、取り憑いた先は暗黒の空間だった。微かに見えたシルエットから推測するに。
「ドラゴン……」
敵の数はみるみる減っていく。キング級は居ないようだ。
おかしい、勝てなかった相手に対して格下の軍勢を送るか?向こうは無意識にやっているならあり得るが、明らかに街を滅ぼすと言う大義を感じられる。
「防衛線の引き直しを始める!」
後ろから微かに見える追加軍勢以外を退けた為、自警団達が柵を張り直す。
「追加はざっと一万か、キング級の気配はまたもない」「これさー、私の直感だけど。くるよ」「なにが」「弩級が」
土を消し飛ばす爆風。黒い塊が前衛に轢かれた防衛線の前に現れた。
それは大きく闇を広げてこちらに赤い眼を向ける。ドラゴンだ。
『懐かしい匂いを辿ってくれば人間どもとは。この森に住まうエルフ達はどこへやった』
ドラゴンの出現に動ける者はいない。あの知性のないスケルトン達でさえその場で片膝を付いている。
『まさかとは思うが、この森を……』
灼熱が伝う。危険だ、コイツは人語を話すが話せるだけだ。
「まったく、落ち着くのじゃ!」
そう思って一歩前に出た自分から変な言葉が飛び出る。これは俺の意思じゃない。
『その声は……』
ドラゴンを土壇場で取った鑑定で覗いてみる。名前がウズドロスという事以外は分からない。レベルが低いのか、向こうが高すぎるのか。
「ウズドロスよ、落ち着け」
口から勝手に言葉が紡がれる。ノイズが激しく走りスキルツリーに対話しろと表示された。
『まさかアルトゥルーイスト様?!弱くなり過ぎて気付きませんでした!一生の不覚』
なんだコイツ。だがなぜだろう、コイツを前にしていると落ち着く。かつての盟友だった様な、そんな気さえする。
『アルトゥルーイスト様、なぜ人と組んでこの様なことを?』「すまんが、記憶が大分抜けていてな。詳しい事は分からんが、エルフの森を燃やした奴らへの報復を兼ねてここに来た訳だ」『俺が眠っていた二百年の間にそんなことがあったとは』
二百年。二百年前の知り合い?いやアルトゥルーイストはこの世界で初めて名乗った。
「で、この群れはなんのためにやったんだ?」『それはエルフの存在意義と、顕示、それから貴女の森を守る為に自らが申し出た事ですよ』「まじか……まぁとりあえず引っ込めてくれ。全てまとめたい。あと人間が萎縮しているからどうにかならんか?」
超上位者だが、様付けで慕われるのならどうにかコントロール出来るはずだ。
案の定、ドラゴンは人型に変形した。金髪で美形、ドラゴンの威厳をどことなく感じる筋肉質なボディ。
人型になれど恐怖は拭えないのかテントに来る者はいなかった。
「これ良いですか?人型は慣れませんね、空飛べませんし、火も吹けませんし」「地味にかっこいいのやめてくれ。まぁーとりあえず話をまとめよう」
モンスターは全て帰還した。防衛線を最前線まで引き直し、森の復興作業が開始された。
と言っても焼けた木々をどかしたりモンスターの死骸除去メインだが。
「あれは忘れもしない五百年前ほどですかね、俺が暴れてた時の話」
代々エルフ達は黒龍の守り手として森の番人をしていた。
だが、新しく座に着いた黒龍(ウズドロス)は三百年も経つと、恋をしたせいで森から逃げ出した。
エルフ達は黒龍がいない事により、人間達に侵略される恐れを吸血鬼に訴えたという。
その館で見たのは黒龍が吸血鬼に求婚している姿だった。
「惚気を聞きに来た訳じゃないぞ」「わかっていますとも、エルフ達の意見を汲むべく」
吸血鬼は承諾の条件に、モンスター侵攻と言う形でエルフの森に人間達が近寄れない対策をさせろと言った。
自身の魔力をフル活用してそれを成した黒龍は千年分近くのモンスターを発生させて眠りに着いた。
今日、強烈な魔力干渉で目が覚めた。
「つまりアルトゥルーイスト様は俺の嫁。ささ、約束通り。エルフの格好でも構いませんので」「な、なんだよ……私はゴーストだぞ」「え……」「ウズドロスが寝ている間に何があったかはしらな、ちょ、強引」
対して静止も効かず、上に乗られる。これはピンチだ。
「ほら、ゴーストだ」
スルッと霊体になってかわして見せる。
「うそだ、俺が寝ている間に殺された?!誰に、人間か!」「落ち着け、館に触った事のない棺があった。それがアルトゥルーイストの肉体だ多分。だから永眠じゃないのか?」
膝から崩れ落ちるウズドロスに掛ける言葉が浮かばない。よく分からないが可哀想な奴だ、とは思った。
「でもきっと記憶がないだけでアルトゥルーイスト様のゴーストだ、じゃなければその匂いはしない」
温泉はしばらく入っていない。館の匂いが染みついたとかではないようだ。このドラゴンの話が正しければ俺は吸血鬼のゴーストって事になる。
「とりあえず保留だ。記憶が戻るまでは何も言えん」「大丈夫です!五百年も待ったんですよ。あと一千年は待てます」「ならその息遣いやめようか。怖い」
みんなも怖いながら心配していたようでテントから出た時に、アルシアは泣いていた。
「ドラゴンに食べられたと思ったよ、、」「はっは、私の友達だ。そんなことする訳ないだろ」「ふむ、純正のエルフか。目が覚めてすぐだからか?エルフの存在を全然感知できない」「とりあえず、私の妹と、友達だ。この2人はエルフ」「そうか、義妹になる訳だな。よろしくな」「なんでもう結婚した感じになってんだ!」
「ドラゴンと会話できるってやっぱアルシアさん凄い人なんだな」「ギルドマスターがこれ知ったらひっくり返って三日は起きれないだろう」
「んで、これからだけど。ウズドロスには特定のタイミングでだけモンスター侵攻をやってほしい。私らはその隙をついて領主のね首を掻きに行く」「最強種の知能を持って理解した」
テントに無理やり入ろうとしてくるウズドロスを押し退けて朝に向けて皆寝に入った。
実はアルシア宛に領主から改めた場での謝罪をしたいと手紙が来ていたので明日に決めた訳だ。
「みんな寝ているな。さて、アンナお前隠し事してるだろ。皆伝の弟子は察するにアーヤ」「バレてたかー。まぁアーヤもやたら私の事見てたし」「教えなくて良いのか?全てを」「嫌だね、アーヤは何も知らないまま冒険者として頑張っていれば良いんだよ」「そうか。少し長引いたが明日の件が終わったらギルドによらず直行で館に帰るから。何か言っときたいことあるならと思ってな」
皆が睡眠をとっている間、暇なので結局テントの外に出ていた。近くの川で取ってきた魚を焼く。
「しっかしなぁ、ドラゴンと縁談があったなんて……しかも向こうはベタ惚れで匂いで探れるときた。領主なんてどうでも良いからあのドラゴンを」「あのアルシアさん?よかったー、ギルドから走ってきた甲斐がありました」「受付の、何でこんな夜に」「それがですよ、黒龍の目撃があったと聞いて国が兵団を派遣すると」「すごい邪魔なタイミングでくるな」
「到着は二日後ですね。それから本題ですが領主関連での動きはありましたか?」「アルシア宛の手紙貰ってな、明日行く事になった」「危険ですよ!勝手に調べましたが、貴女の妹さん昔売られたかけたでしょ!」
「偽名登録させたのに本名を見たのか」「緊急事態なので仕方ありません。それより妹さんを向かわせるのは危険です、考え直してください」「アルシアの名前で通っているのは私だ、安心しろ。私とアンナであの領主に一泡吹かせる。殺さなければ良いんだろ」
決戦の朝が来た。装備を整えて領主邸へ移動を開始。
「みんなは待っていてくれ、と言っても来るもんな」
女性冒険者全員で赴く事になった。これは向こうが舐めてかかる事を想定してだ。屈強な男冒険者がいては動くことすらできないチキンどもは、その油断が大敵となることも知らない。
「無駄に贅を肥やしただけはあるって屋敷だな」
「お待ちしておりました皆様。旦那様は奥でございます」
執事の様な男が出迎えに来たが、どうもキナ臭い。警戒時の指サインを後ろへ送る。
事前に喋らなくても会話が出来るように簡易的な暗号を作っていた。右手の人差し指を中指に重ねる時は"対象注意"だ。
左手の場合は"対象安全"と、右と左でセーフとデンジャーを示す。
「アルシア殿に謝罪をと呼んだが、他の方々も来たか。お茶の用意を」
ウンカォは茶菓子類を用意して振る舞い、本題に入る前に盛大な土下座をかました。
「エルフの森について、それからアルシア殿については悪かったと謝罪する。慰謝料とは名ばかりだが謝罪の気持ちを受け取ってくれないか。それからギルドへはくれぐれも内密に頼むよ」
「目を売ろうとして、故郷を燃やして……その上でまだ自己保身に走るか」
「し、仕方ないだろ!元を言えばそこのアーヤという冒険者の師匠、アイツの薬に必要なんだよ」
「私はそんなこと知らないぞ」
「くっそくっそ、俺は領主だぞ!俺がいなくなればこの土地を管轄する後釜を建てるのにまたいざこざが起きて国内戦争が始まるぞ」
「ヤッケになり過ぎだな。とりあえずギルドに報告だ、慰謝料払ったって事は認めたってこ……」
視界がひっくり返る。アルメシア含む全員が痺れて動けない様子。
「ギルドに報告していないならこっちのモンだ。モンスターにより死亡したと、あの女の件みたく処理すればいい。エルフの女1匹釣れりゃ儲けだと思ったが自ら来てくれるとは」
縄で括られ全員地下室のような部屋に連れて行かれた。
地下には嫌な匂いが充満している。
檻のような部屋は壁から手枷が生えていた。
「しっかし領主も悪趣味だよな。心を折ってから食べるなんてよ」「俺も早く奥の部屋のエルフ食いたいのに」「領主のお下がりはなんか嫌だな」
領主邸の執事達が淡々と手枷を嵌めていく。スキル阻害効果があるのか、鈍痛と眩暈でスキルツリーが表示されなくなる。
「明後日開く偉いさん方のパーティーでコイツらを嬲るってさ。参加して~」「冗談はよしとけよ。病気持ちのおっさんどもが回した女としたいとかイカれてるだろ」「それもそうだ」
ガチャンと檻の扉が閉められ、さらに地下室の扉も閉まる音がした。
「大丈夫ですか?みなさん、強制施錠」
透明化していた受付が姿を現す。
「言質どころか現行目撃、領主ウンカォの命運尽きたりですね」
枷を簡単に外し、合図を送る。上位の精神魔術で軽い洗脳をしたという。
飲み物に含まれる薬は麻薬に近い成分の為、飲まない方がいいとの事前知識により、最初から特定のタイミングで倒れるように暗示を掛けたのだ。
「それで、これからどうするよ。明後日のパーティーとやらに来ている貴族ごと包囲した方が特に思うが」「そうなんですよ。ですが話を聞いている限りだと領主が明後日までに皆さんの尊厳を踏み躙るような行いに出る可能性が示唆されます。ギルドとしては安全第一なので」
「暗いし、この範囲か……エルフ奥義でどうにか行ける。みんなは先に帰宅してパーティーの日までに国の許可を得た強制捜査団との連携を」「話聞いてました?!」「聞いていたよ、でも言ったろ。アイツには死なない程度に痛い目を見てほしいし、こんな下衆な事をする貴族連中も根絶やしにしてやりたい」
交渉の末、受付は折れた。残るメンツはアルルと俺。
奥にまだ気配があるのでソイツらの救出が終わり次第、分身で偽装をする事にした。
「領主は捕らえていた人たちが減る事でヤケになって行動に及ぶかも知れません。本当に危ない時はこの水を使ってください」「何だこれは」「洗脳魔術を込めた水です。掛かった対象は、自分を猫だと思い込みます」「ありがたく使わせてもらおう」
奥の部屋を開けるとエルフが数人居た。目も耳も無事だが傷だらけで吊るされていた。
「アルシアは見るな!」「へ?」
偽名も目の見えない設定も忘れてアルシアをアルルの方へ投げる。
「これは酷いです。まだ日が浅いので怪我だけのようですが。精神的にかなり疲弊していますね」「ちっ、クリアヒール!」
枷を外しながら精神治癒を掛ける。外してすぐに受付の首を絞めようとエルフの手が動く。
「やめろ、救いに来たんだ」「その顔はアルシアか……すまないお前が追われている間に森を焼かれて」
解放された六人のエルフ。ある程度回復したようで落ち着いているが、人間への殺意は元々なのかアーヤやアムリューへの目が怖い。
「我々は冒険者ギルドから来ました。私はギルドの受付、この際正体バラしますね。この国の第一王女アノスリア•カルメです。この様な場ですが、王族の人間としてエルフ側に正式な謝罪を致します」
エルフは不服そうにだが謝罪を受け入れた。しかし我々は現実を受けれることができない。
「は?」「え?」「お?」
全員単語を発するのがやっと。騒いだらバレるかも知れないので好都合かも知れないが。
「とりあえずこの場を整頓しましょう」
アムリュー、アーヤ、アンナ、アイシャは反射的に片膝を付き頭を下げる。洗脳では無さそうだ。
「私の心配より自分の心配をしろ!王族がこんなところに来るな!危険だろ」「捕まらない自信があります。それに冒険者ギルドに身を置いた方が、国命の指揮を取りやすいでしょ?」
あの4人が敬意を表す姿を見てもまだ疑心暗鬼だったのがバレたか、王家の紋章をこちらに見せてきた。
「これが何かわかりますか?魔導具です。王家に伝わる物なのですが、これをこうやって」
それを俺の手に乗せてきた。何が起こるでもない。
しかしアノスリアが手のひらに乗せると剣へと形を変えた。
「なるほどね、疑っていたことについては謝罪しよう」「いえ、私こそ皆さんを騙すような形になり申し訳なく思っていましたから」
偽名登録の件は、本人がやっていたから知っているのだろう。
エルフからの情報を得たかったが、安全確保第一ということでエルフ達と共にアノスリア達は帰っていった。
「さーて、私は残りの作業をやりますか。明後日まで弄ばれるフリをすればいい」
モンスター侵攻に際し、領主は私兵を殺さないよう弱そうな時間にしか派遣をしていないが死ぬ事はある。
「拐っても見つからない。隊長生きてってかなー」
囚われのエルフ六人と自分ら六人分の兵を攫い、恐怖で脳を無理やり洗脳する。
精神汚染系はゴーストの得意分野だ。幻覚も幻影も。
「領主の野郎、エルフに手を出してなかっただけ寿命が伸びたと思えよ」
部屋に残った拷問という名の遊び、その記憶を覗き、憑依で無理やりその思いを味合わせる。
疲弊度を合わせれば違和感を感じ取られないだろう。
あとは地下全体に強力な幻影を掛けて執事達から落としていく。
「へっへ、拷問の時間ダァ。今日は新しく捕らえた冒険者から。エルフの冒険者ってのは可愛いなぁ、どうしたら折れてくれるかな?」
領主が話しかけているのは一年前に遭遇した隊長格の男だ。見るに耐えないほど気持ち悪い光景。
幻影の外から見ればオッサンがオッサンを舐めているようにしか見えない。
「気配感知の分身おいて逃げよ、当日は誰かしら死に掛けている変わり身のやつを解放して領主にすり替えれば完璧」
街に私兵が居る可能性もあるため、領主へ渡る情報は全て改竄する必要がある。
一定の間は張り込みが必要だ。幸い、領主からは変わった気配を感じないから多種族介入はないだろう。
「クッソ暇だし、貴族に化けて買い物するか?アイツの実印入った取引書とか後々に役立つし」
初見なら追い返す可能性がある。かと言って過去に来た人を真似てもパーティー開催時に異変察知されては元も子もない。
結論はあれしかない。
「いやはや、うちの物が迷惑を掛けたのにお詫びも出来ず申し訳ありません」
汗びっしょりの領主、それもそのはず。死んだはずのエルフがいたと思ったら、今度は最後の目撃証言地である吸血館の関係者が来たから。
初老の執事風を装い、牙を見せる。背中には隠せないほどの羽。溢れ出る魔力(蝿たち)
「まぁまぁ、エルフが美味だったのでな。追加で喰えるかと思ってと旦那様から言付けを受けました」「それはそれは。しかしエルフですか」「えぇ、貴方が扱っているとその筋から洗脳で聞き出しました」「それはもちろん!隠す気はありませんよ、4日後ならお渡し可能ですが」「できれば死体の方が良いとの事なので。その時までにそう処理してもらえるならばその期間でも折れましょう」「もちろんでございますとも。え、1匹あたり金貨600枚ですか!9匹ほど居ますが。全買い!すぐに書類を作りますね」
こんなにバカな奴がよくもまぁ領主を務めた物だ。まぁ夜の支配者とも言える吸血鬼が、昼前に現れたら驚くのは間違いない。
「こちら用意しました、契約書です」
秘密の取引をする際に使用する契約書は双方に不利が生じる場合、消滅して隠蔽できるようになっている。
今回、架空の人物を作り上げたから消滅する事はない。完全な証拠となるわけだ。
「ふむ、いい匂いですね。旦那様も好きですよ」「ひっ」
昼前だろう、にんにくやハーブの香りがこちらに届いてくる。領主が怯えているのは、にんにくと言えば吸血鬼から身を守るための道具と浸透しているから。
「周知されていると思っていましたが。旦那様から加護を頂いた我々は聖水も十字印も効果はありませんよ」「は、はい!」
面白すぎだろこいつ。
「こらー!お父さんをびっくりさせないで!」「こらアユリア、お客様だぞ。挨拶をしっかりしなさい」「やだ!魔族は人間をとって食らうんだ!」
小さい女の子が足に弱々しい力の拳を当ててくる。
「す、すいません娘が。ほら、先にご飯を食べていなさい。大事な商談中だから」「良い子ですね。私じゃなければ今頃首をへし折っていましたよ」「本当にすいません!母親が家を出ていって私1人で育児をしているもので、反抗期と言いますか」
魔族が人間をとって食らう。笑わせるわ、それならオマエの父親は魔族だぞ。
「仮にあの人間の小娘を買うとなればいくらになりますかね」「流石に売れません!うちの愛娘ですよ」「冗談ですよ。少し貴方が緊張しているように見えたので」
緊張どころか恐怖で一杯だろう。もう少しいじめてやろう。
「良ければ旦那様もお呼びしましょうか。ちょうど激務が終わったとの事なので」「い、意思疎通ですか……いえ。大丈夫ですよ。契約は終わりましたので」
本来の商売は交換した時点で成立だが、この手は足が付くと困るため、契約書を交わした時点でお金を渡し契約終了。
後日、指定場所に取りにいく流れが一般的である。
「契約成功の旨を旦那様にお伝えしました。それでは失礼します」「こ、今後ともご贔屓に!」
さて契約書は手に入れた。嘘偽りない領主ウンカォのサイン付き。正直人身売買よりも、魔族に人間の死体を売っている方が問題だ。
吸血鬼の扱いはいまいち理解していないが。
「大口契約を結べたのは良いが、なんだあの威圧感は……」
青ざめた顔で食卓につく領主、勿論その後ろで俺は見ている。娘と思われる少女と軽い談笑を交わしているが、明らかに食器を持つ手は震えている。
「どうしたのお父さん、そんな怖い顔して。さっきの人と何かあったの?」「いや、なんでもないよ。アユリアとお母さんと住めるお家を新しく買える金額が手に入ってね。震えているんだよ」「やったー!今度はどこ」「今度はモンスターの来ない湖の綺麗な領地さ」「ほんと?私いっぱい泳いじゃう」
領主は期間満了、大金を積む、いろいろな方法で別の領地を管轄できる。
やることはシヤクショと同じだろう。国が大きければ末端まで統括が行き届かない。その為、色々な土地に代理のトップを立てる制度。
家族の前で善人ぶれるのが心底腹ただしい。
「お父さん、あのエルフはおきゃくさん?」「ひっぇっ?!あ、どこにもいないじゃないか」
「いや、貴方の後ろにいるよ」
レストランでやったことの逆バージョン。領主にだけ見えない。
流石にやり過ぎたのか領主はその場で失禁と気絶。
執事たちが慌ててやって来て回収をしていき、残ったのはメイドとアユリアだけになった。
「お父さん……」「アユリアと言ったな、私は死んだエルフのゴーストだ」「ひっ、ご、ゴースト!」「お嬢様大丈夫ですか?私の後ろに」
「危害を加えるつもりは無い。悪事に加担していない2人はこれから亡命するか、あの下賎な男について行くか決めるが良い」「アユリアはお父さんと一緒に湖に行くもん」「私はウンカォ様の悪事については知っています。私も被害者ですので。でも今はお嬢様を守る事が第一なので!」
投げナイフが実態のない頭を通り抜ける。
「危害を加えるつもりは無いと言ったのだが?」「お嬢様を怯えさせないでください、」「勝手に怯えるガキに合わせろと言われても」「だいたい貴女はなんの恨みがあって私達に」
「家を焼かれて、大切な仲間の耳や眼を抉られ、吸血鬼に売り払われた。だからアイツの大切なものを奪うのは道理だろ?」
「やはり危険です、」「まぁこれが建前で、本音を言うと計画に協力してほしい。詳しくは言えないが領主は失落する」
アユリアは泣き叫んでうるさくなる前にスリープを掛けた。
メイドは臨戦態勢だが話を聞く気にはなったようだ。
「あそこで聞き耳を立てているやつをとりあえず眠らせてくる」
「それで、どんな計画を私達に企てろと」「盗賊でも野党でもなんでも良いから拐われたって事にしてほしい」「偽装誘拐ですか。メリットが感じられません」
「パーティーの時、関係者全員の宅へ捜査隊が一斉に雪崩れ込む。アユリアと言ったか?そのガキの性格を見るに捜査隊の邪魔をして殺されかねん。アイツらは行使力を持っている」
「メリットは貴女のメリットです。恨みがあるのはわかりますが、殺すや陵辱するならまだしも、計画に参加しろというのは」
「それは楽しいからさ。計画はパーティー当日に母親の元へ行く馬車をそのまま拐う。アユリアが騒ぐと煩いし眠らせといてくれ」「それ言わずに拐った方が良かったのでは」「国の勅命で任務を行っている以上は、同意の無い悪質な行いをするのは良く無いかなと」
即席で動き過ぎたと後悔するが、怒りという原動力はそういうものだ。きっと数回前なら魔王の魔力でこの辺一体を消し飛ばしただろう。きっと数十回前なら盗賊団を率いて凌辱の限りを尽くすだろう。きっともっと前なら……
これは俺であり/私の意見ではない。それにアルシアの願いではない。これではアルターエゴだ。少しは冷静に動くことを。
何を焦っている?
パーティーの当日になった。予定通り領主はすり替えた。分身に記憶を添え付け偽領主としてパーティーへ。
もう一体の分身はアユリアとメイドの誘拐。
それから俺本体は……
「なんでオマエと踊らないといけないんだよ!」「俺はアルトゥルーイスト様との約束を守って必死に雑魚の相手をした。だから次は、その俺の願いを」「塩らしくすんな!こっちが悪いみたいだろ。それからここではアルストと呼べ」
あのドラゴンとパーティー会場に潜入することになった。パーティーリストが埋まった時点で出入り口を全てを封鎖。
というかいつの間にコイツは交渉していたんだ。あの受付女と。
「うわぁぁ?!強く引っ張るな!」「俺と踊っているのに他の誰かを思うなアルスト」「愛称呼び許したら突然彼氏ズラすんな!」「はっはは!」
吸血令嬢アルストと使用人ウズドロス。さらっと私の正体を受付女にバラしたのかコイツは?
「私のこと話しただろオマエ」「隠蔽しろと言われていなかったので。吸血館の支配者って話しましたよ」「はぁぁ……まぁこの仕事終わったら帰るから良いけどね」
ウズドロスと踊り続ける。吸血館の支配者を薄めて発動。人数を把握、ウズドロスがこちらに流し込む魔力を上手く利用して広域に広げていく。
「ウズドロス、ちょ、魔力流しすぎ……魔力過多で、んっ」「可愛い声で啼くな。ほら人数は揃ったぞ」
「ロックウォールを無理やり展開する、ごめん、マジで一回魔力止めて?私死ぬよ」「悪かった、人型を維持するのに体を無理やり押し込めているから。魔力が暴走しそうで」「ならオマエがやれ。私がサポートする」
ウズドロスと意識を共鳴させる。ロックウォール66に魔力同調66、広域支配魔術66が重なり出入り口を完全に塞いでいく。
「窓もそのまま閉じろ。そうだ、もっと繊細にできらんのかー……」「龍はガサツなものだ。にしてもやはり馴染む、五百年ぶりの共同作業なのだが」「むりっ!やっぱむりぃ、やばい産まれる、ってか産んで良い?何かで隠して」
空間移動でトイレ内に移送し吐いていく。
魔力を無理やり蝿に変換していく。口から止まらないほどに死飼の産蝿が出る。魔力暴走を抑えるには効率的である。
「なんだこれは、子飼の眷属か……」「あぶっな、トイレ間に合ってよかった」「ふむ、寿命は持って数日。面白いスキルを生んだものだな」「感心してる暇あったら労ってくれ」
パーティーもどうやら裏パーティーに切り替わり始めたようだ。女性陣や従者は残って食事会、貴族連中はどこか別室へと向かっていったようだ。
「始まったな」「アイツらはどこへ行くのか。気になるな」「やめとけ、看破が常に働いているオマエが見たら死ぬぞ」
アンナから総員配備についたと来た為、こちらもパーティーが始まった事を告げた。
「やれやれ、龍の好奇心は止まらないものかね」
溢れ出る魔力を無理やり防壁の隠蔽に回しながら外のテラスに顔を出す。
「美味いな、やっぱこれぞパーティー……抜け出して寛ぐってのがよい」「そうですね」「誰だ、っと失礼レディ」「こちらこそ突然現れてすいません。イデナ伯爵夫人アコウです」
「アルストだ、社交の場と言っても口うるさい男どもは居ないから肩書き入らないだろ」
テラスマナーという物が存在する。第一王女が、多くの人と対等に話し合える場が必要と言って出来たマナーらしい。受付女ではなく、先代の発案。
「貴女も飽き飽きして外に出たというところですか?」「そう。そもそも私はお酒も飲まないし食事も取らないんだ。従者が勝手に申し込んでパーティーに来た所だ」「あらそうでしたの、でしたら抜け出してみます?」「いやー遠慮しとくよ、ツレが来たみたいだし」
「アルスト行くぞ。今度は俺が吐きそうだ」「ったく、んじゃ。アコウさんまた今度機会があれば」
「えぇ、また機会があれば」
会場の飯をこれでもかと貪るウズドロス。
「オスが猫の真似をして雄に囲まれているなぞ、また吐き気が」「だから見るなって言ったのに。やれやれ……」「アルストの飯うまそうだな」「やるから元気出せよ」
ウズドロスは一通り食べ終わったようで階段に腰をかけた。椅子がないこの会場で座れる場はここくらいだろう。
「端ないぞウズドロス、まぁ私も座ってるが」「アルストはなぜ人のためにここまで尽くす。ふと気になってな。昔からそうだったが」「それは簡単だ、笑顔を見たいって思った相手が笑顔なら嬉しいだろ?それだけなんだよ。私がアルシアに出会った時は泣いていた、怯えていた。でも一度笑った顔を見たら守りたい、また見たいってそうなるんだよ」
「俺も似たようなものだな……始まりはエルフたちから信仰を得る為だったが。今はアルストのために生きようって頑張っているから」「ちょ、照れる。まぁとりあえずそんなところかもな」
手をかざして余韻に浸る。ピアノの音が繊細に響く。裏パーティーさえなければこう言った催し物に参加するのもありだな……
「お、開戦の幕開けだ。私らは撤収するぞ」「了解しました、アルトゥルーイスト様、空間移動」
空中に放り出された。
「おい!落ちてない?!テメェ転移位置ミスっただろ!」「人化解除」
人化が解けて羽が広がる。龍がその身を現した。
「愚かなる人間どもよ!黒龍に楯突くつもりならば、この屋敷ごと焼き尽くしてくれよう」「何してんだバカドラゴン!」「計画ですよ。アルトゥルーイスト様、普通に捕えても逃げられたり隠蔽される可能性があるから有事を装って保護をするとか何とか」「私何も聞いてねー、ってか一箇所なんか空いてたのそのせい?!」「開けるついでに見に行ったらオェ、」
ブレスが放たれた。幸い誰もいない場所に落ちたが爆炎と紫色のモヤが漂い、その付近の木々が枯れ出した。
「わぉ……おい!アンナ聞いてねぇぞ」「計画変更したよ!テヘペロとか送ってきた奴に言われたくない以上」「くっそ、とりあえず作戦は成功って事でいいのか?」「良さそうです」
最後に龍を追い返すまでがシナリオらしい。通りでこちらに矢が飛んでくるわけだ。
「ウズドロス、乗せられてないか?これ結局国がゴミ掃除と黒龍撃退の称号を得た形になるし」「あぁ、問題はない。御礼に人間の国籍とやらと式場を押さえてもらったからな」「この色情ドラゴン野郎がぁぁあ!!!」
ルンルンなドラゴンの背に乗り朝の日が登るまで付き合わされた。
損害は領主ウンカォの館全壊のみにとどまった。
護送馬車は全て偽装車、そのまま王都の牢獄へ直送。
とうの領主は屈辱に見えて精神的に壊れてしまったそうだが。
後日、直行で帰ろうと思ったが受付に言いたいことがあったのでギルドにやってきた。
もうすでに10日はたっているが、激務すぎてようやく隙間時間を作れたのだ。
「受付の、テメェどこまでがオマエの手のひらだ?」「そうですね、私預言者ですので」「まぁ結果オーライだったんならいいのか?」「はい、それで何ですが」「いーや!無理。無理無理絶対に無理、百無理、いや千とんで億無理!預言持っているなーとかちらっと思ってたけど。厄介ごとは嫌だよ?」
「ギルドマスター!ギルドマスターをお願いします!!獣人族の群れが」「はーい、あとで通しておきまーす。ってことで頑張ってね女王様」「もーやだ。帰りたいってかオマエも女王だろ」
あの事件を片付けて以降、エルフの森周辺及び、吸血館付近の森問題が発足した。
特にあの辺は魔族国との国境、黒龍が扱えて吸血館の支配者であり、エルフとなれば、そんな危険な地帯の統治を出来る人は。
「あーそこの獣人達、止まりなさい」
作り直した防衛線に整列して待っている獣人達。森があった頃は獣人達の対応をエルフがしていた。吸血館の威厳もかなり凄く、ほとんど来訪者が訪れないくらい安全は確保されていたが、国の方針や教会の意向などに振り回されて今の惨状である。
「だれだ、人間が出てきたぞ」「エルフは?黒龍様の気配も感じられないわ」
「私はこの地を任されたアルトゥルーイスト、アルスト公国の王女だ。エルフであり吸血館の支配者で、あとその辺のなんか色々任さられている。もうヤケだ!テメェらなにか用事があるなら私に言え!」
館に代表を招き、後の者は近くの森で待機させた。
「先程は下品な言葉を使い不快な思いをされたでしょう。エルフなりの警戒と思い、御了承を。私はアルトゥルーイスト、女王ですが気軽にアルストとお呼びください」
「それでは改めましてアルスト様。我々は獣人族ペール派のペール・リゾンとこちらペール・イアルです」
「それでわざわざ獣人族がここまで赴いた理由をお聞きしましょう」
「はい実は獣人族は今、魔王派と半魔王派で闘争が起きています。我々ペール派はその間の中立派なのですが、最近は過激化してどうしようもなくなりました」
「魔王ですか……それで、私たちはその仲介に立てば良いと?」
「そうです。私たちは人間達とも魔族達とも近いので中立派でなければ身を守れません」
「エルフ、黒龍、吸血鬼の三印を揃えて納得させたいのですが」
「黒龍はダメだ、私の貞操が危ない。他は用意できるが、公国の立場として勝手に動くことはできない。だから手っ取り早くカルメ国の女王を連れてきた」
看過というスキルで一度見たスキルがスキルツリーに映るようになった。
空間移動でアノスリア・カルメを召喚。
「ってことで女王様、よろしくね」「いえいえ、これはあなたの管轄ですよ?」「私が勝手に了認したら正式にカルメ国は魔族と敵対したって表明になりますけど?」
「あの、この方は」
「職務中に呼ぶから。聞いて驚かないでくださいね。私はカルメ国第一王女アノスリア・カルメです」
不服そうなアノスリアを交えて話をした結果、一度行くことになった。これは印を押さずとも中立派は三種族を動かせるナニカがあると顕示できる策。
アノスリアの顔を見る限り、行った先で絶対に何かある。
「あぁ疲れた。アルシアー癒しになってー」「面白かったよアルストの女王様」「エルフならあんたが女王でしょうが」
アルシアのほっぺを引っ張る。今は吸血館に4人で住んでいる。
位を全て押し付けて自由奔放のアルシア。
自分で自己完結可能になったアンナ。
冒険者育成用にモンスターを作り出す仕事に駆られているウズドロス。
「ほら、飯作ったぞ。霊体じゃなくって良くこの屋敷移動できるな」「「慣れかな」」
屋敷の改修工事を打診されたが、これはこれで慣れると過ごしやすいのでそのままにしている。侵入者対策にもなる。
「まぁ飯がいるのはアルシアだけだが。みんなで囲った方が楽しいからな」「でもよかったのー?ウズドロスさんと結婚しなくって」「そうだぞ。俺はアルトゥルーイスト様のために全てを捧げるぞ」「女王だからな、配偶者選びも選定も基準が高いんだ」
ウズドロスの魔力は常に分身を横に付け、横流し。無駄なスキルを延々と発動させることで収めるようにした。
「そうだ、私明日から獣人の国行くから」「俺も行こう」「来なくていい、怖がられる」「そうですよね……」「分身出来ないのか?」
あるにはあるらしいが試したことが無い。試すほど強い相手がいなかったらしい。
「まぁやってみよう」「これでアルスト大好きドラゴンが2人になったら面白いよね」「それはフラグって言うんだ。やっぱやめてお――」
黒上のダウナーな男が現れた。いかにも気怠そうにしている。
「ふははは!出来ましたよ!俺の力で」「こんなに恥ずかしい奴が本体とは情けない……俺を早く殺せ」
なんだこいつら。
「ってことでアルトゥルーイスト様!俺がついて行きますよ!」「いや、分身に来てもらう。仮に黒龍を連れていくとして金髪はないだろ!黒龍だぞ?黒上の方が説得力がある」「俺は行くと言っていないんだが」
「アルシアちゃんこれはあれだよ、修羅場だよ最高だね」「う、うん。私が視た限りでは、下等生物に見せる部分の義兄とアルストに見せる甘々な義兄の性格に分たれたようですね」
「とりあえずウズドロスだから、ウズとドロスだな。黒い方がドロスだ、ウズは金髪だな」「はぁ、仕方ない……ウズ、貴様は仕事をしっかり遂行しろよ」「やだ!俺がアルトゥルーイスト様とデートする!」「すまんなアルスト。ちょっと待っていろ、ドゥーレジア」「はぁ?!う、ん?…………」「眠らせてしばらくの記憶を封印した」
どうやら序列はドロスの方が上らしい。分身に主導権を取られるとは情けない。
「これ早めに出た方が良さそうだよね?簡易書類とかは後で頼むよアルシア」「はい!もし起きてウズ兄さんが暴れたら締めます!」
獣人たちは起きているようだった。外に出ると待機していた。
「専用の宿舎を用意したが……まぁ良いでしょう。今夜から出る事にしたので、貴方たちはどう来ましたか?宜しければ馬車の方を用意しますが」
「我々は走れますので安心してください」「逆に王女様の食事などが心配です。国までは最低でも一週間掛かりますので」
馬車に乗り椅子に腰掛ける。横にはドロス、正面には護衛として屈強な獣人が座っている。
「獣臭いまったくだ……下等生物に囲まれると反吐が出る」「こらドロス」「大丈夫だ。馴れている。はず、娘にも最近臭いと言われてな……」「ほら、落ち込んじゃった」「そんなつもりはなかったが、下等生物に情けを掛けるのも最強手の務め。誇れ、獣の匂いは嫌いだが濃いのは強さの象徴だ」
ドロスは最初、馬車に乗ろうとした時に馬が逃げ出すほど威圧を放っていた。
「アルスト、本当にこれで良いのか?何かあって襲われたら対策がめんど臭いだろ」
「下等生物だろうと助けるのが龍種でしょ?エルフの信仰でここまで強くなった訳だし、獣人に恩を売っておけばもっと強くなれるかもしれないぞ?」
ドロスはきっとアルトゥルーイストと出会う前の人格が強く出ているのだろう。だが言葉次第でどうにかなる。
ウズはそれ以降の人格だから、常に危うい。きっと俺が怪我をしただけで地面を消し飛ばすくらいには心酔している。
「ウーセスさんは娘さんが居るとか、やっぱり耳とか尻尾とかもふもふなんですか」「そうですね。我々ウルフ族は人間と違い、布を纏わなくても良いくらいに毛で覆われている。ま、まさか女王様は我が娘を」「私をなんだと思っているんだ。ただの興味さ。それに国民の少ない公国、戦争を好まない人達がいるなら有事の際に一時避難ができる。どのような好みで、どのような容姿ではあらかた把握しておくのも女王の勤めかなと思います」
正直今回の移動は空間移動で事足りる人数だったが、こう言った実地の会話こそが大切である。
「これは娘の顔似だ。宝物なんだ」「可愛いですね」「子供か、煩くて堪らん。だがアルストが守りたい笑顔に含まれるなら仕方ない」
「ドロスさん寝られましたね」「えぇ黒龍ですが、分身体なので魔力バランスが乱れているんだと思います」「分身を使われているのですか!我々のために申し訳ありません」「気にしなくて良いですよ。彼はそもそも私についていくと駄々をこねただけなので」
「黒龍様はアルトゥルーイスト様のことが大好きなのですね」「なぜ好かれているのかは分からないし、周りは激推しするが……私としてはと言った具合だ」「種族違いはあると思いますが、お互い長寿の種族なのでしっかりと考えてからでも良いとは思いますけど」
「みんな好きな前提で進めるな」「それはもうあの領地内が統括されれば人間としても我々獣人のような中立派にしても嬉しいことしかないので」「政治的過ぎる。でもそうですよねー」「実際どうなんですか?黒龍様について」
「うーん、どうってもな。生活像が見えてこないといえば伝わるでしょうか」「その不安は分かりますよ。私も妻に似たようなことを言われました。戦闘しか知らない貴方と幸せな家庭は築けませんと」
「しっかりされているのですね」「なので私は誠意を見せるべく料亭で一年ほど修行を積みました」「へ?」
「戦闘しか知らないと言われたので多岐に活躍できるところを見せたくてですね」
この筋肉からどんな料理が出るのか少し気になる。
「料亭では腕前の方上達されましたか?」「それが点でダメでして。でも何事にも真剣に取り組む姿に惚れたと向こうから来て成就しました」「私も良い人を見つける為に努力しないといけませんね」
「割とそう言うのは近くに居るものですよアルトゥルーイスト様」
馬車旅が始まり3日目になった。一週間近く寝ずに活動していた獣人たちは疲れが見えてきたようで、近くのオアシスに腰を下ろすこととなった。
「やる事ないな。最近激務で働き過ぎていたし……仕事脳になってしまった」「アルストは暇なのか」「あぁ、やることがない」「なら料理を手伝ってくると良い。人手が足りないそうだ」「そういや百人規模で来ていたもんな」
厨房に行くとせっせと数人が料理を作っていた。
手伝うっても何をすれば良いのか。なるほどな。
コックと目が合い察した。これは微塵合戦だ。
「すぅ……高速斬!」
手際よく高速で刻んでいくだがスキルも無しにコックも同じ速度で刻んでいく。スキルが無ければ足元にも及ばないことを見せつける為だろう。
「アルトゥルーイスト様も中々やられますな。ですがこの座だけは譲れませんぞ!」「あんたは今まで会ったコックの中では最高に強いぞ!」
そんなくだらない争いの傍で野菜達はどんどん鍋に入れられていく。
「どうした、速度が落ちておるぞ」「くっ、なんの!私だってまだやれます」
もう腕が限界に近い、パンパンでやばい。あのコックはかなりのやり手だ。だからこそ負けるわけにはいかない!
「女王様やばくないか?ウームと互角に斬り合っている」「みろ、笑わずのウームが笑っている」
結果は敗北だったが清々しかった。
「おらはウームだ。まさか付いて来れるものが居るとはな。楽しかったぜ女王様よ」「私もです、久しぶりに本気を出しました」
刻まれた食材は鍋担当が香辛料などと混ぜてキーマカレーのような食べ物ができた。
「なんだこの食べ物は」「獣人達に伝わるキーレマーカだよ」「美味い。アルストは何を乗せているんだ?」「これはガゥガゥの卵。生玉落とすと美味しいのよ」
ドロスと並んで食事を取る。ウーセスのように黒龍にあんまり恐怖を抱かない獣人もいれば怯えて動けなくなる獣人も居る。
「萎縮されるのは些か不服だ、下等は大人しく信仰をすれば良いものを」「そんな態度だからだよ。ウズの性質も少しあったほうが良かったかもね」「……ウズの性格は自分より強者に一方的な蹂躙をされた上で受け入れられて生まれたものだ。黒龍にそのような感情は不要である」
そんなこと言うならドレスの裾を指で掴むな。
「ってか一方的に蹂躙されたって誰に」「貴女だ」「吸血鬼強過ぎ。よくその強さで黒龍とエルフと人間を取り持っていたな」
俺がやってきた事と同じだ、これは運命付けられた物だったのか結果論なのか。
「取り持っていたと言うより恐怖支配と言ったところか。館に迷い込んだ冒険者の血を吸っては死にかけで外に放置してみたりと」「大悪党じゃないか!」「その一方で魔王をノリで殺したりとエルフへの恩恵は大きいだろう」「まじかー、生きていた頃の私は魔王をノリで殺したのか……」
「先代の魔王ってどんなヤツなんだ?獣人が派閥争いするくらいだ、今回のも相当なんだろ」「何を抜かす、先代魔王は三世代前の黒龍とエルフの息子だ。人間流に言うなれば祖父である」
「はっぁぁぁぁ??」「その魔王はアルストに殺され、また新しい黒龍が森から生まれた」「祖父殺しによく求婚したな……」
「ってことは私はお前より年上だったのか?」「数千年は生きていると聞いたぞ」「もう訳がわからない……だが黒龍と人型が交わった結果できたのが魔王って事だろ?今の魔王はお前かお前の父親の子供って事だよな」
ドロスはしばらく黙り込んだ後、怒りを噛み殺したような顔をして立ち上がった。
「今の魔王は叔父に当たる。どこの下等種族と交配したのかは知らないが、忌々しい……」「認知していたのか?」「いや、気配が近くて気付いた。だが、実態は遠いだろう。獣人達の中には魔王の魔力がこびり付いている奴もいる」
気配察知を掛けてみるが何も分からない。魔力とやらも感じることは出来ない。
「それをやっても分からないぞ。匂いで追っているからな」「匂い。かー、私には分からん」「そうだな。俺が近くに居るせいで下等な輩の気配は察知不可能だ」
ん、つまりコイツは今代の魔王より強いと言うことになるのか?
「そうなるな。だが、戦闘ならウズにやらせろ。俺は闘えない」「そんだけ威圧感はなっている癖にか?」「あぁ。あの領主邸のことを思い出せ、黒龍は人型で本来収まるはずがない。俺は一度もこれを解いたことはない。黒龍が居るという意味がこの威圧感を生み出す。信仰のようなものだ」
確かに分身体を用いて、毎回魔力を発散させなければ形を保てないほど黒龍の魔力は高い。
だがドロスは一度もそんな気配を出していない。
いや、出せないのだろう。威厳と気怠さだけでここまで身体を保っている。
「黒龍も難儀だな。戦闘はまぁ任せろ」「今のアルストでは勝てないぞ」「ぐげぇ、でも私呼びたくないよー。アンナから聞いていたけどウズが暴走し掛けているってたし。あったら私の純潔が」「安心しろ、俺はアイツの理性と言っても過言ではない。すぐにウズドロスに戻れば良い」
理性、確かに理性だな。そしたらアイツはなんだ。
2日滞在し、オアシスを出発した。
あと4日もすれば獣人ペール派の街に着く。
「ペール派以外についても聞きたいのですが宜しいですか?」「そうですね。魔王賛成派のクーヴァル派、魔王反対派のシューリアダ派が他の派閥です。クーヴァル派は武闘派が多く、私と同じウルフやベアーがベースの獣人が集っています。シューリアダ派はラビットやホースがベースの獣人が集まっています」
三大派閥のうちクーヴァル派が一番武闘派であり、武力権力ともに高いと言う。
初代獣王ラガン・クーヴァルの名に置いて魔王派として戦うことを決めた。
真の戦士と豪語して、戦闘意識の低い獣人達を根絶やしにする勢いである。
過激化した一端を担っている。
シューリアダ派は、獣人信仰神のシューリアダに永遠を誓った教徒集団と言っても過言ではない。
主神シューリアダの教えに重んじて、獣人は誰にも属す事はなく常に獣人であるべきと言う理論の元動いている。
魔王反対派なだけで、何処にも属さないスタンスである。
ペール派は、商人の出が多い。だから多くの知見を持ち、常に団体で行動をする。種族も多種多様で、街には人間も多くいるという。
「なるほど、ペール派が我々の街に来た理由は商人の伝手があったからなのですね」「はい恥ずかしい話、獣人同士で話し合うのはもはや不可能と考えて」「確かに話を聞いた限り不可能そうですね。それぞれ固い意志を持っているようですし」
この話を聞く限り、うまく恩を売れればペール派から定期的に獣人の国でしか得られない物を仕入れ可能になる。
もういっそ公国やめて帝国作ってみたいとか思う。
「くだらん。エルフのように俺を信仰していれば争いなぞ起きはしなかったろうに」
お前の親族のせいで起きている戦争だぞ。
「あまり良くないけどシューリアダ派の方なら黒龍の威厳で改宗させてこちらに招くのは可能じゃないか?」「それはやめた方が良いですね。敵対派閥とは言えそれは同じ獣人として……いえ、そうでもしないと暴徒と化した彼らは止められないでしょうね」
突然馬車が停車した。騒がしい声が外から聞こえてくる。
「どうした、なんだこれは」
大きな崖と崖を結ぶ橋が落ちていた。いや、正確には崖が崩れていた。
「どうした、俺を煩わせるな」「ドロスは何も出来ないんだから黙っていて。私が対処します」
あまり見せたくないし、気分的には良くないけど。死飼の産蝿……死屍累々っと。
「おぉ、これが吸血王女の力なのか」「すごい、橋が出来ていくぞ」
死飼の産蝿で天蓋を覆い、死屍累々で橋を作っていく。ムキムキの死体なら乗っても問題ないだろう。
さらに追加で強化!分身!
「悪くない、強度よし。一台馬車を通してくれ!」
問題はないようだ。仮に問題があればまた蝿を吐けば良い。死ぬほど辛いけど。
なんとか反対に行くことが出来た。だが、後で直しておかないといけない。
「向こうへ行く時は掛かっていたのに、今は落ちている……まさか街に何か」「その可能性は高いですね。全速で向かいましょう。少し全力出しますよ、吸血館の支配者!!!!」
吸血館の支配者で溢れた生命エネルギーは、余剰として消える事はなく溢れ出たエネルギーにより活性化する事がわかった。
「これで一日くらいは短縮できる。ウーセスさん、街の作りは一番外がパール派で中間にシューリアダ派、一番奥側がクーヴァル派であっていますよね?と言う事は直近で怪しいのシューリアダ派になります」「まさか、いやそんなはずはない。シューリアダ派とクーヴァル派が手を取り合う?」
あの橋を落とした魔術は明らかにオーバーな物だ。
「ドロス、心当たりはないか?」「どうせ俺は何も出来ない分身だ。殺してくれ……黒龍の威厳に関わる問題だ」
出来損ないがかなり効いたのか、ズーンと落ち込んでいる。
「あーも!悪かったって!あんたは偉大な黒龍でしょ」「ふっ、そうだなあれは魔王の魔力だ」
突然元気になるのは少し怖い。だがなんとなく、俺が考えたことを魔王がやった気がする。その予感を裏付ける魔力が検知された。
「また止まった。ドロス、何かわかるか?」「メスとガキの匂いだ、それも100近い。俺の知能で察するにパール派は追いやられ女子供だけ逃げてきたと言ったところだ」
ウーセスの顔が曇った。それもそうだ、たったの10日程度で中立派が破滅した可能性を示唆するから。
「女王様、パール派は壊滅しました。戦える者の多くは連れ去られ、かろうじて逃げれた女子供は七割型ですが、他は囚われたままのようです」「っ……ウーセス、今はダメそうだな。とりあえず私は行ってくる」
行商人の集まりだけあって逃げた先で即席の集落を作っていたようだ。集団幻影で無理やり存在を隠したが、橋を先に壊されたせいで身動きが取れず、段々と迫る包囲網に怯えながら過ごしていたらしい。
「魔王が看破を持っていないのか、魔王が直接動いていないお陰なのか。ドロス、どう見る?」
ドロスがウーセスと一緒に馬車から降りてきた。
そのタイミングでアンナから念話が飛んできた。
『アルトゥルーイスト様!我が分身から言伝が!あ、これですか?アンナに無理やり憑依してもらいました。初めてはアルトゥルーイスト様が良かっ……っておい!わかった、嵌められました!パール派はもうすでに、魔王の手に堕ちていたようです!俺は今そっちには行けません!!!!!!ドロスが無理やり遮断していま…………』
「アルスト、とりあえず彼女らを保護した方が良いと思う」「だね生存確認は大事」
人質を取り、我々を誘き寄せる。何か策があるから脅威になり得そうな存在を先に殺そうと言うことか。
「やはりウーセスの妻子は居ないようですね。ちょっと馬車に戻ります、ウーセスさん良いですか?」
パール派は被害者だ、責め立てる気はない。だが、白黒はっきりさせないことにはどうしようもない。
「ウーセス、私とドロスをどうすれば解放すると言われた?」「っ、知っていたのですね」「えぇ。妻子を人質に取られては仕方のない事です。それにドロスが魔王の匂いを感じたと言っていた時から薄々と勘くぐっていましたよ」
パール派が陥落したのは20日以上前だろう。その間にあったシューリアダ派については、あの時のセリフで察しが付く。改宗させられていたんだ。
もう既に一派閥、魔王派しか居なかった。
「貴方達を殺すのは不可能だが、この腕輪を付ければ縛れると言われました」「これは、なんだ?ドロスわかるか?」「これは萎靡の腕輪だ。半減に半減、延々に衰弱する呪いだ」
付ければどうなる、すごい気になる。この世に来て初めての呪い装備だ。
「付けるなよ、これは黒龍とて衰弱させかねん物だ」「どんな仕組みだよ、黒龍を封じ込めるには小さ過ぎる」「そうだな、アルストのやっている分身と似た機能、他人の魔力を吸い取り、自身の魔力に変換させる」「ジュシンキとソウシンキってところか。でもそれって魔王が私達より弱いって事だよな?」
私では勝てないと言っていたが、それは人情踏まえてと言うことか。
「アルストは人質のために付ける、そう踏まれているな。それを俺にも強要する。どこで知ったは知らないが黒龍が吸血鬼の下っ端という事になっている」「それが痛手だよなー。まぁでも分身につければよくねー」
相手を認識する能力はない。だが、流れ込む魔力量でわかるだろう。なので分身にほぼ全魔力と一度注ぐ。段々と減っていき弱まる分身。だが、本体は吸血館の支配者で完全回復。
「うん、いける」「単調だな。だが、最強種の知能を持ってもこれが最適だ。少し手は加えよう、俺たちが弱体化して動けないと思わせる」「人質の救出が可能になる。だが、抑えれるのか?弱体化なんてフリでもいやだろ」
計画を立てる。だがウーセスには言えない。一度敵の手に堕ちたものは、最後まで触れない方が良い。
「結局私とドロスだけでやることになるか。とりあえずドロスの足りない魔力補填から」「その必要はない。ウズ!」
莫大な魔力が溢れ出た。あまりの濃さに俺もひっくり返るほどだ。
「嵌めるぞ、アイツらを」「おう!」
腕輪を付け始めてすぐに分身からごっそりと何か消えた感覚を覚えた。
「これ吸う量決められてるのか?一気に瀕死くらい吸われたぞ!」「だな、俺が人と龍の間になるギリくらいの量を吸われている」
1度目の吸収が終わった。もうすでに救出に向かっているが、ドロスが心配だ。
2度目の吸収で、人間と同じレベルまで落ちるだろう。
弱ったところを殺せとは命令されていないらしいが、他派閥の獣人を向かわせて殺し合いはさせるだろう。その時、人質の事を出せば間違いなくドロスが殺される。
「分身が痛がるのはあまり見たくないものだ。さーて、ゴースト化したらすぐだな」
街はあの追いやられているパール派からは考えられないほど賑わっていた。
こういうケースの人質は大抵、地下だ。地面くらい余裕で抜けれる。
勿論真っ暗である。何も見えない。気配察知で大量の気配を追う。
「あったあった、多過ぎるな。五十人はいる……どう運べば良いかな無駄にスキルを使えばバレるし」
それに、枷も付いている。あの受付女王様のおかげで洗脳系の探知は可能になったから容易に洗脳解除はできるが、大抵術者に届く。連れ出して、安全圏についてからじゃないといけない。
「どうしよう、イキってやってきたけどマジでどーしよう。もーいや、どうにでもなれ!空間移動!」
五十人も運べば体力が根こそぎ持ってかれる。あとは気力で洗脳解除………………………………………………………………
「はっ、危ねぇ……早く戻らないと」
2度目の吸収が来る。しかも2万近い軍が迫ってきている。
「めまいが……いや、行けるな。吸血館の支配者!!はっはっは!やはり私はこうしないとな!」
回復してすぐに分身へ流す。が分身体が完全に死んだ。
軍勢から吸い取った分で完全回復したはず、それをほぼ全て抜かれた。
「ドロス!だいじょ……」
失念していた。パール派の獣人が洗脳されている可能性を。
獣人達が膝を折って泣いているのはドロスが洗脳解除に魔力を費やしたからだ。
「女王様、我々のせいで黒龍様が」「1度目の吸収で疲弊しているところに毒を持って2度目の吸収で確実にトドメを刺せと……2度目の吸収を耐えた上で我々の洗脳解除をしたから」
「良いからどけ!ドロス、大丈夫か!」「これはアルスト……黒龍の名に恥じますね下等動物を守ってこうなるとは」「しっかりしろ!ドロス、本体から魔力を受け取れ早く!」「無理です、本体には獣人の街へ行くよう仕向けました」
まただ、ウズドロスが勝手に作戦を立てて進めている。
私の身勝手に合わせれる形で動いていた。
「ちっ、念話も発動できねぇ。良いからしっかりしろ!黒龍だろお前は!」「揺らされたら崩れるぞ肉体が。それから俺は分身体、消えて本体に戻るだけだ」「それでもだろ、分身体だとしても!お前はドロスだ!お前がいないと……」
「やれやれ、態々出てきて見れば無様なことよ。黒龍ってのはこの程度なのか」
黒龍と俺の魔力を吸い取ったからか、息が詰まるほどの魔力を感じる。
「せっかく送り込んだ獣人達は動かなくなってるし。まぁいいけど」
黒い羽、角に牙、大きな爪。黒いモヤが全体を覆い、総体を掴めない。
動かないドロスを横に置き構える。剣も何もないが拳はある。
「俺は魔王軍幹部の1人、邪竜デッドノードだ。弱っているがお前が例の吸血鬼だな」
モヤが晴れて人と竜の合間、リザードマンっぽい男が現れた。
「いかにも。アルスト公国の王、アルトゥルーイストだ。姑息な手段しか使えないとは魔王軍も大したことはないな」
「姑息?立派な作戦だよ。魔王様から黒龍と吸血鬼はとても強い。お前では勝てないからと賜った作戦だ。まさかこんなに上手くいくとは思わなかったが」
「魔王ってのは国交問題にヒビを入れるのが好きなようだな」
「隷属の呪いでもかけて従わせれば問題はないだろ。現に人間より弱くなっている、黒龍に関しては死にかけだろ」
アイツのいう通りだ。俺の打つ手は……いやある。試したことないしかなりハードル高いけど。
死飼の産蝿で産まれた蝿を全て食す。この蝿は死体から魔力を吸い取り生命活動を延命する為、飛ぶ魔力タンクになっている。
「まずっ、でも少し戻った。吸血館の支配者!」
「これが噂に聞く眷属達か。それに、エリア生成まで可能とは。だがまぁその程度だろ!」
来る。吸血館の支配者で死にかけのグロスに流す。そのせいで魔力は足りないが、決手にはピッタリだ。
「ぷはぁ……それで?うちの可愛いドロスちゃんこんなんにして弁明はあるか、クソトカゲ」
「デッドノードだ!消え去れ、インフェルノブレス!!」
走り飛び上がる。放たれる寸前の魔法を口ごと押さえて地面へと叩きつける。
少しばかり利己的に動いても問題はないだろ。
「なっ、ぜ。吸血鬼如きにこんな力が」
「知りたいか?初めて会った時、アルシアと初めて会った時に、運ぶのが大変だったからだ」
それから定期的に訓練をして、今では人間くらい片手で持てる。
「ぐぬぬ、しかしお前はかなり弱っている!俺は2人分の魔力を吸い万全だ!死んでもらうぞ」
「ならこいよ、口から息吐く前に埋めてやるからよ」
魔力を吸われただけで手の内は明かしていない。そんな相手に舐めて掛かると危険っていうのはわからないようだな。
「溶けて消えろ、下等生物ども!地獄の息吹!」
「だから埋めるって言ったよな。そのまま羽根むしり取るか」
嫌な音を立てて、デッドノードの背中から羽がちぎられる。尻尾が暴れるが甲斐もなく。
「まず、マジでまず。美味しくねぇ」
迅速な魔力回復の為に食す。味はダンボールに腐った牛乳をかけた物が脳裏に浮かぶくらい美味しくない。
「だが……お前を懲らしめる程度には戻ったぞ。なんとなくだがアルトゥルーイストとしての記憶も戻った気がする」
薄れ痩けた記憶。ノイズの中ではっきりと聞こえる声があった。
「お前は異界から招かれた客だ。のぅ、種族は黒龍じゃ、なーに。見捨てる訳じゃない。お前はこの世界には余る力を持っておる、だからその力でエルフを守ってほしい。我が母の故郷じゃ」
始祖の黒龍は転生か転移でこの世界に来たナニカ。強けれど制御不可能な力を封じ、自らの力とすることで吸血鬼の支配下に置いた。
それ以降はエルフの森で信仰を集め、長年かけ今の代が自力で元の強さに戻ったのだ。
それから黒龍は恩を忘れない。それは強者ゆえの矜持であり、アルトゥルーイストとの血の契約でもある。
「だから、アルトゥルーイストが庇護した黒龍の血を持つものが道を外れたなら……今いるアルトゥルーイストが一矢入れてやらないとな」
「何を訳のわからないことを。死の淵に瀕して血に迷ったのか!」
「はぁぁ、これが今あるスキルの全てを有効利用した力だ!」
分身、実体化、産蝿に支配。一言で言えば複数対一を作り出す力。
「雑魚が何匹増えようとも、魔王様の恩恵に肖ったこの俺を殺すことは不可能だ。レオス・クレンジ」
レーザーが辺りを切り裂く。予測不可能、変則的に飛び交うレーザー。
「はっは!威勢がいいフリも辞めたらどうだ。死にかけではないか」
「まぁそうだな。死ぬのはお前だけどな」
死線を掻い潜りデッドノードの首を絞める。羽交締めである。
「ぐっ、いつのまに」
龍種は頑丈が故に気付かないことが多い。それが大したことがないと勝手に処理されるバグだったなら。そのバグが全体を蝕むほどの隠し武器を持っていたなら。
「初めてやったが。可能だったな、鱗の下から実体化ってのは」
ただ龍を絞めるのは不可能だ。首を絞めようにも鱗同士がぶつかり合い、締めるに至らない。
だが、仮にすり抜け可能な霊体で入り込み、実体化したなら。
「下等生物風情が!!はぁ、はぁ。腕を失っては何もできまい」
鱗同士を無理やり合わせることで手を切断したのだ。
「苦しさは残っているだろ?私が死んでもお前は延々と苦しむ事になる」
「クソガァぁ!!俺の持つ魔力を全て解放して焼き尽くしてやる!刻滅の吐息!」
斜線は上手く切れた。俺以外誰も巻き込まない位置だ。
高濃度に圧縮された黒龍相当のブレスがアルトゥルーイストを襲う。
声を出すまもなく、その場には脚だけが残った。
デッドノードは最強と言われた吸血鬼と黒龍を倒した事により、多少息苦しさを感じつつも勝利の声を上げた。
「やったぞぉ!!俺が、俺が魔王軍最強ダァ!!」
その喜びが吐かぬまとも知らずに。
街の囚われ人や暴徒、魔王軍と思われる諸々を制圧したウズは、この魔力反応を察知していた。
ドロスの魔力妨害が消えた事により、はっきりと見えるようになったのだ。
「アルトゥルーイスト様?」
嫌な予感もした。今のアルトゥルーイストがどんな状態かは理解している。人間やエルフよりは強い。
だが黒龍より弱い。黒龍の魔力で撃たれたという事は、気配を隠していたドロスが手先に回った可能性が高い。
「ドロスゥ!!お前よくも、ドロス……大丈夫か!」
その考えは二百間違っていた。ドロスを囲うように守る獣人達と、明らかに同族の匂いがする男。
見知った匂いのする靴を腰紐に下げている。
「アルトゥルーイスト様をどうした……」
生まれて初めて出す黒龍の本気オーラ。デッドノードも馬鹿ではない。相手が何者かを察した。
「獣人ども!話が違うだろ、黒龍に腕輪を付けろと!呪いで捕らえていた女子供を殺すぞ!」
「俺を無視か?龍の真似事人間の分際で」
「な、なんだと!だがお前が黒龍だろうと、俺は倒す!もう1人の黒龍と吸血鬼を殺したんだ。それく」
デッドノードはアルトゥルーイストが情報欲しさに手加減をしていたのだと察した。
同じ力で同じ技で地面に顔面を埋められた上に、尻尾を持って投げ飛ばされたのだ。
「俺の嫁は敵にも情けを掛ける。そのせいで……だが、俺は黒龍だ。恩も返すがやられた事には執拗に、関係無かろうが国ごと、種族ごと滅ぼす」
さっき黒龍から吸収した魔力はほとんど使い切り、残りは吸血鬼から吸い取った分だけ。
黒龍はなぜか知らないが若干魔力が少ない。
雲の上にいる届かない相手が一個上程度に落ちたのだ。それなのに
「なぜ、なぜ弱っているはずなのに強いんだ!」
「お前らにはない、大切なものを守れなかった不甲斐ない自分に対する怒りの力だ!!」
ブレスがデッドノードを襲う。頑丈な鱗が破壊され、ツノが折れ、焼けたせいか喋ることすらできなくなっている。
「アルトゥルーイスト様……無念果たしましたよ」「勝手に殺すなバカ龍が」
余韻に浸るウズドロスに耐えきれず出てきたが、ここまで泣かれると少し歯痒さというか何というか。
「返事は待ってろって言っただろ、勝手に嫁にすんな。それから私はあの程度じゃ死なないぞ」「アルトゥルーイスト様ぁ!」「こら離れろ!尻尾を離せ!」
なぜ、何故生きているという目を向ける。焼き焦げた僅かな自我は疑問の追求にしか回らない。
「ふむ、なぜ生きているか?という顔だな。答えは簡単だ、首を絞めるついでにお前の魔力を吸わせてもらった。吸血鬼だからな、はっはは!」
こうして獣人パール派の依頼は達成された。暴れ尽くしたウズのおかげで獣人達は新たに黒龍派と名乗り人間族達と友好を築くと約束した。
ウズとドロスは元に戻りウズドロスとしてまたモンスターを出す仕事に戻ったのだが、人格が割れた状態になり時々一人で言い争いをしているとかなんとか。
魔王は勿論始末された。ウズドロスと私がいれば負けようもない。
「しかしやることが増えたな……あの女に乗せられて獣人の方まで管轄になったし」
吸血館を出てエルフの森再建地に向かう。各地に避難したエルフ達を呼び戻し39人集まった。
獣人の移住者や王都からこっちに越してきた者、総勢743名を統括する領主。
「アルシア~私任を降りたいよ」「もーアルストったら。たまには街に行って気分転換しよっか」
こうして二人で外へと出掛ける。私はアルトゥルーイスト、他人のために動くゴーストだ。でも今だけは己の為にアルシアと遊びに出かけよう。
完
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
婚約破棄された私と、仲の良い友人達のお茶会
もふっとしたクリームパン
ファンタジー
国名や主人公たちの名前も決まってないふわっとした世界観です。書きたいとこだけ書きました。一応、ざまぁものですが、厳しいざまぁではないです。誰も不幸にはなりませんのであしからず。本編は女主人公視点です。*前編+中編+後編の三話と、メモ書き+おまけ、で完結。*カクヨム様にも投稿してます。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
聖女の証
とーふ(代理カナタ)
ファンタジー
後の世界で聖女と呼ばれる少女アメリア。
この物語はアメリアが世界の果てを目指し闇を封印する旅を描いた物語。
異界冒険譚で語られる全ての物語の始まり。
聖女の伝説はここより始まった。
これは、始まりの聖女、アメリアが聖女と呼ばれるまでの物語。
異界冒険譚シリーズ【アメリア編】-聖女の証-
☆☆本作は異界冒険譚シリーズと銘打っておりますが、世界観を共有しているだけですので、単独でも楽しめる作品となっております。☆☆
その為、特に気にせずお読みいただけますと幸いです。
(完結)私より妹を優先する夫
青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。
ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。
ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる