嫌われすぎると死ぬそうです ~雑魚悪女は夏休みを生きのびたい~

星名こころ

文字の大きさ
上 下
20 / 26
本編

20.それぞれの思いが交錯する、運命の誕生日

しおりを挟む

「私、あと十日で十八歳になるの」

 庭のベンチに座ってジードを見上げながら言う。
 ジードは不思議そうな顔をした。

「そうか。それはおめでとう」

「ありがとう。それでね。夏休みも終わりに近づいてきているし、あなたに決めてほしいの。あなたがどうしたいか」

「……つまり護衛騎士になるか売られるか決めろと?」

「ふふ、売ったりしないわ。お父様があなたを売ろうとするならどんな手を使っても全力で阻止する。だから決めてほしいの。護衛騎士になるのか、自由を望むのか」

「自由というのは解放してくれるということか? だが、前にも言ったとおり……」

「十八歳になれば私があなたを解放できるから、あなたが自由を望むなら一緒に国境を越えて解放するわ。ただ、色々考えたけど、お父様に気づかれず国境を越える手配をして二人で家を抜け出して、というのは難しいかもしれない。私が十八歳になったらお父様も私の行動を警戒すると思うし。なんとかお父様が納得する形で……例えば私に護衛を数人つけた上で解放を行うということも考えているの」

「それでも父君は許さないだろう」

「説得するわ。後継者辞退の話はまだしていないから、今後ギルバートが後を継ぐことに関して一切口を出さないことを交換条件にしようと思ってる」

「嫁ぐことも交換条件に出されるんじゃないのか」

 ジードの眉間にしわがよる。
 胸の黒い棒も少しだけ伸びて、苦笑いが漏れる。

「それはわからないわ。お父様とはだいぶ和解したし、意思を尊重してくれると思いたいところだけど」

「……」
 
「そこは気にしなくていいわ。あなたは自分のことだけを考えて。解放されれば、あなたはもう奴隷じゃない。自由に生きられるわ」

「だが指輪なしでこの国を出れば二度とこの国には入れない。あんたはそれを望んでいるのか」

 つまり二度とジードには会えないということ。
 胸がじくじくと痛む。
 本当はジードに傍にいてほしい。もう自分の気持ちをごまかせないくらい、ジードを好きになってきている。
 でも護衛騎士にさせるということはジードという優れた戦士を一生飼殺すということ。そして触れ合うことも結ばれることもないまま傍に置くつらさを味わうということ。
 離れていれば、いつかこの恋心も忘れられるのかもしれない。でも彼が傍にいればきっとそれはできない。
 どっちがつらいんだろう。
 二度と会えないと知りつつ別れるのと、一生結ばれないと知りつつ傍にいるのは。

「俺と一緒に来る気はないか?」

 ジードの言葉にドキッとする。
 見上げると、彼はどこか切ない目で私を見下ろしていた。
 多少の不自由はあっても、きっと彼との生活は楽しいだろう。
 お互いに何の縛りもなく、対等な関係で一緒に暮らせたら、どんなに幸せか。
 だけど。

「私は外国で暮らすと早死にするそうよ」

「何? なぜそんなことがわかる」

 ジードが私への情で迷っているのなら。
 それを断ち切るのも、私の役目なのかもしれない。

「予知能力がある友達が、そう教えてくれたから」

「予知能力……? まさか予言の聖女?」

「そうよ。百年に一度、この大陸のどこかに現れる予言の聖女。エドゥアの民の待遇改善を訴え出た、心優しい聖女」

「……。その聖女が、あんたが外国で暮らしたら早死にすると?」

「ええ。ほかにも教えてくれたことがあるわ。あなたの隠された能力と、その発動条件」

「……!」

 ジードが目を見開く。
 黒い棒は、以前のギルと同じくひどくぶれていてよく見えない。

「これでわかったでしょう? 私があなたへの拷問をやめて、態度を軟化させ環境を改善した理由が。お父様との賭けが理由じゃない。死にたくなかったからよ」

 ベンチから立ち上がる。
 ジードの顔を見られない。
 彼はショックを受けているだろうか。けれど、これは事実。ずっと彼に隠してきた、真実。

「私はずるくて計算高い女なの。だから私への情に縛られる必要はないわ。じゃあ、また誕生日の夜に会いましょう」

 それだけ言って、動かない彼のもとを去る。
 裏切られたと思って、彼の怒りが上限に達するだろうか?
 でも、それならそれでもういい。
 彼の怒りも選択も、すべて受け入れよう。
 


 時間はあっという間に過ぎ去って。
 私は、十八歳になった。
 残念ながら友人もいないので、家族だけで少し豪華な食事をすることになった。
 アンに手伝ってもらって体のラインが出る少し大人びた青のドレスに身を包み、食事の準備が整うのを待つ。
 ノックの音に返事をすると、正装したギルバートが入ってきた。
 白いタキシードがとても似合っていて、わが弟ながら美しい。学園でもさぞモテてるんだろうなあ。
 古き良き時代の貴族は正装でディナーというのが普通だったらしいけれど、この国ではその文化は廃れて、王族以外は特別なイベントやお客様をお招きする時以外は自宅で正装することはない。
 そして今日はその特別なイベントの日。

「姉上、準備が整いました。アン、僕がエスコートするから戻っていい」

「承知いたしました」

 頭を下げ、アンが出ていく。
 ギルと二人きりになりたくないんだけど……まさかアン行かないでなんて言えるはずもなく。
 結局、部屋には二人だけになった。

「準備ができたのよね? 行きましょう」

「そんなに警戒しなくても何もしませんよ」

「当然でしょう」

 そう言いつつも、私をじっと見つめるギルの視線が落ち着かない。

「本当に痩せましたね。華奢とまでは言いませんが、女性らしいながらも引き締まった体つきになりました」

 やっぱり無感動にギルが言う。
 体つきのことを言うのは不躾だと思うけど、いやらしさも感じないのでかえって戸惑う。

「また太ればいいのかと先日言っていましたが、それもいいのかもしれませんね」

「どういう意味?」

「僕にとっては太かろうが細かろうが大差ない。性格と清潔さだけ変わってあとはそのままでも良かったのにと今になって思います。そうすればあの男は今ほど姉上に興味を持たなかっただろうし、卒業後に社交界デビューして男どもが寄ってくることもない」

「……ギル」

「もう一度だけ確認させてください。あなたが僕を男として見ることは、この先もないんですか」

「ええ」

「あくまで弟だと……」

「……ええ。大事な弟よ」

 彼が大きくため息をつく。

「最初からわかっていました。わかっていたけど、あきらめられなかった」

「……」

「僕があなたを欲していると知ったら、父上もおそらく反対するでしょう。姉弟として育った二人が、と噂になるのは目に見えていますし、血も近い」

 色気すら感じる切ない表情で、ギルが近づいてくる。
 不思議と警戒心は生まれなかった。
 近くまで来て、ギルが止まる。

「結局僕はどこまでいってもあなたの弟でしかいられない。だから……この気持ちは封印します」

「ギル……」

 ごめんね、という言葉を飲み込んだ。
 謝ればよけいにつらい思いをさせるかもしれない。
 どうして私はこの子を傷つけてばかりなんだろう。芹奈であったことを思い出して自分は変わったと思っていたけど、結局ずっとこの子を傷つけ続けている。

「そんな顔をしないでください。これに関してはあなたが心を痛める必要はありません。僕の問題です。でも、少しでも……たとえ弟としてでも僕を大事に思ってくれているなら、一度だけ許してください」

 何を、と問う前に、ギルに抱きすくめられていた。
 一瞬抵抗をしようかと思ったけれど、すがりつくような抱擁を拒むことができなかった。

「あなたは魅力的です、セレナ。憎らしいほどに。あなたの弟であることを、恨むと同時に幸せに思います」

 複雑な心の内が、震える声と手に表れている。
 私は抱きしめ返すことができない。
 やがて私の背中に回された腕の力が緩み、ギルが体を離した。

「……すみませんでした。不意打ちのようにこんなことを」

「ううん……」

「ダイニングルームへ行きましょう。父上がお待ちです」

「ええ」

 ギルにエスコートされながら、無言でダイニングルームへと向かう。
 ダイニングルームに着くと、お父様が笑顔で出迎えてくれた。その笑顔は少しぎこちなかったけれど、きっと関係を改善しようと努力してくれているのだと思った。
 豪華な食事に、お父様とギルからのプレゼント。
 うれしくて温かくて、少し苦い誕生日になった。


 入浴を済ませ、みんなが寝静まる時間を待ってそっと部屋を出る。
 使用人の中には起きている人もいるだろうけど、幸い地下室の入り口まで誰にも会わずに済んだ。
 別にやましいことをしに行くわけじゃないんだけど、今日のジードとの話は聞きかれたくない。
 ジードの部屋まで降り、ノックをする。
 返事を待って部屋に入り、ドアを閉める。
 ジードは本を読んでいたらしく、ベッドの上に読みかけの本が伏せてあった。

「ごめんね、こんな時間に」

「まだ起きていたし問題ない。それより誕生日おめでとう」

「ありがとう」

 ジードの様子は落ち着いていて、先日のような戸惑いは感じられない。
 黒い棒も短いままで、少しほっとする。

「今日は着飾らなかったのか?」

「着飾ったけど着替えたわ。お風呂も入ったし、もうこんな時間よ。正装した私を見たかったの?」

「もちろん」

「ふふ、それは悪いことをしたわね」

 本音なのかどうかもわからない、じゃれあいのような会話。
 これはこれで心地がいい。
 でも、そんなあいまいな関係も今日で決着をつけなければ。

「ジード。あなたの心は決まった?」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

魔力無しの黒色持ちの私だけど、(色んな意味で)きっちりお返しさせていただきます。

みん
恋愛
魔力無しの上に不吉な黒色を持って生まれたアンバーは、記憶を失った状態で倒れていたところを伯爵に拾われたが、そこでは虐げられる日々を過ごしていた。そんな日々を送るある日、危ないところを助けてくれた人達と出会ってから、アンバーの日常は変わっていく事になる。 アンバーの失った記憶とは…? 記憶を取り戻した後のアンバーは…? ❋他視点の話もあります ❋独自設定あり ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付き次第訂正します。すみません

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...