乙女ゲーの愛され聖女に憑依したはずが、めちゃくちゃ嫌われている。

星名こころ

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番外編 大神官ルシアン(2)

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 中央神殿へ就任後、聖女との初の対面はなぜか聖女の部屋で行われた。

「あなたがルシアン大神官? へぇ……これから楽しくなりそうね」

 第一声がこれとは、嫌な予感しかしない。
 足を組みソファにゆったりと掛ける聖女オリヴィアは、美しい女ではあった。
 肢体も身にまとう雰囲気も、十六歳とは思えないほど妖艶。
 だが、そんな彼女を見ていても湧いてくるのは不快感だけだった。
 おそらくあの目のせいだろう。ねっとりと値踏みするような、いやらしい目つき。
 蛇のようだと思った。

 嫌な予感というのは当たるもので。
 その後は地獄の日々だった。

 聖女オリヴィアはよほどこの顔が気に入ったらしく、ことあるごとに過剰な接触をしてきた。
 腕を絡め、胸を押しつけてくるなど日常茶飯事。
 隙あらば髪に触れてくるし、口づけようとすることもあった。身長差ゆえに実現しなかったが。
 一度、夜に聖女が部屋に忍び込んで来た時は、本気で攻撃魔法を発動させようかと考えたものだ。結局力ずくでつまみ出したが、それ以降、自分の部屋に幾重にも聖魔法をかけておくことが習慣になった。

 これほど欲望に忠実な女は見たことがない。
 そしてこれほど嫌いになった女はいない。
 少なくとも、この女が絶対に「空虚な心を満たす存在」でないことだけはわかった。
 いや、ある意味ではそうなのかもしれない。
 日々、心の中が苛立ちと嫌悪感で満たされているのだから。
 まさか神託はこういう意味だったのだろうか。だとしたら女神は死ぬほど性格が悪い。
 この女を中央神殿に置いて大神殿に定期報告に行く時だけが、一息つける時間だった。

 やがて聖女の扱いにも慣れ、身体的接触を極力避けつつ、怒りすら表さず人形のような無表情で接するようになった。
 それが面白くなかったのか、オリヴィアは聖騎士たちにもちょっかいを出すようになった。
 いや、もともと出してはいたが、それが悪化したと言うべきか。
 聖騎士たちには誘いに乗らないよう厳しく言い聞かせていたのに、ついに追放者まで出してしまった。
 苛立ちがつのる。

 そして、最悪な事態が起こった。
 聖女オリヴィアが、毒を飲んで死んだ。いや、仮死状態になった。
 遺書すらなく、理由はわからない。
 呼吸も鼓動も止まっているが、不思議なことに体は温かく柔らかいまま。
 高い自己治癒能力ゆえに、完全な死には至らなかったのだろう。だが、魂は抜け出てしまった。
 その体を魔晶石の中で保存し、何度も魂喚ばいの儀を行うが、一向に戻ってこない。肉体が完全な死を迎えるまでは、魂は辺りを彷徨っているはずなのに。
 いくら聖女の体でも、仮死状態には限界がある。おそらく一年も経てば、体は完全に死んでしまうだろう。
 聖女としての重要な役割はすでに終えているのだから、もう諦めて死を受け入れるべきか。だが若い聖女が死んだとなると、どんな理由をつけようと神殿の評判に傷がつく。
 そうして自殺騒ぎから八か月ほど経ち。
 聖女オリヴィアが、目覚めた。
 だが――中身が別人だった。

 おどおどしているが、冷静な部分もあり物腰は柔らか。それが第一印象だった。
 中身たましいが別人だと、容姿すら別人に見える。顔立ちは変わっていないはずなのに、性格が真逆と言ってもいいほど違うからなのか。
 あの場にいた高位神官やアルバートは、何かを察したかもしれない。
 戸惑い怯える彼女を眺めながら、迷う。
 この別人の魂を追い出すべきか。もしくは、聖女オリヴィアのふりをさせるべきか。
 彼女を追い出したところで、元のオリヴィアが戻ってくる保証などない。だから、彼女にオリヴィアのふりをさせることにした。

 笑ってしまうほど素直でお人好しな彼女が、毎日下手くそな演技で一生懸命オリヴィアのふりをする。
 その様は、悩ましくもあったが微笑ましいとも感じた。
 涙もろく弱々しいかと思えば芯の強さを見せ、臆病なのに変に度胸がある。
 不思議な人間だと思った。
 だが、元のオリヴィアと接していた時のような不快感は一切ない。
 必死に命にしがみつき、なんとか生きたいと願う様が、哀れで――美しかった。
 自分だけが生き残ったことに罪悪感を覚えている自分とは真逆だったからだろう。
 そしてその罪悪感さえ、彼女は取り払ってしまった。
 誰かの言葉に救われる日が来るとは思っていなかった。
 ああ……そうか。
 彼女が、神託の「空虚な心を満たす存在」なのか。
 だが、神託に振り回されるつもりはない。女神の見た未来が何であれ、自分の気持ちは自分で決める――。


 そうして、あの忌々しい偽物は消えた。
 彼女は本物のオリヴィアだと判明し、これで突然消えることを心配する必要もなくなった。
 心底ほっとすると同時に――自分の中の枷が外れるのを感じた。
 空虚な自分の中に満ちたのは、愛情や優しさだけではない。今まで何に対しても感じることのなかった、執着までもが芽生えた。
 だが、それをそのまま彼女にぶつける気はない。
 それは彼女を不幸にするだけだし、何より彼女の中に見え隠れする淡い気持ちすら消してしまうだろうから。


 大神殿から中央神殿へと戻る馬車の中。
 彼女の考えを知るために、これからどうしたいのかと問うた。

「これから、ですか。正直なところ……ちょっとゆっくりしたいです」

 その気持ちはわかる。
 短期間であまりにも目まぐるしく重大な出来事が起きたのだから。
 そんな彼女に、すぐに自分の気持ちを明かして答えを求めたりはしない。それは今の彼女には負担になる。
 そう決めたのだが……私の気持ちを必死で見て見ぬふりをし、寝たふりまでする愛らしい彼女に対して意地悪な心が芽生えた。
 彼女を引き寄せ、優しく髪を弄ぶ。
 寝たふりを続けながらもどんどん体が硬くなっていくので、吹き出しそうになった。

「あなたの思うように、オリヴィア。あなたのペースでいい。焦る必要はありません」

 そう、焦る必要はない。
 まったく見込みがないのなら諦めたかもしれないが、私に体を預けて寝たふりを続けたまま少しずつ緊張を解いていく彼女を見て、そうではないのだと改めて知ったから。
 彼女がゆっくりと進みたいというのなら、私はそれすらも楽しみながら彼女に歩みを合わせよう。
 なぜなら、

「どのみち、結果は同じですから」
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