乙女ゲーの愛され聖女に憑依したはずが、めちゃくちゃ嫌われている。

星名こころ

文字の大きさ
上 下
32 / 43

32 童心に返る

しおりを挟む

「わぁ……」

 思わず声が漏れる。
 森の中には、ルシアンの言う通りたしかに開けた場所があった。
 色とりどりの花がきれいに咲いていて、奥には小川がさらさらと流れている。
 それだけで理想的な場所だというのに、ベンチやハンモック、そしてブランコまで!

「お気に召されましたか」

 背後から、アルバートが声をかけてくる。

「はい。理想を詰めこんだかのような場所です」

 私がそう言うと、彼が優しい微笑を浮かべた。

「それはようございました。そこのブランコはヴィンセントの手作りです。短時間で作り上げていました」

「えっ! 器用ですね!」

 ブランコがぶら下げられている太い丸太を、両脇の三角形に組まれた丸太が支えているしっかりとした造り。
 もともと丸太はあったのかもしれないけど、それでもそんなに短時間でできるものなの……?

「はい、あいつは大変器用なのです。貧民街にも同じものをいくつも作っています。子供たちに大人気です」

「そうなのですね。素敵なブランコです」

 ヴィンセントは身内には優しい……なるほど。
 最初はとにかく怖いし厄介な人でしかなかったけど、もともとは面倒見のいい優しいお兄さんなのかもしれない。
 ……乗ってみたい。あのブランコに乗ってみたい。

「アルバート卿」

「はい」

「今日の私は童心に返る予定なので、いつもと様子が違うかもしれません。だから、今日の私は忘れてください」

「承知いたしました」

 少し笑いを含んだ声で、彼が言う。

「では失礼しますね」

 そう言っていそいそとブランコに腰掛けた。
 さすがに下着丸出しで遊ぶわけにはいかないので、今日はちゃんと膝下スカートの下にスパッツのような細身の柔らかいズボンをはいている。
 あまり経験のないブランコでも、しばらく乗っているとこぎ方がわかってきた。
 た、楽しい……!

 いったいどれほどブランコをこいでいたのか。
 少し暑くなってきたので、今度は小川に入ることにした。
 ちょっとイタズラ心が芽生えて小川まで思い切りダッシュすると、アルバートがあわてて走ってついてくる。ちょっとかわいい。
 それにしても、走れるって幸せ!
 靴を脱ぎ、ズボンを膝上までまくり上げると、アルバートが赤くなって視線をそらした。
 ……純情すぎる。
 それとも文化の違いなのかな。この人、女子高生の制服姿を見たら卒倒するのでは。
 小川に入ると、思っていたよりも冷たかった。一気に足が冷える。でも気持ちいい。
 ザリガニとかいないかな、と川底の石をめくってみたけど、残念ながらいなかった。

「聖女様。川底は滑りますのでご注意ください」

「わかりまし、!」

 声をかけられて体を起こした瞬間、お約束のように足を滑らせる。
 すぐ近くにいたアルバートが、片腕で私の背中を支えた。

「申し訳ありません、私が声をおかけしたばかりに。お怪我はありませんか」

「ええ、大丈夫です。ありがとう」

 私の体勢を立て直し、腕を離す。
 こういう時は照れないらしい。
 また転びそうになっても申し訳ないので、川から出てアルバートが差し出してくれた布で足を拭き、靴を履く。
 はしゃいでハイペースで遊びすぎたので、木陰のベンチに腰掛けた。

「ふう……風が気持ちいいですね」

「はい」

「遊びに付き合わせてしまってごめんなさい」

「とんでもない。聖女様が楽しそうで私もうれしいです」

 アルバート優しいなあ。
 オリヴィアになって、最初は嫌われてたけど今ではいろんな人が優しくしてくれる。
 うれしいな。

「次は花冠を作ってみてもいいですか?」

「ええ、もちろんです。聖女様のお好きなことをなさってください。今日のことは忘れますので」

 そんなことを言われて、思わず笑いが漏れた。
 花がたくさん咲いているところまで歩いていき、しゃがみ込んできれいな花をいくつか摘む。
 そして……あれ。これをどうやって花冠にするんだっけ。
 しまった……作ったことがなかった。今さら気づくとは。

「……作り方を忘れてしまったようです。花冠はあきらめます」

 ふ、とアルバートが笑う。
 そして私の前で片膝をつき、花を摘み始めた。
 あれ? と思っているうちに、器用に花冠を作っていく。

「わぁ、お上手ですね」

「幼い頃、姉に仕込まれましたから。末っ子の私は、妹がほしかったという姉の遊び相手でした」

 お姉さんとよく遊んでたんだ。
 小さいアルバートがお姉さんと花冠を作っている姿を想像すると、かわいくて笑みが浮かぶ。

「貴族といっても子爵家、それも三男ともなると身を立てるすべを探さなくてはなりません。姉の言いなりで気弱な私を心配した両親は、十三歳になった私を騎士養成学校へ入れました」

「そうなのですね」

 ……と言っていいのかな。
 でも、オリヴィアもアルバートのことをここまで詳しくは知らないよね?
 彼は花冠を作りながら、話を続ける。

「当時は体格も他の子たちよりも劣っており、剣に関しても才能があるとは言い難かったのですが、聖力だけは強かったので聖騎士を目指すことにしました。そして聖騎士になり中央神殿に配属され、以来ずっとここに」

 なんと言っていいのかわからないので、とりあえずうなずく。
 というか、私が彼のことを知らないという前提で話しているよね。
 やっぱり気づいてるのかぁ。

「才能がなかったかどうかは私にはわかりませんが、団長になられたのはすごいですね。努力の賜物なのでしょう」

「どうでしょう。努力なら、皆していますから」

「そのように言える方こそ、努力家なのだと思います」

「……恐れ入ります」

 少し照れた様子で彼が言う。
 そうやって努力して団長になったのに、オリヴィアに苦労させられて気の毒だわ……。
 そういえば、この人もオリヴィアに誘惑されたりしたんだろうか?
 さすがに「私に誘惑されたことがありますか?」とは訊けないし、もうなかったことにするしかない。

「できました」

 彼が花冠を見せてくれる。
 めちゃくちゃ上手い。
 青と白の花のコントラストが美しくて、形もふんわりと整っている。

「とてもきれいですね。アルバート卿は器用なのですね」

「それほどでもありません。……失礼します」

 彼が、花冠をそっと頭にのせてくれる。
 日本にいる頃には考えもしなかった。
 まさか、たくましいイケメン騎士が器用に花冠を作って頭にのせてくれるなんて。
 ロマンチックすぎない? 異世界最高。

「ありがとうございます」

「その……よくお似合いです」

「ふふ、それもありがとう」

 今日一日で「やりたいこと」がだいぶ叶ったなあ。花冠は作ってもらっちゃったけど。
 あと私がやりたかったことって、学校に行って友達や彼氏を作って……くらいだっけ。
 こうして振り返ってみると、生きたい、健康になりたいという思いだけは強かったけど、夢や希望ってあまり抱いてこなかったんだなと思う。
 学校や友達や彼氏も、自分が本当にやりたかったことというよりも、それが「普通」だから憧れた。
 いろんなことを諦めて生きてきたけど、結局は先のことを考えるのが怖かったのだと思う。
 そして今も、“この先”を考えていいのかな、と迷う。

「聖女様?」

 呼ばれて、顔を上げる。

「どうかなさいましたか?」

「いいえ、何も。素敵な花冠をありがとう」

「恐れ入ります……」

 アルバートが、私をじっと見つめる。
 どうしたんだろう?
 彼の表情は、どこか不安げに見えた。

「あなたは、時折……」

 彼が何かを言いかけて、言葉をのみ込む。

「……いえ。なんでもありません」

「? そうですか」

 風が吹いて、私の髪を、花を揺らす。
 私を見つめるアルバートが、どこかぎこちない笑みを浮かべた。

「あとなさりたいことは、ハンモックでしたか」

「え? ええ、そうです」

「では遠慮なく寝転がってください。私はずっと背を向けておりますので、そのままお昼寝していただいても構いません」

「ふふ、ありがとう」

 お言葉に甘えて、もそもそとハンモックに上がって寝転がる。
 これがハンモックかぁ。思ったより寝心地は良くないけど、でも気持ちいい。

「オリヴィア様」

 宣言通り背を向けたままのアルバートが、呼びかけてくる。
 聖女様じゃなくてオリヴィア様と呼ばれたのは、たぶん初めて?

「はい」

「私は……あなたのような方にお仕えできて良かったと思っております。これからもこの命を賭してお守りいたします」

「……ありがとう」

 元のオリヴィアではなく、私で良かったと。
 そう言われた気がして、うれしくて笑みが浮かんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

こな
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...